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二階堂トオル編

この作品は小説投稿サイト『カクヨム』にも投稿しております。

感想お待ちしております。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054895482825

「それじゃ、今回のテストを返しまーす」

 僕はこの時間が嫌いだ。

 一喜一憂しているクラスメイトを尻目に、担任の先生の元へテストの答案を貰いに行く。

「おし、二階堂は……惜しかったな、今回は96点だ」

 点数を公表された途端、クラスメイトから羨望の声が上がる。

「すげー! やっぱトオルは頭いいよな!」

「やっぱり塾行ってる人は違うよねー」

 多分、普通なら照れたり自慢したりするところなんだろう。

 でも、僕は憂鬱と絶望感に頭の中を支配されていてそれどころじゃなかった。

「(また、勉強しなきゃ)」

 取れた96点より、取れなかった4点のせいで、今日は晩ご飯が食べられないからだ。



◆ ◆ ◆



 人間の皆様。

 あなた方は生きていく上で、無性に『これ』が食べたいって衝動に駆られる時がおありでしょうか。

 ちょうど今の私の心境がそれで、今はチョココロネの気分でございます。

 普通ならその欲を満たすために買いに走ったり、大人しく我慢して別の日に発散したりと様々でしょうけれど、今の私は女神様なので、

「ちぢんふゆう、ごよのおたから。チョココロネ、出てこい!」


 ドサドサドサッ!


 ちょっとお願いするだけで欲を満たすことができるのです。

 代償としてちょっぴり手足が透けたりするのですが、かつてみたいにモノに触れられぬほどではないので、山のように積まれたチョココロネを心行くまで堪能するとしましょう。

 さて、お味の方はいかほどでしょうか。

「んー、あんまぁぁぁいっ!」

 パンのふわふわに包まれたチョコはとろりと甘く、それでいてしっかりコロネとマッチするよう調整されている。

 まさしく、神が作りたもうた逸品と言えるかもしれませんね。

「ちょっとー? なーに変な食レポしてるの? キャラがいつもと違うんですけど?」

 ちょっとやめてよ、今お上品なお嬢様の練習してるんだから――と言いたいが、口の中いっぱいにチョココロネが詰め込まれているので、目線で訴えかける。

「いや、そうだとしても流石にお嬢様はそのリスみたいにぱんぱんになるまでパンを詰め込まないと思うよ……?」

 以前お世話になってから仲良くなった縁切り&縁結びの女神様である宣姫のぶきことブッキーも、私の膨れ上がった頬を見て少しばかり頭を抱えていた。

「まぁまぁ、ブッキーもせっかく来てくれたからさ、おひとついかが?」

 口の中に物が入っているまま話すのは失礼なので、あらかじめ用意しておいた紅茶で流し込むと、絶品チョココロネの感動を共有するべく一つ差し出した。

「あ、ありがとう。これは後でいただくね? それより、さ? 例の……サツキ、だっけ? 無事お付き合いできたよ」

「お、ホント? それは良かったよ」

 わざわざ私の天界のパーソナルスペースに何の用かと思ったけど、用事はそれだったのね。

 前回のお仕事から一か月ほど経ったけど、まるで昨日の事のように思う。

 波乱万丈な恋愛をしてきた前依頼人に、今度こそ悲しむことなく良きお付き合いが出来るよう祈っていると、

「何のんきに構えているの? あーし、成功報酬貰いに来たんだからね?」

 へ? 成功報酬……?

