8月16日 難易度設定間違えてない?
「今日から本気でこの屋敷からの脱出をする」
「――!? キリッとしたそーくんの表情も素敵……!」
「話の腰を折らないでよナーねえ」
ニャルさんからの支援で脱出の目処が立ったボクは、改めてナーねえに決意表明したんだけど……相変わらずナーねえはナーねえだった。
あーもう。
そんなに目をキラキラさせないで。
よだれよだれ。
「ボクは本気だ。難しいことは帰ってから考えることにしたんだよ」
「夕飯までには戻ってね♪ 今日は石焼きビビンバだよ♪」
「……ツッコまない。ツッコまないぞ」
そりゃ数時間で初日脱出できるとは思わないけど、今から夕食のこと考えるのは負けた気がしてならない。
脱出の件になるとナーねえは話しをはぐらかしたり、核心に触れるようなことは言わないでいる。それがどんな気持ちから来るものなのかは……今、どれだけ考えたって答えは出ないか。
「んー、でもそうだなー。夕飯まで戻って貰わないと美味しくなくなっちゃうし、時間になったら迎えに行かせるね♪」
「……分かった」
なるほど。時間ギリギリまで粘るつもりだけど、タイムリミットが近づいたらどこからともなく屋敷の構造を把握してるだろうナーねえが迎えに来る――というか、強制的に連れ戻しにくるのか。そうなると早さも重要になるな。
あれ? 迎えに行かせる?
ナーねえが連れ戻しに来るなら迎えに行くじゃ――
「せっかくだし、脱出に失敗するごとに色入と付き合って貰おうかなー? 具体的にはぁ、そーくんのコスプレ大会をもう1度開くとか♡」
「 ち ょ っ と 待 て 」
全力で攻略しよう。
1日でも早く脱出して見せよう。
そう、心に硬く誓った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――硬く誓ったはいいけど、実際に行動として移した時に想定してた通りの結果が出せるかというと、それはまた別問題だ。
「ゼー、ハー……! き、きつい!」
端的に言うと、自分の体力の無さを舐めてた。
場所は例の建築法ガン無視階段地帯。
初期位置の廊下からどれぐらい離れたか、かれこれ体内時計で2時間以上は格闘している。おやつの時間は過ぎてるはず。
(出だしは順調だったんだけどなー)
ニャルさんから貰ったペタリニャンコ。
手足に付けたそれは大変役立った。
装備してみればペッタンペッタンと、真横に設置された階段でも移動することができた。ちょっぴり忍者の気持ちになった気分だ。
魔法のアクセサリーの効果で重力に引っ張られる感覚も、頭に血が上るようなこともなかった。
そうしてきの赴くまま探索することしばし……
新たな問題点が発覚した。
まず、この建築法ガン無視の空間が予想以上に広い!
間違いなく外から見た屋敷の外見よりも広かった。
ナーねえがどんな罠を仕掛けてるにしても、それにさえ気を付ければ2、3日で外に出られるかもと期待しただけに衝撃が大きい。
正直言って、自分が今どこにいるのか把握できていない。
広すぎて小学生が記憶できる範囲を余裕で超えるんだもん。
ナーねえの言う“迎え”が無かったら遭難してもおかしくない。
……次回から紙とペンを持って地図作らなきゃ。それも2次元のじゃなくて3次元の地図。この年で脳の限界に挑戦することになるかも?
次にボクの体力が想像以上に無かったこと。
考えて欲しい。
いくら親がボクのために食事を優先的に寄越してくれるからって、お腹いっぱいになるほどのごはんや肉料理――つまりはタンパク質のあるものを1日に必要な量取れると思う?
答えはNo。
借金返すまで肉料理とか最低限だったよ!
ちゃんとした料理名のある肉料理なんて月1度だけだよ!
お父さんやお母さんが肉団子みたいなサイズのハンバーグ食べている横で、普通サイズのハンバーグ食べるのが申し訳なかったよ!
すき焼きとか今年になって初めて食べたわ!
