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 シャロン公国。

 ドーア王国とデサイア王国の間――緩衝地帯にある世界で最も小さな国。

 人口は2000人にも満たず、領内にある集落は1つの町のみ。


 この国の特色は2つ。


 1つは聖女の質に関係なく安定していること。

 国土が非常に狭い為、誰が聖女だろうと魔物が現れない。

 稀に出没する魔物は全て他国から流れてきている。

 だからこの国の聖女は、原則として王家の人間が担当していた。


 もう1つ貧富の格差が皆無に等しいこと。

 この国の経済力は低く、国民総貧乏と言っても過言ではない。

 王族ですら使用人を雇わずに質素な生活をしている。


 貧しい国ではあるが、国民の幸福度は高い。

 この国の民は総じて国のことを愛しているのだ。

 貧しいながらも生活に不自由していないからだろう。

 実質的に無税ということも大きい。


 数多の国を転々としたあとにクリスが選んだのはそんな国だった。


「こちらでよろしいでしょうか?」


 シャロン公国唯一の都市バッテロにある新築物件の前で男が言う。

 男はデサイア王国の建築業者で、依頼を受けて目の前の家を建てた。

 依頼者であるクリスは、完成した家を観て「はい!」と頷く。


 周囲の家々と大差ないこぢんまりした平屋。

 それと、自給自足の要となる自家栽培用の畑。

 全てクリスがオーダーしておいたものだ。


「お代は既に受け取っておりますので、これで失礼いたします。あっ、そうそう、こちらよろしければ栽培にお使いください」


 業者の男は複数の小さな袋を取り出した。

 それぞれの袋には何やら種が入っている。


「この種はなんでしょうか?」


「魔法の種です」


「魔法の種!?」


「植えてから作物が完成するまでに数日しか要さない特殊な種です。栽培方法も簡単で、種を植えて水を撒くだけで大丈夫です。自給自足をしている方や初めて自家栽培に挑戦される方に人気ですよ」


「それは凄い! 是非ありがたく使わせていただきます!」


「是非とも素晴らしい生活を送って下さい。それでは失礼します」


 用が済んだので、男はデサイア王国へ帰っていった。

 ついでだから観光しよう、などとは思わない。

 この国に観光名所など存在しないからだ。


「よーし、ここでゆったりまったり生きていくぞー!」


 クリスは家に入る。

 中には事前に指定しておいた家具が揃っていた。

 彼女は寝室に行くと、迷わずベッドにダイブする。


「まずはお昼寝だ!」


 その数秒後、彼女は寝息を立てていた。


 ◇


 三時間ほど眠ったあと、クリスはむくりと起き上がった。


「活動開始!」


 台所で顔を洗うと、家を出て町の中心地に向かう。

 中心地といっても徒歩で数分の距離だ。


「おや? 嬢ちゃんは今日この町に越してきた……」


 通りを歩いていると、傍にいたお爺さんが話しかけてきた。


「はい! クリスといいます! しばらくこの国で生活しようと考えています! よろしくお願いします!」


「ほほう、この国で生活するのかい?」


「そうです!」


「それはそれは、なんとも珍しいのう」


「えっ? 珍しいのですか?」


 お爺さんの発言にクリスは驚いた。

 デサイア王国で引っ越し先を検討している時に得た情報と違ったからだ。

 シャロン公国には多くの人間が越してきている、と彼女は聞いていた。


「引っ越ししてくる者は多いがのう、生活しようなんて者は少ないよ」


「どういうことですか?」


 首を傾げるクリス。

 その反応に「知らんのか」とお爺さんがびっくりする。


「この国に越してくる連中は大半が税対策なんじゃよ。ドーアやデサイアの国民だと、所得税やら固定資産税、国民年金に健康保険と色々な名目で税を取られるからな。そういうのを払いたくない金持ち連中が、節税としてこの国に家を建てて国籍を取得するんじゃ。そうすれば表向きはシャロン公国の国民になるから、諸々の税金を徴収されなくて済むってわけじゃな」


「なるほど、そんな仕組みがあったとは……。でもなんかそれって、この国の人に失礼じゃないですか?」


「失礼?」


「だって、本来の税を逃れる為のインチキとしてこの国を利用しているんですよね? それってすごくずるいことだと思います!」


 クリスの発言に、お爺さんは腹を抱えて笑った。


「お主、今時の子にしては珍しく正義感に溢れておるの」


「そ、そうですか!?」


「じゃが、お主が思っているほどこの国も間抜けじゃないぞ」


「えっ」


「この国では月に1回、不定期に全ての住宅を訪問している。この訪問に対して年に5回以上留守だった場合、その家の人間は『貴族』として扱われるんじゃ。で、貴族には貴族税という税金が発生する。この貴族税が財源になっているから、この国で生活する儂らのような人間は無税で済むわけじゃ」


「おおー! それなら貴族に感謝ですね!」


「そういうことじゃよ」


「でも、貴族の人はそれでいいんですか? 税逃れの為にこの国へ国籍を移しているのに、ここでも税金を払うんじゃ意味がないのでは?」


「税率が違うんじゃよ。デサイアやドーアの税金に比べたら、貴族税なんて屁でも無い額さ。それに貴族税は収入に関係なく一定額じゃからな。収入の何パーセントという取られ方じゃないので、金持ちほど端金に感じるわけさ」


「なるほど、上手にできているんですねー!」


「そういうことじゃ」


 お爺さんはたくさん話せたからか満足気だ。


「お主は貴族区に家をこしらえたようだが、本当にこの国で過ごすのか?」


「そのつもりです!」


 貴族区とは名前の通り、貴族の家が密集している地区のことだ。

 クリスは自分の家が貴族区にあるということを今知った。

 業者に言われるがままに建築場所の選定を行ったからだ。


「だったらまずは皆に挨拶せんとな」


 お爺さんはクリスに背を向け、道行く人々に向かって言った。


「皆、手を止めてこっちに来てくれんか? このお嬢ちゃんはこれからこの国で暮らすって言うんだ。ちょっくら優しくしてやってくれぃ!」


 その声に呼応して、付近の連中が近寄ってきた。

 さらには建物の中からもぞろぞろと人が出てくる。


「おっ? この国で暮らすのかい?」


「若くて可愛い子だねー!」


「ここはいい国だよー!」


「彼氏とかいる!? いなかったら俺とかどう?」


「なにか困った事があったら頼っておいで!」


 老若男女問わずクリスに群がる。

 久しぶりの移住者に皆が大興奮だ。


 クリスは必死に頭をペコペコ。

 皆の勢いに圧倒されていた。


(皆いい人だなぁ、楽しく過ごせそう!)


 こうしてシャロン公国での生活が始まるのだった。

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