「あぁっ! 忘れてた!」

「ホントにこの娘は、この先やっていけるのかな……?」

 成功報酬とは、前回の仕事の際に私がサツキさんに幸せになってもらえるようにと目の前のギャル風女神様と交わした契約で、簡単に説明すれば、今付き合っている彼氏と別れ、新しい恋を芽吹かせてほしいということだが、上手く行ったということは、

「それじゃ、貰うからね? りこっちの『奇跡の力』」

 彼女は私の額に手を当てると、そこからしゅわわわ……と力を吸い取っていく。

「うぅ、力が抜けていくぅー」

「消える程は取らないから心配しないの」

 およそ10秒程だろうか、手を引っ込めた彼女に対峙している私の手足はすっかり透明感が増していて、

「あぁ、チョココロネ……」

 モノが持てないほど力が弱まっていた。

「ほい、これで完了っと。 ごめんね? いくら仲が良くなっても契約は契約だから」

「ううん、いいの。あの件は私のエゴだから」

 私だけでは恐らく詰んでいたかもしれないので、手を貸してくれただけでありがたいのだから、然るべき代償だと飲み込もう。

 しかし、力が減ると物理干渉が出来なくなる仕様は勘弁してほしいものだけれど、と頭を悩ませているちょうどその時に私のお守りが光り始めた。

「ん? りこっち、何か光っているよ?」

 かつての私の学業祈願のお守りが光りだしたということは、誰かがどこかで私を必要としているということだ。

 まるで消えそうになると依頼が入り込む仕様なのかと勘違いしてしまいそうなほどのグッドタイミングだ。

「よし、お仕事行ってくる!」

「うん、いってらっしゃーい」

 このままではせっかくのチョココロネがぱっさぱさになってしまうので、それだけは避けなければ。

 相変わらず光量が半端ないお守りを握り込むと、私の身体は助けを求める人の元へと転送されていった。

 



「……はむっ。むぐむぐ……んむっ! おいひい!」



◆ ◆ ◆



 私を送り届けた女神様は、一口食べて虜になったのか、腰を下ろすと最高おいしいチョココロネを堪能しはじめた。

  さて、今回私が飛んできた場所は――学校?

 大きな校舎しか判断材料がないので、もう少し詳しく状況を把握するべく辺りを見回すと、私はグラウンドの隅っこにポツンとある小さな社の前に立っていた。

 周辺は田んぼが続くばかりで特徴的な建物は何もなく、この場所は私にとって馴染みのない場所ね。

 そしてその小さな社の前で必死にお参りをする小さな姿から推測するに、どうやらここは小学校みたい。

 ふむ、この少年が今回の依頼人か。

 前回は合法ロリ「あれ? お姉さん誰?」だったけど、今回は違法ショタだ。

 法に触れないよう取り扱いには気を付けないと……。

「……君、私の事、見えてるの…………?」

 ふわりと浮かぶ私の眼下には、驚いた顔を張り付けた少年が一人、こちらを見上げていた。

 これはどういうことなの?

 私は今女神様をやっているので、人間なら誰も視認することは不可能なはずだけど、こちらを見て驚愕しているということは、私が見えているのか。

 どうして私が見えるんだろう、なんて想定外の出来事に頭が追いついていないけど、

「ちょ、ちょっと待って! それは待って!」

 少年が防犯ブザーらしきものに手を掛けているのを止めることが出来たのはファインプレーだ。

「お、お姉さんは、何者ですか!?」

 恐怖しているからだろう、身体を縮こまらせて震えている彼を納得させることが出来る言葉ってあるのだろうか。

 よし、ここは嘘偽りなく正体を明かすとしよう。

 こちらが挙動不審になれば相手も不安になるだろうし、よく考えればやましいことなど何もないのだから、堂々と胸を張って答えよう。

「えっ、えっとね。お姉さんは――女神なの!」


 誰もいないグラウンドに、大音量の防犯ブザーが鳴り響いた。



◆ ◆ ◆



「ひ、ひどい目にあった……」

 流石に危機を感じて脱兎のごとくその場から離脱したはいいけど、人から視認されてしまう以上、隠れながら行動しないといけないよね。

 にしても、どうして私が見えるようになったのか。

 原因として考えられるとすれば、弱り切った力のせいとしか思い浮かばないけど。

「しっかし、ここはどこだ……?」

 隠れるべく急いで入った教室は、難しい漢字が多用されていない掲示物に、後ろに大量に張り出されている習字の半紙なんかがどこか懐かしさを感じさせる雰囲気を醸し出していた。

