第47話「偉大なる冒険者、フランク・ブライアント・サンダース――」
フィオナとルシールに見られながら、ゴーレムたちのチェックをする。
そんな何故か妙に居心地の悪い時間を過ごした後、フィオナに連れられてトワイライトに顔を出した。開店よりだいぶ早い時間に。
『……大変だったわね、フランク』
トワイライトには、レオ兄とラピスさんが居て演目を打ち合わせていた。
シフト的にはラピスさんは休みだったはずなのに。
そしてラピスさんが居るのに俺をフランクと呼ぶなんてな、レオ兄が。
『何があったのかは、知ってるか?』
『ええ、だいたいだけどね。ちょっと前にギルドのツテを少し当たったわ。
エドガルド・ベネディートが死んだって話はもう出回ってる』
……俺がエド爺を探しに行ったという話は、フィオナが昨日ルシールから仕入れているからそこから推測すれば全体像は見えるとレオ兄は続ける。流石だな。俺がどうやって知ったんだ?ということを気にする人間だと知っている。
『――アンタに教えてもらったことがあったから、俺は生き残れた』
こちらの言葉を聞いたレオ兄はそれだけで同じ過去を思い出してくれた。
俺たちが経験したダンジョン内部の対人戦のことを。
『まさか、捨てたの? 童貞……』
『いや、できなかった。俺は相も変わらず』
『それで良い。それで良いのよ、足を洗った今になって越える一線じゃないわ』
優しく微笑むレオ兄の顔に少し安心したのを覚えている。
『とりあえず今日は休んで良いよ、ロゼちゃん』
『ラピスさん……そのためにここに? 今日、非番でしたよね』
『うん。いやぁ、珍しくフィオナに頭下げられちゃってさ』
フィオナが……?
『――言わなくていいよ、ラピス。
まぁ、2日も3日も不在ってことにならなくてよかった。
下げる頭も無限じゃないし』
『ふふふ、フィオナがロゼちゃんに入れ込む理由も分かったしね~』
教えたのか。極力、誰にも知られないようにしていたのに。
……本当に迷惑をかけてしまった。
『とりあえず今日は休みを貰って良いだろ? 明日は元から休みだし』
『そうね。アンタは2日で大丈夫? ロゼに戻れる?』
『……戦場帰りって訳じゃないんだ。大丈夫だよ、きっと』
『ああ、ボクが戻しておくよ。任せてくれ、レナ店長――?』
そう言ったフィオナは、俺の肩を抱いてそのまま夜の街に繰り出した。
軽く酒を飲んで、食事をして、俺の身に何が起きていたのかも説明した。
根掘り葉掘り聞き出そうとせず、ゆっくりと傍に居てくれるだけのフィオナが本当にありがたかった。
「――ようやく、元の眼に戻ったね? おじさん」
彼女の部屋、大きなベッドの上、隣で微笑む彼女を前にして自覚する。
こわばっていた顔の筋肉の力がいつの間にか抜けていると。
「そんなに違う目をしていたかな、フィオナ」
「……うん。まるで昔のあなたを見ているようだった」
「冒険者時代の?」
「ああ、酷い戦いだったと話してくれた時の――」
彼女の腕がこちらの身体を抱き寄せる。
伝わってくる体温が、ここが安全圏であることを教えてくれる。
「こんなことを言うのは不謹慎だけれど、少し懐かしくてドキッとした」
「ハハッ、それ俺以外に言うなよ?」
「もちろん。良いだろう? 今は2人きりだ。邪魔は入らないよ」
耳元に響く彼女の声にゾクリと甘い痺れが走る。
懐かしいか……実際、俺もどこかそんな感覚はあった。
久しぶりに戦いに身を置いて、その懐かしさを思い出した。
けれど、始まりにエド爺が死んでいて、最後にあの暗殺者も殺された。
とても冒険者時代のように軽々しく受け止められない。
あまりにも重くて、鉛を飲み込んだような感覚になっている。
「……ごめん、思い出させちゃったか」
「あ、いや、良いんだ。
あの頃なら、もう少し良いところだけ受け止められたんだけど」
賭けているのは自分と相棒の命だけ。失ったものも奪った命もない。
だから、トワイライトで語る時ももう少し武勇伝として語ることができた。
フィオナに何があったのかを聞かれるうちに、落ち着いていくということを何度か経験した。同じことをしてくれようとしたんだ。
「……実際、俺自身も懐かしいと感じた。戦闘に身を置くことを。
ただ、もう二度とエド爺に会うこともあの男から全てを聞き出すこともできないのかと思うと、その重さが後を引く」
ベッドから出て、まだ仕舞い込んでいなかった酒を傾ける。
さっきまで飲んでいたブランデーを。
トワイライトではブランデーミストとして飲んでいる銘柄だ。
「……失われた命を取り戻すことはできない。それだけはどうにもならない。
けれど、あなたは確かにひとつの命を守った。それはあなたの功績だ」
フィオナもまた身体を起こして、こちらに手を出してくる。
そんな彼女に向かって俺はもう1杯、ブランデーを注いで手渡す。
「ほんとはこんなこと言いたくないんだけど……」
「え?」
「――今、あなたが話したうちにどうにかできることがひとつある」
俺が話したこと……?
