009
「もしかして貴方がドーア王国の元聖女クリスですか?」
「えっとぉ……」
アルテの質問に固まるクリス。
どう誤魔化そうか瞬時に考える。
が、嘘をついて切り抜けるのは無理があった。
クリスは顔に出るタイプなのだ。
嘘をつく時、彼女の顔にはその旨がしっかり書いている。
ただいま嘘をついています、と。
かといって、嘘をつかなければ認めることになる。
それも望ましくない選択だ。
よって彼女は何も言えずに固まっていた。
すると――。
「そんなわけないですよね」
アルテが勝手に話を進めた。
「あは、あはは、あはははは」
引きつった笑いのクリス。
アルテは気にする様子もなくカクテルを飲んだ。
「とまぁこんな感じで、新聞は情報の宝庫なわけです。もちろん、全ての情報が正しいというわけではありません。先ほどのビクトル国王が弾劾裁判にかけられるかもという記事にしたって、筆者の気持ちによる偏りが混じっています。実際はそれほどビクトル国王に対する反感など高まっていないかもしれません。ただ、そういうのは人の会話でも同じですよね」
「は、はい」
「だから、効率的に情報を収集するなら新聞が一番だと思います」
「なるほど」
そこでクリスとアルテの会話が終わる。
その時、「もうダメだぁ!」とダッドリーが倒れた。
酒合戦でマスターに負けたのだ。
「俺が勝ったから代金は二倍でよろしくぅ!」
マスターの上機嫌な声が響く。
「ヴォェェ」
ダッドリーが床にゲロをぶちまける。
ゲロはシャドウの上を綺麗に覆った。
それでもシャドウはピクリとも動かない。
プロ意識の高さが窺えた。
「アルテさん、ダッドリーさんが潰れちゃいましたよ」
「放っておきましょう、自業自得です」
「りょーかい!」
クリスとアルテは自分たちの代金だけ払い、店をあとにする。
二人は店の外で解散して、各自でその日を堪能するのだった。
◇
魔物ハンターは〈ハンターズギルド〉で仕事を受ける。
ギルドは朝から晩までハンターが集まる賑やかな場所だ。
しかしこの日は、いつも以上に騒がしかった。
「おいおい、厄災なんて何年ぶりだ!?」
「これは稼ぎ場だぜ!」
「腕がなるなぁ、おい!」
ハンターたちは各々の武器を磨いて号令の時を待っている。
その中にはクリスやダッドリー、アルテの姿もあった。
「ダッドリーさん、厄災ってなんですか?」
「そうか、クリスはハンターになって日が浅いんだったな」
「はい」
「厄災ってのは魔物がたくさんでることだ!」
「魔物がたくさん?」
「ダッドリー、それでは伝わりませんよ」
アルテが代わりに解説した。
「厄災とは〈揺り戻しの厄災〉のことを言います。急病などによって聖女の容態が悪化すると起きる現象で、国土のあちこちに魔物が溢れかえります。この国の聖女はそれほど質が高くないので魔物の氾濫だけで済みますが、聖女の質が高い大国の場合は暴風雨などの悪天候にも見舞われると聞きます」
「あー」
それで体調管理が重要だったのか、とクリスは昔のことを思い出した。
かつて聖女だった頃、彼女の体調管理は厳重に行われていたのだ。
ただの風邪ですら断じて許されないほどに徹底していた。
くしゃみなんぞしようものなら大騒ぎである。
クリスにはその理由が今ひとつ分からなかった。
それが今になってようやく理解できたのだ。
ドーア王国でも、数年前に揺り戻しの厄災が起きていた。
先々代の聖女テレサが体調を崩した時だ。
だがその時は、クリスが聖女になったので事なきを得た。
神器〈破魔印〉によって勢いづいた魔物が鳴りを潜めたのだ。
「それでは各自の担当場所を発表しますねー!」
ギルドの受付嬢がカウンターテーブルの上に立つ。
それまでガヤガヤしていたギルド内が静寂に包まれた。
「プラチナクラスの人は西から出てフィンドル草原を、ゴールドクラスの人は――ペラペラ、ペラペラ」
ハンターには実力に応じた階級が存在する。
上から順にプラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズだ。
ダッドリーのチームはゴールドランクである。
チームの一員なのでクリスもゴールド扱いだ。
「以上! ブロンズの方は町に待機して、侵入してくるザコ掃除に励んで下さい! それでは今より特別クエスト〈厄災掃討戦〉の開始です!」
受付嬢が話を終えるなり、ハンターたちは意気揚々とギルドを飛び出す。
しかし、ダッドリーとアルテはその場に残っていた。
「私たちも頑張って魔物を倒しましょう!」
クリスが両手に握りこぶしを作りながら声を弾ませる。
緊急事態だというのに、彼女はとてもウキウキしていた。
他のハンターが祭りのような盛り上がりだったからだ。
だが、ダッドリーとアルテは真顔だった。
「ダメだ」
首を振るダッドリー。
「ですね」
アルテも同意する。
「ダ、ダメ!?」
「クリス、お前はここで待機だ」
「それがいいでしょう」
「ええええ! な、なんでですか!?」
「厄災の魔物は危険だからですよ。今まで戦ってきた敵とは比較になりません。見た目は同じでも動きはまるで別物です。故にブロンズは町の中で待機させられているのです。貴方はチームメンバーなので形式上はゴールドですが、実際のところはハンターになって1ヶ月程度の新米です。同行させることはできません」
「大丈夫です! 私、自分の身は自分で守りますから!」
「ダメだ」
ダッドリーの雰囲気がいつもと違う。
有無を言わさない威圧感が漂っていた。
アルテも同様に険しい表情だ。
(二人とも私のことを心配してくれているんだ……)
それが分かっているからこそ、クリスも強く言えない。
これ以上の食い下がりは迷惑をかけるだけだと自覚していた。
(いつも十分すぎるほどにワガママでいさせてもらっているし……)
クリスは唇を尖らすものの、それ以上は食い下がらなかった。
渋々ながらに「分かりました」と引き下がる。
「その代わり、絶対に元気で帰ってきて下さいね! それと、私の分まで稼いで下さいよ! ここで待機でも報酬は三等分なんですから!」
この発言で、ダッドリーとアルテの表情が和らぐ。
「言うじゃねぇか」
「待機を命じたのは我々ですし、報酬は三等分が筋でしょうね」
ダッドリーが大斧を右手で持ち、肩に担ぐ。
そして、左手でクリスの髪をクシャクシャにした。
「誰よりも稼いできてやる。楽しみにしとけよ」
「はい!」
「戻ったら全てのハンターが酒場に駆け込みます。戦闘後に立ち飲みなんてごめんですので、クリスは席の確保をお願いしますね」
「任せて下さい、アルテさん!」
「よっしゃ、行くぞ! アルテ!」
「ええ、参りましょう」
ダッドリーとアルテが駆け足でギルドから出て行った。
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