第3話「しかし、よく分かりましたね。肩の傷、痕なんてほぼ残っていないのに」
「――なるほどね、それでこれから王子の元に行くわけか」
脱いでいた衣服の胸元を閉じながらシルビア先生の言葉に頷く。
アンソニーに頼まれてアルフォンソ領に向かう。
なんて話を先生にするつもりは全くなかったのだが、見抜かれたのだ。
「しかし、よく分かりましたね。肩の傷、痕なんてほぼ残っていないのに」
衣服を脱いで身体を診察されている間にシルビア先生は見抜いてきた。
傷痕を見れば人生が分かるという言葉通り、僅かなそれも見逃さなかった。
”私以外から治療を受けたね?”と言われたときにはビビったものだ。
そこを見抜かれてしまうと諸々を話す流れになってしまって、今に至る。
「あと、もう2週間も経っていたら私ですら気づけなかっただろう。
魔法特有の治療痕は時間経過で消えるものだからね。それにしても綺麗だけど」
「くれぐれも他言無用で頼みますよ?」
マルセロは母親の言いつけで自分が治癒魔法の使い手であることを伏せていた。
それを明かしてまで俺の傷を癒してくれたのだ。
情報が出回ってしまうことは防ぎたい。
「もちろん。患者のプライベートは話さないよ。特に貴族のそれは。
しかし、まだ10歳でこの腕前だ。医者になるべき人材だとは思う」
「機会があれば勧めておきますよ。今はそれどころじゃないですが」
こちらの言葉に頷きながらぶどうのジュースに口をつける先生。
いつもと同じように俺の分も用意してくれている。
「――自分を狙ってきた相手を暴きに行く、か」
先生の瞳がこちらを見つめている。
「やめた方が良いと思ってます?」
「子供が死地と化した故郷に戻るなんて普通はやるべきじゃない。
だが、そう単純でないことは理解しているつもりだよ」
先生の言葉に頷きながら、ぶどうジュースに口をつける。
「貴族というのは見栄で出来ている連中だし、領地も領民も抱えている。
自分のところの子供を狙うような人間を野放しにするのは、領民を見捨てるのと同じとも言えるだろう」
……あまり考えていなかった視点だ。
マルセロを狙うような奴を野放しにするのは、領民を見捨てるのと同じか。
確かに法外な手段に手を染めるような奴が実権を握れば。
「しかし、君がそれに同行するというのは……」
先生が滅茶苦茶渋い顔をしている。
美人さんが変な顔をしてるのは正直、面白い。
「やっぱダメですかね? 先生的には」
「……医者としては止めたい。けれど同時に思うんだ。
君ならこうするのが当然だとね」
随分と高く買われているな。
実際は悩みに悩んでアンソニーに頼まれてようやくなのに。
「そうです? ちょっと前まで踏ん切りがつかなくて迷ってたのに」
「うん。迷うのも含めて君らしいよ、フランクくん」
「なんか、そこまで見越して言われてると恥ずかしいですね」
照れ隠しに笑ってみるが、先生はそれでも渋い顔をしている。
俺を止めるべきか否か迷っているのだろうか。
「……すまない。まさか君が戦いに戻る日が来るとは思っていなくて」
「え?」
「あの日にあんなことを言ったのは拙速だったと……」
頭を抱え始めるシルビア先生。
まさかこの人、あんな昔のことを詫びてきているのか。
確かディーデリックに出会う少し前だったよな。
「いえ。あの日に言われたことがあったから、俺は冒険者に戻らなかった。
先生に何も言われてなければ、あるいはディーデリックのパーティに」
それはそれでひとつの道ではあったが、あの日に冒険者に戻る決断をしていればトワイライトのロゼになることも、銀のかまどでゴーレムイーツをやることもなかっただろう。あの日に踏みとどまった結果としての今を、俺は愛している。
「……うん。まぁ、でも、戦いに向いていない身体というのは忘れろ。
いや、実際に身体は元より脆くなっているが、魔法の向上は補って余りある。
それを前提に行動すれば充分に戦えるはずだよ、今の君は」
こちらに自信を与えるような言い回しで、これまでと同じことを口にする先生。
事実の部分は何も変わっていないのに意味合いが違って聞こえるのが面白い。
「先生って意外と言霊とか信じてます?」
「言霊というとスピリチュアルだが、限界に追い込まれた時にはあると思う。
それまでに耳にしてきた言葉、考え方が効いてくることが」
確かにそれはそうかもしれない。
最後の最後にもうひと踏ん張りができるかどうか。
それには過去が効いてくる。歩んできた人生が何を与えてくるかが。
「――それにな、フランクくん。人は健康のために生きてる訳じゃない。
医者として常に正しいことを言うのならば、まず冒険者なんてやめろと言うよ」
「フフッ、身も蓋もないっすね?」
こちらの言葉に頷くシルビア先生。
「そうだ、身も蓋もないのさ。
人には危険な橋を渡らねばならない時がある。
その全てを止める権利は、医者にだって存在しない」
真摯な人だ。つくづくこの人が主治医で良かったと思わされる。
この女の身体になって色々なものを失い、そして得てきたが、この人との繋がりを失わずに深めることができたのは幸運だったな。
「フランクくん、君ならできるよ。決して気休めとは思わないで欲しい。
戦いに戻るなと言った時には、君の魔法がここまで向上しているとは思っていなかった」
そう呟いた先生が見つめた窓の外、俺のゴーレムが歩いている。
……随分と遅い時間の配達だな。
昼営業のピークまでは銀のかまどに居たんだが。
「いや、改めてやっぱり凄いな。あれ君が指示してるのか?」
「細かい指示はしてません。うちの店員の指示を聞くようにしてまして」
「あんなのを複数体も展開し続けてそんな涼しい顔してるんだものな」
ゴーレムウェブクラスタは店に置きっぱなしだが、大丈夫だろうか。
魔術師でないルシールちゃんでも異常事態が起きたら位置が分かるようにはしてあるんだが、ゴーレムとの感覚的なリンクは魔術師でなければできないことだ。
……これからしばらくこの街を空けてしまうんだ。
何か手は打っておかないとな。
「もう全部ゴーレムにやらせたら良いんじゃないのか?」
「ことが犯人探しじゃなければ、それでも良かったんでしょうが」
「武力で制圧すれば良いってものじゃないか……」
俺がゴーレムを並べたところで、ディーデリックの集めた私兵たちと同じことしかできない。その役割は潤沢な数が揃っている。他にできることと言えば小鳥型のゴーレムなりを用意して密偵代わりに使うことくらいだろう。
「どんな怪我をして帰って来ても私が治してやる。
だから帰って来いよ、フランクくん――?」
……気恥ずかしいことを。なんて思ってしまうけれど、嬉しい言葉だ。
「はい、シルビア先生。必ず戻ってきます」
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