8月13日(後編) 邪神の提案
「……すー……はぁー……」
奇跡的に元あった場所に収まった受話器を見ながら、ボクは荒んだ心を落ち着かせるため、深呼吸を繰り返す。
思い出すのは某有名アニメ。
オープニングが非常に独特で1度聞くと中々頭から離れないアレ。
前の学校の友達がそういった類いを好きで、見せてもらった記憶が蘇る。なんか“ぱろでぃ”?とかが多くて、元ネタをほとんど知らないボクは途中でついて行けなくなったけど、第1話とオープニングだけは忘れない。忘れられない。
……いや本当に忘れなくて困った。
テストが近づいてきた日だったのに、寝たくても頭の中であの曲がリフレインし続けたせいで寝不足のままテストを受けたんだ。
今までの人生で2番目にピンチだったよ。
1番?
今のこの状況そのものですが、何か?
ともかく、意を決して出た電話先の相手がすごい聞き覚えのある名乗りを言ってきたんだ。受話器を乱暴に扱っても変じゃないでしょ?
で、恐れてたことが。
――リリリリリリリリッ!!
「うっわ。また掛かってきた」
性懲りもなく鳴り出す電話の音。
もう勘弁して欲しい。
ウザいし、ダルいし、めんどくさいよ……
もう素直にナーねえに頼ろうかな?
「………………次、ふざけた対応で出たら即切って頼ろう」
一先ず電話先の相手に最後のチャンス与えることにする。
絶対普通の相手じゃない存在に対してすごく上から目線だけど、それぐらいボクの心は荒ぶっていたんだ。許して欲しい。
今度は身構えずに受話器を取る。
ここまで来たら1周回って怖くなくなるってば。
「――もしもし?」
『先程はマジすんません。ちょっと調子に乗りすぎました。ここ最近ワタクシめを題材にしたアニメが有名になって調子乗ってたと言いますか、会話の主導権握るために自分のペースに巻き込もうとしたと言いますか、とりま、どうか受話器を投げつけずにこちらの話を聞いていただけませんでしょうか候?』
「メッチャ低姿勢!」
予想以上に謝られた。
何でだろうな?
電話の向こうで土下座している気配がするのは。
「えっと……何かその、大丈夫ですか?」
『ぶっちゃけ、あんな一方的に電話切られたの初めてで、ちょっとショックで泣きそうになっているって言いますか……』
「メンタルが豆腐……!」
この人(?)、本当にナーねえと同じ人外か?
実はボクと同じ立場の人間ってパターンじゃないよね?
「分かりました。分かりましたから。必要以上にふざけないでくれるなら先程のことは忘れますんで、改めて自己紹介からお願いします」
『何と! ……最近の少年はできてるな~。昔のクソガキと言ったらねー、私の心が広くなかったら生け贄エンドだってあり得てたぐらいクソだったんだよー。余所者だからっていきなり棒の先端に付けたウンコ投げつけてくるかね普通? アハハハハハ!』
クソ違いでしょそれ。
闇が見え隠れしてくるエピソードだな。
『改めて自己紹介するよ。と言っても、最初のふざけた自己紹介もウソは付いていなかったんだけどね。……いつでも、どこにだっているし、隣にいる誰かかもしれない。そんな奈落から這い出てきた混沌――ニャルラトホテプ。とある神話体系の邪神なんぞやってるものだよ』
「――っ!」
急激にのどが渇く。
そう錯覚するような、まるで初めてナーねえの正体を知った時のような、そんな人外と出会った際の反応とも言うべき感覚がボクを襲う。
直接会ったわけでもないのに確信した。
本人が言ったとおり、ボクが受話器を通して話しているのは人ならざるもの――本人の言う邪神とかだって。
『……フフフ。ちょっとマジメ過ぎたね。こういうのキャラじゃないんだけど、最初がふざけ過ぎたから、さ?』
「は、はい」
『うーん、キミは変なところで第六感が働いちゃうタイプだね。電話越しに何かを感じ取っちゃったか。失敬失敬』
「はぁ」
『ほら深呼吸して。落ち着いて話がしたいんだこっちは』
言われたとおり、息を吸って吐くを繰り返す。
……うん。落ち着いた。
『やらせといてなんだけど、落ち着くの早くない? キミってばナクアとの生活に気付かないうちに慣れすぎて変な耐性付いてるよ?』
「マジで!?」
いや、最近自分でも心臓に毛が生えてきたんじゃって思うぐらい慣れたけど。
冷静になってきた頭で考える。
ニャルラトホテプを名乗った電話向こうの相手の声は結構中性的。小学校の男子にも女子にも聞こえる声音。
気を付けないとクラスメイトに話しかける時と同じように話してしまいそうになるうえに、フレンドリーな感じで話してくるから、勢いで揚げ足を取られないようにしないといけない。
相手は仮にも自らを邪神と言っているわけだし。
ナーねえと同じく独特の感性を持っていると考えるべきだ。
「それで、ニャルラトホテプさんは……」
『ニャルでいいよー』
「……ニャルさんは、どうしてナーねえに気付かれないようボクに?」
『へー? そこで疑問を置いて直で聞くんだ?』
「わざわざナーねえに聞こえないよう電話の音を細工して、ボクが出るように仕向けたのぐらいはさすがに分かりますって。ついでに、こっちの事情をある程度把握しているのも」
もうピンポイントでボクを狙っているとしか思えない。
情報だって、どうせ謎の人外パワーを使ったに決まっている。
『正解~! 今は自由気ままに暮らしているとはいえ、かつては皆のリーダー格だったからねー。仲間だった子たちの様子をたまに見たりするのだ! 月1で様子見するのを100年近く続けているんだよ』
「……そして、ナーねえの側にボクがいるのを知ったと」
『そういうこと』
「それで? ボクと何を話したいんですか?」
『うん? どうも行動方針がぶれてきて自分でもどうすればいいのか迷ってるみたいだからさ、背中を押してあげようかとね』
今のセリフだけで確信した。
この邪神、ボクの存在に気付いてから定期的に様子見しているな。
「なにを――」
『家に帰りたいんでしょ? その協力者になってあげてもいいよ?』
その言葉に、ボクはすぐ返事を出せなかった。
ただ、その時浮かんだものが1つ。
ナーねえの悲しそうな顔だ。
ぶっちゃけ、第三者を登場させないと蜘蛛屋敷の攻略とか小学生には無理だと気付いた作者の苦肉の策でニャル様IN。
一発ネタならともかく、中編にするからこうなったのだと反省。




