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ほしいものが貰える不思議な駄菓子屋短編集

ほしいものが貰えるところ 「最高の交換」

不思議な駄菓子屋さん短編シリーズの3作目ですが、前作は読まなくても楽しめます。

シリーズが一話完結ですし、この話は他と少し雰囲気変えてるので。

駅の自販機のメニューはホットチョコレートが無いので憤る。

冬の寒さに身を縮めながら、額に指を当て記憶をたどる。

五年前は確かにあったのに。

あぁ、あれ飲みたい。


中学一年の時親の都合で引っ越してからまだたった五年なんだぞ、残ってろよ馬鹿やろう。

私はこの、畑は無いが高層ビルなどもロクに無い、田舎にも都会にもなりきれない町の出身なのだ。


そんな街にふと思い立ったからって、わざわざせっかく里帰りに来てやったのにこの仕打ちはひどい。


へきえきだーへきえきへきえき。

と言いつつも、帰るつもりは無い。


わざわざ来るのだから、見たいモノや行きたい場所はたくさんある。

例えば、クソ不味くて高値だが忘れられない味のたい焼き屋、バツ印の傷がついたイケメンカラスがいる群れ、マニアなお爺ちゃん店主が幅広いグッズを取り揃えていて大人も楽しめる玩具屋


そしてもう一つとっておき。


ワクワクしながら、まずとっておき以外の3つを巡ることにした。

道は覚えている。

速くそこへ行きたくて何度も走り出しそうになったが、街中を疾走するのは恥ずかしいので出来ない。

もどかしくてしょうがない。


そして、3つとも私は巡った。


その3つが今どうなっているか知った時の気持ちはどうだったのかは絶対に語りたくない。

そう言えるほどの結果だった。


クソみたいだ。

たい焼き屋は潰れてたし、イケメンカラス死んだっぽいし、玩具屋の店主は引退して介護施設に入っていた。


全部仕方がない事ではある。

クソマズイたい焼き屋はそりゃ潰れるし、カラスは寿命が来る、お爺ちゃんは体調が元から危うかった。

でも切ない。

そのうえ、私にとってつまらないものだけは以前と変わらない。


なにがつまらないかっていうのは言いたくない、嫌な思い出についてわざわざ思い返したくない。


……いや、まだ絶望には早すぎるか。

なぜなら一つだけ、まだとっておきがあるのだ。

まだ、その場所には行っていない。


だから私は歩みを止めないのだ。


その場所、町の一角にて私は見上げた。

「うむ」

妙な納得感と共に頷く。

「無いな」

私の目の前には廃ビルがあるハズだった。


代わりに青空があった。

廃ビルは取り壊されていた。


……昔の事だが廃墟探訪をやったのだ、幽霊でも出るんじゃないかとドキドキしながら。

まぁ結果としては、何も無かったけど。


だけど本当に変なお化けが出そうでワクワクした記憶だけは色褪せない。

中学生の頃だったから、印象に相当残ってる。

だけどアレはもうない、無性に寂しくなる。


今にも崩れ落ちそうだったし、とっとと撤去されるべき建物だったのは間違いない。

だから仕方ない。

仕方ないのだけど、がっかりした。


「帰るか」

そう私が呟くのは、しごく自然な事でしかない。

脚は重い。


速くここから離れたくて、全力で走った。


特筆すべきことは無く駅まできた。

息切れしながらも、電車の運行表を見る。


なんだ、もう電車は来るのか、とっとと帰りたいから助かる。

ガタンと線路を揺らし、やって来る音がした。

時間通りやって来た電車。

扉が開く。


電車ってのはこの町で一番面白いものだと思う。

だって、ここから立ち去れる希望の象徴だもの。


来なければよかった、こんな場所。

あの幽霊が出そうな廃ビルも、私が好きなものは一つだって残ってくれない。


虚しさの渦に飲まれながら、扉を私は通り抜ける。


それは一瞬の出来事だった。

ショッピングモールの中で、ゲームセンターと廊下の空間が唐突に切り替わっていることを思い出させた。

不思議な出来事が起こった。


電車に乗ったハズなのに、目の前に広がる景色が不思議なことにお菓子屋さんだった。

たくさん棚があり、それらすべてにお菓子がある。

小さなガムや小さいドーナツ、飴など安そうなお菓子ばっかりだ。

来たことの無いお店なのに妙に、懐かしい。

昔のテレビとかで見たような気がする雰囲気だ。たしか駄菓子屋っていうんだっけ?


