8月8日 蜘蛛屋敷脱出……失敗!
拝啓、お父さんとお母さん。
あなたたちの一人息子はこの世の理不尽やら何やらでキレています。
キレる対象が人外なので、全く効果はありませんが。
「絶っっっ対に出ていってやる!!」
「きゃっ♪ 今日のそーくんったらワイルド!」
「うっさい!」
はい。
荒ぶってるワイルドなそーくんこと、絶賛監禁中の蒼太です。
反抗期かなってぐらい荒い言葉遣いになる。
……口調が悪くなっている自覚はあるんだ。
でもね?
昨日、現在ボクを抱きしめているナーねえこと蜘蛛女に掴まってから数時間、ずぅ~~~っと着せ替え人形にさせられたんだぞ?
男の子用の服はまだ分かる。
どんなに可愛らしくてもまだ理解できる。
だがしかし!
OLの服とかナース服とかを強制的に着せられて、それをパシャパシャとカメラで撮られて、男子としての矜持を破壊つくされて冷静でいられるほどボクは大人じゃない!!
こんなに感情が高ぶったのは初めてだよ。
ちなみに、トドメとなったのはバニーって衣装だった。
恥ずかしさで死ぬかと思った。
ナーねえは鼻血を出して過呼吸気味になっていた。
一体何の衣装かは知らないし、知りたくもない。
「いいか! 振りじゃないぞ! 本当に出て行くからな!」
「………………からの~?」
「あぁあ゛あああぁああああああ゛っっ! 振りじゃないって言ってるだろぉ! 引き留めてほしいわけじゃないよ!!」
「今日の夕飯はパエリアだぞ♡」
「じゃあ夕方までには帰ってこないといね――って、だ~~~か~~~ら~~~!! 一時帰宅じゃないよ! 永久帰宅だよ! 昼食も夕飯もいらないよ! 今日でおさらばなんだよ!!」
部屋から出て行ってもないのに疲れる……!
(そもそも「試しに出て行ってみる?」って、ボクの1週間は一体……!)
結論から言うとボクがここから出るために、ナーねえの行動や部屋の構造を調べてたことはバレていた。
ボクが必死になって調べたり誤魔化したりする姿が想像するだけで可愛くて、仕事部屋でずっとニヤニヤしてたとはナーねえ談。
さらに言えば、
『ようやく年齢が二桁に達したそーくんと、とっくの昔に三桁に達している私とじゃ、文字通り生きてきた年月が違うのだよ? えっへん!』
――と、必要以上に胸を張ったドヤ顔のナーねえに言われてしまった。
どうやら、ボクの演技なんてナーねえにとって子供だましにすらならなかったらしい。というか、敢えてその反応を見て楽しむって普通に性格が悪い。いや、ナーねえの場合はごく自然に無自覚でするから余計タチが悪いのか。
どちらにしろ、こうなった以上やることは1つ。
(正面から堂々と出て行ってやる!)
言質は取ったんだ。
ならもう、何も怖くない。
ああいいさ! 試しで出て行ってみるよ!
唯一の懸念はナーねえの言っていた“リフォーム”って言葉だけど……
掛けた時間は1日だけみたいだし、迷路とか視覚トリックを利用したものがあるぐらいだと信じたい。信じなきゃやってられない。
「じゃあねナーねえ! 二度とここには来ないから! せめてもの情けに警察へ訴えることだけは勘弁してあげる!」
「警察の人にお世話になるなら取り調べとか、テレビの取材もあるよね? いっそのこと、そこでそーくんと私の愛の生活を暴露するのも――」
「どこまでポジティブなんだよ!?」
実現したら、ボクと過ごした1週間をあることないことで脚色するに決まってる!
ボクが表社会に2度と出れなくなる未来しか見えない!
「あーもう! さようなら!」
「いってらっしゃーい♪」
最後まで締まらないな!
