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001 第一章

 聖女の質が国力に大きな影響を及ぼす世界――。


 ドーア王国の聖女クリスは、この日も国の平穏を維持していた。

 といっても、何かしらの作業をするわけではない。

 神器と呼ばれる特別な指輪を着けて日々を過ごすだけだ。


 神器は装着者の魔力の量に比例して効果を高める。

 魔力量は先天的に決まるものであり、後天的な努力では増えない。

 孤児だったクリスは奇跡的な魔力量を評価され、三年前、聖女に抜擢された。


「外出ですか? クリス様」


 宮殿から出ようとするクリスに、近くの衛兵が駆け寄ってくる。

 クリスが頷くと、衛兵は慌てた様子で言った。


「護衛部隊を編成するので少々お待ちくださいませ!」


 走り去っていく衛兵。


「ただの散歩ですらこの始末……幸せだけど、辛さもあるなぁ」


 クリスは鮮やかな赤髪を掻き上げてため息をついた。


「今日も退屈そうだね、クリス」


 そこへ黒い髪をした容姿端麗の青年がやってきた。

 彼の名はビクトル。

 ドーア王国の王子であり、クリスの婚約相手だ。


「ビクトル様、どうして宮殿に?」


「君に大事な話があってね」


「大事な話……?」


「立ち話で済ます内容でもないので応接間へ行こうか」


「はい!」


 この時、クリスは勘違いしていた。

 ビクトルの言う大事な話の内容について。

 てっきり新婚旅行の行き先でも話すのかと思っていたのだ。

 結婚式はすぐ直前まで迫っているし、そういう話があっても無理はない。


 だからクリスは驚いた。


「婚約は破棄だ。聖女としての任も今日でおしまいだ」


 ビクトルからこう告げられたことに。


 ◇


 応接間で向き合ってソファに座るクリスとビクトル。


「どうしてですか? 何があったのですか?」


 婚約破棄を告げられたクリスは、当然ながらその理由を尋ねた。


「大聖女と呼ばれたテレサ様の跡を継ぎ、君はこの三年間、立派に役目を果たしてくれた。おかげで魔物は鳴りを潜め、民の健康状態は優れ、天候も安定している」


「ではなぜ!?」


「君よりも聖女に相応しい女性が現れたからだよ」


「私よりも……」


「君のおかげで国力は高まったものの、君ではこれ以上は望めないと考える。俺はドーア王国を更なる飛躍へ導きたいんだ。幸いにも周辺諸国は聖女に恵まれず弱っている。領土を拡大するのにこの機を逃すつもりはない」


 ビクトルはかねてより他国への侵略を主張してきた。

 だが、今までは反戦派が多かった。

 昔と違って今は戦争をする時代じゃない、平和が一番、等々。


 ところが最近、そうした反戦派が意見を翻しつつある。

 ドーア王国の国力がかつてない程に高まっているからだ。

 他国の低調ぶりも拍車を掛けていた。


「あ、新しい聖女は、既に決まっているのですよね?」


「もちろん。俺の真の婚約者となる女だ」


「真の婚約者……」


 クリスに衝撃が走る。

 悲しさや虚しさといった気持ちがこみ上げてきた。

 ビクトルが自分のことを見ていないと知ったからだ。

 野望を叶える為の道具としか見られていない。

 また、そのことに気づかなかった自分に腹が立った。


「その方は私よりも魔力が高いのですか?」


「まず間違いないだろう」


 ビクトルが断言しないのは、魔力を正確に測る術がないからだ。


 魔力量は〈魔力測定器〉で測定することができる。

 これは一部の大国にのみ存在する特殊な道具だ。


 しかし、この魔力測定器は決して万能とはいえない。

 上限値がそれほど高くないからだ。

 聖女に選ばれる者の魔力は、往々にして測定器の上限を超える。

 最終的に誰を聖女にするかを決めるのは人間の直感だ。


「クリス、君はどこぞの孤児だった。当然、血筋は大したものと言えない。魔力量は血筋の影響を受けやすいと言われている為、この時点で君の聖女としての評価はよろしくない」


「ですが、ビクトル様は私を聖女に選んでくださったではありませんか」


「それは当時、君の他に測定器の上限を超える魔力量の女を見つけられなかったからに過ぎない。いわば妥協だ。だが、今は違う。測定器の上限を超える魔力量で且つ血筋も完璧な女を見つけたのだ!」


「完璧な血筋……?」


「入りたまえ!」


 ビクトルが指を鳴らす。

 すると応接間の扉が開き、一人の女性が入ってきた。

 長くて艶やかな黒髪が特徴的だ。


「紹介しよう。彼女はサリー、大聖女テレサ様の孫だ!」


「うふふ、はじめまして、クリス様」


 サリーは含み笑いをしながらクリスに会釈し、ビクトルの隣に座った。


「なるほど、たしかに私とは違って血筋も完璧ですね……」


 クリスに反論の余地はなかった。

 それに反論するつもりもなかった。

 一刻も早くこの場を去りたいからだ。


 もはやビクトルに対する愛情はない。

 それに、今のクリスはお金にも困っていなかった。

 聖女になった者には莫大な富が与えられるからだ。

 だから、さっさとここを出て第二の人生を歩みたい。

 そう考えていた。


「クリス、三種の神器をサリーに」


「分かりました」


 クリスは右の人差し指に嵌められていた神器を外す。

 魔物の活動を弱らせる〈破魔印〉だ。

 次に中指の神器――国民の健康を司る〈健康印〉。

 そして薬指の神器――天候を司る〈天候印〉を目の前のテーブルに置く。


「ああ、それから、これも不要ですね」


 最後に左の薬指から婚約指輪を外し、神器の隣に置いた。

 この時になってクリスは気づいた。

 ビクトルが婚約指輪を着けていないことに。


「サリー、神器を」


「はい、ビクトル様!」


 サリーが三種の神器を右手の指に装着していく。

 そして、婚約指輪は偶然を装って手で払い落とした。


「おっと、ごめんなさいね、クリスさん(・・)


 聖女になった途端、敬称が変化するサリー。

 クリスは無表情で成り行きを眺めていた。


「クリス、今まで御苦労だった。もはや俺達の間には何の関係もない。今後は平民として好きに生きていくがよい。じゃあな!」


 ビクトルは悪びれる様子もなく応接間から出て行く。

 理不尽に婚約破棄を決定した直後とは思えない。

 流石のクリスも呆然としていた。


「クリスさん」


 サリーが立ち上がり、クリスの横に座る。

 そして、クリスの太ももに両手を置いて、にこやかに言った。


「私の為の踏み台になってくれてありがとうございました。もうひっこんでくれていいですよ、おばさん」


 クリスの返事を待たず、高笑いと共に出て行くサリー。


「おばさんとは失敬な、まだ21歳なのに。ま、あの子はまだ18歳だろうから、20代ってだけでおばさんになっちゃっても無理ないか」


 クリスは「なんだかなぁ」と呟きながら応接間を出た。

 その足で自室へ行き、身支度を済ませて宮殿を発とうとする。


「今までお疲れ様でした、クリス様! この国を豊かにしてくださってありがとうございました!」


 彼女が宮殿を出ようとした時、先ほどの衛兵が大きな声で言った。

 それを機に、他の衛兵や庭師、メイドやコックも感謝の言葉を述べる。


(聖女としての三年間は決して無駄じゃなかったなぁ)


 しんみりしながら、クリスは平民としての人生を歩み始めた。


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