第5話「――ちょっと私の愚痴を聞いてくれるかな、フランシス」
「――殿下、フランシス様をお連れしました」
変装を解いたレンブラントに連れられるまま、彼の私室に辿り着く。
夕日の差し込む部屋に1人、ディーデリックが何かの書類にサインをしている。
……今日は、アンソニーを交えての会合のはずだったが彼の姿はない。
「うん」
羽ペンを置き、静かに視線を向けてくるディーデリック。
……アンソニーは別室に待たせているといったところだろうか。
まさか、確実に俺と2人きりになるためにレンブラントを寄こしたのか。
「――本気かい?」
思わぬ質問に呆気に取られている俺を横目にレンブラントが頷く。
「彼女は本気ですよ、グッドゲームの口車に乗せられただけではありません」
「だろうね、要らぬ心配だと思ってはいたが。私の誘いに乗らぬ女だ。
いくらアンソニーといえど、軽い気持ちで他人の誘いに乗ることはないよな」
ディーデリックがそこまで話したところで、スッとレンブラントが退室する。
半ば閉じ込められるような形になったが、別に逃げ出す必要はない。
促されるまま、以前と同じように小さなテーブルを囲む。
「……あの、今日はアンソニー殿を交えての話し合いだと」
「うん。それはそうだ。彼は別室に待たせている」
珍しく前髪を撫でながらアンニュイな表情を見せるディーデリック。
それが珍しく年相応の少年に見えて、愛らしい。
まだ15歳になったばかりだ。成人ではあるものの少年の範疇でもある。
「――ちょっと私の愚痴を聞いてくれるかな、フランシス」
たぶんアンソニーの話なんだろうなと思いながら頷いて見せる。
「冒険者の愚痴を聞くのはトワイライトで慣れておりますから。
お酒が無いのが口惜しいですけれど」
こちらの言葉を聞いてクスっと微笑んだディーデリックが言葉を続ける。
「私はね、今朝こちらに戻ってきたばかりなんだ。
アンソニーが君を誘っていることも昨日知ったばかりで」
……マジか。俺が今日この時間を指定されたのは一昨日だったけど、あいつ殿下の予定は仮押さえで日程を詰めてきたのか。
「王都に戻られていたのですよね? 騎士団を集めに」
「ああ、初日にアンソニーを口説いてきた。
あいつ、俺の手紙に返事を寄こさないもんだから直に会いに行って」
ええ……最初は王子からの手紙を無視していたのに、独断専行で俺を引き込み、王子の日程は仮押さえで……改めてヤバい奴だな、あの男。
「貴方様がそこまでされても怒らないなんて、それだけ優秀なのですね?」
「いや、怒ってはいるよ。ただ彼が優秀だと言うのは事実だ。
此度の遠征、騎士団と冒険者は私の盾になってくれるだろうが、真相を明かすための矛を務めてくれるのはアンソニー・グッドゲームを置いて他にはいない」
――”怒ってはいるよ”なんて告げる表情の柔らかさに彼がアンソニーを慕っていることがよく分かる。そして、その能力を高く評価していることも。
「本来、彼には冒険者から集めた魔術師をつけるつもりだった。
捜査に慣れていないとはいえ、探索系の魔法に長けた人間はそれなりに居る。
しかし彼が君を引き入れたと聞いて、それが最適解だと思ったのも事実だ」
なるほど、それがディーデリックの思い描いていたプランか。
確かに俺抜きで考えれば最適解に近い気はする。
問題は、冒険者の魔術師が人間社会における探索には慣れていない点くらいだ。
「だが、君のような実力者を危険な場所には連れて行きたくもない」
「それでレンブラント様に私の覚悟を確かめさせた、と?」
「うん。まぁ、あいつには君をここに連れてくるように言っただけだけど」
他の誰に見つかることもなく、2人きりになるためにということか。
「――レンが確かめたのなら、私から重ねるのもクドいだろう。
実際、君を使わずにアンソニーに降りられたら私にも後がない」
「意外と正直に打ち明けてくださるんですね? ディーデリック殿下」
まさか彼からあっさりこんな言葉が出てくるとは。少し驚いた。
「聡い君のことだ。私が言わずとも分かっているのだろう?
此度の遠征、三桁の人員をかき集めて”私”の権限で動かすんだ。
結果が伴わなければ流石にね。王族といえど四男ごときでは潤沢な資金も」
確かにそこら辺の素人を安い金でかき集めるのとは違うものな。
それなりに腕の立つ冒険者と騎士団を引き抜いている。
ディーデリック自身も身銭を切っているだろう。
「やっぱ、アルフォンソ領を獲らないと収支が釣り合わなかったり?」
「どうかな。別に完全に釣り合わせるつもりもない。
多少の赤字は覚悟の上だ。しかし、名声がついてこないのは問題だ」
本来の目的”亡国の再征服”のために。
冒険者と騎士団を集め、人材とのコネクションを作り、運用のノウハウを手に入れて次に活かす。それができれば多少の赤字は問題ではないと。
「だから、君の力を借りるのは不本意だけれど、正直なところありがたい。
でも正直、アンソニーには内心怒っているんだ。
君には本心を話しておきたくて……あいつのいるところじゃ言えないからさ」
ディーデリックという男が振り回される側に回っているのは、正直面白い。
おそらくアンソニーも殿下の逆鱗には触れないで済む一線を予測した上で諸々の無茶を押し通しているのだろう。その意味では優秀な男だと思う。
「私と貴方の秘密ですね? ディーデリック殿下」
「ああ。くれぐれもあいつには内緒だぞ、君だと思って話したんだから」




