第50話「ギルドを代表して、君に敬意を表する」
――葬儀というものに参列したのは、いつ以来だろう。
こんな稼業だ。人の死を見る機会は多い。
かといって参列するほどの知り合いばかりという訳でもない。
だからこそ、この参列者の数を見れば、彼の人望が分かる。
引退して数年経った魔道具屋とは思えない。
下手な現役冒険者が死んでも、これだけの人数が揃うことはないだろう。
(……エルキュールか)
ふと、懐かしい顔とすれ違った。
ここ最近、何かと思い出すことの多かったゴーレム使い。
土くれから動く壁を造り出す魔術師。
既に開拓都市から離れたと聞いていたが、わざわざ。
「やぁ、フランシス――」
通り過ぎていく懐かしい顔に声を掛けようかと思った。
あちらは俺のことに気づくはずもないのだ。
だから、こちらから声を掛けなければ機会を失う。
普段ならともかく、こういう場であれば。
「……フランクと呼んだ方が良いか?」
離れていくエルキュールに近づくかどうか悩んでいる最中。
2回目の呼びかけで、俺に話しかけていた相手がいることに気づく。
冒険者ギルド長、クソハゲのアダムソンがそこに居た。
「いや、フランシスで良い。アンタも来ていたんだな」
「ギルド長として、彼を送る場に立たない訳にはいかない」
「……アンタも現役時代に?」
なにか嫌味を言おうかとも思った。
上にゴマを摺ることしかしないアンタにとって、エド爺が上だったのか?とか。
けれど、アダムソンの寂しげな表情を見ているとその気も失せた。
「私の前からずっと、彼は数多の冒険者たちの助けとなっていた」
……ああ、言われてみればそうか。
アダムソンの現役時代よりも前、なんだよな。
そんなに長く、エドガルド・ベネディートという男は。
「まさしく巨星だった。彼の提供する円滑な取引は、冒険者を支えてきた。
……ギルドを代表して、君に敬意を表する。
よくぞ、彼が守ろうとした子を守り抜いてくれた」
差し出される手を握り返していた。
過去の軋轢はあれど、この向けられた敬意は受け取るべきだと感じたから。
「ではな――」
軽く頭を下げ、スッと離れていくアダムソン。
流石は冒険者ギルドのギルド長様だ。
他にも挨拶しなければいけない相手は多いらしい。
「――やっぱり来てたのね、フランク」
「レオ兄……?」
後ろから声を掛けられたタイミングでは、特に驚くつもりはなかった。
ただ、振り返った時に見えた彼の姿に驚かされたのだ。
――男性用の喪服を纏う彼が、現役時代のレオナルドに見えたから。
「場所が場所だからね。久しぶりの相手に一から説明するのも面倒だし。
それにあの人を送るんだから、あの人に世話になってた頃の姿が筋でしょ?」
「ふふっ、そうだな。懐かしくなったよ、レオ兄」
よくよく見ると長い髪を自然に結んでいたり、身体の線が明らかに細くなっていたりと現役時代のレオナルド・ケイラーのままではない。ただ、それでも男の出で立ちをする彼はかつてのレオ兄に見えた。女の喪服を纏う俺とは大違いだ。
「今日は、トワイライトの人間って訳じゃないってことか」
「そりゃね、エド爺はうちの店に来たことないし。
そういうアンタは、ゴーレムイーツの人間として?」
レオ兄の言葉に頷く。
「といっても”銀のかまど”としてって方が正確かもしれない」
一応、ルシールの親父さんと一緒に来た。
彼は今、知り合いたちからの挨拶攻撃を受けているが。
「へぇ~、親父さんも来ているのね」
「挨拶しておくか?」
「いや、やめとく。顔を合わせる機会はいくらでもあるから」
同じ街の飲食業として接点があるという話だったか。
そこら辺の話を深堀しようかと思った時だ。
遠くから近づいてくるバッカスが見えた。
冒険者で埋め尽くされた教会の中、一直線に歩いてくる。
「――どうした? そんな真っ直ぐに」
「いや、これ以上”知り合い”くらいの挨拶ばかり受けるのもキツくなってきて」
「アタシら世代で現役だし、王子のパーティに在籍だものね?」
レオ兄の言葉に頷くバッカス。
喪服を着ていても、筋肉のメリハリが体形を象る。
冒険者がそれらしくない服装で集まる場で、こいつはどこまでも冒険者だった。
「引退した連中には”まだ続けてるのか?”で、現役は”どうやって王子に?”だからな。最初のうちはともかく何度もやってると流石にキツい」
「人気者は辛いってことか」
こちらの笑いに溜め息を返すバッカス。
外から見れば、こいつもかなりの成功者だものな。
同世代の魔術師が引退したタイミングで王子のパーティに鞍替えなんて。
「――ひょっとして、真ん中に居るの、フランクか?」
「エルキュール……? よく分かったな、こんなナリなのに」
「このパーティ3人で並んでいたら流石に分かるよ」
向こうから声をかけてきたエルキュールと、再会の握手を交わす。
相も変わらず”やり手”って感じの顔をしている。
そういう自信がにじみ出ている男だ。
「おひさ。別の街に行ったって聞いてたけど?」
「ああ、地方領のお抱えに。エド爺のことを聞いてな。
今の仕事を紹介してくれたのが彼なんだ」
娘さんがアルフォンソ家という貴族に嫁ぐだけはあるな。
まぁ、あれだけの豪商だ。貴族とのコネクションもあって当然ではある。
「――この感じだと、今も現役なのはアンタだけか? バッカス」
「ご明察。相変わらずの観察眼か? それとも下調べしたかな」
「下調べも軽くはしてる。今、殿下のパーティに居るって。マジなのか?」
頷くバッカスを見つめてから、エルキュールはその視線をこちらに向ける。
「正直この目で見るまで信じたくなかったが、本当に女になったんだな。
10体以上のゴーレムで料理の配達業をしてるって」
「よく調べたな。そうだ、今やお前以上のゴーレム使いだぜ?」
こちらの言葉を聞いてククッと笑うエルキュール。
「俺なら50体だって用意できるさ」
「泥の壁を、だろ? 俺は人型に仕事をさせられるんだぜ」
「ククッ、すっかり異常値だな。今のお前には張り合ねえらしい」
あのエルキュールがこんなにもあっさり引き下がるとは。
「休暇は長めに貰ってる。後日に時間を寄こせ、フランク」
「今の俺と飲みたいのなら、トワイライトに来い。高い金、取ってやるよ」
「ハー、お前、その顔を使って、お前……分かった、考えとく」




