表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/36

006

「クリス様、もっと腰を入れないと駄目ですよ!」


「こうですか?」


「違う違う! そんなんじゃ腰痛に悩む日々が待ってますぞ!」


「ぐぐっ……難しい……」


 クリスは村民たちに畑の耕し方を教わっていた。

 作物の質を高めるには鍬の振り方まで拘る必要がある。

 農作業の経験に乏しいクリスは、これまでの人生で最も苦戦していた。


「クリス様って不思議だなぁ。あれだけ楽しそうに畑を耕す人、ぼく知らないよ」


 小さな男の子が遠巻きにクリスの作業を眺める。


「人生は一度しかないからねー! 知らないことを経験するのは楽しいよ!」


 クリスは少年に笑顔を向けた。


「クリス様、先日の馬車が来ました!」


 青年が報告する。

 フランクリンの駆る馬車が村に入ってきた。

 クリスは農作業を切り上げて門へ向かう。

 村人たちも集まってきた。


「数日ぶり、トムさん!」


「フランクリンです!」


「あははは」


 まずはいつものやり取りから始まる。

 ため息をつくフランクリンと嬉しそうに笑うクリス。


「早速の本題で申し訳ないのですが……」


 馬から下りるなりフランクリンは言った。


「ここをはじめ、クリス様から施しを受けている町村には“クリス税”を課すことになるかもしれません」


「クリス税ですって!?」


 声が上ずるクリス。

 フランクリンは申し訳なさそうに頷いた。


「クリス様の庇護を受けた集落と受けていない集落の間で不均衡が生じています。それを是正する為、特別税を設ける可能性があるとのことです」


「サリー様になってから税が増えているってのにまだ取ろうっていうのか!」


 村人たちが口々に批難する。

 フランクリンは「自分に言われましても」と顔をしかめる。

 クリスは村人のブーイングが落ち着くまで待ってから尋ねた。


「その特別税ってどのくらいになる予定ですか?」


「3.14です」


「「「3.14だとぉ!?」」」


 村人たちが一斉に発狂する。


「尋ねておいてなんだけど、3.14ってつまりどうなんですか?」


 クリスが村長に尋ねた。

 孤児を経て聖女となった彼女は税金に疎いのだ。

 3.14と聞いて浮かんだのは円周率だけだった。


「3.14と言うのはですね……」


 村長が苦虫を噛み潰したような顔で答える。


「端的に申し上げると従来の10倍です」


「そんな……!」


「施行されると村の財政は破綻します。ウチだけではございません。王都以外はまともに耐えきれないでしょう。特別税だけで3.14はあまりにも大きすぎる」


「ですが、この特別税はまだ決定していません」


 フランクリンが言った。


「つまり、私が聖女に戻れば特別税は課されなくて済むと?」


「ビクトル様はそのように仰っています」


 発言の後に「すみません」と謝罪の言葉を付け加えるフランクリン。

 クリスは「貴方のせいではありません」と顔を振った。


(ビクトル様にしてはいやらしいやり口……おそらく公爵の仕業ね)


 クリスの予想は当たっていた。

 此度のクリス税を考案したのは公爵に他ならない。

 ビクトルよりもよほどクリスの急所を熟知した攻め口だった。


「私が聖女にならないと村の人々が困ってしまう……」


 村人たちの笑顔はクリスの活力になっていた。

 この村だけでなく、全ての村に対して強い愛着がある。


「分かりました……じゃあ、私……聖女に……」


 村人の平和を守る為、クリスは聖女に戻ろうとした。

 しかし、その時。


「そんな必要はありません!」


 村の青年が声を上げた。


「俺たちの為に自分を犠牲にするのはやめて下さい、クリス様!」


「でも……」


「俺たちなら大丈夫です! もしもクリス税が課されるようなことになれば、皆で別の国に行きます! 今のドーア王国なら去っても惜しくありません!」


 この言葉が他の村人の心にも火を点けた。


「国は税を搾取するばかりで何もしてくれねぇ! 村が魔物に襲われようが知らぬふりだ! そんな国に尽くす必要はない!」


「そうだそうだ!」


「他の村だってきっと同じ思いですよ! だからクリス様、どうか自分を犠牲にしないでください! クリス様はクリス様の望む道を歩むべきです! クリス税なんてのに負けませんから、この村も、他の村も!」


