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第46話「あっ、フランクさん! おかえりなさい。ご無事でした?」

 ……”いつものこと”から外れたとき、奇妙な緊張感に苛まれる。

 冒険者という仕事を始めてから、だいぶ薄れた感覚だったが、今回は久しぶりに思い出してしまった。


 ――銀のかまどを前にして、俺は今、緊張している。


 既にディーデリックの送った使者が俺の無事を伝えているとは聞くが、2日分の仕事に穴を開けてしまった。いったいどのツラ下げて戻れば良いのだろうか。昼営業のピークを越え、閉じられた扉を前に俺はしばし立ち尽くしていた。


「あっ、フランクさん! おかえりなさい。ご無事でした?」


 扉に手を掛けようとした瞬間、後ろから声が聞こえてくる。

 その音にまずビクッと反応してしまうが、理解が及んだ時にフッと緊張が緩む。

 ルシールちゃんの声だ。

 どう話せばいいだろうかと思っていたけど、彼女の声色を聞くと安心する。


「うん。ごめんね、心配かけた――」

「いいえ、謝られるようなことでは。エドガルドさんのこと、残念でした」

「聞いているんだね? 殿下の使者が教えてくれたか」


 こちらの言葉に頷くルシールちゃん。

 エド爺の死と俺の無事、そして爺さんの孫のことは聞いているらしい。

 まぁ、バッカスを冒険者として雇っているのだ。

 それくらいは教えられて当然か。


「……俺のいない間、ゴーレムは無事に動いていたかな?」


 正直、聞くだけ野暮かなとも思った。

 だって今のルシールちゃんは、ゴーレムウェブクラスタを片手にゴーレムを連れている。俺のいない今日も運用して何かあったから見に行ったんだろう。

 そして今の彼女がそこまで焦っていないということは。


「――バッチリです。

 さっきアラームが作動したんで見に行ったんですが零れてませんでしたし」

「良かった。魔術師がいないと見に行かないといけないのがネックだな」


 ひょんなことから俺なしでの運用の試験になってしまった。

 しかし、基本的な運用は問題なくとも、感覚を繋げなければゴーレムの元まで行かないと無事かどうかを確認できないのは厄介だな。


 確認のため、営業中にルシールが抜けるのは店の痛手だ。

 ここをどうにかしなければ、俺なしでの運用にはシフトできない。

 ……いや、別に今すぐシフトする必要はまったくないが。


「あ、そういえば昨日”トワイライトの狼さん”が来てましたよ」


 店の中に入って、ルシールちゃんが注いでくれた水を貰う。

 彼女も水が飲みたかったのだろう。俺の分も用意してくれた。

 ……丸1日と少しぶりの銀のかまどは、そんなに変わっていないけれど、何かが違って見えた。死地から戻ってきた今の俺には、どこか違って見えた。


「フィオナが――?」


 やはり心配させてしまったか。

 シフトに入っているところで帰宅もせず、店にも出ずだ。

 彼女には、俺が銀のかまどを手伝っていることは教えている。

 ここに来るのは、あり得ない話じゃない。


「昨日の夕方くらいでした。私がいよいよ不安になってきた頃です」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、こちらを見つめてくるルシールちゃん。

 ……夕方か。これは見透かされているな、ルシールの奴に。

 流石は頭の回る女だ。


「どういうご関係なんですか? ただの同僚にしては、あまりにも早い」

「えっ……あー、そんなことないんじゃないかな……?」

「ふふっ、そうです? トワイライトの営業時間よりずっと早かったのに?」


 何かあるのを確信されているな、これは。

 いや、まぁ、あのフィオナがわざわざ俺のためにここに来たらその時点で誰でもそう思って当然か。別に話しても良いことのような気もするが、フィオナへの不義理な気もする。


「――相変わらず嘘が下手だね? ”おじさん”」

「ふふっ、まだ準備中ですよ、お姉さん?」

「ごめんごめん。外からうちの娘の声が聞こえたからさ」


 扉の上の鈴が揺れて、その音が響いた。

 直後、ここでは聞くと思ってもいなかった”彼女”の声が聞こえて。

 驚きに飲まれているうちにルシールとフィオナのやり取りが始まってしまう。


「――とりあえず“ロゼ”さんがご無事で何よりでしたね?」

「ああ。悪かったよ、昨日はお邪魔しちゃって」

「いいえ。ただ”おじさん”って呼んでるってことは知ってるんです?」


 フィオナのことだ、無意識に俺をおじさん呼びしたということはあり得ない。

 つまり、ここで情報を明かしにかかっている。

 ルシールに対して隠すつもりがない。


「もちろん。長い付き合いだよ、フランク・ブライアント・サンダースとは――」

「……私だって、フランクさんが冒険者を始めた時から知ってます」

「えっ、おじさんと同世代って訳じゃないだろう?」


 確認するようにこちらを向いてくるフィオナ。


「えーっと、たしか17歳だよね、ルシールちゃん」

「はい。次の誕生日で18歳になります」

「……まぁ、この店の娘ならそういうこともあるか」


 クスっと微笑んで余裕を見せるフィオナ。

 ……しかし、フィオナの実年齢はいくつなんだろうか。

 アイシャとしての幼い姿が本当なら、10代前半くらいになるが。

 こう見えてルシールより年下ということは有り得る。


「この店の手伝いは済んだだろ? 借りてくよ」

「あっ、ちょっと待ってくれ。ちょっとゴーレムたちの状況を見ておきたい」

「……分かった。待たせてもらっても?」


 ルシールちゃんはしぶしぶ頷いて、スッと水を差し出す。

 なんか険悪なムードだった割にはこういうところで冷たくしないんだな。


「ごめん、ありがと」

「いえ、フランクさんを心配した者同士ですから」

「……ふふっ、なるほどね」


 コップを傾け水を飲むフィオナ。

 そんな姿を横目に、まずはウェブクラスタのチェックを始める。

 簡単ではあるがどう動いたかのログが残るようにはしているのだ。


「何かおかしいですか?」

「いや、おじさんが気に入っている理由が分かったなって」

「……まぁ、気を遣ってもらってはいると思いますけど」

「この人が気を遣うってことは、気に入っているってことだよ。そうだろ?」


 手早く作業を進めながらフィオナの言葉に頷く。

 彼女の雰囲気からして、ここを出たらトワイライトに顔を出すことになる。

 シフトに穴を開けてしまったからな、迷惑をかけた。

 なるべく手早く済ませなければ。


「別に俺が気を遣うのは気に入った相手だけなんて自覚はない。

 けど、気に入った相手じゃなきゃ、ここまで一緒に仕事はできないよ」


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