031
クリスは広場の中央――レイの隣に移動した。
聴衆は固唾を飲んで成り行きを見守っている。
「レイ、まさかあなたが王子だったなんてね」
「隠していたつもりはなかったが、結果的にそうなってしまった。すまない」
「ううん、気にしないで。私も貴方に、いえ、皆に隠していることがあるから」
クリスは聴衆に向けて言った。
「私はかつてドーア王国の聖女として過ごしていました」
「「「なんだってぇ!?」」」
場が騒然とする。
レイとヒューゴラスは「やはり」と呟いた。
「知っていたの?」とクリス。
「ビクトルが君の首を要求してきたから、ドーアについて簡単に調べたんだ。それによって先代の聖女がクリスという名であると分かった。ビクトルが執着する程だから、そのクリスが君のことなのではないかと思っていたわけだ」
「なるほどね」
「それで、どうしてビクトルはクリスちゃんの首を欲しがるんだい?」
聴衆の男が尋ねた。
これはレイやヒューゴラスも気になるところだ。
「私がビクトル様の計画に邪魔な存在だからです」
「どういうことだ?」とレイ。
「それを説明するには、私が聖女をやめるに至った経緯から話す必要がある。少し長いけど聞いてもらえる?」
「もちろん」
レイが頷くと、聴衆も同時に頷いた。
「実は――」
クリスはこれまであったことを包み隠さず話した。
ある日いきなり聖女の任を解かれたこと。
自分がサリーを聖女にするまでの繋ぎだったこと。
サリーの質がビクトルの期待より低かったこと。
それによってビクトルから聖女に戻るよう言われて断ったこと。
「こういう一悶着の末に、私はニクス王国に移住した」
約1年半前にあったニクス王国でのこともしっかり話す。
厄災戦、キーアの陥落と奪還戦。
奪還戦で自分が刺されたことも忘れない。
国の重鎮たるバロン公爵の内通と処刑も。
「バロン様はすごく立派な方だったから、処刑によって私を恨む人も出てきたの。ビクトル様がそこに付け入るのは目に見えていたから、そうなる前に国を離れることにした。それからの1年くらいは特に問題なかったんだけどね」
「そういうことだったのか」
全員が納得した。
どうしてビクトルがクリスにご執心なのか。
「聖女に戻そうとして、それが無理と分かったら殺そうとする……ひでぇ野郎だな、ビクトルって奴は」
中年の男が唾を吐く。
先ほどまで降伏に賛成していた者だ。
「本当よ。そんな性格だとこの国じゃ生きていけないわ」
男の妻と思しき女が言った。
彼女の言葉に他の連中も同意する。
「でも……この勧告は飲むしかないよ」
そう言ったのはクリスだ。
「そうなのか?」
レイが驚いた様子でクリスを見る。
「だってこの国にドーアの軍と戦うだけの力はないから」
「たしかにそうだが、君がいるじゃないか。ニクスでは単独でドーアの軍団を蹴散らしたのだろう」
「そうだけど、あの時だって兵士を倒したわけじゃない。魔女隊との力比べで勝っただけ。それに、あの時があるから今回は勝てないと思うの」
「どういうことだ?」
「ビクトル様は頭が切れる。同じミスを何度もするタイプじゃない。おそらく今回も私と戦うことを想定しているはず。その上で強気に迫ってきているということは、1年半前のようにはならないという自信があるってこと。私、とてもじゃないけど勝てる気がしないわ」
「だが、奴の要求を呑むということは、君の首を差し出すということだ」
「私の命だけでこの国が救われるなら、私はそれを受け入れようと思う。この国が好き、皆さんが好き、それになにより、大好きな貴方を守りたいから」
クリスの真っ直ぐな瞳がレイを捉える。
それを見たヒューゴラスが「決まりじゃな」と呟いた。
「そうだな、決まりだ」
レイが頷く。
聴衆も「だな」と続いた。
そして、ヒューゴラスが話をまとめる。
「ドーアに対する返事は『ノー』。我々は徹底抗戦に打って出る。皆の者、それでよいな?」
「もちろんだ!」
「ドーアがいくらのものよ!」
「やってやろうぜ!」
「負けないわよ!」
皆が勇ましく吠える。
「ちょっと待って! どうしてそうなるの!?」
慌てふためくクリス。
それに対して、レイは笑みを浮かべた。
「この国に同胞を犠牲にしてまで生きたいと思う者はいないさ」
「そんな……! 私、まだここにきて半年なのに! ダメだよ!」
「ダメじゃないさ。君だってそうだろ。ここにきて半年なのに、我々の為に犠牲になろうとした。同じことだ。君の力強い想いを聴けたからこそ、俺たちも決心がついた。もう迷いはない」
「そんなつもりじゃなかったのに……」
声を震わせるクリス。
そんな彼女をレイが抱きしめる。
「安心しろ、俺たちは負けない。どんな相手にだって」
クリスはレイの胸に顔を押し当て、密かに涙を流す。
そして、小さな声で「バカ」と呟いてから、顔を上げて白い歯を見せた。
「そりゃ負けないよ。戦うのは私の使い魔軍団なのだから」
「それは言わない約束だ」
このやり取りを聞いたヒューゴラスがゲラゲラと笑い転げる。
「よーし、戦争になるなら武器が必要だな! 婆さん、武器を持てい!」
「武器なんてあるわけないじゃろ! 鍬でも振りんしゃい!」
「鍬か! 立派な武器じゃねぇか! よし、俺は鍬で戦うぞー!」
「私は草刈り鎌よ!」
「俺は包丁だ!」
クリスの背中に闘志の漲った皆の声が響く。
セリフは頼もしくないのに、なぜだか頼もしく感じた。
かくしてシャロン公国は、建国以来初となる戦いの道を歩むのだった。
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