「皆さん……」


 クリスは嬉しさのあまり目に涙を浮かべた。

 フランクリンも感動から男泣きをしている。


「フランクリンさん、私の心は決まりました。聖女には絶対に戻りません。そして、私はこの国を出て行きます。ビクトル様にはそうお伝え下さい」


「そ、そんなことをすると、クリス様の身内に怒りの矛先が向かうかも――」


「その点は問題ありません」


「えっ」


「だって私、孤児ですから。それに結婚もしていないので」


「あっ、たしかに」


「ですから、もうビクトル様の返事を待つこともありません。お手数をおかけしますが、その旨、どうかビクトル様にご報告をしてください」


「かしこまりました。その旨、ビクトル様に伝えておきます」


 フランクリンは馬車に乗り、颯爽と王城に向かっていく。

 馬車の後ろ姿が消えると、クリスは村人たちに向かって頭を下げた。


「私が国を出たとなれば、クリス税が発生することもないと思います。なので、皆様はもうしばらくの間、様子を見ていてください。私は先ほど言ったとおり、この国を発ちます」


「わざわざ国を出なくても……」


「いえ、そういうわけではありません。前々から他の国に行ってみたいとは思っていたのです。村の防衛力も強化し終えたので、ちょうどいいタイミングだっただけのこと。なので気にしないでください」


 クリスは笑みを浮かべると、再び深々と頭を下げる。


「それでは、短い間でしたがお世話になりました!」


 次の瞬間、彼女は転移の指輪を発動し、その場から消えた。


 ◇


「この国を出て行くだとぉおおおおおおおおおおおお!?」


 ビクトルは発狂した。

 顔を真っ赤にして玉座の肘おきに拳を叩きつける。


 一方、「なんたること……」と呟きつつ、公爵は俯きながらニヤけた。

 クリスが聖女の座に戻らなくてホッと一安心だ。


「もう我慢ならん、クリスの血族を皆殺しにしろ!」


 ビクトルが立ち上がって号令を下す。


「それは……あまり効果がないかもしれません……というか……無理……」


 フランクリンが控え目に言う。


「なんだと?」


 ビクトルがフランクリンを睨む。

 フランクリンは「ひっ」と息を呑んだ。


「どういうことだ?」


「その、クリス様は孤児なので……」


「あぁ」


 言われて思い出すビクトル。

 クリスが血縁者の顔すら知らないことに。

 仮にそんな人間を見つけ出して殺しても効果はない。


「クソッ! ならどうすればいいのだ!」


「もはや手立てなしかと……」


 公爵が言った。

 ビクトルの血走った目が公爵を睨む。

 フランクリンと違って公爵は怯まない。

 そして、さらにこう続けた。


「クリス様がいない以上、クリス税を設ける理由もありません。むやみやたらな課税は民の反感を抱くだけです。なので、クリス税の話は水に流し、国土を縮小する方向で対策を……」


「ならん!」


「はっ?」


「クリス税はそなたの言う通り発動しないでおこう。だが、国土を縮小することだけは絶対に許さん。公爵、対策を考えろ」


「そうは言われましても、クリス様ほどの聖女が見つからない以上はどうすることもできないのが現状で……」


「それでも考えろ!」


「……かしこまりました」


 これ以上の反論は自らの命に関わる。

 そう判断した公爵は、渋々ながら引き下がった。

これにて第一章終了です!


ここまでのお話はいかがでしたか?


楽しかった・続きが気になるという方、

【評価】や【ブックマーク】で応援してもらえると幸いです。


どうかよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