8月28日 迷路の謎
「ナーねえ、今日はお弁当いらないよ」
「!? な、何で? 私のお弁当、美味しくなかった……?(涙目)」
「違うから泣くな。ただゆっくりしようってだけだよ」
「あれ? 今日は探索に行かないの?」
「うん。最後の追い上げだからこその休みにする」
「……そっかー。じゃあ今日は一緒にお昼だね♡」
「ちなみに、メニューは?」
「みんな大好きナポリタンだぞ♪」
「美味しそうだね」
今日も含め残り時間は3日となった。
焦る気持ちはあるけど、だからこそ休まなければいけない。実際問題として手足が疲れているのは本当だし。
何よりも、だ。
相談というか、確認しなきゃいけないことがある。
ナーねえではない。
じゃあ、誰かって?
今もボクの様子を謎パワーで見ている存在だよ。
そう。奴の名は――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『いつでもどこでも這い寄る混沌! ニャルラトホテプ~~~!!』
「お久しぶりですニャルさん」
『超久しぶりだね~』
お昼のナポリタンを食べ終わり、ナーねえが仕事部屋へ行ったのを見計らいやって来た元・謎の部屋。
以前来た時と変わらず、精神の大事な部分が削れるデザインの黒電話と手作り感満載のポストが置いてある。
大丈夫なはずだと半ば確信して入ったけど、予想通り入った瞬間黒電話が鳴り響いた。で、出れば前回同様のテンションなニャルさん登場だ。
「確かに久しぶりですけど、“超”っていう程じゃないでしょ? いろいろと道具を貰ったのが……15日だっけ。だから2週間ぐらいだよ」
『いやいや、私にとっては3ヶ月ぐらいキミとは話していない感覚なのよ』
「何でそんな中途半端な……」
『第4の壁を越えることぐらい簡単にできるからかな~?』
「? 意味が分からないんだけど」
『――意味が分かったらSAN値がピンチだからやめときな』
「ア、ハイ」
怖っ。
何が恐ろしいって、あのニャルさんが急にマジトーンになったとこだ。
ボクの精神のためにもこれ以上は踏み込んではいけない。
『それで? 今回のお悩みは何かなぁ?』
「見ていたんなら分かるんじゃないの?」
『何のことかなー?』
絶対分かってても聞いてくるよね神様って。
そういう性分なのかな?
あ、邪神だったか。
「……今までずっと疑問に思わなかった」
「ここが屋敷のどこかだって、漠然と考えてた」
「でも、日に日に違和感が強くなるばかりなんだ」
「ねぇ、ボクがいるのって……どこなの?」
『………………』
ボクの質問に何も返さないニャルさん。
数秒の沈黙のあと、答えは返ってきた。
『今のキミなら2つのヒントで答えが出るはずだから、それを贈ろうか』
「ヒント?」
『1つ目。前にナクアが自身の力で空間を拡張している――って話は聞いたでしょ。ようはキミを困らせる迷路を生み出した元』
「うん」
『あれって、確かに物理法則を無視して自分のテリトリーとしている空間を広げているんだけど、広げられる大きさは、元々の空間の大きさに比例するんだよ』
えっと、つまりどういうことだ?
『要するに元々の広さが大したことなければ、どんなに拡張してもたかが知れているってこと。逆にそれ相応の広さがある空間を拡張すれば、途方もない広さとなる。……キミは随分と迷路を探検してきたけど、拡張されたとして行き帰りだけで数時間掛かる場所が、元は常識の範囲内で大きいだけの屋敷の中だって本気で思う?』
「それは……」
あの日。8月1日。
屋敷に入る前、軽く見た感じでは大きな屋敷であったけど、常識で測れる程度の大きさだった。普通の家数個分ぐらいだ。
ナーねえの力が働いたとして、上下左右全てが平均に広がったあの空間になるとは思えない。そういうものだと納得してしまえばそれまでだけど、その力に“限度”が存在するなら屋敷の中があの空間になるなんて信じられない。
(じゃあここは……屋敷じゃない?)
まさか、別の建物なんだろうか?
でもナーねえはそういった露骨すぎるズルはしないと思う。ニャルさんも、これがボク対ナーねえのゲームである以上過度な介入はしないにしても、明確なルール違反があれば許さないだろう。
協力してもらってるから忘れがちだけど、ニャルさんはおもしろおかしく見る観客なんだ。気に入らなければブーイングぐらいする。
『2つ目のヒントは物資搬入用のエレベーターさ』
「え? 食事とかが乗ったカートが運ばれるアレ?」
運ばれてくる瞬間は見ていないけど、いつもナーねえがキッチンカートを出し入れしている場所で、鉄格子に覆われているあの?
『エレベーターだから当然上下に移動するわけだけど、例のカートは“上の階”と“下の階”、どっちから来ていると思う』
「それは……」
……どっちなんだ?
まあ普通に考えるなら、
「下の階でしょ。調理場とかは大体そこだし」
『そうだね。キミはずっと“屋敷”って言い続けているけど、正確にはナクアが住んでいるのは“洋館”と言われる建物だ。1階が他人と交流するスペースで2階がプライベートって感じでね。使用人がいるのは大抵の場合、人目につかない奥の部屋とかだ』
「じゃあ管理人さんもそこにいるのかな」
ナーねえの無茶ぶりに答えている管理人さん。
会ったら挨拶ぐらいはしないと。
『ここで問題になってくるのはキミが暮らしているその部屋にあるものさ』
「あるもの?」
『お風呂だよ』
「ふ、風呂ぉ?」
毎日ナーねえと入っている風呂の何が問題なんだ?
『お風呂、大きいよね? シャワーのおまけで付く程度の大きさじゃないよね?』
「うん」
お風呂は確かにデカい。
温泉施設ほどじゃないけど、自宅の風呂の3倍以上はある。
『洋館でそういった大きなお風呂があるのは……1階なんだ』
あ。
『少なくとも2階より上にはない。近年の高級マンションなら何階だろうがバカ広いお風呂ぐらい付いているだろうけど、その洋館が建てられたのは何十年も前。技術が発展した高度成長期を迎えるよりもさらに昔なんだよ』
頭の中でピースが組み上がっていく。
今までの疑問と、ニャルさんからのヒントで答えが見えてくる。
『せっかくだ。ダメ押しといこうか』
受話器越しにニヤニヤしているのが分かる声色だった。
『何でキミのいる部屋には――1つも窓が無いんだろうね?』
瞬間、
ボクは謎の部屋を飛び出す。
廊下へ続く部屋の扉を開け、鉄格子があるからと諦めていた場所――荷物搬入用のエレベーターに向かった。
「そうか。そうだったんだ……!」
鉄格子の隙間から見えるエレベーターの操作スイッチ。
構造は単純で開け閉めのボタンと荷物を運ぶボタンしかない。それ以外は稼働中であることを示すランプだけだ。
「ここは……この場所は……じゃあゴールって……!」
その荷物を運ぶボタンはシンプルな三角形の形をしていた。
上に上がることを表わす形だ。




