私は誰?ここはどこ? わたしの現状認識
目を覚ますと私はベットの上に横たわっていた。天井にもどこにも傷がついていない。砲撃音も聞こえてこない。あの末期的状況から私を助け出して治療するだけの余力が我が国のどこにあったのだろうか、このような無傷な場所が我が帝国のどこにに残されていたのか。それとも、私は捕虜になり捕らえられているのか。
私には事態を把握することが必要なようだ。今の自分の状態を出来る限り詳細に知ることこそ未知の状況では何よりも重要だ。危機が迫ったときには、いつも以上に冷静に感覚を研ぎ澄ますこと。これは自らを賢者と信じている学者どもが、よく言っていることだ。もっとも私は戦争中に彼等の多くが有言不実行に終わったことを知っているが、確かにこれは必要な行為である。
私は体を起こした。どこにも痛みがない。手や足を動かしてみる。大丈夫だった。目の前に鏡があったので見る。問題が分かった。体が小さくなっているのだ。そして、映っているのが間違いなく自分の顔ではないということだ私は、42歳の誕生日を昨日迎えたばかりだがこの姿は5歳にしか見えずいくら高くみつもっても7歳にもなるまい。ともかく、体が幼くなったことと、自分がおそらく別人になった事を除けば何の問題もないということだ。
「あの・・・」
背後から声が聞こえた。驚いて後ろを振り向くとそこには懐古趣味と言わざるをえない格好のメイドが立っていた。私はメイド喫茶にでも運び込まれたのだろうか、それとも懐古趣味の富豪に助けられたのであろうか。
前者はあり得ない事は知っている。このような娯楽は映画や外食、スポーツ観戦などと共に他ならぬ私の命令によって消えていったのだから当然である。数日後には鉄人をなのる共産主義的慢性中二病患者ユーガシヴィリに率いられたエルーシャ軍がなだれ込むであろうことは誰にでも予測できる事でありそのような娯楽に人手を取られるわけにはいかなかったし、占領された後にメイド喫茶が残っておろうものならば、メイド達はたちまちエルーシャの蛮族の三時のおやつになったあげく、産児の母になるに違いないのだ。従って私は戦闘に必要なものを除き全てのものを破壊して焦土化させた。そんなわけで例えば、ユーガシヴィリが我が国のメイド喫茶を楽しもうとやってきても、文化不毛の国エルーシャにいるのと同じようにそんなものは最早存在しないのである。後者の富豪の場合は・・・
ここまで考えたとき右肩を強く押された
「いかがなされたのですか?」
そうだった富豪だった場合の事など考えている状況ではないのだった。私には、それよりも優先しなければならない事が山のようにあるのだ。
例えば、今は一刻も早く前線に戻らなくてはいけない。私の軍隊には指令が届かず指揮ができないが、軍がもし残っているなら指令を出さなくてはいけないし、残っていないにせよ戦う義務から解放されたわけではないのだ。私が居ないことで困るジェルマニア人がいるかぎりは、私は逃げ出すわけにはいかないのだ。
「ここはどこだ。私は誰だ。」
記憶喪失になったような言葉だがこの際仕方がないことだろう。寝ていて場所が変わったなら誰かが運んだのだろうと思う他無いが、何がどうなっても若返るはずがないのだから後半の言葉には力がこもる。
「ここはサリスブルグーメ城であなたはエインリークス・デ・アドルフ・ステイアーマルク様でございます。」
エインリークス?いやな名前だ。およそジェルマニア人でそのような名前をつけるものなど居るはずがない。その名前は当時世界覇権国として名高かった神聖帝国を滅亡に追い込んだ世界史的な無能ものではないか。彼の失敗さえなければ、ジェルマニア人はユーラップ圏内の支配民族として君臨したに違いないのだ。彼がいなければ神聖帝国は空中分解することなどなかったのだ。彼の失敗以後、エインリークスを名乗るジェルマニア人にはいなくなったのだ。エインリークスは無能と同義語なのだ。
私を侮辱しているのか顔を見るが彼女は至って真面目な顔をしている。さらにおかしいなことはサリスブグーメはアルミマスからかなり離れた都市である。このメイドは超能力でも持っているとでもいいだすのだろうか。いつまで経ってもメイドが超能力を使い出さず、真剣な様子なので、半信半疑ながら窓から外を見ると、民族服を着た男が歩いており、城内には馬に乗った男がマスケット銃をもっている。
「今は何年か?」