なぜこんな場所にいるのか、ここはなんなのか、一切合切意味不明である。

しかし私は焦りもせず、非現実的状況を当然のよう受け入れていた。

幽霊について考えていたから、かもしれない。


せっかくこのような場所に来れたのだから、もっと探索しようという気が湧き起こる。

私の鼻は匂いを楽しみ、脚は前へと進む。

店員を見つけた。

頬杖をついてつまらなそうにしている少年がレジ席に座っている。


可愛らしい美少年だが、表情が陰気くさくめんどくさそうな奴だ。

彼は私に気づきはしたが、声をかけてきたりしない。

雰囲気でわかる、こいつ他人嫌ってそう。誰とも関りたくないとか思ってそうだ。


だがしかし、私はここに興味津々なのだ。

嫌われようが構わないので、ここの事に詳しそうな彼と関わってみることにする。


「なんですか、ここ?」

聞いてみる。

「駄菓子屋、商品は見ればわかる、帰りたいなら入口へどうぞ」

出来うる限り話をしたくないかのような即答。

冷たい声に怯みそうになるが、踏ん張る。


なぜだか、氷の様な対応の中に隠し事をしていると確信できたから。

その氷、私の情熱で焼いてやろうと自分でも妙と思うくらいに意気込んでいた。

「へぇ、でも私お菓子買いに来たんじゃないんです」

「客じゃないなら帰りなよ、入り口に行けば元の世界に帰れるから」

「やだ帰らない、ここが何なのか知りたいから」

店員は目を逸らし、陳列された商品を見る。

塩対応で私を撃退しようとしているみたいだが、こちとらナメクジじゃない。


顔を店員の顔に近づけて、ガン見する事20秒。

私の熱意に触れたゆえか、店員は諦めたように口を開いた。

なので私も顔を離してやった。


「仕事だから言う、この店では探しているモノを一つ貰う代わりに、それと同じ以上価値が有るものを一つなくすことになるっていう場所」

店員が気だるげに語ったことは、寸分たがわず真実と肌で理解できた。

ここが人智を越えた何かであると、直感が告げていた。


私の心臓はどくどく脈打つ、でも不快じゃない。


「じゃあ例え話ですけど、好きな廃ビルを立て直してそのまんまにし続けるにはどーすればいいんです?」

軽くたずねてみる、半分くらい本気で。

「だいたいの場合は健康を差し出すのがが一番手っ取り早いけど、腕か足が永遠に使えなくなるよ?」

「うわ、絶対なんも交換したくねー」

心の底から言った。

今私に備わった健康を捨ててまで、思い出に溺れたくはない。


「それがいいさ」

店員は嬉しそうに笑んだ。気がした。

「私は今の大事さを知っているのですよ少年」

少しだけ距離が近くなった気がしたから、胸を張っておどけてみる。

けど。


反応は微妙。

店員の表情は極寒、眉一つ動かさない。

微笑くらいはしてほしかった。

こんなに私が親しみやすさを演出してるんだから、もっとそっちも楽しそうにしてくれ。


……いや、待てよ。

失敗の理由を思いつく。

「まさか……少年じゃないんですか?」

勝手に決めつけているだけで、実は成人かもしれないのだ。

もしもそうだとして、童顔にコンプレックスでも抱いていたならば。


私は相当失礼を繰り返していたことになる。


しかし「わからないさ、年齢はね」

店員の反答は意外なものだった。

続きがありそうなので、耳を傾けに傾ける。

「ここ、時間流れてないから正直自分が何歳かわからない」

店員は物凄い事を言ったが、衝撃はあまり無い。


だってこんな場所なんだ、時間がバグってても変じゃない。

むしろ、そんな事があるのかと私の心は踊っている。


ちょっと時が止まっている証拠を探してみる。

でも証拠になりそうなものってなんだろ、時計とかだろうか。

見回してみたがここには無いので、自分の携帯電話を懐から取り出した。


壊れてもいないのに、時間は電車に乗る前とまったく一緒。

