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塔の狭間で

 乱立する塔の間を、カーターと共に歩いていた。


 空気は暖かく、辺りはほんのりと明るい。地面は若々しい草に覆われており、小さな花がそこかしこに咲いている。一歩進むたびに、爽やかな植物の香りが立ち昇った。カーターは小さな白い花に顔を近付けては、ふんふんと鼻を鳴らしている。


 どこまでも続く塔の路は長閑で、果てがない。


 今回は会えるかしら、と予感のようなものを感じて首を巡らせた時、

「アレクシア。」


馴染んだ声が背後からアレクシアを呼び止めた。振り返れば、ちょうど会いたいと思っていた相手である、姉魔女が立っていた。表情は明るく、姿形も、いつもと変わらないようだ。


 亜麻色の長い髪に深い藍色の瞳の二人はよく似ているため、相対する姿は鏡に映っているかのようだ。ただ、一方は困ったように微笑み、もう一方は晴れやかに笑ってみせた。


「グレッチェン。」


「しばらくぶりね。カーターも。」


 カーターはグレッチェンに気持ちのいいところを撫でてもらい、ぱちりとまばたきで返事をした。


 アレクシアとはお互いに抱き合って一通り再会を喜び合い、ちょうど塔の間にあった丸太に腰掛ける。カーターは、もう用は済んだとばかりに、丸太の端で昼寝の体勢になった。


「会えてよかったわグレッチェン。ちょっと心配していたの。その様子だと、変わりはないのかしら?」


「悪かったと思ってる。お客は無事に着いたかしら?」


「一人、まだ眠っているけれど、大丈夫だと思うわ。」


 やはりあの二人はお客で合っていたのだ、とアレクシアは胸を撫で下ろした。ならば早く解呪に取り掛かってあげたい。それには姉魔女の力が必要だ。


「グレッチェンは、いつこっちに帰ってこられるの?」


「呪いはしっかり視たのよ。でもね、」


 グレッチェンの言葉を遮るように、ひゅう、と冷たい風が吹き抜けた。


「あら。あまり時間がないみたい。」


 丸太の端で眠っていたカーターは、いつの間にか起きて、一つの方向をじっと見つめている。風が吹いてきた方向だ。そこから、夜の闇が滲んでいた。ほの明るい夢の世界から、グレッチェンを呼び戻そうとしている。


 アレクシアたちの夢に影響を与えることができる存在は少ない。あまりないことに、アレクシアは少しだけ驚いた。


「アレクシア、蛇女神よ。細い鎖が何本も巻き付いている。」


 グレッチェンはふわり、と立ち上がった。星の瞬く闇が、グレッチェンを飲み込もうとしていた。


「鎖の先は術者に繋がっていなかった。でも、端が今どうなっているのかまでは、視ていない。」


 それだけ分かれば大丈夫だ。アレクシアは力を込めて首肯した。後はアレクシアの領分だ。


 グレッチェンも、それに頷いて応える。すでに彼女の姿は、後ろの闇が透けて見えるほどに薄まっていた。


 そして、今朝のことをちょっと思い出してアレクシアは、これだけは伝えておこうと思った。


「グレッチェン、フィデリオ兄さんが心配していたわ。」


 闇の中に溶けていくグレッチェンが、ちょっと困ったように笑ったので、アレクシアは少しだけ安心した。そのまま、闇が薄くなって、始めから何もなかったかのようになるまで、アレクシアはグレッチェンが消えていった先を眺めていた。




「カーター。私たちもそろそろ起きることにしない?」


 アレクシアはしゃがみ込んで、隣に立つカーターの、ふわふわの背中を撫でる。温かくて良い手触りだ。


 カーターは、しょうがないな、とでも言うように、ゆっくりと伸びをした。そして『ついてきたまえ』とばかりに、ゆったりと歩きだす。


 ほの明るかった空は今や眩しいほどで、塔の陰が色濃く地面に伸びていた。夏の午後、一番日差しが強い時を思い出す。一歩進むたびに空の光は強くなり、やがて少し前を行くカーターの姿さえ見るのが難しくなり、視界が真っ白に染まり――




 にゃあ、と聞こえた気がして目を開くと、少女がこちらを覗き込んでいた。その腕には、カーターが納まっている。カーターは紳士なので、初対面の子どもにも優しい。しかし、あくまで優しいのであって、けして不本意なことがない訳ではないらしい。顔がちょっと珍しいことになっていた。


 後で労ってあげようと、カーターから視線を戻す。少女と目が合えば、にこりと微笑まれた。


 そう、そうだ。グレッチェンから呪いのことを聞けたのだから、早く作業に取り掛からなくては。


 アレクシアは身を起こした。部屋に着くなり寝台に寝転んだものだから、ローブも髪も、乱れていた。その時、肩から掛布が落ちて、アレクシアははて、と首を傾げる。掛布に包まるなんて、そんな余力は残っていなかったように思う。


 つまり、少女が掛けてくれたのだろう。心遣いに、嬉しくなる。


(優しい子だわ。)


 そして、


「おはよう。それと、寒くないようにしてくれて、ありがとう。」


とアレクシアが言うと、少女はアレクシアの頬に軽くキスをし、カーターごと部屋を出て行ってしまった。


 アレクシアはそれを見送って、温かな気持ちで頬を軽く撫でた。

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