バタン!とドアを閉めて、ようやく部屋の外に出れたボク。
一旦呼吸を整えて辺りを見回す。
「……ここって、本当にあの屋敷の中?」
扉の先は薄暗い廊下だった。
ただし、さっきまでいた部屋と同じく窓は無い。
「……」
まずは左側を進んでみる。
少し進めばすぐ突き当たりにぶつかった。
そこには小さめのエレベーターが設置されている。
普通ならここで歓喜する場面だろうけど……
「あー、食事の乗ったキッチンワゴンはこのエレベーターで運ばれてたのかー。乗りたいなー。けど、どう見たって乗れそうにないなー」
何と言うか、すっごい頑丈そうな鉄格子で覆われていた。
作りを見るに遠隔操作で開く仕組みになってるみたい。
こっち側から干渉できるようなカードをかざす場所や、番号を入力する機械がない。
試しに鉄格子を引っ張ってみるけど……
「ぐぎぎぎ……! はぁはぁ、やっぱ無理か」
ビクともしないな。
ボクの力どうこうの問題じゃないぐらい頑丈だった。
1番分かりやすい脱出口が目の前にあるって言うのに諦めるしかないなんて……まぁ、ナーねえも対策ぐらいするよな。
1日でこんな鉄格子用意できるかは疑問だけど。
「よし! 次は右側だ!」
今度は反対方向に向かう。
元々こっちが本命だ。エレベーターなんて分かりやすい手段にナーねえが何もしていないなんてこと考えられなかったしね。
で、右側に行ったら行ったで絶望しかなかった。
「…………な~にこれ~?」
目の前にあるのはたくさんの階段だった。
いや、それだけなら何も問題はなかったんだ。
問題なのはその階段が……上下逆だったり、横方向に付いてたりと、メチャクチャな作りになっていることだった。
いや、この、何?
建築法に真っ向からケンカを売っている階段は?
「もしかしてこれ、屋敷全体がこうなってるんじゃ……?」
念のために唯一普通に取り付けられた階段を使って下りて――下りてすぐの階段が横方向にねじ曲がってた。
普通ならUの字に曲がってるはずの階段半ばが、見ていると不安になってくる程ねじ曲がった状態で続いている。人が歩けるかどうかとか関係ないし、重力のことも全く考慮されていない。
階段の段を無視して本来なら壁(?)に当たる部分を歩いて行くことも考えたけど、ねじ曲がった階段の途中からその歩ける部分が無くなっている。底の方は見えるけど、重力に従って落ちると大変なことになること間違いなしだった。
「……何なんだよここはあああああああああああああ!!」
叫ぶしかなかった。
~しばらくして~
「そーくん、おかえり~♡」
「……ただいま」
そこそこ粘ってみたけど、隠し扉も発見できず、結局はナーねえの元に戻ってきてしまった。
いろんな感情が渦巻いて、顔を手で覆う。
多少の妨害はあると思っていたけど、アレはそれ以前の問題だろうと!
「……ナーねえ。あの、重力と建築法にケンカ売ってる階段は何?」
「あーアレ? 今ははいてくになったから一々部屋から出なくても良かったんだけど、この屋敷を建ててもらった当時はあっちへこっちへ移動しててね、私専用にショートカットできる作りに改造して貰ったの! 知ってるそーくん? 昔はエレベーターなんて無かったし、お風呂や洗濯機も全然別物だったんだよ?」
「それは知ってるけど、あの階段ってまともに使えるの?」
「使えるよ? 私って平衡感覚から何まで人間とは違うし、重力なんてあってないようなものだから……ほら! こんなこともできちゃいまーっす!」
「マジか」
ナーねえがおもむろに壁に足を付けると、そのまま壁に立った。
目がおかしくなりそうな光景だ。
何でナーねえのスカートまで重力に逆らって捲れないんだろ?
「……神様って、みんなこうなの?」
「少なくとも私のいた神話の同類はこれぐらい当たり前だよ?」
「そっかー」
きっと今のボクは何度目か分からないけど、死んだ魚の目になってるだろうな。
お父さん、お母さん。
家に帰るのは結構時間が掛かるかもしれません。
人の尺度で神様は測れなかったよ。
元々が見切り発射なので、多少のアラは見ない振りでお願いします。