本当にここは時間の流れが止まっているみたいだ。

「うむ、ここは良い場所だなぁ」

声が私から漏れた。

「そうは思わないよ」

これまた意外な反応、店員が少し強く否定した。


「私はそう思う、だって、ずっと思い出のままの姿ってことですよね」

店員は口論するつもりは無いらしく、舌打ちをして、凍り付いたような瞳で私をただただ見つめる。


微笑み返してみたけど、少年は無表情だ。

気まずさに困る。

ただ、この状況をどうしようかなと私は突っ立つ。


そうしていたら、ふと思いついた。

一つだけ、欲しいモノが。

口が勝手に動く。

「ここに、また来るためは何を差し出せばいいんですか?」

「こんなとこに何度も来るのはやめといた方がいい」

店員はコレまでと違って、強い感情を込めて言った。

頬杖をついているしけど、表情は真剣だ。

「なんでですか?」

「ここで何かを差し出した人は、だいたい不幸になってるから」

そう淡々と語る店員はどこか遠くを見ていた。


きっとその“だいたい”が背負ったであろう不幸に思いをはせているのだろう。

しかし表情には、悲しみも憐みもさざ波程度にすらない。

“だいたい”が数えきれないほどに大きなものだと容易く察せた。


だけど。

「差し出すときはちゃんと差し出すから大丈夫です、なに出せばいいんですか」

”だいたい”なんて表現をするって事は、少しくらいはここで幸せになった人間もいるのだ。じゃあ私もそうなればいい。


なれるかどうかはわからないけど、絶対になってみせる。


「今の君の場合は一円だ」

「え?安ッ」

ここに来る権利は思ったよりもお得な値段だった。

小学生だって、余裕で出せる料金。


「むしろ高いよ?君は知れないけどこの場所で何人不幸になった事か……」

店員は当然のように語る。

心の底からそう思っているのが伝わってきた。


私は廃ビルのような価値無きものに価値を見出してしまう人間なので、一円玉を財布から取り出す。

「ほんとうにいい?」

店員が聞いた。


私は全力で頷く。

すると店員は、めんどくさそうにパチンと指を鳴らした。


一円玉が消え、代わりに私の手にチケットが現れた。

“%%%%行き”と文字化けした行き先。

これじゃこの駄菓子屋の名前はわからない。


ちょっと裏も見てみる。

ビリビリに破ってからどこでもいいのでドアを通過すれば行けます、という説明があった。こうすればここに戻ってこられるのだろう。


よし。

手元にあるその感触になんだか満足した。

じゃあもう帰るべきだろう、心がそう言っている。


「じゃあ、また会いましょう」

「二度と来ない方がいい、こんな場所……」


そこまで言う人が何で店員なんてしているのだろう?

質問したかったが、私の手は既に出口にかかってる。

脚は止まらない。

「また来ます!ここで何も交換するつもりは無いので!」

口ならどうにか動く、大声を響かせた。


気づけば私は電車の中で呆然と突っ立っていた。

周りには誰もいないが、ここは確かに電車だ。

先程の光景は幻覚かと思ってしまいそうだが、手にはチケットがある。


ふと思う。

幽霊というものは、永遠に存在するものがあると信じたい人が生み出した概念なのかもしれない。

だってさ、幽霊なんてものが実際いた方が世の中面白いじゃん。


あの店員にとっては無価値な場所でも私にとってあの駄菓子屋は……


脳みそを無為な思考に使いながらポケットにチケットを突っ込み、席につく。

その存在を確かめながら電車に揺れる。


そういえば私は嘘をついてしまった、何も交換するつもりはないなんてのは間違いだ。

次にあそこに行くときは一円玉だけは持っていこう。





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