表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

112/133

第6話「いつか他人に”死ね”と命令する日が来るかもしれない」

「――悪いな少年、愛しのお姉さんは俺に着く。俺が誘ったからな」

「それは構いません。ただ、僕のせいであの人を危険に晒すと思うと」

「ふふっ、違うね。俺が誘ったからだよ――」


 応接室に近づく段階で声が聞こえてくる。

 完全に声が漏れていてマルセロとアンソニーの会話だと分かる。

 ……大丈夫なのか、王族の別邸なのに、これで。


(急な日程だったからね、この部屋しか空けられなかったんだ)


 こちらの視線を感じ取ったのか、ディーデリックが耳打ちをしてくる。

 こういう言い回しをしてくるという事は、ここは敢えて声が漏れる部屋なのか。

 いったいどういう意図で用意されたのかは分からないが、何かしらの使い道があるのだろうな。


「――でも、君は人を使う側の人間だろう? 慣れておいた方が良いぞ。

 いつか他人に”死ね”と命令する日が来るかもしれない」

「……流石は父と同じ戦場に立っていた騎士殿ですね」


 マルセロの父親は、西方戦争で英霊となったのだ。

 次男である彼の活躍が圧倒的な人気を呼び、長兄の立場を脅かしていると。

 本人が生きていれば跡目もあり得た。それがこの騒動の呼び水にも。


「もっとも、俺は死に損なった方だけどな。団長は死ねと命じてくれなかった」

「命じて欲しかったのですか……?」

「ふふっ、どうかな。ただ、俺はあの人にならそう命じられても良かった」


 応接室の扉の前、ノブに手を掛けようとしたディーデリックの動きが止まる。

 ……本来なら王子に扉を開けさせるなんてと割って入りたいところだが、この状況だ。そうもいかない。


「君は貴族に生まれ、その歳で殿下と行動を共にしようとしている。

 此度の事件がどのような結果になるかにもよるが、君は父上を継ぐ男になるかもしれない。なら、俺みたいな奴を”使う”ことへの覚悟が必要だ」


 殿下の左手を握る。震えているように見えた白い手のひらを。


「――と言ってもまぁ、出来損ないの暗殺者1人しか雇えないような連中だ。

 別に坊ちゃんも君も俺たちに死ねと命じているわけじゃない。

 戦場よりはずっと安全さ」


 握る手のひらから動きを感じる。殿下が息を吸い込んでノブを降ろす。


「――君に死なれたら、王都警察に恨まれてしまうよ。アンソニー」

「坊ちゃん……話、聞こえてたんですか? 外に」

「ああ。ここはそういう部屋だ。急なもんでここしか空いてなかった」


 確かに今日の別邸は人の出入りが多い。

 王子が戻ってきたばかりで騎士団も連れているからバタバタしている。


「そう言われてしまうと、文句のひとつも言えないですね。

 しかし、俺たちを待たせて”本日の主役”と一緒にご登場とは」


 アンソニーの視線が、俺と彼の手に注がれる。

 ……おっと、握ったままだったか。

 ちょっと見られたくないものを見られてしまったな。


「ふっ、貴方のことだ。彼女を強引に誘ったんじゃないかとね。確かめていた」


 ひとつの円卓、マルセロの隣に腰を降ろす。

 スッと礼をしてくれる彼に合わせて、礼を返す。

 2週間くらいだろうか。見ないうちに大人びた気がする。


「彼女が俺に乗せられる程度の魔術師に見えます? 坊ちゃん」

「どうだろう、貴方は他人を乗せるのが上手いからね。

 ……私に事後承諾なのもそうだ」


 ちょっとだけ拗ねてみせているディーデリック。

 こうして見ていると、歳上への甘え方というものを心得ている。

 人たらしであることは知っていたが、相手によって振る舞い方が少し違う。


「でも、坊ちゃんが本気で嫌ならひっくり返したでしょ?」

「それができるかなと思って彼女と話をしていたんだ」

「なるほど。でも、彼女の決意は固かったと」


 ……バッカスがディーデリックのことを坊ちゃんと呼んでいると知った時、違和感があった。殿下が自分のことをそう呼ぶことを良しとするのだろうかと。けれどこうしてアンソニーとのやり取りを見ていて理解できる。


「坊ちゃんの初遠征、成功させて見せますよ。俺とフランシスで」


 ディーデリックは坊ちゃんと呼ばれることを好いているのだ。

 騎士団の連中にそう呼ばれていたんじゃないかと思う。

 アンソニー1人だけでなく。


「私は貴方を守ることしかできませんよ? 捜査のことは何も」

「充分だ。君が相手をした暗殺者が相手の最大戦力だろう。

 おそらく、あれより上の戦力は出てこない」


 ほう、この男はそう読んでいるのか。

 マルセロへの追撃がないことからしてあり得ない可能性ではない。


「レンブラント様は、あれは暗殺者としては素人だと」

「――”慣れた暗殺者”なんて、数えるほども居ないさ。今のこの国には」

「なるほど、確かに考えいなかっ、いませんでしたわ」


 マズい。今、素の話し方が出かけた。

 ディーデリックの前だというのに男の口調を。

 ……というか、マルセロもアンソニーも俺の正体を知っているんだよな。

 なんか改めて認識すると恥ずかしくなってきたぞ……。


「と言っても、今回は相手のテリトリーだ。気を付けてくれ、フランシス」


 ディーデリックが真剣な顔で心配してくれる。

 確かにそうだ。見知らぬ土地に乗り込む時点でこちらにとってはかなりの不利。

 ダンジョンの奥の奥に入る時と同じだ。


「ええ。今回は不意打ちではありませんから」


 戦うつもりで準備をしていけば、あんなことにはならない。

 エド爺の屋敷で暗殺者を押さえることだってできた。

 完全に制圧できるだけの準備を整えなければ。


「お姉さん……」


 不安げなマルセロが言葉に詰まっている。

 まぁ、アンソニーの奴に『死ねと命じることに慣れておいた方が良い』とかいう極論を吹っ掛けられた直後だ。上手く言葉が出てこないのも当然だろう。


「――大丈夫だよ。私の強さはよく知ってるでしょ?」


 腕を伸ばして彼の頭を撫でる。

 本当なら肩を抱きたかったところだが、距離があった。

 慣れない動きだが嫌がられてはいないと思いたい。


「はい。それはもうよく知ってます。あなたが居てくれれば百人力です」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