8月30日(後編) オチ――彼方まで轟く叫び
作者の作風?
最後に”オチ”を付けたくなることかな。
ナーねえはボクから一定距離を保ったまま話しかける。
壁を背にして。
まるで、それ以上近づかないように。
「というか、何でボクより先にいるのさ」
「秘密の道順があってねー。そこから大急ぎで駆けつけたからだよー」
「ボクが今日、あの迷路を攻略するって確信してたの?」
「そりゃあ、前日の覚悟が決まった凜々しいそーくんの姿を見れば『あ、攻略の目処が立ったんだな』って思うよ」
ナーねえの表情はよく分からない。
僅かに俯いているのと、窓から差す光がちょうど顔の辺りを隠しているから。
「本当にすごいよ。今だから言えるけど、難易度の設定完全に間違えちゃって。ニャルちゃんの道具込みでも誇って良いことだよ」
「ニャルさんのことも、知っていたんだね」
「そりゃもちろん。そーくんのことで分からないことはないんだぞ?」
「じゃあ……今、何を考えているか分かる?」
「……」
ほんの一瞬だけ、辺りに静けさが戻った。
ボクもナーねえも、一切の音を出さなかったから。
「……もちろん。『これでやっと家に帰れるぞー!』って、『ナーねえも潔く負けを認めるんだなー』っていうのの2つでしょ?」
「大ハズレ」
「――っ」
もう見ていられないや。
ゆっくりと、ナーねえに向かって足を進める。
「もう1ヶ月もナーねえと一緒にいたんだぞ」
「え、う……」
「そーくんの気持ちぐらい分かるって、それはボクだって同じことだ。大まかだけど、ナーねえの気持ちぐらい分かるって」
「ダ、ダメ。来ちゃいや」
「声にいつもの弾みが無いし」
「お願い、来ないで」
「何より声が微かにだけど震えてるじゃん」
ナーねえの元まで辿り着く。
……全く、予想通りだよ。
「そんな泣き顔になって……心配するじゃないか」
あ~あ、必死に隠そうとしているけど、涙でグシャグシャ。
こんな状態でボクの気持ちなんか正確に分かるはずないよ。
「ううぅ、こ、これは……」
しかたないなぁ、もう。
「……ボクのナーねえを初めて見た時の印象は、すごく綺麗な人だなーって、そんなありふれたものだったよ」
「そーくん?」
「そのあとナーねえの暴走で監禁されて“綺麗な大学生の優しいお姉さん”って評価が、“人外のヤベぇ女”に早変わりした」
「や、ヤベぇ女……!?」
“ヤベぇ女”評価が初耳だったナーねえは足下が覚束なくなっている。
いや、何と言うか、ゴメン。
でも、したこと考えれば当然の評価だと思うんだ。
「まあ、それからはナーねえのことが分からなくて混乱したな。人外じみた力を発揮したかと思えば、ちょっとズレたことするただのお姉さんだったり、少しでもあの部屋での生活にボクが飽きさせないよう必死に考えて実行する変な人だったり」
懐かしいよ。
たったの1ヶ月なのに1年ぐらいに感じちゃうんだから、普段の生活の“濃さ”が表れているよね。
「大変だったし、家に帰りたいのも本当だったけどさ……」
ニャルさんとの話し合いで決まった「難しいことは家に帰ってから考えれば良い」ってスタンス。そのおかげか、自分に正直な気持ちが吐けた。
「ナーねえと一緒にいられた時間は――楽しかったよ」
ナーねえの目が大きく開いた。
まるで予想もしていなかったことを言われたように。
「ボクの家、貧乏だったからさ。お父さんとお母さんも遅くまで仕事して、学校の友達も呼びたくてもな~んにも家に無いから呼べなくて、普段両親が帰るまでの間、家の中にいる時は1人ぼっちで……寂しかったんだ」
だから、8月に入ってお父さんもお母さんも住み込みで働くって聞いた時、本当は嫌だった。まだ家に招けるような仲の友達もいなくて、ご近所さんにも家に上げられるほど信用できている人もいなくて、また……寂しい思いをするんじゃないかって、内心では不安に思っていた。