エド爺にもう二度と会うことはできない。
それと、あの男から全てを聞き出すことはできない、か。
「”真相”を明かすことだ」
っ……まさか、ここでフィオナがそれを言ってくるとは思っていなかった。
色々と具体的な情報は伏せているけど、ざっくりと概要は伝えていた。
エド爺の孫を守ったこと、その孫が故郷に向かうことを。
「聡明なあなたのことだ。思いついてなかったわけじゃないんだろ?」
「まぁな。実際、王子かあの子に頼まれていたら、たぶん受けてたと思う」
「けれどそうはならなかったんだ。じゃあボクとしては言いたくないんだけど」
そう言いながらフィオナがブランデーに口づける。
「――昨日、たった1日だというのに凄く不安だった。
もしも、あなたが戻って来なかったら、ボクはまたここで1人になるのかって」
グラスの中で揺れる酒、それを見つめる彼女はきっと義父のことを見ている。
アイシャとしての彼女を育て上げた良き父親のことを。
彼が亡くなって、フィオナはこの屋敷に1人に。
「でも、ボクは言うよ、フランク。あなたは”真相”を明かしたいと思ってる」
そう言ってこちらを見つめるフィオナの瞳が優しくて。
「……俺に、陰謀渦巻く地方領に入れと」
「いいや、そこまでは言わない。胸の願望を飲み込むなんて大人なら当たり前だ。
ただ、完全に飲み下すまでは時間が掛かるだろう。おじさんは良い人だから」
良い人かどうかはともかく、たしかに時間はかかるのは間違いない。
実際、こうしてフィオナとの夜を過ごしてなお、俺は戻って来られてない。
まだあの屋敷に、洞窟にいるような錯覚がついて回る。
「……ボクとしては、あなたが何週間もここを離れて危険な場所に行くなんて勧めたくはない。だから本当ならそう思わないように誘導したかったんだけど、なんかズルだなって思ったんだ」
……以前、レオ兄と話した時にフィオナは独占欲が強いと言った。
けれど、それは前言撤回だな。
まさかここまで、ここまで真摯に考えてくれているとは。
「あなたがどんな結論を出すにしても、真正面から向き合わないと禍根が残る。
真正面から自分の望みに向き合わずに留まったら」
「……進むにせよ、留まるにせよ、しっかりと考えろってことだよな」
こちらの言葉に頷くフィオナ。
……ああ、また助けられてしまった。
いつも貴女には、迷った時、話を聞いてもらって。
「もし、あなたが全てを忘れてここに留まるのなら傍に居る。
後悔を抱えて生きていくなんて人生ではよくあることだ。隣に居るよ」
「……進むと言ったら?」
フィオナがニヤリと笑う。
「ボクが同行して手伝う、なんてことはできないけど、そうだね。
改めて、あの日の貴方が戻ってきたと祝おうか。
偉大なる冒険者、フランク・ブライアント・サンダース――」
……なるほど、そんな顔をしているんだな、今の俺は。
「ふふっ、進まないよ。ついていくって言っても殿下に止められそうだし」
ここまでのご愛読ありがとうございます。万策尽きそうです。
時勢的に暗殺という言葉がセンシティブになってしまったのもあり、自分の中で飲み込むことができず、上手いこと話数を書き進めることができませんでした。
一応は次の第48話までは事前に完成させていますが、このまま49話以降を書き進められなければ一旦お休みをいただきます。3節完結までは現在のペースで連載を続けたかったのですが無念です。
もし上手く書き進められればまた7月18日(月)に更新しますが、そうでなければ、ご了承くださいませ。




