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 可愛くて楽しい女を守って死ねるなら本望だ――と、レイは思った。

 それにこれは自分の招いたことなので自業自得である。

 だからレイは甘んじて名誉の死を受け入れるつもりだった。

 が、しかし……。


「あれ?」


 数秒経っても衝撃に襲われなかったのだ。

 本当なら既にグリズリーの爪で背中を抉られているはず。

 なのに無傷だ。


「これは……!?」


 恐る恐る振り返ったレイは愕然とした。

 そこにはブルーグリズリーの死体が転がっていたのだ。

 全身に数え切れない程の斬撃を受けた痕が見られる。

 どの攻撃も傷が深くて、一発ですら致命傷になりそうだ。


「私……生きてる!?」


 クリスも遅れて気づいた。

 彼女が目を開けたのは、レイが自分の体を抱きしめ終えたあとだ。


「凄い! レイ、あなたが倒したの!?」


「いや、俺じゃない。俺はクリスを守ろうとしただけで……」


「えー、じゃあ、どういうこと?」


 その答えはすぐに分かった。

 レイが視線をクリスに向けた瞬間、彼の背後に真っ黒の人間が現れたのだ。

 否、それは人の形をした魔物――クリスの使い魔シャドウである。

 シャドウはクリスに向かって両手の親指をグイッと立たせ、それはそれは見事なサムズアップを決めると、スーッと影に潜った。


(そういうことかー)


 状況を理解したクリスに対し、レイは分からないままだ。


「さぁ、どういうことだろうな。クリス、心当たりはないか?」


「えっ!? いや、そんな、あるわけないじゃない!」


「それもそうだよなー。ならどうしてだろうな」


「とにかく無事でなによりってことで!」


「あぁ、そうだな」


 クリスは使い魔のことを話していない。

 いずれ話すかもしれないが、まだ話す予定はなかった。

 魔力が高いことを知られても良いことなど何もないからだ。


「何が何やら分からずじまいだが、不幸中の幸いってことで帰るとしよう」


「そうだね!」


 二人は立ち上がり、釣り具を拾って帰路に就く。

 町に続く草原を歩きながら、クリスはおもむろに尋ねた。


「ねぇ、もしもグリズリーが謎の死を遂げなかったら、レイは私を守って死んでいたんじゃないの?」


「まぁそうだろうな。あいつはグリズリー種の中でも上位のブルーだ。おそらく一撃であの世に送られていただろう」


「そこまで分かっていてよく私なんかを守ることができたね。今日知り合ったばかりなのにさ」


「俺のせいで起きた事故だしな」


「だからって普通は動けないと思うよ」


「結果は謎の力に救われていいとこなしだったけどな」


 レイがニィっと笑う。

 クリスも「あはは」と笑い、「それもそうだけどね」と頷いた。


(逆の立場だったら私は動けなかっただろうなぁ……)