聞くと、1583年だと答えが戻ってくる。
私は夢でも見ているのだろうか。それとも神が私にジェルマニア民族を救えとのたまっているのだろうか。私に神など居ないし、夢の中の私はこの男が何者か知っている。人生は何一つ思い通りにならなかった。せめて夢の中では思い通りにしてやろうと思った。私はまず、メイドに地図を持ってこさせると状況を思案し始めた。
この神聖帝国という国は長い間、外敵に対して強大である一方、地方主権的であり、内側は非情に脆かった。神聖帝国は国の上に国が有りさらにその上に国があると言った状態でどこまでが神聖帝国か国境すら判然としない国家だったのだ。神聖帝国三百諸侯は互いに同盟したり争ったりし時には外国の王族と手を組んで帝国を離脱することもあった。それでも帝国十大統治区が1348年に帝国平和維持法により施行され間違いなくそこは帝国領土として存在し続けた。そして、この体の持ち主エインリークスは、統治区間の対立に対処できず、この国を失うことになるのだ。従ってこれを確認することはもし夢でなければ非常に重要であった。
帝国十大統治区は、その区域の諸侯が連帯して、徴税や治安維持、国家の防衛を行う仕組みであった。と言うわけで、帝国十大統治区域は、帝国で最も重要な行政区分であった。我が皇帝家はそのうち三統治区域を担当しているのである。
統治区域を一つずつ説明しよう。
エライム
帝国の北東にある統治区域であり、代々オーエンゾレルナ家が代表している。平地が多く、当時まだ田舎の一都市であったアルミマスが存在する。ワルサ貴族共和国と国境を接しており、交易で豊かであるが戦争になると強力なワルサ騎兵と対峙する必要がある。
ニフェイルム
最北の統治区域であり、エライムと隣接する。同じくオーエンゾレルナが代表している。一衣帯水の距離とはいえ、海の向こうにしか敵がおらず陸はすべて同じ帝国領であるため、兵力はエライム防衛に転用されることも多いため、やや防備は手薄である。
ニヴェリヴィアー
ニフェイルムに隣接する統治区域。代表者はテレブロルム大司教の座についた聖職者が務める。神聖帝国が守護する救済教普遍派の力が強い。ニフェイルムと同じく海の向こうにしか敵がおらず、海の向こうの敵も遠いため防備はさらに手薄で、その軍事費に使われるはずの金は聖職者達の懐に入っている。
しかし、信者同士の争いを禁ずる教えが強く、外敵も攻めてこないため、この区域は帝国で最も富裕である。
ムスペルツェイムラ
帝国で最も西に位置する。帝国で最も海岸線が長く交易が活発である。代表者は十年に一度、税金を最も多く納めた貴族が選ばれる。農耕に向かない土地で商売がささえている。軍隊は全て傭兵である。
アルファイム
ニヴェリヴィアーやムスペルツェイムラの南に位置する内陸の統治区域。ヴィティールスバック家が代表している。統治区域外のオック地方を支配して現地人を奴隷化している。
ミガイラ
帝国の中央に位置する統治区域。全方位帝国領土に囲まれている。代表者は数十年前からいない。帝国外に領土を広げられない弱小諸侯等が争っているが、大諸侯が手を出すと一致団結するためどこも手が出せない。
ジョトゥンナインマラ
帝国東端の区域。ステイアーマルク家が代表している。他の区域とは違いヴァーツラフ王国によって纏められて統治されている。しかし、この地は救済教聖杯派が多く、反乱が多く発生している。
ヴァハナイムラ
ミガイラに隣接する統治区域。ジョトゥンナインマラとも隣接している。ステイアーマルク家が長く代表している。ステイアーマルク家の本拠地サリスブルグートもこの区域にある。
アスガラト
帝国南東に位置する。ステイアーマルク家が代表する。異教徒である服従教の奴隷王朝との最前線。
一時は区域外のイーストヴァルナ地方を支配していたが、戦局が悪化し現在押し返されつつある。
スヴェルタファイムラー
帝国南端の統治区域である。全体的に山岳地帯であり、自給自足が基本である。帝国他区域との繋がりは薄く独立気味である。代表はスヴェッルタファイムラー議会であり、自然人ではない。
これが神聖帝国の中核地域である。強大な国だが建国当初の理想である救済教普遍派による宗教的統一すら出来ず、過去の栄光と惰性によって続く国だ。私はこの帝国をかつてこの国を作り上げた祖先とおなじように努力により、誇り高き自由な帝国を取り戻すことを誓った。