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012

〈揺り戻しの厄災〉の数日後――。


 厄災戦の功績によって、クリスは一躍時の人となった。

 知名度はキーアだけに留まらず他の都市にも広がった。

 今では王国中が彼女の話題で持ちきりだ。


「マスター、本当にタダでご馳走になってもいいんですか!?」


「もちろんだとも! クリスちゃんはこの町の救世主だからね!」


「やったー! じゃあ、骨付き肉のおかわりお願いします!」


「はいよ!」


 キーアにおけるクリスの扱いは聖女以上だ。

 彼女とすれ違った人々は感謝の言葉を忘れない。

 飲食店は当たり前のように無料で料理を提供する。

 子供にいたっては将来の夢に「クリス」と答える程だった。


「あーあ、やっちまったな」


「この店もおしまいですね」


 満面の笑みでクリスに料理を提供する酒場のマスターを眺めながら、ダッドリーとアルテはため息をつく。


「マスター、ローストビーフとニルバーナ牛のテールスープ、それに特上リブロースとシャトーブリアンのおかわりをお願いします! あと、ウーロン茶も大ジョッキでおかわりします!」


「はいよ!」


 ……。


「マスター! エビピラフを5人前おかわりお願いします!」


「はいよ。それにしてもよく食べるねぇ」


「まだまだ食べますよー!」


 ……。


「マスター! 天津飯と焼き飯、それに餃子と醤油ラーメンをそれぞれ7人前ずつお願いします!」


「は、はいよ」


 ……。


「マスター!」


「ひぃいいいいいいいいいいいいいい!」


 最初は笑顔だったマスターの顔が真っ青になっている。

 店の食材がクリス一人に食べ尽くされていくからだ。


「クリスちゃん、もう、勘弁を……」


「えー! まだまだ大丈夫ですよ! 私!」


「いや、店のほうが大丈夫じゃなくてさ……」


「わわわっ、すみません! そこまで考えていませんでした!」


「考えておけよ!」


 そう突っ込んだのはダッドリーだ。


「お前、昨日と一昨日も他所の店で食材を食い尽くしただろ!」


「えっ、そうでしたっけ? あまり覚えていませんが……」


「昨日までは食べ終わると同時に酔い潰れていましたからね」


 アルテの言葉に、「そうなんです、そうなんです!」と頷くクリス。


「だから今日はお酒を飲んでいません!」


「そういう問題じゃねぇよ! とにかく今後は食う分を調整しろよな。別にドカ食いしなくても平気なんだろ? 前までは一人分しか食っていなかったし」


「はい、平気です! 今後は気をつけます!」


「そんじゃ、そろそろ狩りに行くか。どこぞのポンコツが朝メシに4時間もかけたせいですっかり昼過ぎだ。早くしねぇと夕暮れまでに戻れなくなっちまう」


「了解です!」


 クリスは口を拭いてから席を立つ。

 そして、マスターに「ありがとうございました!」と頭を下げる。


 マスターは涙を流しながら「こちらこそ」と答えた。

 その顔は青白く、そして、引きつっていた。


「マスター、これに加入するといいですよ」


 アルテがそっとテーブルに紙を置く。

 それはとある申込用紙だった。


「クリス保険……?」


「クリスの飲食代の7割を皆で補填しようという主旨の保険です。こちらの保険に加入しておけば、今日のようなことがあっても泣かずに済みますよ。いま加入すると今回の飲食代も7割が補填されます。原価分くらいは回収できるのでは?」


「おお、それは素晴らしい! 是非とも加入させてくれ!」


「ではこちらの申込用紙に記入の上、ギルドに提出してください」


「ありがとう、アルテ君!」


「いえいえ、お役に立てて幸いです」


 アルテはニッコリ微笑む。

 このクリス保険、設立したのはアルテ自身である。

 実に巧妙な内容で、クリスが食べる程にアルテが儲かる仕組みだ。


「アルテさん、早く行きますよ!」


「おいアルテ、早くしろ!」


 クリスとダッドリーが店の外から声をかけてきた。

 アルテは「はい」とだけ答えて早足で店を出る。


(これで少しは貯金ができそうですね)


 ダッドリーとクリスの金銭感覚はガバガバだ。

 あればあるだけ使うし、なくてもやっぱり使う。

 だからアルテがこうして影でお金を稼いでいる。


(もしも私がこのチームを抜けたらどうなるのだろう……)


 そんなことを考えるアルテであった。


 ◇


「メッテオー、ドォオオオオオオオオオン!」


 草原でクリスが魔法を発動する。

 初めて本を見ないで詠唱することができた。

 小さな隕石の雨が無数に降り注ぐ。


「ダッドリーさん、私、魔法を使いました!」


「馬鹿野郎! 事後報告する奴がいるか! やる前に言え!」


「だってだって!」


「うおっ! なんだこの隕石の雨――ひぃいいいい!」


 ダッドリーが全力で隕石の雨を回避する。

 だが完全には避けきれず、いくつかは体に命中した。


「いてぇ!」


「さすがはダッドリーさん! 少し当たっても平気ですね!」


「ダッドリーでなければ死んでいたでしょう。素晴らしい耐久力です」


「おめぇら感心してる場合じゃねぇ!」


「でもでも、魔物はしっかり仕留めたんで!」


 クリスがダッドリーの前を指す。

 先ほどまでいたシルバーランク相当の雑魚の群れが消えていた。

 クリスの魔法を受けて例外なく死亡し、灰と化したのだ。


「あれだけの使い魔を使役できるのに魔法なんざいらねーだろ?」


 戦闘が終わると、ダッドリーはクリスに近づいて言った。


「そうですけど、私だって自分で戦いたいんです! 魔物ハンターですから!」


「使い魔で戦ってるじゃねぇか。あれはお前さんの魔具によるものだろ?」


「そうですが……私は魔法がいいんです! 使い魔じゃなくて、自分の力で敵をやっつけたい!」


「俺には理解できねぇな。全くお前は不思議な奴だぜ。アルテもそう思うだろ?」


「ですね。魔法のセンスがあるならまだしも、そういうわけでもありませんし」


「ひどっ! アルテさん、ひどっ!」


「それに魔法を使うと、一時的に魔具の効果が落ちるでしょう?」


「えっ、そうなんですか?」


「当然です。魔法は魔力を消費するので。魔具は魔力の量に比例して効果の強さが決まるので、魔法によって魔力を消耗した状態では魔具の効果を最大限に発揮することはできません」


「そうだったんだ!」


「感覚で分かるものだと思いますが」


「ちっとも分かりませんでした!」


「まぁ、今のは常人の場合ですからね。クリスの魔力は常人の数百、いや、数千・数万・数十万倍とありそうなので、一般常識とは勝手が違うのかもしれません」


「ほんと魔力だけは立派なんだよなー、クリスはよぉ!」


 ダッドリーがクリスの頭をクシャクシャする。

 それに対して「魔力だけってなんですか!」と頬を膨らますクリス。

 そこへ馬に乗った町の衛兵がやってきた。


「クリス様、大至急、町へお戻りください!」


「どうかしたのですか?」


 クリスたちの顔に緊張感が走る。

 兵士は血相を変えた様子で言った。


「殿下です! 王子殿下がクリス様と会うために来られました!」


「…………」


 クリスは少し固まった後に口を開いた。


「えええええええええええ!? なんですってぇ!?」


 それは、まるで予期せぬことだった。

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