 周囲に人がいないことを確認して教室の外に出てクラスを確認すると、『6-2』という案内があった。

「うわ、すっごい懐かしい」

 もう何年前になるだろうか。

 その頃の思い出なんてあんまり覚えてないけど、先生がすごい怖かった記憶が印象に深く残っている。

「あの頃の担任の先生、元気にしているかな」

 不意に、そんなことが口から出てきた。

 当時からしたら恐怖の対象でしかなかった先生だけど、成長してわかることだってある。

 言い方こそきつかったけれど、思い返せばどれもが後になって実感することばかりだ。

「でも、もう一度会いたいかと言えば勘弁だけどね」

 何だか可笑しくなってつい笑ってしまう。

 教室内に戻って、かつての記憶を頼りに当時の席に座ってみた。

 この席に座っていると、まるであの頃に戻ったみたいだな……。

「こら、滑川さん。また給食の人参を残しているんですか、なーんてね」

「誰ですか? 誰かまだ残っているんですか?」

「うげっ、に、二階堂先生!?」

 感傷に浸っていて、急な来客に気付かず狼狽してしまった。

 ヤバい、今の私は許可なく学校に侵入した不審者だ!

「ああああ、あの、違うんです先生! これはですね……!」

 立ち上がってしどろもどろになりながらも言い訳を紡いでいると、

「……気のせいでしたか」

 先生はまるで何事もなかったかのようにその場を去っていった。

 あれ? 私、見えるんじゃないの?

 新たに舞い込んだ疑問に頭を整理しようとしていると、

「いた、不審者」

 再度びっくりして声のする方をゆっくりと振り向くと、どうやら私はかくれんぼの鬼に見つかってしまったようだ。

「お姉さん、もう一回聞くけど何者なの? 空飛んだり先生には見えてないってことはもしかして、花子さんなの?」

 防犯ブザーには手を掛けていないけど、まるでお化けを見るかのような顔でこちらをうかがう少年。

 なるほど、そう考えるのが普通よね。

「んー、まぁ、そんなところかな。よくわかったね」

 この世ならざる者という括りで言えばあながち間違いでもないし、ここは変に弁解するより話を合わせたほうがよさそうと判断した私は今からこの学校のトイレの花子さんだ。

「それより、何か悩みがあるんじゃないの? よかったらお姉さんに話してごらん」

 彼はまだ身構えながらも、

「実は、テストの結果が良くなくて。このままだとお母さんに顔向けできないから」

「ふむふむ、ちなみに何点くらいなの」

「96点」

「高得点じゃないの」

「でも、いつも百点満点じゃないとだめだって頑張るんだけど、そう思うと緊張しちゃって」

「もしかして、百点そのものを取ったことがない、とか?」

 彼は悲しそうにうなずく。

「よし、お姉さんに任せて! こういうお手伝いをするのがお姉さんの役目だからね」

「いいの? でも花子さんって勉強できるの?」

「んー、少なくとも君よりかは出来るかもね」

 まだ不安そうな顔を払拭するべく笑顔で応えてあげると、ちょっとだけ警戒心を解いてくれた。

「それじゃ、君の名前と願いを教えてくれる?」

 握手を求めると

「……二階堂、トオル」

 照れながらも握手を返してくれた。

 その時、彼の頭上にぽんっと絵馬が現れた。

「ちぢんふゆう、ごよのおたから! 女神代行、トイレの花子さん……改め、滑川梨子の名において、この者の満点祈願を応援します!」

 絵馬に勢いよく押された『受領』の字が光り輝き、彼の願いの内容が浮かび上がる。

『テストで百点取れますように  12歳 二階堂トオル 』

「うん、トオル君ね。これからよろしく!」

 前回のお仕事とはちょっと変わっているけど、これも学問の女神様としての大事なお仕事だ。

 さぁて、頑張るぞい!



