8月9日 無色の1日、悩みは晴れず
「はぁ~~~……」
朝からため息しか出ない。
燃え尽きたというか、燃えてる最中に強制鎮火されたというか、とにかく、今はやる気らしいやる気が出てこない。
「あれは卑怯でしょ」
思い出すのは扉の先にあったメチャクチャな階段。
やる気があるかないか以前の問題だ。
残念なことに(?)ボクはいたって普通の小学生。重力・引力に逆らって歩くなんて芸当はできやしない。
そりゃ、ナーねえも「行ってみる?」って軽く言うさ。
行ったところでボクには何もできないんだから。
お父さん、お母さん。
本格的に夏休み終了までに変える目処が無くなりました。
犯人は人外です。
で、その人外といえば――
「!!? ぎゃ、逆バニー……! 何てモノを考えつくの外の人間は!? 随分前に人妻モノが流行りだした時も戦慄したけど、これはその比じゃないわ!! 何だかこの2、30年でやけに変な方向に進化してないかしら人間? ニャルちゃんやクーくんも恐れおののいたって聞いたけど……神様を怖がらせるなんて、数十年後が怖いわ……」
ピンク色の雑誌(「そーくんは見ちゃダメよ!」と言われたの)を覗き込んで目を点にしてた。
ナーねえをここまで驚かせる内容っていうのも気になるけど、さっき“バニー”って単語が聞こえたからなぁ……。碌な本じゃなさそう。もうバニー関連はこりごりだよ。
「……逆バニー。これをそーくんに――ってダメよナクア!! さすがにそれは踏み越えてはいけない一線よ! これはカワイイとかじゃなくて、ただただイヤらしいだけ! そーくんにはイヤらしくないけど胸の高鳴りが収まらない格好が1番良いもの!!」
何だろう?
ナーねえの言ってることがほとんど分からないのに、命の危機を脱したような謎の安心感がある。
「やっぱり普通のバニーがコスプレそーくんで1番よね♪」
最下位だよバカヤロー。
「うーん、けどこの“ミニスカ和服キツネっ子”というのも中々……」
ナーねえはボクに何を着せる気なんだ?
しばらく「う~んう~ん……」と悩んだナーねえは何かを思いついたような顔をしてソファに寝転んだボクに視線を向けた。
……あぁ分かるよ。次に何を言うのか。
1週間も監禁されつつ世話をされてればイヤでも分かるさ。
「ねえ、そーくん? ウサギとキツネ、どっちが好き?」
「どっちも嫌い」
予想通り過ぎて半眼になってしまう。
これ、あれだろ?
どっちか答えていたら、バニーか、なんとかキツネかの訳分からん衣装を新しく作るんだろ?
「じゃ~あ、犬と猫じゃどっちが好きかな?」
「どっちも嫌い」
ウソだ。
実際はどっちも好き。
ペット飼う余裕なんて家には無かったから飼えなかったけど、近所で見かけたら飼い主の人に触らせてもらってたぐらいには好きだった。
「それじゃそれじゃ、生き物だったら何が好きで何が嫌い?」
「さあね。何だって良いだろそんなの。強いて言うなら、今は蜘蛛が生き物の中で1番嫌いだ。死ぬほど嫌い」
不動の1位だった台所のGが2位に転落して、今や蜘蛛が嫌いな生き物ナンバー1となっている。それもこれも、全部ナーねえのせいだ。
「ぶぅー! 今日のそーくん冷たーい!」
「……それくらいしか、仕返しできることがないからね」
ボクはナーねえが飽きるまでの暇つぶしにされて生きていくことになるのかと思うと、どんどん色々なことがどうでもよくなる。
事実、朝食も何食べたのかもう忘れた。
もうこのまま寝てしまおうかと目を閉じる。
「むー……」
どことなく不満そうな声を出しながら、ナーねえがボクの寝転ぶソファに近づくのが分かる。
「むむむむむ……」
ナーねえがソファに座った。
そのままゆっくりとボクに体を寄せてきて――って、
「いや近い近い。近過ぎるって」
どんどん体重を掛けてくるからナーねえの柔らかい場所が全身に当たってる。
こんなんじゃ眠れないって。
「何だよ一体……?」
鬱陶しくなって目を開け、少し驚いてしまった。
きっと目を開ければ「そーくん♡」とか満面の笑みで顔を覗き込んでいるとばかり思っていたのに、目の前にいるナーねえは――
「むぅうううううううううー!」
プクーとほっぺを膨らませ、小さな子供みたいに怒っていた。
「え、えぇ……?」
これはちょっと予想外だ。
大穴で、人外としての本性を現してボクを食い物に(ガチで)って展開まで予想してたのに、全部外れた。
「……何なんだよ、その顔は?」
「だって、今日のそーくん。困ってもくれないし、怒ってもくれないし、恥ずかしがってもくれないし……つまんない!」
「はあ~~~?」
「もうもうもう! そーくんがそんな態度取るんなら、私だって禁断の逆バニーにそーくんを着替えさせちゃうぞ!!」
「それはやめろ」
“逆バニー”って何?
もしかして、さっき読んでた本の内容?
詳細は分からないのに、絶対に禄でもないって第六感が告げてる。
「結局、ナーねえはボクにどうして欲しいのさ?」
「構って!」
「子供か。年齢不詳の神様じゃないのかよ」
「そーくんといる時は、何千歳も若返った気分なの!」
「若返った気分の桁が違う」
(本当にもう、何なんだこの人は)
優しくて少しエッチなお姉さんだったり。
人外で、常識の通用しない未知の恐怖を向けてきたり。
つれない態度を取ったら子供っぽく怒り出す、構ってちゃんだったり。
(前にも思ったけど、結局ボクはナーねえのこと何にも知らないんだよな)
聞けば大抵のことは答えてくれるだろう。
ナーねえはそういう人(?)だ。
だけど、ナーねえことをどんどん深く知った時、ボクは、果たして今までのように何が何でも家に帰りたいと思うようになるのか。それが、分からない。
自分でも薄々気付いていることがあるかもしれなくて、もしかしたら、それを考えないようにしているのかもしれなくて……
「もー! そーくん聞いてる!?」
目の前には、相変わらずプリプリしてるナーねえの姿。
とてもじゃないけど、小学生を監禁した犯人には見えない。
「……もっと人外らしくしてれば悩まずに済んだのにな」
「? 何か言った?」
「何でもない」
昨日と同じように、会話のない夕食はできるだろう。
昨日と同じように、何も反応しないでお風呂に入れるだろう。
だけど、明日も同じようにできるか……分からない。
ナーねえはボクをどうしたくて、
ボクはナーねえとどうしたいのか。
その答えは、まだ出なかった。
「うぅ~寝ちゃった。寝顔はカワイイけど、反応の薄いそーくんはヤダよぅ……。こうなったら、絶対にそーくんが興味を引くものを用意してやるんだから! 明日を楽しみにしてるがいいよ!」
・初めて”逆バニー”の存在を知った時
作者「……天才か。いや変態か」
作者「だけどまぁ、日本人の業も来るところまで来たなー」




