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016

 時は少しだけ遡り――ドーア王国の王城。

 謁見の間では、公爵のディウスがビクトルに意見を述べていた。


「陛下、ニクスを攻めることには反対です。たしかに植民地計画を立案し、進言したのは私ですが、〈揺り戻しの厄災〉で大した被害を与えられなかった以上、強行するのはリスクが高いかと」


 植民地計画――。

 自国の国土は現状維持で、服従させることで他国を取り込んでいく。

 国土を拡大しない為、聖女の質にそれほど依存しないで済む。

 これはビクトルの野望を叶えるべくディウスが考案した。


 ディウスとビクトルの方向性は基本的に一致している。

 どちらも最終的な目標はドーア王国による世界征服だ。

 しかし、細かい点ではしばしば意見の相違が見られた。

 慎重派のディウスに対し、ビクトルは積極派なのだ。


「ニクスなんて小国、問題なかろう。我が国の兵は対魔物戦闘でこそおくれをとっていたが、対人戦闘に関してはエキスパートだ。なにせ他国への侵略は積年に渡る目標だったのだからな。小国の兵に負けるはずがない」


「そのように侮ることはできません。ニクス王国では魔物ハンターが多数おります。それも他国のハンターと違い、愛国心の強い連中が多い。加えて精強です。金で買収することが望めない以上、ハンターとの戦闘も予想されるでしょう」


「つまりハンターを加えた戦力は我が国より上だと?」


「上とは言いませんが、かなりの抵抗に遭うことは間違いありません。相手がニクスだけであればそれでも問題ありませんが、陛下の目標は全ての国を植民地化することのはず。いたずらに戦力を減らすようなことは望ましくありません」


「なるほど、流石は公爵だ」


「では再考を……」


「いいや、ニクスを攻める」


「なんですと!?」


「公爵の申した通り、我々の目標は植民地化だ。ニクス王国を滅ぼす気はない。傘下に収めればそれでいい。であれば、戦闘は1~2回で済むだろう。そこで力の差を示せば、我が軍門に降ることは間違いない」


「それが厳しいかと……。ニクスに侵攻する場合、攻め込む都市はキーアになります。しかし、キーアにはクリス様がいる。厄災戦におけるクリス様の功績を聞く限り、もしも戦場に出てこられたら我が国の軍隊でも太刀打ちするのは難しいかと」


 クリスというワードが出たことで、ビクトルの眉間に皺が寄った。

 今のビクトルにとって、クリスは忌むべき対象に過ぎない。

 味方になることは決してない上に、敵になる可能性はある。

 まさに百害あって一利なしの存在だ。


「だからこそだよ、公爵」


「はっ……?」


 ディウスは何度も経験してきた嫌な予感に駆られる。

 そして、その予感はまたしても当たってしまった。


「クリスがいるからこそ、ニクスを攻める」


「えっと、それは、どういう……?」


「クリスは我が覇道を阻む障害物だ。無視したからといって消えることはない。であれば、叩けるうちに叩く。ニクスには内通者もいることだし、クリスを殺す手段はいくつもあるだろう」


「たしかにそうですが、ニクス王国でクリス様を殺すことには賛同できません」


「どうしてだ?」


「クリス様は厄災から国を救った英雄です。そんな人間を殺したとなれば、ニクスの民が黙っていないでしょう」


「民が喚くからどうだというのだ」


「植民地化に支障を来します」


「なぜだ?」


「ニクス王国は昔から国民ファーストを国是としています。その為、降伏させるには民の後押しが必要です。クリス様を殺したとなれば民は黙っておらず、降伏しない可能性すら生じるでしょう。また、仮に降伏させたとしても、その後に反乱が起きることは必至であり、そういった問題の対処でいたずらに時間や兵を浪費することになりかねません」


「ぐぬぬ……」


 ディウスの言い分がもっともなので、ビクトルは反論できない。


「厄災の被害に乗じての侵攻という本来の計画は失敗したわけですから、ここは一度踏みとどまり、計画を練り直すことが肝要かと。それに、我々には“例の研究”がございます。上手くいけば植民地化計画すら不要になるやもしれません」


「それはそうだが……」


 ビクトルは頭を抱え、無意識に爪を噛む。

 そして――。


「いや、ニクスを攻めるとしよう」


 考えを撤回しなかった。


「どうしてですか、陛下?」


「たしかに我々には例の研究がある。しかし、あの研究は極めて非現実的だ。上手くいくとは思えないし、仮に上手くいったとしてもそれがいつになるかは分からない。そんなものに期待はできん」


「だからといってニクスを攻めるのは……」


「それについても考えがある。公爵の言い分はもっともで、クリスを殺せばニクスの植民地化で苦労するかもしれぬ。だが、我が覇道の為にはどこかでクリスを殺す必要があり、今ならそれが可能なのだ。あいつさえ排除すれば今後の憂いはなくなったも同然。デサイア王国が質の高い聖女を確保できなくて内戦状態にある今こそ、植民地計画を遂行するまたとない好機だろう」


 デサイア王国はドーア王国に匹敵する大国だ。


「私は反対ですが……これ以上は申しますまい」


「すまぬな、公爵」


 ディウスは心の中で、謝るくらいなら考え直せ、と毒を吐く。

 しかし、口にしたセリフは「いえいえ」だった。


「もうじきクリスの表彰式と祝宴が開かれる。その時であれば、キーア攻略戦にクリスが出張ってくることは絶対にない。直ちに部隊を編成して来たる時に備えるよう指示を出せ! 魔女隊にも準備をさせておけ!」


「「「ははーっ!」」」


 武官たちが揃って返事する。


「ようやくだ、ようやく世界征服の第一歩を踏み出せる」


 ビクトルは体を仰け反らせて声高に笑う。

 その声は謁見の間に響き渡り、皆の耳にこびりついた。

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