「でも、ナーねえが側にいてくれた。おかげで全然寂しくなかったよ」
「そー……くん」
「これが、ボクの正直な気持ち。……教えてナーねえ。ナーねえは今、何を考えてるの? ナーねえ自身の口から聞きたいんだ」
ナーねえを見つめながら、その瞬間を待つ。
「……み……ぃ……よ」
震える口でナーねえは本音を言ってくれた。
「私……さみしいよ……」
「うん」
「私は……半端なの。他のみんなは人間社会に完全に溶け込んで不自由なく暮らすか、誰とも関わらずヒッソリと暮らすか。神様としての“格”が低い子はほとんど苦に思うことなく、誰も近寄らない場所で暮らしている」
でも――とナーねえは続ける。
「私は誰かと関わりたかった。中途半端にしか力もないのに、人間たちと関わって生活したかった。でも……ダメだったの。前に言ったよね。家に爆弾が落ちたり、見た目が変わらないことに違和感を覚える人が出てきたから、隠れるように住んだって」
「うん」
「ホントはね、当時の人達に自分が人じゃない存在だって、敢えて教えたの。知ってもらった上で、今までのように仲良くして欲しかったから」
「うん」
「でも、待っていたのは『この化け物め!』って、追い出そうとする人たちの怖い顔だった。数日前まで仲良くしていた子が怖がった目で見て、優しくしてくれたオバチャンがクワを持って向かってくる。そんな現実だった」
「うん」
「悲しかった。どうしようもなく寂しかった。でもね、やっぱり、誰かと仲良くしたいって気持ちだけはいつになっても無くらなかったの」
それが正直に吐露したナーねえの気持ち。
昔の人たちに怖がられて裏切られたけど、それでも1人は寂しくって誰かと一緒にいたい。そんな純粋な心をナーねえは持ち続けていたんだ。
あの窓の無い部屋で。
管理人さんともまともに会えない中で。
「何だ、そうだったんだ」
ようやく分かった。
ボクが、ナーねえのことを嫌いになれなかった理由。
「ボクら、似たもの同士だったんだ」
寂しいのが嫌いで、誰かと一緒にいたい者同士。
ボクは、膝をついて涙を流すナーねえをそっと抱きしめる。
「そーくん……?」
「ボクは……ナーねえのこと好きだよ」
「~~~!」
「そりゃ最初は驚いたけど、もう慣れたよ。いろいろあったけど、ナーねえのこと、嫌いになんてなれなかった」
「そーくぅん……」
「今生の別れじゃないよ。また、会うことだってできるんだよ。だから、もう、寂しくなんてないよ。ボクが会いに行くんだから」
「そーくん。そーくんそーくんそーくんそーくん!」
ナーねえが抱き返してくる。
ボクもそれに答えるよう強く抱きしめた。
外と繋がっている扉までたったの数十メートルだけど、ボクとナーねえは手を繋いで歩いていた
「家まで送ってくれるの?」
「うん♡ そーくんがいるように見せかけていた僕の蜘蛛たちも回収しなきゃいけないし、1分1秒でも側にいたいからね♪」
「そういえばいたな、ボクの影武者代わりしているらしい蜘蛛」
ついに扉の目の前まで来た。
「そーくん……」
「うん?」
「風邪、引いちゃダメだよ」
「ナーねえもね」
「神様は病気に掛かんないよー♪」
「それもそうか」
お互いに笑い合う。
監禁されたばかりの頃には考えられなかった光景だ。
でも、今はその時間が幸せに感じた。
何か言うでもなく、同時に扉を開ける。
そこには、眩しく輝く太陽と――
「やっぱり見える範囲だけでも綺麗にするべきじゃ――んん? おぉ! 蒼太! どうしたんだこんなところで!」
「せめて何種類かカラフルな花が――あらぁ、そーくん久しぶりぃ!」
な ぜ か 、
お 父 さ ん と お 母 さ ん が ……
「は?」
思考が止まる。
目の前の現実を受け止めきれない。
何で、ナーねえの屋敷の庭で、お父さんとお母さんが楽しく……?
