003
サリーが聖女になって半年が経過した。
ドーア王国の衰退は誰の目にも明らかで、誰もが口を揃えてこう言った。
「クリス様が聖女の頃はよかった」
その頃、当のクリス本人は田舎の村を転々としていた。
「やっちゃいなさい!」
魔具〈召喚の指輪〉で召喚した数十体の使い魔に攻撃命令を出す。
攻撃対象は目の前にいる数百体の魔物だ。
「ガオー!」「フンガー!」「キュイーン!」
使い魔たちは魔物の群れに向かって果敢に飛び込んだ。
様々な攻撃を繰り出して、瞬く間に魔物を一掃する。
「よし! これでしばらくこの村は平和だね!」
どんなもんだい、と鼻の下を指で撫でるクリス。
すると背後から「おおー!」と大歓声が沸き起こった。
戦闘を眺めていた村人たちだ。
「ありがとうございます、クリス様!」
「助かりました! クリス様!」
村人たちが口々に感謝の言葉を述べる。
「いえいえ、気にしないでください! お役に立てて私も幸せです!」
田舎の村々で魔物を駆除する――それがクリスの日課だ。
「クリス様が聖女だった頃はウチのような村にも衛兵がいたんですけどねぇ」
「他国から出稼ぎに来ている魔物の駆除業者は引っ張りだこで呼べないしねぇ」
ドーア王国の政府や国民は平和に馴染みすぎていた。
クリスが聖女だった三年間の治安があまりにも良かったのだ。
特筆する程に優れた治安を、いつの間にか当たり前に思っていた。
その反動が今になって来ている。
農民はおろか兵士まで、魔物との戦闘経験が乏しいのだ。
にもかかわらず、魔物の勢いは激化の一途を辿っている。
今では主要都市やその近辺の街を守るだけで精一杯という有様だ。
こうなると治安も悪化する。
田舎の村だと魔物だけだが、大都市になると犯罪件数も急増していた。
「クリス様、よかったら村のご飯でも食べていってくだせぇ!」
「ウチの村は野菜が美味しいんですたい!」
「わー、いいんですか! ではありがたくいただきます!」
クリスが「でもその前に!」と右の人差し指を立てる。
「他の村にも行ってきます! 夕方には戻りますので、夕飯をご馳走してください!」
そう言い残し、彼女は〈転移の指輪〉で他所の村に瞬間移動した。
「クリス様ってあんなにも話しやすい方だったんだなぁ」
「それにとんでもねぇべっぴんさんだ!」
「また聖女になってくれないかねぇ」
クリスが消えた後も、村人たちはクリスを褒め続けていた。
◇
「陛下、港町ルブラスが魔物の襲撃により陥落しました!」
「今度はルブラスか……」
国王になって数日のビクトルは今日も頭を抱えていた。
魔物の勢いがどうやっても止まらないからだ。
辺境の村や町を落としながら、着実に王都へ迫ってきている。
「このままではこの国は崩壊してしまうぞ……!」
文武官の誰かが呟く。
「流石にそれはないだろう」
冷静に反論するのは公爵だ。
「国土が狭まれば狭まるほど、聖女の力は行き届くようになる。サリー様の魔力量が測定器の上限を上回っている以上、どれだけ酷くとも防衛用の城郭都市で侵攻を食い止められるだろう」
公爵の意見は正しい。
クリスに比べて劣るものの、サリーの魔力量は決して低くない。
小国の聖女なら「神」と崇められるだろう。
故に、魔物の侵攻はどこかで食い止めることが可能だ。
ただし……。
「数十年分の巻き戻しは避けられないだろうがな」
ドーア王国が大国と呼ばれるようになったのは近年の話だ。
数十年前にテレサが聖女に就任してからである。
それまではどこにでもある中規模国家という扱いだった。
「陛下、ここは一度、国土の縮小を検討してはいかがでしょうか?」
公爵が提案する。
「縮小だと……?」
ビクトルの首に嫌な汗が流れた。
「テレサ様は大聖女と呼ばれる程の御方でした。そして、その跡を継いだクリス様は、テレサ様と同等の力を持っていました。このような幸運が続いたことで我々は勘違いしてしまったのです。現在の国力を維持する程度なら難しくない、と」
「むぅ……」
「国のいたるところで魔物の襲撃事件が発生しており、それに対処するだけで兵はいっぱいいっぱいです。その為、主要都市では犯罪率が急激に増加しています。こういった問題を改善するには、ひとまず国土を縮小する他にありません。現状を維持するのは不可能だと断言できます」
「だが……しかし……」
公爵の意見がもっともであることは分かっている。
それでもビクトルは、おいそれと承諾することはできなかった。
彼は本気で世界征服を目論んでいるのだ。
他人が馬鹿げていると笑おうとも、彼だけは本気で考えていた。
「私は陛下の方針を支持いたします。だからこそ国土の縮小を提案するのです。このまま事態を悪化させ続けた場合、間違いなく弾劾裁判に発展します。そうなれば罷免は確実です」
「弾劾……罷免……」
頭の中が真っ白になるビクトル。
「我々のような主戦派ですら、今は時期が悪いと考えます。陛下が国土の縮小を決定したとしても、それに異議を唱える者はそう多くないでしょう。ですから陛下、何卒ご決断を!」
公爵が詰め寄る。
他の文武官が強く頷いた。
「くそ……くそ……」
ビクトルは必死に別の手段がないか考える。
(ここで国土の縮小を決定すれば全てが終わる。聖女があの出来損ないから優秀な者に代わったとしても、失われた国土を取り戻すだけで長い年月を費やすだろう。そうなれば世界征服など夢のまた夢となる。何かないのか、何か……)
次第にビクトルの思考が逸れ始める。
だんだん腹が立ってきた。
(サリーがここまで無能だとは思わなかった。本当にクソみたいな女だ。テレサ様の孫とは思えん。全てはあの女のせいだ)
ビクトルが隣の玉座へ目を向ける。
そこには誰も座っていなかった。
サリーは宮殿に引きこもっているのだ。
クリスとは違い、彼女は自分の意思でそうしている。
聖女でいることの重圧に耐えられなかったのだ。
ビクトルに何度も八つ当たりされたことで心が折れていた。
「そうだ!」
隣の空いている玉座を見て閃くビクトル。
「妙案が浮かんだぞ!」
声を弾ませるビクトル。
「妙案ですと? いったい何を……?」
公爵は嫌な予感がした。
彼は頭が切れる上に、ビクトルをよく知っているからだ。
「クリスを呼び戻して聖女にしよう! 公爵、前にそなたが言っていただろう! クリスを聖女にして、サリーとの関係はそのままにすると! それでいこう!」
公爵の予感は的中した。
「しょ、正気ですか?」
「それならば問題あるまい! クリスの頃は問題なかったのだから!」
「ですが、万が一クリス様が引き受けられたとしても、短くて数ヶ月、長ければ半年以上は現状と同等の被害が続きますぞ」
「所詮はその程度だ! 1年で立て直した後、当初の予定である世界征服を遂行する! 何の問題もあるまい!」
「それですと立て直す際に多くの死傷者が……」
「何事にも犠牲はつきものだ! 何をぐずぐずしている! さっさとクリスの居場所を突き止めぬか!」
公爵に反論の余地は残されていない。
(クリス様、お願いですので聖女に戻らないでくだされ!)
そう願いながら、公爵は部下にクリスの捜索を命じた。
お読みくださりありがとうございます。
評価・ブックマーク等で応援していただけると励みになります。
楽しんで頂けた方は是非……!




