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005

 それは誰にとっても信じがたい発言だった。

 ドーア王国において王の命令は絶対なのだ。

 クーデター対策として弾劾が存在するものの、基本的には絶対王政。

 故に村は静寂に包まれ、フランクリンは固まった。


「えっ」


 ようやく発したフランクリンの言葉がそれだ。


「だから、私は嫌だと申し上げたのです」


「それは……どうしてでしょうか?」


「ビクトル様のご用件には察しがつきます。聖女に戻ってくれと頼みたいのでしょう。ですが、私はそれを受ける気がありません。よって、お忙しいビクトル様の手間を省く為、私はこの場でお断りします」


 きっぱりした口調だった。


「でもサリー様じゃ力不足だ!」


「テレサ様の跡を継げるのはクリス様しかいねぇだ!」


 フランクリンではなく村人が声を上げる。

 これにはクリスも困惑した。


(この人たちは私が聖女を辞めた理由を何も知らないものね)


 クリスは申し訳なさそうに頭を掻いたあと、先ほどの説明に補足した。


「私が聖女に戻らない理由は色々とありますが、なによりも嫌なのは、戻ったらビクトル様が戦争を始めるからです。そうなれば、ここのような辺境の村も戦渦に巻き込まれることとなるでしょう。魔物ではなく人が襲ってくるわけです」


「で、では、どうしてもお断りということで、よろしいのでしょうか?」


 フランクリンが言葉を詰まらせながら尋ねた。


「はい」


 クリスは真剣な表情で頷く。


「で、では、その旨をビクトル様にご報告しますので、少々、こちらの村でお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


「分かりました。せっかく立派な馬車を用意してもらったのにごめんね、トムさん」


「だから自分の名はフランクリンですってば!」


 フランクリンが馬車に乗って村から出て行く。


(まさかずっと乗りたかった馬車に乗るのを断るなんてね……)


 去りゆく馬車に想いを馳せるクリス。

 聖女だった頃、彼女はずっと馬車に乗りたいと思っていた。

 それで世界中を転々としたいと考えていたのだ。

 だが、聖女として過ごした三年間で、馬車に乗ることは一度もなかった。


「クリス様が聖女を辞められたのって、本当に政府の発表や噂の通りなんですか?」


 一人の村人がクリスに尋ねた。

 何も答えずに黙ったままのクリス。

 すると他の村人も言った。


「こんな(へん)()な村を気に掛けてくれる人が自分勝手に聖女の任を投げ出すとは思えねぇ」


「そうだそうだ!」


「皆さん……」


 クリスは本当のことを話そうか悩んだ。

 しかし、話すとこの村がどうなるか分からないのでやめておく。


「ありがとうございます。なんだか雰囲気を悪くしてごめんなさい。そんなわけで、しばらくここにいないといけないみたいなんで、これからビシバシ畑を耕していきます! 皆さん、どうぞよろしくお願いいたします!」


 クリスは転がっていた鍬を拾って近くの畑に向かった。


 ◇


「なっ……!」


「信じられん……」


「やだ、だと……!?」


 謁見の間は驚きの色に染まっていた。

 クリスが断るなど誰も予期していなかったのだ。

 聖女に戻らずとも、とりあえずここには来ると思っていた。


「国王陛下の呼び出しに応じないなど前代未聞」


「たとえ元聖女といえども断じて許されぬ無礼」


「ありえん、ありえんぞ」


 文武官たちは口々にクリスを批難した。

 ビクトルは未だ驚きのあまり口をポカンとしている。

 そんな中、クリスをかばう者が現れた。

 ――公爵だ。


「たしかにこの場に来ることすら拒んだのは無礼の極みと言えるでしょう。しかし、クリス様はこちらの用件を見抜いた上で断っていますから、一分一秒が惜しいこの状況においては、無駄が省けたのでかえってよかったのではないでしょうか? おそらくクリス様もそこまで考えられての判断かと」


 公爵の心中は安堵に満ちていた。

 今さらクリスが聖女に戻ってもいいことなど何もない。

 ビクトルの方針上、魔物の被害を拡大させるだけだ。


「なんにせよクリス様は聖女になられるつもりがないわけですので……」


 公爵の体がビクトルに向く。


「ビクトル様、クリス様のことは諦めて、国土の縮小を検討いたしましょう。今ならばまだ間に合います」


「いや、その必要はない」


 ビクトルがようやく言葉を発した。


「それはどういう……?」


 嫌な予感に襲われる公爵。

 そして、その予感は当たってしまう。


「否定など許さん。王の命令は絶対だ。クリスには聖女になってもらう」


「ですが、神器は自分の意思で装着しなければ効果を発揮しません。そして、本人の意思を無視して装着した場合、魔力量に比例した規模の厄災が国土を襲います。クリス様が拒否している以上、手立てはないかと」


「その点は問題ない」


「問題ない……?」


「公爵が言ったように本人の意思であればかまわないわけだ。ならば脅して着けさせよう。脅されようが何されようが、本人が自分で着けようと思って着ければ、それは本人の意思による装着となるだろう」


 ビクトルの考えは間違っていない。

 脅迫に屈しての装着は“本人の意思”として認められるのだ。


「ですが、国の安寧を司る聖女の地位を脅迫行為によって決めるのは人道に反するかと……」


「そうは言っても公爵、仕方ないじゃないか」


「仕方ない?」


「だってサリーが無能なんだから」


「それは……」


「だって! サリーが! 無能! なんだからぁ!」


 ビクトルが顔面を歪ませて吠える。


「お前らもそうだろ!?」


 ビクトルが公爵以外の文武官たちに話を振る。

 皆が俯いて黙っていると、彼は玉座の肘置きを強く叩いた。


「お前らもそうだろ!? 違うって言うのか!?」


「いえ……」


「その通りでございます……」


「ならば言ってみろ! だってサリーが無能なんだから!」


「「「…………」」」


「言えないのか!? ならば今すぐ反逆罪で処罰してや――」


「い、いえ!」


「言います! 言わせて下さい!」


「ならば言え!」


「「「だってサリーが無能なんだから……」」」


「声が小さい!」


「「「だってサリーが無能なんだから!」」」


「もっとだ! もっと言え!」


「「「だって! サリーが! 無能! なんだからぁ!」」」


「そうだ!」


 謁見の間が「だってサリーが無能なんだから」の大合唱に包まれる。

 誰もが異様な光景と思いつつ、誰にも止めることができなかった。


「では今すぐクリスに返事をしよう。聖女にならなければ全ての村を燃やし、村人は一人残らず殺すと。一人ずつ目の前で殺してやると」


 とんでもない発言だ。

 さすがの大合唱も止まってしまう。


「それは流石にいけません、陛下! 民を殺すのだけはいけません!」


「分かっているさ公爵、これは脅しだよ」


「脅しでもいけません。その脅しをした瞬間、陛下は弾劾裁判にかけられますぞ」


「ただの脅しなのにか?」


「王は国を代表して民を導くものですから、民はなによりも大事にして然るべきなのです」


「ではどうすればいい? どうやってクリスをその気にさせるんだ?」


 公爵は苦悶の表情を浮かべた。


(担ぐ相手を間違えてしまったな。こんなボンクラと運命を共にしなければならんとは……)


 心の中で毒を吐きつつ、公爵は代替案を出した。


「同様の効果が期待できて、さらに民を傷付けない方法がございます……」

お読みくださりありがとうございます。

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