023
バロン公爵が自分を暗殺しようとしている。
そのことを知ったクリスはどうすればいいか悩んでいた。
誰かに話したところで信じてもらえないだろう。
なにせ相手は長らくニクス王国に尽くしてきた公爵なのだ。
しかも、孤児院を支援するなど人格者の一面を持っている。
そこらの貴族とはワケが違う。
なによりクリスには証拠がなかった。
唯一の証拠となる毒入りの瓶を持ち帰らなかったのだ。
いや、持ち帰ったところで証拠としては弱いだろう。
糾弾するなら逃げずに公爵邸の敷地内で行うべきだった。
故に、彼女が毒の根拠として示せるのは魔具が反応したことだけだ。
その魔具ですら、今では中和が完了して鳴りを潜めている。
「どうしたらいいのかな……」
ぼんやりと空を眺めながら通りを彷徨うクリス。
(バロン様が私を殺そうとしたのはおそらくビクトル様の指示だよね)
そのくらいのことはクリスでも分かる。
どうしてバロンが寝返っているか等の背景は不明だ。
それに、そういったことは知る必要もなかった。
(問題はこのことをロイド様とブラムス様に信じてもらうこと)
クリスは、自分の身に危険が及ぶこと自体はどうでもいい、と考えている。
毒は魔具が、その他の危害はシャドウが守ってくれるからだ。
だが、このまま内通者を野放しにしておくわけにはいかない。
相手がこの国の根幹を司る公爵とあれば尚更だ。
看過すればいずれビクトル率いるドーア王国軍に支配されてしまう。
それを防ぐには、ロイドかブラムス、もしくはその両方を動かす必要がある。
「わっ、すみません!」
ぼんやりしていたせいで誰かにぶつかった。
「ちゃんと前を見ないと危険だよ」
相手の男が言う。
クリスは男の顔を見てもう一度謝ろうとする。
その時、彼女は気づいた。
「ロイド様!」
そう、相手は王子のロイドだったのだ。
「名前を言うな、見ての通り変装中だ」
ロイドの姿は、誰の目にも変装していることが明らかだった。
伊達眼鏡に麦わら帽子、それにマスクで口元を隠している。
「す、すみません! それで、ロイド様はどうしてこんなところに?」
「俺だって一人の青年として過ごしたいと思うことがある。そんな時はこうして変装するようにしているんだ。――が、しかし、君にはあっさり見破られてしまったな。もしかしてこの変装は微妙だったかな?」
「そ、そんなことはありません! ばっちりですよ!」
クリスの顔には「実に微妙です」と書いていた。
「そうか、この変装は微妙か。次からはもっと頑張るとしよう」
「そんなこと言っていませんってば!」
「だが顔にそう書いてあるからな」
「すみません……」
「謝ることはない」
ロイドは笑って流したあと、クリスに尋ねた。
「なにやら上の空だったようだがどうかしたのか?」
この質問に対して、クリスはどう答えようか悩んだ。
今の時点で公爵のことを話しても信じてもらえないだろう。
かといって、一人で抱え込んでいて解決する悩みでもない。
それに、ダッドリーやアルテには言いたくなかった。
言えば彼らに危険が及ぶかもしれないからだ。
その可能性は極めて高い。
「実は……」
悩んだ挙げ句、クリスは話すことにした。
しかし、彼女が続きを話そうとしたところでロイドが止めた。
「どうやら深刻な話のようだし場所を変えよう。ここは話すのに適さない。俺の隠れ家に行こう。そう遠くない」
「分かりました」
クリスはロイドに追従する形で彼の隠れ家に向かった。
◇
ロイドの隠れ家は路地裏にひっそりと佇んでいた。
こぢんまりとしており、とても王子の所有物件には見えない。
その証拠とばかりに、表札には「サンドラバーグ」と書いていた。
「サンドラバーグは俺の偽名さ」
家に入りながら説明するロイド。
「この姿の時はロイドではなく、ブロッケン・サンドラバーグと名乗っている」
「ブロッケン・サンドラバーグ……」
「なかなかカッコイイ名前だろ?」
ドヤ顔で「ふふふ」と笑うロイド。
クリスは顔を逸らしながら「はい」と答えた。
彼女の顔には「ひでぇ名前だ」と書いていた。
「で、なにがあったんだ?」
クリスを居間に通すと、ロイドは本題に入った。
