024
「残念ながら――」
そう言うロイドの顔は残念そうだった。
「――公爵は黒だったよ」
「黒ってことは……」
「君の言う通り、公爵はドーアと裏で繋がっていた」
クリスはなんとも言えない気持ちになった。
自分が被害妄想に駆られていないと証明されたことに安堵しつつ、長らく忠臣として国に尽くしてきた公爵の離反には悲しく思う。
ロイドも同じ気持ちから「残念ながら」と言っていた。
公爵は国民からの評判が非常に高い。
一代で公爵まで登り詰め、他の貴族と違って金に対する執着がまるでなく、老いてもなお陣頭に立って領地の発展に尽力していて、孤児院をはじめとする貧困者層を大事にしているからだ。
そんな公爵の裏の顔を知った国民がどれだけ落胆するか……想像すると胸が痛くなる。
「公爵は一芝居打つだけで簡単に釣れたよ。君の力を借りてドーアに攻め込むという偽の情報を流したところ、その日の夜にはドーアの人間に報告していた。既に十分な裏取りを済ませている。あとは今から逮捕に出向くだけだ」
ロイドが立ち上がり、クリスに手を差し伸べる。
「行こう、国の中枢に巣くう悪を断罪する為に」
◇
ドーア王国の王城・謁見の間にて。
国王ビクトルのもとに使者が飛び込んできた。
「なに!? バロンが捕まっただと!?」
ニクス王国攻略の足がかりとなるバロンが逮捕されたのだ。
「あの老いぼれめ、クリスの暗殺に失敗しただけでなく捕まるとは……」
ビクトルは玉座に座り直し、天井に向かってため息をつく。
「陛下、ニクス王国への侵攻はひとまず中止しましょう。おそらく偽情報とは思いますが、こちらが侵攻を受ける可能性もあります。まずはニクスと我が国の国境沿いにある防衛拠点を強化するべきかと」
ドーア王国の公爵ディウスが進言する。
ビクトルは素直に「そうだな」と認めた。
「バロンが捕まったことで我々の計画は露呈してしまった。ここでニクスを植民地化しても大規模な反乱に遭うだけだ。サリーが無能な以上、他国の統治に必要以上の手間は掛けたくない」
「その通りでございます!」
ディウスはにこやかに頷いた。
珍しくビクトルが正しい判断をしたからだ。
ただ、言い換えると、それだけ計画が傾いていることになる。
ビクトルでさえも強気になれないほどに。
「公爵、国内の状況はどうなっている?」
「今のところ問題は起きていません。魔物の侵攻については、前にクリス様が村々の防衛力を高めてくださったおかげで落ち着きつつあります。それに伴い、ここしばらく起きていた弾劾裁判の機運も勢いがつくれず、自然消滅という形で終息しました。植民地計画を断行するには些か安定感が欠けるものの、現状を維持するのであれば問題ないかと」
「なるほどな」
舌打ちするビクトル。
世界征服の野望に進展がなくて苛立っている。
「公爵、俺はどうすればいいんだ?」
「陛下のお気持ちはお察しいたしますが、まずは現状維持でよいかと。ニクスの植民地化には失敗しましたが、その一方で得られたものもございます」
「得られたもの?」
「一つは魔女隊が使えるということです。クリス様の使い魔に負けたとはいえ、魔力測定器の上限近い魔力を持つ女であれば、それなりの使い魔を操ることが可能だと分かりました。今後は不死身の戦力としてカウントできます」
「うむ」
「また、今回はクリス様によって阻止されたものの、計画自体が有用であることも実証されました。陛下の夢である世界征服を叶えるには、やはり植民地計画が合理的且つ効率的かと思われます」
「それもそうだな」
「私が現状維持を提案したのはその為です。まずは国民の信頼回復に努めながら支持基盤を固くしつつ、戦力強化や裏工作など植民地計画の遂行に向けて取り組みます。さらに、これらと同時進行で“例の研究”も推し進めます。多少の時間はかかるものの、これが最善手だと私は考えます」
「問題ない。俺もそれに賛成だ。今そなたが言ったようにしてくれ」
「かしこまりました」
かくしてビクトルは動き出す。
次なる戦いに備えて――。
◇
「嘘……公爵が……」
「公爵様が裏切っていたなんて……」
「信じられないわ……」
「クリス様を殺そうとしたなんて……」
バロンの逮捕はニクス王国の全国民を動揺させた。
一部の過激な支持者は、公爵解放運動という名のデモを起こした。
