035
「ビクトル様、助太刀にきました。私はもう聖女ではございません」
サリーが右手の指を見せる。
そこに神器は装着されていなかった。
「ディウス様の許可を得て、聖女の任を一時的に解いてもらいました。今はチートを使った方が代理の聖女を務めています」
サリーは死んだ魔女隊の隊員から召喚の指輪を回収し、自らの指に嵌める。
そして右手を高らかに掲げ、使い魔を召喚した。
「撤退する必要はございません。ビクトル様の野望は私が叶えます!」
サリーの使い魔は魔女隊のものより弱い。
なぜなら彼女の魔力は測定器を壊す程ではないからだ。
それでもビクトルはこう言った。
「分かった、では共に戦おう」
ビクトルは戦を熟知している。
サリーの登場によって空気が変わったことを察知した。
今ならば勝てるかもしれない、そう感じたのだ。
「新たな命令だ。皆の者、シャロンのゴミ共を蹴散らせ! ここまで来た聖女に恥じぬ戦いを見せろ!」
「「「うおおおおおおおおおおお!」」」
一気にドーア軍の士気が高まる。
全員の顔が引き締まり、動きにキレが戻った。
「行きなさい!」
サリーが使い魔に突撃命令を出す。
健康的な色をした使い魔軍団が戦いに加勢した。
「クリス、あなたにこれ以上の邪魔はさせない。あなたのせいで私の人生は滅茶苦茶になった。あなたさえ、あなたさえいなければ!」
「よく言う……!」
クリスとサリーが使い魔越しに睨み合う。
その間にも戦闘は継続している。
刻一刻と時が流れていく。
形勢は次第に傾いていった。
「これでも届かないのか……!」
ビクトルが苦悶の表情を浮かべる。
サリーの登場による士気の高揚があっても、形勢は変わらなかった。
じわじわとクリスの使い魔軍団が押し始めているのだ。
既に単純な戦力ではドーア軍の方が上だ。
それでもクリスが勝っているのは連携力の差である。
阿吽の呼吸で動く彼女の使い魔軍団に対し、ドーア軍はボロボロだ。
流石のドーア軍も、使い魔と連携した戦いの訓練はしていなかった。
「クリス、ここでもあなたは……!」
サリーが舌打ちする。
「潮時だな」
ビクトルがため息をつく。
その音は喧噪をすり抜けサリーの耳に入った。
「レイ、貴様を殺して今度こそ撤退――」
「ビクトル様、お待ちください!」
「なんだ?」
ビクトルは振り返り、そして、気づいた。
サリーが注射器を持っていることに。
「それは、まさか……」
サリーがコクリと頷く。
「最後の最後くらい、私はあなたの役に立ちたい!」
そう言って、彼女は〈チート〉を腕の静脈に刺した。
後のことなど欠片も考えていない。
クリスに勝つ可能性のある最初で最後の戦い。
サリーにとってはこの戦いが全てなのだ。
どれだけ罵詈雑言をぶつけられても、ひたすらに道具として見られていても、それでも彼女はビクトルを愛していた。
最後まで愛し続けていたのだ。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!」
おぞましくすら感じるサリーの悲鳴が響く。
チートを使用した者が例外なくあげる声だ。
そしてその後、使用者は自我を喪失する。
――はずだった。
「これで……クリスに……勝てる……」
サリーは耐え抜いたのだ。
「サリー、お前、自我を保っているのか……?」
「はい……ビクトル……様……」
サリーが召喚していた使い魔を消し、新たな使い魔を召喚する。
目だけが赤く光る漆黒の群れが姿を現した。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
サリーの使い魔軍団が突撃する。
魔女隊の使い魔を蹴散らし、クリスの使い魔と激突。
「あなたたち……さがり……なさい……」
サリーがドーアの兵に言う。
だが、兵たちは何が何やら分かっていない。
