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第51話「――良かったのか、俺で」

 ――もう会うこともないと思っていた相手との再会。

 既に開拓都市を離れた人間でさえ、呼び戻すほどの人望。

 エドガルド・ベネディートという男の存在の大きさを実感させられる。


「彼が、我々に与えてくれたものは大きく」


 それは葬儀で弔辞を述べる人間の多さを考えてもそうだ。

 ちょうど今は魔道具屋の組合代表がエド爺の死を悼んでいる。

 これが各業界どころか、開拓都市だけでなく各地方から続くのだ。

 冒険者から買い集めたものを方々に出荷するルートを持っていて、その数だけ人望があって、それが彼の最期を彩っている。


 そんな風に方々から集まった人たちに焼き付いたのが、喪主であるマルセロ・アルフォンソの姿だろう。最初に喪主としての言葉を述べた彼は、その言葉よりも前にその姿で場に居る人間を射抜いてしまっていた。


 気丈に振る舞う、と言ってしまえばありふれた表現だ。

 けれど、涙を堪えて人前に立ち、喪主としての言葉を述べようとするその姿。

 それ自体が既にこの場に居る人間の大半を味方につけていた。


 美しかった、そう感じること自体が不謹慎ではないかと思ったけれど、それでも抱いた感覚は止められなかった。元々、最小限のフェイクで少女に見えるほど中性的な顔立ちをしている。


 幼少期の少年がもつ特有のものだとしてもマルセロのそれは天性のものだ。

 こういう時に絵になる人間というのは、それだけで強い。

 ……なんて他人面した分析をしてしまったけれど、あの子の震える手を見ていると、それを握ってあげたい、なんて。


(っ――?!)


 マルセロのことで頭がいっぱいになっているうち、思わぬ状況になっていた。

 冒険者ギルドを代表した弔辞、その時にディーデリックが前に出たのだ。

 アダムソンが出席しているのにもかかわらず、王子が。


「――私は、貴方の時代に立ち会った冒険者ではない。

 だが、貴方の偉大さを知らぬわけではない。

 今、私は冒険者だ。貴方が支え、今日に繋げた冒険者ギルドの一員だ」


 棺を見つめながら言葉を紡ぐディーデリック。

 その言い回しで理解する。彼が冒険者ギルドとしてこの場に立つ意味を。

 元冒険者ギルドの人間に過ぎない俺にさえ”一体感”を与えるカリスマを。


「――だから真相を暴こうと思う。

 冒険者ギルドとして貴方に与えられた恩義に報いるために。

 せめて安らかな眠りを、貴方が過ごせるように」


 ここまでで既に冒険者たちは感じ取っていたはずだ。

 次にディーデリックが告げる言葉が何なのか。

 王子である彼が、ここまで自分が1人の冒険者だと強調する意味を。


「冒険者よ、私と同じ者たちよ。どうかその力を私に貸して欲しい」


 ……これで、言っていたことを始めた訳だ。

 冒険者たちを集め、同時に自らがツテを持つ王国騎士団の人員も選抜する。

 そして、組織的な運用を始める。手始めにアルフォンソ領へ乗り込むために。

 ディーデリックの描く”再征服”のための第一歩だ。


 エド爺、アンタが俺にマインクラスタを与えてくれたのと同じだ。

 貴方の存在が今、ディーデリックの計画を動かし始めた。

 ここから歴史が動き出す。俺の眼に狂いがなければ殿下はその器を持っている。


 全ての弔辞が終わり、献花が始まる。

 何人か重役たちの順番を待ち、俺の順番が巡ってくる。

 ……後がつかえているのだ。手早く済ませるつもりだった。

 けれど、足が止まってしまった。

 棺の中に眠る姿に、生前の彼を見出したから。


 あの日、炎に巻かれた彼の遺体を見ているから分かる。

 よく、あれほどまで傷つけられた身体を、ここまで。

 死に化粧というもの、この仕事を行った人間の凄まじさを感じる。


 ……魔道具屋も、酒場も、この開拓都市の主役という仕事ではない。

 亡国というダンジョンがあり、そこに潜る冒険者を基盤にするこの街では。

 けれど、冒険者以外の仕事たちがあって今の街があるのだ。

 エド爺が担っていたのはそれなんだ。


 思いが巡り、時間を要した。最後の別れを済ませるには。

 まもなく彼の身体は、炎に焼かれて骨となる。

 神官の炎で焼かれることで、魂は神の元へと還るのだ。

 だから、時間が掛かった。これが本当に最後だから。


「――お姉さん」


 献花を終えた俺をマルセロが呼んでくれた。

 彼の手を握ると、自然に心が落ち着いてくる。

 震える手を握ってあげたいなんて思っていたけれど、俺の手の方が震えていた。


「ごめんなさい、急にお願いしちゃって」


 マルセロの言葉に首を横に振りながら、馬車に乗り込む。

 教会から火葬場まで遺体を運ぶための馬車だ。

 ごく近い遺族しか乗れないもので、マルセロは俺を選んでくれた。


「――良かったのか、俺で」

「ええ、あなたに傍に居て欲しかった」


 馬車の進む音だけが耳に聞こえる。霊柩用の馬車だ。

 これが見える範囲では、街も静かにしてくれる。そういうものだ。


「……父を亡くしてから、初めて安心できたのがあの洞窟でした」


 っ、それじゃ真逆じゃないか。

 俺はまだ戦いの感覚が抜けなくて、あの洞窟にまだ居るみたいだって。

 そんな風に感じているのに。


「だから本当は頼るつもり、なかったのに。お姉さんの顔を見たら――」


 静かにマルセロの肩を抱く。無意識にそうしてしまっていた。

 いつもフィオナにそうして貰っているように。

 今の俺が、マルセロにとってそれほどの人間かは分からないけれど。


「……ありがとう、お姉さん」


ご愛読ありがとうございます。

長らくお付き合いいただいた1章3節、これにて完結です。

またストックを書き溜めてから、4節の連載を開始する予定です。

しばらくお待ちいただければ幸いです。

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