だからといって、バロンの罪が許されることはない。
むしろ見せしめの意味もあって、公開処刑となることが決定した。
「公爵様! 嘘だと言って下さい!」
「公爵様ぁー!」
王都の広場に作られた壇に連行されるバロン。
後ろ手に手枷を嵌められ、足にも足枷が嵌められている。
逮捕から1週間程度だが、その顔はひどくやつれていた。
「公爵、言い残したことはないか?」
ロイドが尋ねる。
それに合わせて、壇上に設置された断頭台に公爵の頭がセットされた。
「一つ言わせてほしい」
「なんだ?」
バロンが顔を上げ、群衆に目を向ける。
「儂はこの国を、そして皆を裏切った。それは紛れもない事実であり、申し訳なく思う。しかし、それらは全て、この国を思ってのものだ。決して自分の欲の為ではない。
ドーアはいずれ再度の侵攻を試みるだろう。その時も今と同じように乗り切れるとは思えない。いずれは飲み込まれるだろう。であれば、早い内に身売りをしていたほうがよかった。徹底抗戦などいたずらに血を流し、民を疲弊させるだけに過ぎない。儂は今でもそう思っている。故に儂は、自分の行ったことに対して後悔はしていない」
群衆は静かにバロンの言葉を反芻している。
まるで無人のような静寂さが場を包む。
「言いたいことは言った。さぁ王子、儂の首を刎ねるがいい。そして、この国を、民を、頼んだぞ」
「公爵、そなたには赤子の頃から世話になった。時には意見を違えることもあったが、それでもそなたには尊敬の念を抱いていた。だからこそ、俺の手でしっかり逝かせてやる。今まで我が国に尽くしてくれてありがとう。貴公の貢献は末代まで語り継がれるだろう。――さらばだ」
ロイドは目に涙を浮かべながらギロチンのボタンを押し、斬首刑を執行した。
◇
バロンの処刑が執行される数分前――。
「本当に旅立つのか?」
広場から少し離れたところで、ダッドリーがクリスに尋ねた。
大通りなのにもかかわらず、その場には3人しかいない。
ダッドリーとクリス、それにアルテだ。
他の者はバロンの最期を見届ける為、広場に集まっていた。
「その方がいいと思うんです」
クリスは真剣な表情で答えた。
「私がこの国にいる限り、ビクトル様はあの手この手で私の暗殺を試みます。それに、今はそうした裏工作をするのに適した環境になっています」
「どういうことだ?」
「公爵解放運動をしていた連中のことですね?」とアルテ。
クリスは「その通りです」と頷いた。
「バロン様の熱狂的な支持者は私に対して敵意を抱いております。そういった方々をビクトル様やディウス様が煽動することは目に見えています。ですから、私はこの国を去ろうと思っています」
「筋は通っていますね」
納得するアルテ。
ダッドリーは大きな鼻息を吐き、後頭部を掻き毟る。
「決意は固ぇようだな?」
「はい」
「だったらこれ以上は止めねぇ」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるクリス。
彼女が頭を上げた瞬間、ダッドリーの手が伸びた。
無骨な大きな手で、クリスの頭をクシャクシャする。
これが最後のクシャクシャだ。
「いつか戻ってこい。その時は俺の女にしてやる」
「あはは、嬉しいですが、それは間違っています」
「なにぃ?」
「私の男になりたいならもっと早く予約してくださらないと」
「だっはっは! 言うじゃねぇか!」
再びクリスの頭をクシャクシャするダッドリー。
訂正しよう、これこそが最後のクシャクシャだ。
「達者でな、クリス」
「ダッドリーさんもお元気で」
「我々はキーアにおりますので、いつでも戻ってきてください」
「はい! ありがとうございます、アルテさん!」
クリスは改めて二人に頭を下げる。
「それでは、短い間ですがお世話になりました!」
その時、広場から悲鳴が聞こえてきた。
バロンの処刑が執行されたのだ。
ダッドリーとアルテの視線が一瞬だけ広場に向かう。
次に視線を戻した時、そこにクリスの姿はなかった。
転移の指輪を使い、彼女は新天地へ旅立っていったのだ。
これにて第二章終了です!
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