 己の身を顧みずに守ろうとしてくれたレイのことを、クリスはカッコイイと思っていた。


 ◇


 グリズリーの件がきっかけになったのだろう。

 それ以降、クリスとレイの距離は急速に縮まっていった。

 週に数回は一緒に過ごしている。


 積極的にアプローチをかけたのはレイのほうだ。

 食事、釣り、栽培……彼は事あるごとにクリスを誘った。

 たくさん誘い、たくさんの時間を共に過ごし、関係を深めていく。

 その頃には既に、レイはクリスのことを恋愛対象として意識していた。


 一方、クリスはまだレイを恋愛対象とは認識していなかった。

 彼女はレイがどういう気持ちで接してきているのか分からなかったのだ。


 これには理由がある。


 クリスにアタックしていたのはレイだけではなかったのだ。

 同年代の男で運命の相手がいない者は、例外なくクリスにモーションをかけていた。

 容姿の良さもさることながら、人懐こい性格が男性陣を惹き付けていた。


 加えて、この国は誰もがフレンドリーなのだ。

 すれ違う全ての人が十年来の親友かのように接してくる。


 極めつけは彼女にまともな恋愛経験がないこと。

 かつて婚約関係にあったビクトルとは恋愛というもの経験していない。

 聖女になったので婚約を言い渡され、愛そうと頑張っている間に婚約破棄だ。

 その後はニクス王国でダッドリーやアルテと過ごしたが、彼らとの関係はクリスにとって恋愛とは違うものだった。


 このような状況だと、クリスが男性陣の気持ちに気づくのは難しい。

 だから彼女は、レイも含めて全員が親しい友人という認識を持っていた。


 とはいえ、クリスにだって恋愛に興味がないわけではない。

 そろそろまともな恋愛をしてみたいと思っているし、恋人とデートをする自分の姿を妄想することもしばしばあった。


 そんなある日、一人の男が動いた。

 男にとってはデート、クリスにとっては町の散歩を楽しんだあとのことだ。

 告白するならここしかないと言われている広場のど真ん中で、男はクリスに言った。


「クリス、俺の恋人になってほしい」


「へっ?」


「ずっと君のことを想っていた。俺は本気だ。頼む」


 男は跪き、こうべを垂れて、右手をクリスに伸ばす。

 イエスならその手を掴んでくれ、ということだ。


 通行人は足を止め、周囲の家から人が出てくる。

 告白はシャロン公国の突発イベントの一つなので見逃せない。


「ほ、本気なの?」


「もちろんだ」


 クリスの顔が赤くなっていく。

 その時になってようやく、自分が恋愛対象なのだと気づいた。


「えっと、その……」


 悩むクリス。

 突然のことで頭が真っ白だ。

 その間、男は銅像のように固まっている。

 右手はクリスに向かって伸びたままだ。


「クリスちゃん、どうするんだろ」


「応じるのかな? 応じるのかな?」


「私は振られるほうに2000ゴールド」


「俺は上手くいくほうに4000ゴールド」


 興味津々で見守る群衆。

 中には成否を巡って賭ける者も。

 そして、無言で見守るレイの姿もあった。


「私は……」


 クリスの右手が動く。

 彼女の目は一瞬だけレイを捉え、それから目の前の男を見る。


「ごめんなさい。お気持ちは嬉しいのですが……」


 クリスの右手は自身の着ている服の胸元を掴んだ。

 申し訳なさからギュッと服を握ってしまう。


「そ、そう……か……」


 男はがっくしと項垂れた。

 それと同時に、同年代の若い男たちは小さくガッツポーズ。


「本当にごめんなさい」


「いや、かまわない。ありがとう」


 男は立ち上がると、涙を堪えて走り去る。

 多くの人間が「よくやった」「男らしかった」と励ましの言葉を贈る。

 上手く行っても行かなくても拍手する――それがシャロン公国の流儀だ。

 失恋を馬鹿にする者はいないし、そんな行為は許されない。


 男が去ったことでイベントが終わった。

 野次馬連中は各々の持ち場へ戻っていく。

 そんな中、レイがクリスに近づいてきた。


「無粋なことを尋ねて悪いが、どうして断ったんだい?」


「それは……」


 クリスは目を伏せて考え込む。


「言いにくいなら言わなくていいが」


「そうじゃないの。いや、そうだけど」


「どっちなんだ……!?」


「他の人には言えるんだけど、レイには言いづらくて……」


「むぅ?」


 首を傾げるレイ。

 クリスは少し悩んでから言う決心をつけた。

 顔を上げて、真剣な表情で言う。


「あの人に告白された時にね、想像しようとしてみたの。手を繋いで一緒に町を歩いているところとか、そういうのをね」


「ふむ」


「でもね、無理だった」


「無理だった?」


「どれだけ想像しても、そういうシーンが想像できなかったの。だから違うと思って断った」


「なるほどな。でも、俺には言いづらいっていうのは……」


 そこでレイがハッとした。


「もしかしてクリス……」


 クリスは頬を赤らめて頷く。


「レイが相手なら想像できたの。今まで何度もそういう妄想をしたことがあるけど、相手はいつもレイだった。今までは、一番よく過ごしているからレイを当てはめているだけだと思ったけど、それは違うと思う。わからないけど、私、たぶん、きっと、レイのことが……」


 恥ずかしくてそれ以上が言えないクリス。


「クソッ、俺としたことが、こんな形になってしまうとは」


 レイは自分に毒づいたあと、慌ててその場に跪き、右手を伸ばした。


「クリス、俺の恋人になってくれ。さっきの奴と違ってロマンスのかけらも感じないダサい告白で本当にすまないが、俺だって前から君のことが好きだったんだ。こんなダサい始まり方でも、最後は最高のハッピーエンドを約束する。だから頼む、俺を選んでくれ」


 解散した野次馬が再び集まろうとする。

 ――が、その前にクリスが答えを出した。

 彼女は悩むことなくレイの右手を掴んだのだ。

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