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8月30日(前編) 脱出


 最終日の朝は本当にありふれたモノだった。


 ベッドから起きて、ストレッチして、朝食を食べて、歯を磨く。

 そんな、言葉にすれば普通すぎるもの。


 だけどやっぱり、雰囲気というか、ボクとナーねえを包む空気だけが違ったんだ。


 ボクとナーねえの対決。

 この屋敷の迷路を今日までに攻略して脱出できれば晴れて自由の身。家に帰ることができる。脱出できなければ、ボクは行方不明扱いでこの屋敷から出られない。これはそういう対決でゲームだった。


 途中でナーねえが冷静になったらしいので、その時点でもっと穏便にできなかったのかとも考えていたけど……

 たぶんナーねえは……


 いや、よそう。

 とにもかくにも、ゴールに辿り着けなきゃ意味ないんだ。


「……忘れ物無し」


 異次元ポーチに入れ忘れたものがないかの作業が終わった。

 その様子を少し離れたイスから見ていたナーねえは何も言わない。

 ただ、どう表現して良いのか分からない表情で見ているだけだ。


「……じゃあ、行ってくる」


 部屋のドアを開ける前、そう呟く。


 今ボクはどんな顔をしているのか?

 自分でも分からない。


 何となく見せたくなくて、振り返ることだけはしなかった。

 今、ナーねえを直接見たら決心が揺らぎそうだったから。


 ほんの数秒の沈黙。

 どうしたのかと振り返りそうになった時、背中にナーねえの声が届く。


「……いってらっしゃい」


 探索に出掛ける際、何度も聞いたその言葉。

 ただ今日のそれは普段よりもずっと優しい声音のものだった。


「うん。行ってきます」


 それだけ言って、ドアを閉めた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 避ける。

 避けて避けて避けて、避けまくる。


 バネの罠も、鳥もちの罠も、回転床も、糸の大玉だって。

 何度も何度も引っ掛かったんだ。

 新しいのが出てこない以上、もうボクを止められるものは無い


(上へ、上へ、とにかく上へ)


 目指すのは上方向。

 ゴールである屋敷――その1階・・までもう半分は切っているはず。


(ずっと疑問だったことが一昨日判明した)



 結論から言えば、ボクらがいたのは――あの屋敷の地下だ。

 元々あった地下をナーねえが掘り進めて、能力で広くした場所だった。



『ナクアは蜘蛛の神様だからね。現存する蜘蛛にできることがナクアもできるのは当前のことなのさ。蜘蛛の仲間には穴掘りが得意な種もいるんだぞ』



 何ということだろうか。

 ナーねえは本当に建築基準法にケンカを売っていたらしい。


 あのデタラメな階段群はナーねえの神様としての能力の応用だと納得できたけど、ソレをする前から地下空間を勝手に広げていただなんて。

 地震が来たらこの辺一帯が大陥没するんじゃないだろうか?


 まぁ、そのための拡張された空間なんだろうけども。

 ニャルさん曰く、ナーねえの能力で拡張された空間は普通の方法じゃ破壊が不可能らしく、同じ神様相手なら弱いけど、人の技術や天災程度ではビクともしない鉄壁の要塞になり得るとのこと。

 神様としての格は低いらしいけど、人間がどうあっても敵わない相手という意味じゃ、やっぱりナーねえは規格外の存在だよ。



――カサカサカサ



「っ! 出たなタイラントチュラ!」


 ついに憎き巨大蜘蛛の登場だ。


 先日までは逃げるしかなかったが、今日は違う。

 とっておきの切り札があるからだ。


「おおおおおおおおおおっ!」


 ボクはタイラントチュラに自分から近づく。


 向こうもボクの行動は予想外だったのか歩みを止めたけど、すぐに「おうおう、掛かってくるなら相手になったるでー!」とばかり、威嚇のポーズをしだした――って、あ~あ。ついにタイラントチュラの気持ちまで分かるようになっちゃったよ。

 もう末期ってやつだね。

 いろんな意味で手遅れだ。


 そんな心の諦めを隅っこへ置き、ポーチっから取り出したソレ・・をタイラントチュラへ向け、引き金を引いた。



「喰らえ必殺……水鉄砲!!」



 発射された液体はギリギリの距離まで近づいたタイラントチュラの口へ一直線に進んで命中する。


 これに驚いたのは件のタイラントチュラの方だろう。

なんせ、もったいぶって出したのがただの水鉄砲なんだから。


 読み取れる気持ちも「え? オマエ、マジか?」といった驚きから、「こんなもんでワイがどうにかなると思っとるんかい!」と荒ぶっている。

 ……どうでもいいけど、何でここの蜘蛛の気持ちを読み取るとエセ関西弁になるんだろ? 末期かな? 末期だな。


 そんなことを考えている内にタイラントチュラが「覚悟せー!」とすぐ側のボクに近づこうとして……足がもつれて倒れた。


 タイラントチュラはどうして倒れたのか分からないまま、何とか起き上がろうとするけど起き上がれず。

 しまいには動きがふにゃふにゃになっている。

そう。まるで酔っ払いのように。


「……本当に効くんだ。蜘蛛にコーヒーって」


 それはニャルさんについでとばかり、タイラントチュラへの対抗手段がないか聞いた時のことだった。

『私に良い考えがある!』と、ポストから出てきたのはただコーヒー。入れ物のオッサンが何とも言えない渋さを出していた。


 で、当然だけどポストを蹴った。

 ついで、受話器も放り投げようとした。

 巨大蜘蛛への対処を聞いているのに、何で有名メーカーのコーヒーを渡してくるのかと。これでも飲んで落ち着けってか、と。


 だけど、涙声で説明させて!というニャルさんによれば、蜘蛛はコーヒーを飲むとお酒を飲んだ下戸のごとく酔っ払うという話だった。


 半信半疑だったけど、ここでウソをいうとは思わないし、本当の話だと信じて実践した。結果はこの通りだ。

 少し前のナーねえが部屋の中をプールにした時に遊んだ水鉄砲が残っていて幸いだった。おかげで危険を最小限にタイラントチュラと向き合える。


「よし!」


 いつまでタイラントチュラが酔っ払っているか不明なので、すぐに上へ向かう。


 そして、行く手を塞ぐように現れるタイラントチュラたち。

 上下左右がメチャクチャな場所に苦戦しながらも、2匹目、3匹目とタイラントチュラをコーヒー水鉄砲で無力化していく。


 そして7匹目となる(多すぎるよナーねえ)一際大きなタイラントチュラを無力化し終えた所で、ついにそれを発見する。




「扉だ」




 普通に設置されている階段。

 その先に、扉があった。

 外の光が隙間から漏れ出す何の変哲も無いただの扉が。


「………………」


 罠は……無い。


 一歩一歩、階段を登る。

 扉の前に辿り着き、ゆっくりと、その扉を開いた。


「っ、眩し……!」


 ずっと日に当たっていなかったからか、窓から差した・・・・・・太陽の光が随分強烈に感じた。今だけは太陽に焼かれる吸血鬼の気分だ。


「ここは……」




「この屋敷のエントランスホール。つまり、ゴールだよ」




 声がした方を見れば、もうこの1ヶ月ずっと見続けた顔がそこにあった。


「ナーねえ……」


「おめでとう、そーくん。この勝負……キミの勝ちだよ」


次回、物語の結末。

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