007 第二章
サリーがドーア王国の聖女になって1年が経過した。
その間、ドーア王国では魔物と一進一退の攻防を繰り広げている。
いや、正しくは一歩進んで二歩下がるような攻防だ。
つまり相変わらず劣勢なわけだが、それでも政府の想定よりは健闘している。
その理由はクリスにあった。
彼女が辺境の村々を強化したことが響いているのだ。
村人たちの果敢な防衛により、魔物の勢いが大きく削がれている。
それによって、衛兵の力でそれなりに魔物を抑えることができていた。
その頃、クリスはニクス王国で過ごしていた。
ニクス王国はドーア王国の東北に位置する小国だ。
両国の関係は可も無く不可も無くの中立である。
「クリス、まだか!?」
草原にて。
額に角を生やした大型魔獣と戦う大男が言った。
彼――ダッドリーは、陽光を反射するスキンヘッドが特徴的だ。
得物である大きな斧には魔獣の血がこびりついていた。
「炎よ、我の元に集い、その力を……ブツブツ、ブツブツ」
ダッドリーの10メートルほど後方で、クリスは魔法を詠唱していた。
魔法を使うには、魔法ごとに用意された文言を詠唱する必要がある。
戦闘に魔法を用いる人間なら当然ながら暗記しているものだ。
ところが、クリスはこれを暗記していない。
魔法書を見ながらでなければ魔法を使えなかった。
「これ以上は待てませんね」
クリスの隣に立っている眼鏡の男――アルテが呟く。
深い紫の髪に華奢な体つきの彼は、身の丈と同等の大きさをした弓を構える。
そして、一呼吸おいたあとに矢を放った。
「グォオオオオオオオオ」
矢は魔獣の目を貫く。
それによって崩れ落ちた魔獣の頸動脈をダッドリーの斧が襲う。
完璧な連携によって魔獣の命は絶たれた。
「いきます! ファイヤーボォオオオオオオル!」
クリスが魔法を発動したのは、死んだ魔獣が灰と化したあとだった。
彼女の頭上に大きな火球が現れる。
それは間髪を入れずに飛び、ダッドリーの傍に着弾した。
「おい! 俺を殺す気か! 馬鹿野郎!」
ダッドリーの怒声が響く。
「ひぃぃぃ!」
顔を青くするクリス。
「魔物なら既に討伐し終えていますよ」
アルテが優しく言った。
「あわわわ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「気になさらず。ダッドリーなら直撃しても死にませんから」
「死ぬに決まってんだろ!」
ダッドリーが大股でクリスに近づく。
クリスは何度もペコペコと頭を下げる。
「いい加減に詠唱文を暗記しろよな、このポンコツめ!」
ダッドリーが苦笑いでクリスの頭をクシャクシャと撫でる。
アルテも「その通りですよ」と呆れたように笑っていた。
「すいましぇん……」
少し前から、クリスは魔物ハンターとしての活動を始めた。
魔物ハンターとは、その名の通り魔物の討伐を生業とする狩人のこと。
ドーア王国には存在しない職種だ。
魔物ハンターという職が存在するのは往々にして小国である。
魔力測定器が存在していないからだ。
つまり聖女の質が安定していない為、魔物が溢れることも多い。
「ま、無事に終わったんだ。ギルドで報酬を貰って酒場に行こうぜ」
「おー!」
クリスたちは最寄りの町に向かった。
◇
ニクス王国領の南西に位置している町・キーア。
白い石の壁に赤いレンガの屋根で統一した建物が並んでいる。
この美しい町がクリスたちのホームだ。
「クリス、お前の魔法は強力だが発動が遅すぎる!」
酒場のカウンターで、ダッドリーが酒臭い息を撒き散らす。
隣に座っているクリスはビービー泣いていた。
「だっで、だっで、じがたないじゃないでずがぁー!」
クリスも酔っ払っているのだ。
酔うと喜怒哀楽の感情が激しくなるタイプである。
ちょっとしたことでゲラゲラ笑い、かと思えば盛大に泣く。
