第45話「法外な手段を使えば、必ずその報いがあると」
「――ディーデリック!!」
教えられていた部屋、王子の私室。
その扉を開け放った瞬間、俺は叫んでしまっていた。
「思っていたより怒っていないんだね、フランシス」
王子のそれとしてはシンプルな部屋の中。
小さなテーブルの向こう側、小さな椅子に座るディーデリック。
……応接室の豪華さとは打って変わって機能性が追及されている。
「っ、本気なのか。マルセロとアルフォンソ領に行くって」
「そうだ。騎士団と冒険者を雇ってね。
それが何を意味するのかは貴女には分かるはずだ」
もちろん知っている。冒険者ギルド再編に向けた一手だということは。
……私室に飾られた絵画が目に入る。
今より幼いディーデリックが騎士装束を纏った男達に囲まれている絵が。
「彼らは忙しい人たちだった。ジッとするのが嫌いな性分というのもあってね。
でも、出陣の前に時間をくれたから、筆の速い絵描きに描かせたんだ。
姉のお気に入りの絵師さ」
こちらの視線を的確に見抜いて言葉を紡ぐディーデリック。
まったく、毒牙を抜かれてしまった。
こういう観察が上手いんだよな、前にトワイライトに来た時もそうだった。
俺の視線だけで飲みたいワインを見抜いて。
「殿下……」
「君が反対するのも当然だ。俺は確実にあの子の命を危険に晒す。
もちろん全力で守るし、守らせるし、そのために私兵を用意する」
ディーデリックの視線に促されるままに、彼の向かい側に腰を降ろす。
今までのテーブルよりもずっと近い位置だ。私室に招かれた意味を感じる。
「……その私兵が、貴方の再征服に向けた一手なのでしょう?」
「そうだよ、それもある。ただね、君には、正直に話しておこう」
紫電の瞳が、遠くを見つめている。
「――戦争で死なない程度に有能で、暗殺の的にされないくらいに無能。
それだけで国王の椅子に座った男が居るなんて話、聞いたことあるかい?」
彼の言葉に首を横に振る。
とんでもない揶揄だし、俺は聞いたことがない。
ただ、それでも察しがついた。誰を指した言葉なのか。
教会に睨まれるくらいに性に奔放な――
「――私の父だ。実際、ひとつ上の代は凄惨でね。
上手いこと殺されずに、かつ、濡れ衣を着せられなかった。
そう立ち回れたことが父を国王の座に導いた」
何が無能だよ。はちゃめちゃに有能じゃねえか。
でも、俺も知らなかった。今の国王がそんな男だったなんて。
それを知らしめないこともまた戦略なのか。
「王族と貴族が支配するこの国では、暗殺が家業として成立してしまう。
たった1度の成功で、1人~2人が一生を生きられる金額が動く。
日々の仕事でなく、1世代に1度というレンジで」
……あの殺し屋がどういう人生を歩んできたのか。
どう育てば、あんな風になるのか。それが全く分からなかった。
けれど、殿下の言葉を聞いていると、なんとなく分かるかもしれない。
「父は王都に巣食っていたそれを一掃した。魔法という才能を暗殺に使う連中を。
だが、どうにも地方にはまだ残っているらしい。
それが、あの少年を数奇な運命に陥れたんだ」
紫電の瞳が、鋭利な光を放つ。
刃物と同じように光を浴びることでより鋭利なそれを返すように。
差し込む日差しが、彼の瞳をギラつかせる。
「――私はね、この国に知らしめたいんだ。
法外な手段を使えば、必ずその報いがあると」
マルセロから話を聞いた時には、騎士団と冒険者の再編が主目的だと思った。
再編に向けた一手、有能な人間を集め、運用ノウハウを蓄積する。
それにちょうどよくマルセロを使ったんだと。しかし、どうも、これは。
「今回の遠征だけで暗殺者の身元まで割れるかは分からない。
ただ、アルフォンソ領の誰が雇ったのかは必ず白日の下に晒す。
もしもマルセロ以外の全員が関わっていれば、あの土地は俺が貰う」
――そして、彼が成人したら彼に返すよ。
ディーデリックはそう続けた。
なるほど、ここまで彼が本気ならば、あの聡いマルセロが信頼したのも頷ける。
「……これが私の本心だ。君だと思って話した。他言は無用だぞ」
「もちろん。殿下は――私を使わないのですか?」
「は……? 君を? ここで……?」
こちらは一方的に彼に借りを作っている状態だ。どんな無茶でも飲ませられる。
だから、言ってくると思っていた。
アルフォンソ領への遠征に同行して欲しいと。しかし、何だこの顔。
「私は、あの殺し屋からマルセロを守ったんです。それくらいの力はあります」
「ああ……言われてみればそうだな。珍しくレンが褒めていたよ。
人を殺す訓練をしていない人間としては破格だと。実際、そうだと思う」
だったらどうして誘ってすら来ないんだ。
俺に言われて初めて気づいたみたいな顔をして。
「だがね、フランシス。私は今の君を1人の戦士として使うつもりはない。
そんなことをしても意味がない。
君の能力は、君の魔法は、適切な使い方をしてこそ輝く――」
ゴーレムイーツを前に”彼女の力の限界を見定める良い機会になる”と言っていたことを思い出す。そして今の言葉だ。ディーデリックにはもう、俺を普通の冒険者や戦士として使う気がまるでない。最初にパーティメンバーとして誘われた時とは変わってきている。
「――確かに君をレンと同じように使えれば盤石だ。マルセロにつけられれば。
しかし、君はもうそんな使い方をされて良い人間じゃない。
君にはゴーレムイーツとやらを拡大させて、力を磨いていてもらいたい」
っ、なるほど。これが大局を見る男の視点か。
俺という魔術師をどう使うかをここまで考えているとは。
「――来る私の再征服。その時に、君の力が必要になると確信している。
だから君を危険に晒したくないんだ」
「……では、貴方自身は、どうして御身を危険に」
こちらの言葉を聞いて嬉しそうに笑うディーデリック。
「ハハッ、ダンジョンよりはずっと安全さ。
……それに、もし私が道半ばで倒れても君には必ず役目が回ってくるだろう。
君はゆくゆくこの国に大きな利益をもたらす大魔術師になる。
俺には、その片鱗が見えているよ、フランシス」
クソッ、人たらしが――
「でも、せっかくこの私が目をつけたんだ。必ず生きて君の力を借りる。
それじゃあ、ダメかな――?」
「あなた様に向かって、ダメなんて言えるわけ、ありませんわ」




