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第49話「――逆に、あなたはこれで良いんですか?」

「でもね、これはやりすぎだ――」


 調べ上げた情報が指し示す暗殺者の仕掛けを見つめる黒い瞳。

 ……やはり、同業者ゆえの感覚なんだろうか。そんな匂いがした。


「暗殺とは奇襲です。そして奇襲が最も有利なのは初手だ。

 最初の一手を防がれ、態勢を整える時間を与えるほど、奇襲によるアドバンテージは失われていく」


 かけている眼鏡をくいっと持ち上げるレンブラント。


「最も有利な状況下で相手に逃げられるようでは、その後に仕掛け直しても勝てやしません。実際、あの男は貴方に勝てなかった。私なら屋敷の中、最低でも林道に出る前の範囲で決着をつけます」


 ――林道から開拓都市の内部という広範囲に魔法を仕掛けるのではなく、か。

 確かに、これだけの仕掛けを施す労力を、もっと狭い範囲に注がれていたらヤバかったかもしれないな。屋敷の中の爆破術式は俺が潰したが。


「なぁ、レンブラント。アンタはどう見る? あの男は、どこの人間だと」

「……訓練は積んでいると思います。少なくとも座学の知識はある。

 しかし、暗殺者としては新人に近い。労力の使いどころを間違えている」


 新人って……あいつ、俺と同世代か少し上に見えたが。


「30代に片足突っ込んでるように見えたけどな」

「王都でその手の連中が一掃されたのが、約20年前です」


 ディーデリックが教えてくれた話か。

 1世代に1人殺せれば、1~2人が一生を生きられる金額が動く。

 そんな魔術師の暗殺者たちを、現国王が一掃したという。


「……10歳くらいに仕込まれた知識で、ってことか?」

「ええ。あの手の暗殺ギルドには珍しくない。

 もっともあの立ち振る舞いだ。暗殺以外での戦闘経験はあると見るべきか」


 ……なんて、悍ましい話だ。そう思いながら同時に脳裏に過る。

 目の前にいるこの男も、同じなのではないか?と。


「しかし、所詮は現状で把握している情報からの推測です。

 実際にアルフォンソ領に入れば、また違うものが見えてくるでしょう」

「――よく、止めなかったな。王子のこと」


 こちらの言葉を聞いて軽く笑みを零すレンブラント。


「止めて聞くと思います? それに私だって理不尽だと思った。

 あの子を襲った状況について。私でさえ、そう思うんだ。

 ディーデリック殿下に火をつけるには、充分過ぎる」


 確かに全くもって仰る通りだ。

 そう思って笑みを零してしまう俺を、鋭利な視線が射抜く。


「――逆に、あなたはこれで良いんですか?」

「何を……」

「分かっているはずだ。殿下は貴方を使う気はないと言っていましたが」


 レンブラントがそれを知っているということは、進言したのだろう。

 今回のアルフォンソ領への遠征、俺を使うべきだと。

 王国騎士団と冒険者ギルドからの兵力以外に。


「アンタは、俺が必要だと思うか? 殿下とマルセロを守るためには」

「2人を守るだけであれば、私1人で充分です。常に張り付いていれば守れる。

 ただ、それでは真相を明かすのは難しいでしょうね」


 護衛役に徹する必要のない魔術師が必要だということか。

 なるほど、確かにそれはそうだろう。


「俺は……」

「私が誘えば頷く、といったところですか?」

「ディーデリック殿下は頷くのか?」


 彼は、今の俺をそう使うつもりはないと言っていたが。


「貴方がついてくると言ってくれれば、断りはしないでしょうね」

「……っ」


 フィオナの前では、進むことはないと言った。

 事の真相を明かすために危険に飛び込むことはしないと。

 そうしたところで、ディーデリックに止められると。


「――私から誘いはしません。迷う貴方の背中を押すことはしない」

「ほぼほぼ誘っているようなもんなのに?」

「ええ。ただ明確な一線を越えたくはない。貴方は殿下の大切な人だ」


 なるほど。欲しい戦力ではあるが、ディーデリックのお気に入りである俺を説得したという状況にはなりたくないということか。

 決断に迷う俺が言えた義理ではないが、責任逃れだな。


「……真相を知りたいとは思っている。マルセロの力になりたいとも」

「でしょうね、そういう貴方でなければあの子を救うことはできなかった」

「ただ、もう一度、自分の判断で戦いに飛び込めるかと言われれば――」


 迷ってしまう。強烈なためらいがある。

 かといってここで降りると明言するほどの覚悟もない。

 逃げると言い切るだけの意志もないのだ。


「――あの日、初めて出会ったあの時、殿下の誘いに乗らなかった貴方らしい」


 髑髏払いの儀式でディーデリックと出会った時のことか。

 あの時、俺は冒険者に誘われて、足が竦んだ。

 もう一度、成人したての若者として冒険者を張り直すことが怖かった。


「王国騎士団と冒険者ギルドから人員を選定し、殿下の私兵として編成するのには時間が掛かります。もし、その間に心が変われば手配します」

「……迷ってる奴なんて使えないと、断ってくれた方が気が楽なんだが」


 こちらの言葉を笑い飛ばすレンブラント。


「今の貴方なら、迷っていても使えます。

 ただ、亡くなられたベネディート氏の葬儀もまだですからね。

 考える時間はあっても良いでしょう」


 もう少し悩めってことか。


「……盛大にやってくれるのか?」

「もちろん。と言っても殿下が関わっていなくてもそうなったでしょうね。

 引退していたとはいえ、ギルドには彼を慕う方が多い」


 エド爺の世話になった連中が完全に引退するのは、もう少し先だもんな。

 ……できるのなら、その頃、いや、もっと先に老衰で穏やかに。


「人は死ぬ、その摂理自体が理不尽だ。今回のような理由では特に。

 それでも区切りをつけて生きていかなければならない」

「……そうだな、そのための儀式だものな」


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