◆ ◆ ◆



「早速ですが、テストを行います」

 契約を受けた翌日、私は小学校の教壇に立っていた。

 生徒は一人、依頼人のトオル君だ。

 目をつぶって念じ、出現させた小学校六年生の学力テスト用紙を彼に手渡すと、不思議そうに彼はその用紙を確認していた。

 確かに、何もない所からテスト用紙なんて出したらそりゃびっくりよね。

 おっかなびっくりな表情もほんの数分で、何の変哲もないテスト用紙だと判断してくれた彼は、さらさらと問題を解き始めた。

 私はその間やることがないので、その様子をじっと眺めることに。

「(先生ってこんな感じなのかな)」

 ホントならもっと教え子がいて、みんなの悪戦苦闘するさまを見守っているのだろうけど、たとえ一人でも私の生徒だと思うとなんだか心の底がわくわくした。

 まさか死後に教育実習が出来るとは思わなかったけど、様々なイレギュラーが重なっていることを鑑みるとこれは不幸中の幸いと表現できるのだろうか。

「にしてもすごいね、キミ」

 まだ開始してあまり時間は経っていないのに、彼は澱みなくテストの答案を埋めていき、もう裏面の問題へと差し掛かっている。

 解答欄の中央に書かれたきれいな文字は、そのまま彼の性格を表しているようだ。

 勉強は得意不得意もあれど、結局は毎日の予習や復習で理解度というものは変わってくるものなので、彼は普段から勉強する環境や習慣があるんだなと感心していると、

「っ……!」

 突如として手が止まるトオル君。

 難しい部分があっただろうかと覗き込むと、どうやら最終問題の箇所のようだ。

「国語の……読解問題ね」

 わかる、私も昔よく躓いた過去があるからよくわかるよ。

 テスト問題なのに『作者の気持ちを答えなさい』だとかわかんないよね。

 だいたいそういうのは『締め切りヤバい』だとか『印税いくら入るんだろう』としか思わないって。

 一緒に考えようと問題を確認すると、衝撃の一文が目に飛び込んできた。

 

 問:10 このテストを作った人物の気持ちを答えなさい。


 詰んでない?

「ちょっと待って、何この問題。違う、私こんな問題作った記憶ない!」

 爆笑珍解答も真っ青の『驚き珍問題』を突き付けられたトオル君は、冷ややかな目線を送りつつ、無言で私を責めていた。

「まぁ、トイレの花子さんだし、仕方ないですよね」

 彼は呆れた態度で大きなため息をつくと、

「とりあえず、見直しもいいので採点してもらえますか」

「ご、ごめんね? それじゃ、パパっと済ませちゃうからちょっと待ってて」

 まるで針の筵に座らされている気分の私は、採点中一度も彼と目を合わせることが出来ないでいた。

 