「蒼太、隣の人は誰だ? もしかしてオマエの良い人か?(ニヤニヤ)」
「まあ! そーくんったら、いつの間に……!?」
あー、このちょっとズレてる感じ、間違いなくボクの生みの親だ。
「……! そーくんのご両親! 何て挨拶すれば!? 息子さんを下さいとか?」
ナーねえは放っておこう。
「2人とも、こんな所で、何を……?」
「何を、ってなー。管理人の手伝いとかをしてたんだが……」
「私は厨房で料理の練習ね! 前任のレシピはマスターしたわ!」
「は、は、はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっ!!!!!???」
魂からの叫びとはこのことか。
ボクの絶叫が夏の空の下、町中に響き渡った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「疲れた。いろんな意味で……」
ボクはついに帰って来れた家――その自室のベッドへ倒れ込んだ。
ナーねえは僕の蜘蛛たちを回収したあと、放心状態のボクをひとしきりナデナデしてから「またね~♡」と帰って行った。
気付いたら1時間ずっと撫でられてた。
しかし、そこまでしなきゃ正気に戻らなかったボクの気持ちよ……
「まさか、お父さんとお母さんがずっとあの屋敷にいただなんて」
速報。
両親、ナーねえの屋敷で正式雇用が決まる。
何を言っているのか自分でも半分くらい理解できていない。
いや、事実だけは分かっているんだ。
両親に声を掛けた人があの屋敷の管理人さんで、従業員が突然辞めた――という体で行政機関に謎のツテで取り計らったあと、ちょうど良さそうな人材をスカウトしていたのだと。
住み込みが決まったあとは、お父さんは管理人さんから仕事の一部を、お母さんは高齢のシェフから料理を教わっていたらしい。料理士免許云々はどうにかなるそうだ。地味に怖い。
さらに高齢の家政婦さんから屋敷の掃除に関しても2人は指導を受けていたらしく、ボクが出会った時は庭の本格的な手入れについて議論するよう言われて話し合っている最中だったもよう。
さらに言えば、ボクが屋敷に迷い込んだあの日、敷地に入るための大きな門が僅かに開いたままだったのは両親の閉め忘れが原因らしい。ついでに、その両親を迎え入れるために警報装置も切ってあったという。
もう、両親のせいであり両親のおかげでナーねえと出会ったことを考えると、いろんな感情がごちゃ混ぜになってしまう。
「ま、結果的には良かったのかな?」
正気度がゼロになっている間にナーねえ両親は仲良くなっていた。
それどころか、今後も良い関係を~とか和気藹々していた。
それでいいのか!?
両親的にも自分たちの働いている場所にボクがいる分にはむしろ安心できるんで、これからいつでも屋敷に行っても良いわよ~! いや、むしろナクアさんが家に遊びに来て下さいよハハハ! すばらしい意見ですね♪ みたいな会話が成されてた。自由か。
「ナーねえと自由に会えるようになったのは朗報だけど、もう今日明日は疲れたし何もしたく………………ん? 自由?」
あれ? “自由”ってワードで何か引っ掛かるような……
いや、本当は気付き掛けているんだけど気付きたくないだけだ。
ロボットのようにカクカクした動きで勉強机へ向かい……固まった。
『小学6年生、夏休み自由研究について!』
『2XXX年度、夏期算数ドリル』
『2XXX年度、夏期国語ドリル』
『読書感想文(6年生用)』
『防災ポスター作成課題!』
そんな、学校の宿題が出しっぱなしになっていた。
脳をフル稼働させて思い出す。
確かボクは算数と国語のドリルは途中までしたけど、他はどうだった?
恐る恐る確認する。
ほぼ真っ白だ。
いつの間にか小人がしてくれていた、なんてファンタジーな展開もなかったのだ。頬を抓ってみるが痛いだけ。つまりは現実。
悲報。
夏休みの宿題、3分の2以上手つかず。
タイムリミット約1日半。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
本日2度目の魂からの叫びだった。
後日、普通に近所迷惑だったので謝って回った。
次回、エピローグ。