「わだじだっで、ひっじに、がんばって、るんでずよ!」
「わーったよ、俺が悪かった! だからほら、泣くな、泣くな?」
クリスの背中をさすりながら謝るダッドリー。
彼は女の涙に弱い。
「うぅぅぅぅぅ……!」
泣き疲れたクリスは机に突っ伏した。
次の瞬間には寝息を立ててぐーすか眠っている。
「こいつ……よくこれで今まで無事だったな……」
呆れるダッドリー。
「それだけ我々を信頼しているのでしょう」
アルテがチビチビと酒を飲む。
「まだ信頼されるほど日は経ってないだろうに」
「良く言えば純真無垢、悪く言えば世間知らずですね」
「全くだ」
クリスが二人のチームに参加したのは一ヶ月ほど前のことだ。
それまでは別の酒場で看板娘として働いていた。
ダッドリーたちの会話で魔物ハンターのことを知り転職したのだ。
その時の成り行きで、ダッドリーのチームに参加することとなった。
「アルテ、クリスの家はどこか分かるか?」
「いえ、分かりません」
「なら適当な宿屋に放り込むか」
「そうですね」
アルテがテーブルに飲食代を置く。
その間に、ダッドリーは酔い潰れたクリスを背負う。
「おー、上玉をお持ち帰りかぁ!」
「二人がかりとは悪い奴等だなぁ!」
近くの野郎共がダッドリーたちを茶化す。
「酔い潰れた女に手を出すほど落ちぶれちゃいねぇよ」
ダッドリーが笑いながら返した。
◇
「起きたぁ……って、ここはどこ!?」
翌日、目が覚めるなりクリスは驚いた。
自分がどこぞの宿屋のスイートルームにいたからだ。
ベッドの上で大の字に寝ていた。
「もしかして私、酔っている間に男の人と……!?」
クリスはベッドから立ち上がり、足下に視線を向ける。
「シャドウ、いる?」
「おります、クリス様」
ベッドの下から影が現れた。
その影はにょろにょろと実体を伴っていく。
そして、全身に黒タイツを被ったような人型となった。
クリスの使い魔――シャドウだ。
影に潜って活動し、必要に応じて実体化する。
見かけに反して戦闘能力が非常に高い。
クリスはシャドウを身辺警護として常に召喚していた。
使い魔の中でも目立たない為、連れ歩いていても怖がられない。
というより、そもそも存在を気づかれることがなかった。
「私が酔い潰れている間、何があったの?」
「ダッドリー様とアルテ様がクリス様をここまで運びました」
「他には?」
「何もありません」
「本当? そ、その、そこから先とか、ない?」
「ありません。クリス様をベッドに横たわらせた後、お二人は出て行かれました。その後は誰も入ってきていません。それに、何かあれば私が命に代えてもお守りしております」
「そっか、それもそうだよね! よし、セーフ!」
ホッと胸を撫で下ろすクリス。
「それにしても、どうしてこんなにいい宿なんだろ?」
「安い宿に女性を一人で放置するのは危険だから、とアルテ様が仰っていました」
「おお、流石はアルテさん……! カッコイイ……!」
「ダッドリー様は『もう少し胸が大きくないと襲わねぇだろ。おぼこい顔つきにこのペチャパイじゃ対象になんねぇって』と仰っていました」
「ダッドリーさんの馬鹿野郎ー!」
クリスがぷくっと頬を膨らませる。
その時、部屋の扉が勢いよく開いた。
シャドウはほぼ同じタイミングで影に潜る。
「早くしろ、ポンコツ! 行くぞ!」
扉を開けたのはダッドリーだった。
彼の斜め後ろにアルテの姿もある。
「クリス、貴方のせいで昨日の稼ぎは全て宿代に消えました。なので今日も働いてもらいますよ。いえ、今日こそは働いてもらいますよ」
「は、はいぃぃぃ!」
クリスは慌てて顔を洗い、準備を済ませて部屋を出た。
今のところ、ニクス王国での活動は順調である。
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