「お前たち、撤退しろ! サリーの使い魔に巻き込まれるぞ!」
事態を把握しているビクトルが言った。
「し、しかし、陛下」
「俺のことはいい! コイツは一騎打ち以外で俺を殺る気はない! コイツを殺したら俺も下がる! だからお前たちは先に下がれ!」
「は、はい! 撤退だ! 撤退ィイイイイイ!」
ドーアの兵たちが慌てて下がっていく。
レイ対ビクトル、クリス対サリーの構図ができあがった。
「一騎打ち以外で殺る気はない、か。なかなか評価してくれるじゃないか。俺をそこまでの真人間と思うなんてさ!」
「お前がその気なら俺はクリスのシャドウに殺されていたからな」
「ふっ。しかしどの道、貴様はここで死ぬ。俺の剣によってな」
「調子に乗るなよ、レイ!」
ビクトルとレイの一騎打ちが再び激化する。
クリスとサリーの使い魔対決も始まっていた。
「クリス……あなたは……私が……許さ……ない……」
「ぐぐぐっ……まずい……!」
形勢は――クリスの劣勢だ。
数は同じだが、質は完全に劣っていた。
防戦するだけでいっぱいいっぱいだ。
しかし、この均衡もじきに崩れるだろう。
ドーア軍の魔女隊のように。
(このままだと負ける……! 隙を見つけなければ……!)
クリスには逆転の秘策があるけれど、実行するのは難しい。
秘策とはえてして奇襲であり、奇襲は隙を突く必要がある。
だが、現状ではそんな隙はない。
サリーがクリスを直視しているからだ。
彼女は瞬きすらせずにクリスを睨み続けている。
不審な挙動は即座に感知されるだろう。
「もうじき……あなたを……殺せる……」
サリーが小さく微笑む。
口の端から唾液を垂らしながら。
「じきにサリーがクリスを殺す」
ビクトルが笑みを浮かべる。
「そうはならん。俺がお前を殺し、クリスがサリーを倒す」
「どちらも無理な話だ」
「無理でも可能にするんだよ、俺は」
「何を言っている……?」
「俺はクリスと約束したんだ」
「約束だと?」
「この戦いが終わったら結婚しようってな」
ビクトルは「ふはは」と笑い、そして、吠えた。
「そのセリフを言った者は死ぬ! それが昔から決まった必然、運命だ!」
トドメを刺そうと振りかぶるビクトル。
早く決着をつけたいと焦る気持ちがあったのだろう。
大きく踏み込んだ際にできたその隙を、レイは見逃さなかった。
「ならばその必然を俺が変える! 運命を決めるのは俺だ!」
レイの剣がビクトルの右肩を貫く。
「グッ、貴様ァ!」
ビクトルが剣を左手で持ち替えて振るう。
レイは「甘い!」とそれを弾いた。
「おしまいだ、ビクトル!」
レイの剣がビクトルの心臓を貫く。
「へ、平和ボケした国のボンクラにこの俺ガァ……」
「これでも戦闘は得意なほうでね。悪いな、ビクトル」
ビクトルに突き刺さった剣を抜き、刀身に付着した血を払い落とすレイ。
彼が背を向けると同時に、ドーア王国の国王は死に絶え、崩落した。
「ビクトル様ァ!」
これまでクリスを睨んでいたサリーの視線が逸れる。
「今!」
クリスは転移の指輪を発動した。
サリーの目の前に瞬間移動し、両手を彼女の胸に伸ばす。
その手にはレイから渡された護身用のナイフが握られていた。
「グハッ……!」
サリーの小さな心臓をクリスのナイフが的確に貫く。
「クリス……あなた……!」
「サリー、一つだけ言わせてもらっていい?」
「なに……を……?」
口から血を吐くサリー。
その血を全身に浴びながら、クリスは微笑んだ。
「私とレイの為の踏み台になってくれてありがとうございました」
「クリス……クリ……ス……クリィイイイイイイイイイイイイイイス!」
クリスの名を叫びながら、サリーは息絶えた。
それによって彼女の召喚していた使い魔が姿を消す。
最後の戦いが、終わった。
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