015
王城の上層階にある大食堂にて――。
厄災戦の勝利並びにクリスの活躍を祝う宴が開かれた。
主賓のクリスをはじめ、ダッドリーとアルテも参加している。
「それではクリスと仲間の者たちよ、心ゆくまで楽しんでいってくれ」
国王ブラムスは乾杯の音頭を済ませると、早々に場をあとにした。
その後は普段の社交パーティーと同様、あちこちで貴族が談笑し始める。
「では、伯爵領でこういうビジネスを始めませんか? まさにウィンウィンの話だと思うのですが」
アルテは商談に奔走していた。
おろしたてのタキシードがよく似合っている。
「いかがです? この計画」
「なるほど、それは面白い……!」
「よろしければ我が領でも一枚噛ませてくれないか?」
「ウチも頼みたい」
アルテの周囲には貴族の人だかりができていた。
つい数分前までは考えられなかった光景だ。
最初はどの貴族も最初は庶民の戯言に過ぎないと侮っていた。
それが話を聞く内に興味が湧いてきて、態度を改めたのだ。
今では誰もがアルテの話に聞き入っている。
「ダッドリー様ぁ、もっと武勇伝を聞かせてくださぁい」
「ダッドリー様ぁ、グラスが空ですよぉ」
「がっはっは! 話そう話そう! 飲もう飲もう!」
ダッドリーは美女に囲まれて上機嫌だ。
おろしたてのタキシードが既にくたびれている。
「がはは! クリスと違って色気むんむんの姉ちゃんはたまらんなぁ!」
「ぶー! ダッドリーさんなんかぶーだ! ぶー!」
クリスは頬を膨らませてバルコニーに向かう。
自分が主賓のはずなのに、気がつくと話し相手がいなくなっていた。
彼女はこういった場の経験が乏しい為、輪に入る方法が分からないのだ。
「こんな時お酒があればなぁ」
バルコニーの手すりに背中を預けながらグラスの液体を飲み干す。
それはアルコールの入っていないただの炭酸ジュースだ。
酔い潰れたら困るということで、アルテがアルコール禁止令を出していた。
「主賓がこんなところで何をしているのかな」
ロイドがやってきた。
他の連中と違ってタキシードが紺色だ。
「なかなか馴染めなくて……」
クリスが苦笑いで頭を掻く。
ロイドは「なるほど」と笑みを浮かべ、彼女の隣に移動する。
「今宵は月が綺麗ですね」
何か話そうか悩んだ結果、クリスから出た発言だ。
「いや、今日の月はダメかな」
「えっ? ダメですか?」
「貴方を前にすると月など霞む」
ロイドが笑いながらキザなセリフを言う。
クリスは「やだぁ」と顔が赤くなった。
「真紅のドレスがよく似合っている。いつも以上に綺麗だ」
「あ、ありがとうございます」
褒められ慣れていないクリスは照れる一方だ。
緊張していることもあり、言いたい台詞が口から出ない。
本当は「殿下も素敵ですよ」と返したかった。
「君と会った回数や過ごした時間は短いが……」
ロイドが持っていたグラスを手すりに置き、体をクリスに向ける。
「どうやら俺は君に一目惚れしてしまったようだ」
「えっ? えええ! 冗談ですよね!?」
「本気さ」
ロイドは小さく笑った後、真剣な眼差しでクリスを見つめた。
「クリス、よければ俺と結婚してくれないか」
「はぃぃぃぃぃぃ!? 結婚!?」
クリスの素っ頓狂な声が響く。
大食堂が一瞬静まり、皆がクリスたちに視線を向けた。
ロイドはすかさず「なんでもない」と冷静に答える。
それにクリスが頷いたことで、皆は談笑を再開した。
「す、すみません、大きな声を出しちゃって」
「かまわないさ。それより、俺との結婚を考えてはくれないか? これほどのときめきを感じたことは今までに一度もないんだ」
「ほ、本当に本当の本気ですか……?」
「もちろん。こんな場面で冗談を言うほど、俺は無粋な男じゃない」
突然のプロポーズに面を食らうクリス。
(ビクトル様もそうだったけど、王家の人っていきなり過ぎなのよ!)
かつてビクトルにプロポーズされた時もいきなりだった。
もっともビクトルの時は、今と違って拒否権などなかった。
いきなり「婚約するぞ」と指輪を渡されてそれでおしまいだ。
「ロイド様、お気持ちは嬉しいのですが……」
「ダメか?」
クリスは申し訳なさそうに頷いた。
「私はときめきを感じていませんので……」
「そうか、ならば仕方あるまい、諦めよう」
ロイドは「ふっ」と笑い、あっさり引き下がった。
クリスに運命を感じたものの、それを相手に強要することはない。
ロイドの人間性が表れていた。
「今回の件といい聖女の件といい、断ってばかりでごめんなさい」
「謝る必要などないさ。君は何も悪くない。自分の意思を尊重するべきだ」
ロイドは手すりに置いていたグラスを持つ。
それからクリスの持っていた空のグラスを回収した。
「なにかおかわりはいるかい?」
「いえ、十分です」
「分かった。それではクリス、また機会があれば」
「はい!」
ロイドが食堂に戻っていく。
入れ替わりでバロン公爵がやってきた。
ロイドと違って彼は手ぶらだ。
「私は公爵のバロンと申します。クリス殿、少しよろしいですかな?」
「ええ、もちろん。公爵様が私にどのようなご用件でしょうか?」
「こちらをクリス殿にプレゼントしようと思いまして」
バロンは懐からチケットを取り出した。
それは束になっており、全部で数百枚に及ぶ。
全て同じ物で、大きく『王都無料券』と書いてあった。
「これは王都でのみ使える無料券となっております。お支払いの際にこちらのチケットを1枚渡してもらえれば、王都内のあらゆる飲食店、アパレル店、宿屋を無料でお楽しみいただくことが可能です」
「凄い! そんなものを私がいただいてもいいのですか!?」
「もちろんです。クリス殿は〈揺り戻しの厄災〉で活躍された国の英雄ですので、このくらいのお礼は当たり前です。どうぞ遠慮なく使ってください。ただ、こちらの無料券は期限が1ヶ月しかございません。それを過ぎると使えなくなるのでご注意ください」
「じゃあこの1ヶ月は王都で遊び倒さないと損じゃないですか!」
「ええ、まぁ、そういうことになります。もちろん無理に使い切る必要はございません」
「いえ、しっかり使い切っちゃいます! 任せてください!」
「ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます!」
クリスは無料券の束を握りしめながらバロンに何度も頭を下げる。
バロンは笑みを浮かべながら、「それでは」と去っていく。
「よーし、この1ヶ月は贅沢しまくるぞー!」
一人で声を弾ませるクリス。
その声を背中に受けながら、バロンは下卑た笑みを浮かべた。
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