くたびれた木製のテーブルに座り、クリスは「実は」と話し始める。
「バロン公爵が私の命を狙っているのです」
「公爵が? そんな馬鹿な」
案の定、ロイドは信じなかった。
が、クリスが思っているよりは前向きな反応だ。
てっきり脳の異常を疑われるかと思っていた。
「先ほどバロン様が主催する孤児たちのパーティーに参加したのですが、その場で私の飲み物に毒を盛られました。それも二回」
「毒を? それは本当か?」
「はい」
「ではなぜそなたは無事なんだ?」
「それは〈治癒の指輪〉が発動したからです」
「そうか、その魔具は自動で発動するのだったな。そなたの魔力なら毒の無効化もわけないか」
クリスはコクリと頷く。
「毒の詳細は不明ですが、無味無臭でかなりの強度だと思います。二度目の時は指輪がしばらく光り続けていましたので」
「無味無臭で強力な毒……マリーシア草から作ったものだろうな。あの毒は少量でも人を死に至らしめる。それに死後すぐに解剖しなければ毒だと分からない。公爵なら入手も容易だし、まず間違いないだろう」
「なるほど、そんな毒が……って、ロイド様、私の話を信じてくださるのですか?」
クリスは驚いた。
ロイドがあっさり信じているからだ。
半信半疑だったのは最初だけである。
「もちろん信じるよ」
「ど、どうしてですか?」
「だって君は嘘が下手だからね」
「ぐはっ」
クリスは初めて嘘をつけない性格を嬉しく思った。
「だからといって、公爵が完全に黒だとも思っていないよ、俺は」
「どういうことですか?」
「もしかしたらクリスの勘違いという可能性もある。その場合、君は本当に殺されそうになったと思っているが、公爵にはそのつもりがなかったことになるだろ?」
「たしかに」
「なので、まずは公爵が本当にそんなことをしでかしたのか調べてみよう。どうやら今の君には公爵の容疑を裏付ける証拠がないようだし、糾弾・断罪するにはそれなりの調査が必要だ」
「調べることなんてできるのですか?」
ロイドは「簡単さ」と笑った。
「君の話が本当だとすれば、公爵はドーアと繋がっていることになる。そして、ドーアは今、君のおかげで我が国を落とすのに手こずっている。適当な餌を撒けば簡単に釣れるだろう」
「おお!」
クリスは感動した。
なんと頼もしいことか。
「父への根回しなども必要だから結果が出るまで数日はかかるだろう。君はその間、この件を誰にも漏らさないでもらえるか? チームの仲間にもだ」
「チームメンバーにもですか?」
「どこで情報が漏洩するか分からないからな。もしも公爵が君の言う通り内通者だった場合、こちらの動きが知られてしまったら全て台無しだ。公爵は頭が切れるから逆手に取ってくる」
「分かりました。では誰にも言いません。絶対に黙っています」
「そうしてくれ」
「はい! それでは、私はこれで失礼します!」
クリスは立ち上がり、朗らかな笑みで頭を下げる。
ロイドに話したことで胸のつっかえがとれていた。
「クリス」
彼女が家をあとにしようとした時、ロイドが呼び止めた。
「俺を信じてくれてありがとう」
「えっ」
「公爵と同じで、俺もドーアの内通者という可能性もありえる。その場合、君の命運は尽きていただろう。それでも君は赤裸々に話してくれた。ありがとう」
「と、とんでもございません! それでは失礼します!」
クリスはペコペコと何度も頭を下げてから家を出る。
(ロイド様も内通者って可能性があったんだ……!)
ロイドに指摘されるまで、そのことを考えもしなかった。
だから彼女は、家を出た瞬間にホッと安堵した。
――その1週間後。
ブロッケン・サンドラバーグの家にて。
前回と同様、クリスは居間でロイドと向き合っていた。
「公爵が君に毒を盛った、ひいてはドーアと内通しているかどうかという件についての調査結果が出た」
ロイドが神妙な面持ちで言う。
「け、結果は……?」
ごくりと唾を飲み込むクリス。
ロイドは大きなため息をついた。
「結果は残念ながら――」
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