プロローグ 8月?日
「ハァ、ハァ……」
自分の呼吸音がやけに大きく感じる。
心臓がバクバクいって、中々落ち着いてくれない。
(ま、撒いた……か……?)
確証は無い。
相手は人外であり、この場所もまた普通ではないのだから。
(急いだらダメだ。それこそアイツの思うつぼだ)
自分は今すぐこの場所――非常に広い屋敷から逃げ出さなければならない。
が、そう簡単なことではないのだ。
何せ屋敷の外観と違い、中は人が住むことを想定していないのではないかと思いたくなる程に入り組んだ作りとなっている。
壁や廊下が斜めに設置されている。
変な位置に窓がある。
人が登ることを想定していない作りの階段がある。
挙げ句の果てに、当たり前のように罠が存在する。
ここはそんな場所なのだ。
「……よし。こっちだ」
皮肉な話だけど、何度もここから出ようとした経験から見覚えのある場所に限ってどこに行けばどこに出られるのかを把握している。
建築法にケンカを売っているような作りの階段を静かに降りる。
この階段から比較的出口に近い場所へ行くことができる。正直言って運の要素も高いけど、運さえ良ければ屋敷から出ることができる。
――が、今日は運が悪い日だったらしい。それも斜め上に。
ガコッ!と、足下から音が鳴った。
「へ?」
そして感じるのは一瞬の浮遊感。
……なんということだ。
先程まで降りていた階段が匠(?)の技術によって滑り台のようになってるではないか……って、
「忍者屋敷かああああああああああああああああっっっ!!?」
滑った。
めっちゃ滑った。
元々仕掛けが発動する位置が決まっていたのか、滑り台になった辺りから下の材質がいつの間にか滑りやすい素材になってるではないか。
結果、ボクの体はおもしろいぐらい滑り台へと変貌した階段を滑っていく。
止まりたいけど掴まることのできる箇所が無いし、ちょっと角度が急だからか勢いよく滑っているので体勢を変えるのも難しい。
で、滑り台である以上は終着点も存在するわけで――
「ふぎゅっ!?」
突然目の前に現れた柔らかい物体へと顔を突っ込んだ。
それは、ひっじょ~~~によく知った柔らかさであり、同時に、決死の逃走劇が終わったことを意味していた。
「 う ふ ふ ♡ 」
「あ、あ、あ゛あ ぁ……」
絶望だ。
そこに、絶望がいた。
ボクよりずっと大きい大人の女性。
黒をメインに所々白色のメッシュのようなものがある長い髪。
そして獲物を捕まえたことに歓喜する、吸い込まれるかのような瞳。
この屋敷の主が……そこにいた。
そんな女性に、ボクはガッチリと捕まっていた。
細長い腕が頭の後ろに回り込んでいて逃げられない。
前は前で目のやり場に困るモノがあるので逃げられず。
詰んだ。
「逃げるなんて悪い子ねー?」
「……自由への逃走だ」
「いつから、この私から逃げられると錯覚したのかしら?」
「やかましい! もうやだ! 家に帰るぅ!!」
「それはね? フラグって言うのよ?」
捕まった状態で何処かへと運ばれる。
十中八九あそこだ。
地獄だと錯覚するようなもので溢れた“魔の部屋”だ。
「離せ! 離せぇえええええええええええ!!」
「ダ~メ♪」
妖艶な笑みを浮かべる屋敷の主人。
世の男のほとんどが振り向いてしまうだろうその表情。
だが、ボクは騙されない。
本来“笑う”という表情は、肉食獣が獲物を捕る際にするものであると知っているからだ。この女の笑みは……そういうことである。
フラフラと引き寄せられれば、待っているのは生き地獄。終わりが見えず、逃げることも叶わない巨大な蜘蛛の巣。
今日もまた、ボクの地獄が……始まる。
「今日は“そ-くん”のためにぃ、スク水を用意したの~♪」
「ふざけるなあああああああああああ!!」
「他にもメイド服とかゴスロリ衣装も用意してみたよ♪」
「ボクは男だぞ!!」
「や~ん♡ 抵抗するそ-くんもカワイイ~~~♪」
「こんの、ショタコン女!!」
「そーくんが私をこんな風にしたんだよ? さあさあ、『ドキドキ♡衣装部屋』へレッツゴー!」
「あの『魔の部屋』を可愛らしく言うんじゃなーい!」
何でこんなことになったのか。
そうだ。あれは、夏休みが始まって何日かした頃のことだった。
当時を思い出し、ボクは自分自身の好奇心を呪いたくなった。
いろんな作品の要素がありますが、可能な限りオリジナリティーを出したいと思っています。