029
クリスとレイの関係はより深まっていった。
シャロン公国には娯楽やデートスポットが少ない為、過ごし方の幅それほど広くなく、一緒に畑を耕したりバッテロの中心地を歩いたりすることが多い。
それでもクリスは、レイと過ごす時間を心から楽しんでいた。
レイもまた、人生初となる恋人との時間に心を躍らせていた。
両者はともに23歳。
とても早いとは言えない青い春の訪れだった。
◇
その頃ドーア王国では、植民地計画が再び始まろうとしていた。
「陛下、被験者2043号と2044号が死にました。どちらもチートの使用から2週間の命でした」
謁見の間で、ディウス公爵が研究成果を報告する。
「また2週間か……」
ビクトルは舌打ちする。
順調に思われた研究が停滞し始めたのだ。
どうやってもチートの使用から2週間程度で被験者が死ぬ。
寿命を1週間から2週間まで増やすのに1ヶ月とかからなかったのに、それ以降はまるで進歩が見られなかった。
そうこうしている間に、サリーが聖女になってから2年半が経過していた。
「公爵、ここらがタイムリミットだな」
「ですな……デサイアの民は疲弊しきっており、いつ内戦が終結してもおかしくない」
「では気取られぬよう電光石火でいくとしよう。今すぐシャロン公国に出陣だ」
「お待ちください陛下」
「どうした?」
「万全を期すために下調べをするべきかと」
「下調べ? 兵すらおらん小国をか?」
「ありえないとは思いますが、もしかしたらデサイアが派兵しているかもしれません。シャロンは我が国とデサイアの緩衝地帯にある国であり、そこを奪われるのはどちらの国にとっても痛い。しかしデサイアは今、内戦によって我が国を警戒する余裕がない。となれば、シャロンの許可を得て一時的に兵を駐在させている可能性はあります」
「なるほど、それは一理あるな。その場合、規模はおそらく少数だろうし、踏み潰すことは造作もないが、それによってこちらの計画が露呈する可能性がある」
「その通りでございます」
公爵は心の中でほくそ笑む。
ようやくビクトルに王の器が備わってきたからだ。
最近では無理のない結論を出すことが多かった。
「ならば偵察を出そう。攻めるのはそれからでいいな?」
「流石です陛下」
こうして、ビクトルはシャロン公国に偵察兵を送った。
◇
「なんでだああああああああああああ!」
数日後、謁見の間で、ビクトルは発狂した。
背中を仰け反らせながら叫び、その勢いで玉座から滑り落ちる。
「どうして、どうしてそんなところにいる!?」
ビクトルは充血させた目で宿敵の名を吠える。
「クリスゥウウウウウウ!」
偵察兵の報告は、彼にとって最悪なものだった。
ビクトルの野望を阻む唯一にして最大の敵クリスがいるというもの。
デサイアの兵がいないと聞いてニッコリした直後の報告だった。
「陛下……」
ディウスが駆け寄り、ビクトルに肩を貸す。
ビクトルは息を切らせながら立ち上がる。
「分かっておる。クリスが消えるまで待てと言うのだな……?」
玉座に座り直したビクトルは、とろんとした目で尋ねる。
完全に生気が抜けていた。
いつからか彼は、クリスに対してトラウマを抱いていたのだ。
戦う前から勝てないと思い込んでいる。
「違います、陛下」
「はっ?」
「これを機にクリス様を潰しましょう」
ディウスから予期せぬ提案が飛び出した。
「公爵、正気か?」
「もちろんです。勝算はあります」
「勝算があるだと?」
ディウスは力強く頷いた。
「チートを使った魔女隊であれば、クリス様といえども倒せるはずです」
「魔女隊にチートを使うのか?」
サリー同様、魔女隊のメンバーにもチートの使用を極力避けていた。
魔女隊は戦争における重要な戦力となるからだ。
おいそれと補充することはできない。
だから今まで、魔女隊の参加資格がない女で実験していた。
つまり、魔力測定器で真ん中と上限の間に位置する魔力量の女だ。
「被験者ですらチートを使えば魔力測定器を壊します。つまり、サリー様よりも高く、下手すればクリス様に匹敵する魔力量ということ。それを魔女隊の人間に使えば、おそらく単体でもクリス様を上回れるはずです」
「だが単体だと万が一の場合がある。クリスの魔力量は尋常じゃないから」
「その通りです。そこで魔女隊の全メンバーにチートを使用します。チート後の平均寿命は約10日ですから、シャロンを潰してそのままデサイアを攻撃する余裕があるでしょう」
「しかしそんなことをすれば、その後の戦力が」
「問題ないでしょう、それは」
公爵は断言する。
「植民地計画における最大の難関がデサイア王国です。そこを植民地にできたのであれば、あとは雪だるま式に植民地化できるでしょう。デサイアすらものの数日で飲み込むほどの力があると分からせれば、抵抗する国はいないはず。仮にいたとしても、それは力押しでどうにでもなるでしょう。我が国の戦力はチートだけではないのですから」
「そうか、当初の計画にチートや魔女隊は含まれていなかったものな」
「さようでございます。だからこそここが勝負時です。デサイアが安定化する前に叩くのは絶対条件。その為であれば、多少の犠牲は覚悟して挑むべきでしょう」
「素晴らしき慧眼! 流石は公爵! その案、採用だ!」
「では直ちに兵を編成いたします。魔女隊の準備などもございますので、出陣は明日か明後日になるかと。軍団の指揮は武官長に一任する形でよろしいですか?」
「ならん」
ここでビクトルが否定の言葉を発する。
驚く公爵。
「指揮は俺が執る」
「陛下、それは危険です。相手はデサイア。ニクスの時とは話が違います。陛下の身にもしものことがあれば、計画どころではなくなります」
「その時は公爵、お主が国を守れ」
「なんと」
場がどよめく。
公爵のみならず全ての文武官が目をひん剥いた。
「お主なら国を託すに相応しい。死ぬ気はないが、もしもの時は頼むぞ」
「か、かしこまりました……!」
「話は終わりだ。あとで筆記官を俺の執務室に手配してくれ。シャロンやデサイアに送る降伏勧告を書かせる」
「シャロンにも送るのですか?」
「クリスの首を差し出すなら国の存続を認めてやる、とな。あんな小国でも神器があって聖女が存在する。滅亡させて神器を消滅させるのは勿体ない。デサイアの植民地化が終わったあと、デサイアの領地をいくらかシャロンに割譲させれば、デサイアの治安も安定するだろうしな」
「なるほど、そこまでお考えとは」
「シャロンとしても悪い話ではないはずだ。クリスの首一つで問題が解決して、さらに領土の拡張までできるのだからな」
「仰る通りでございます」
評定が終了し、皆が謁見の間を離れていく。
目の前が無人になったその場所で、ビクトルは呟いた。
「もはや宿命なのだろうな、俺とクリスが戦うのは」
ビクトルは予感がしていた。
シャロン公国が降伏勧告に応じず徹底抗戦に打って出ることを。
ニクスの時とは違い、手放しで喜べそうな条件なのにもかかわらずだ。
そこに根拠はない。なんとなく、直感でそう思ったのだ。
「クリスがこの国の聖女のままだったらどうなっていたかな」
そんなことを考える。
――が、全くもって想像できなかった。
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