ぶっちゃけ家の食事より給食の方が基本豪華なんだよね。
給食費払ってくれたことは本当に感謝している。
そんな家庭環境だったんで、可能な限り体力を温存して過ごした。
運動ばっかりしているとすぐお腹が減っちゃうから。
具体的には体育の授業で手を抜いてたし、遊びも室内でできるの限定だ。
持久走? 先生を泣き落として回避したよ。
その結果がコレ。
体力の無い子供――ボクのできあがり。
引っ越したあとで変わってればなー。
家で栄養のある食事を取れるようになったのもここ半年の話しだし、そんなすぐ外で思いっきり遊ぶのは難しいよ。
体育の授業も動きすぎたら倒れるんじゃ……ってほどほどにしてたし。
さすがに半年じゃ体力の無さはどうにもできなかったってこと。
ペタリニャンコは性質上、両手足に4つ付けて四つん這いで使用するけど……
何だかんだで真横や斜め、天井にある階段を四つん這いで慎重にペッタンペッタンしながら移動するのは体力が必要だった。
平行な場所で休憩しながら息を整えないとやってられない。
このい時間のせいで余計に脱出までの時間が削られている。
そして、最後の問題。
ナーねえによるDIYだ。
――ガコッ!
「あー、またかー」
必死に移動していると、ここ数時間で聞き飽きた音が。
諦めというか疲れ切った声がボクの口から出る。
もはや身構える気力さえ無い。
もうどうにでもなれ精神でいれば、ビヨーンッ!という音と共に前方に放り出されるボクの体。
そのまま綺麗な放物線を描き――巨大な蜘蛛の巣に引っ掛かった。
たまにあるんだ。こういうすごく大きな蜘蛛の巣が。
今回はど真ん中にクリーンヒット。もう逃れられないなこれ。
「ナーねえが作った巣なのかなー……」
巣を作った蜘蛛らしき存在は見当たらないし、クッションの役割をしたトラップ用の巣なんだろうなー。
さっきから見事に掛かっているのは、ナーねえが作ったらしきトラップ。
ボクのいた場所を見れば、床に仕込まれていたバネがビヨンビヨン鳴ってる。あれで前方に吹っ飛ばされたのかー。
最初に掛かった回転する床とかは優しい方。鳥もちみたいな蜘蛛の巣を丸めた物体が上から落ちてきたり、横から発射されるトラップ。いきなり床が抜けるトラップ(下にはクッション)。順調に進んでいると壁とぶつかりそうになる騙し絵など。
本当にナーねえが1人で作ったんだとしたら、日曜大工の才能があるよ。
そういえばニャルさんも言ってたっけ。ナーねえが故郷でずっと巣を作ってたみたいなこと。納得だよ。
騙し絵が日曜大工のカテゴリーに入るかは謎だけど。
「うん。見事に動けない」
さっきからグイグイ引っ張ってみるけど、蜘蛛の巣から出れない。
片腕だけなら引き剥がせた。だけど全身は無理だった。
「今日はボクの負けだとして……迎え、来るんだよね?」
拉致監禁した側の助けを期待するって言うのもい変な話だけど、このまま迎えが来ないと死んでしまうのですごく困る。
体感時間から、もうそろそろタイムリミットのはずだけど――
――カサカサカサカサカサ
「………………」
いつか見たでっかい蜘蛛がそこら中から出てきた。
ナーねえの生み出した僕とかってやつだ。
それが、どんどんボクの周りに集まる。
蜘蛛の巣に囚われ、身動きできないボクの所へ。
「え? 待って。待って待って待って待ってまって――!」
まさか、そういうこと!?
ボク、この蜘蛛たちのエサになる!?
イヤアアアアアアアアッ!! 助けてナーねええええええええええ!!
ボクの願いも空しく、ついに蜘蛛たちが行動に移す。
数匹ずつで蜘蛛の巣を綺麗に折りたたんだ――ボクを巻く形で。
「ちょ、誰かああああああああアアア!!」
訳が分からない内に器用に運ばれる。
しかも予想外に速い!
どこへ連れて気!? エサは嫌だあああああああああ!!
そして数分後。
「おかえり、そーくん♡」
ナーねえがいつもの部屋の前で出迎えてくれた。
巻かれていた蜘蛛の巣も、ナーねえが触れただけで粘着性が無くなり、シルクのような手触りに変化している。
くるくる回されて解放され、ナーねえの胸元に飛び込む形で受け止められた。
ここでようやく事態を把握する。
「…………迎えって、あの蜘蛛たちのこと?」
「うん♪」
「そっかー」
未だにエサにされるんじゃって恐怖で心臓がバクバクしている。
「……もう少しこのままでいい?」
「もっちろん!!」
いつになく力強い肯定だった。
今だけは顔を包む母性の塊が安心する。