◆ ◆ ◆



 さすが優等生、と褒めたくなるような高得点だったけど、残念ながら満点ではなかった。

「も、もちろん最後のは採点対象じゃないから安心してねっ!」

 フォローをしたつもりだったけど、答案を受け取った彼は、やっぱり浮かれない顔をしていた。

「んー、基本的なことは出来てると思うから百点取れてもおかしくはないんだけどね」

 となると、やはり精神面の問題だろうか。

 失敗してしまうビジョンがあまりに強すぎて萎縮してしまい、結果が振るわないということは私も経験がある。

 脱却する方法としては、失敗を上回る成功体験が一番だと思うけど、彼の場合はそれが叶わずに泥沼化してしまっているようだ。

「このままじゃ、お母さんに……」

 いけない、どんどん沈み込んでいる。

「ほら、元気出して! そうだ、チョココロネ食べる? 紅茶もあるよ!」

 慣れた手つきでぽぽぽんっとそれらを出すと、トオル君は拒否感を示す表情で、

「トイレの幽霊のくれる飲食物はちょっと」

「………………そうだよね」

 過去最大級にへこんだ。

「美味しいのに、ばっちくないのに」

「あ、花子さん、その、そんなつもりじゃ」

 自分よりもひどい状態の他人を見ると冷静になるというのは本当のようで、へこんでいたはずのトオル君に逆にフォローされてしまった。

 でも、やっぱり手を付ける様なことはしなかったあたり、やっぱり女神を名乗っておくべきだったかもと後悔した。

「やっぱり僕ってダメな子供なんですかね」

 しょんぼりしながら紅茶をすすっていると、彼は唐突にそんなことを言い出した。

「そんなことないと思うけど。今日だって学校休みなのにわざわざ出てきてくれたでしょ、普通だったらそこまでしないよ」

 教員なら職員室にいるだろうけど、生徒は誰一人としていない。

 私は人生でそんなこと一度もしたことないから、そういった行動できるだけ同年代の子たちよりも立派だと誇っていいはずだ。

 もっとも、彼は勉強熱心だけで片づけていいような問題ではなさそうだけど。

「でも、塾も行ってるし、お母さんは教師だから勉強は出来なきゃって思っているのに、結果は全然ダメだし」

 うーん、これはイメージも一役買ってそうだ。

「あのね、別に親が教師やっているからって無理に勉強できなくていいんだよ。自分のしたいことをしなきゃ」

「自分の、したいこと?」

「そう、例えば友達と遊びに出かけるとか、何もしないで一日寝て過ごすとかでもいいの。勉強以外の事も経験しないと」

 彼はどうも『こう《《ありたい》》姿』より『こう《《あらねばならない》》姿』に引っ張られすぎているように思える。

 先ほどの提案にも難色を示している彼を見るに、このままじゃ彼はパンクしてしまうのではなかろうかって、そんな不安が頭をよぎる。

「そうだ、今から遊びに……」

 行こう、と提案しようとした時。

「誰ですか、今日は休みですよ」

 昨日も見た不機嫌な表情の教師が顔を覗かせた。

「うわ、また二階堂先生だ」

 苦手意識を表情で表していると、

「あ、お母さん……」

「お母さん!?」

 昨日に引き続き、驚きのカミングアウトでまたもや展開についていけない。

 そういえば彼、二階堂って名乗っていたような。

「トオル、教室に一人で何をしているの」

「……勉強」

「言ったでしょう、そればっかりしても意味ないって。教室閉めるから、早く帰りなさい」

「でもっ……!」

「聞き分けのない子は嫌いよ。家まで送るから、早く出なさい」

「……いい、一人で帰るから」

 彼は母の顔を見ることなく教室を出て行った。

「…………先生」

 思わず私は、トオル君を追わずに一人教室に残された二階堂先生に声を掛けていた。

「ごめんね、トオル。不器用なお母さんで、ホントに、ごめんねっ……」

 それは、怖かった記憶しかない恩師の、初めて見る泣き顔だった。



◆ ◆ ◆



 現在時刻は草木も眠る丑三つ時。

 私はトオル君と暇を持て余していた女神ブッキーを引き連れて夜の学校に来ていた。

「僕、家のベッドで寝てたはずなんだけど、どうしてここにいるの?」

「ほら、息抜きだって必要でしょ。せっかく連れてきたんだから楽しんでって」

 余計なお世話です、と言わんばかりの視線はスルーしておこう。

 正直、いろんな場所へ連れていきたかったのだが、そうできない理由がある。

 現在の学校探検パーティーは、


・二階堂トオル   

 状態:普通   職業:生徒

・滑川梨子     

 状態:死    職業:女神

・宣姫       

 状態:死(?) 職業:女神 


 冒険開始早々なのにもう既にトオル君が棺桶を二つも引きずっている状態には目をつぶってもらいたい。

 彼は私と宣姫のぶきすらも視認できたけど、他の人達にはしっかりステルス機能は作動しているようなので、傍から見ると何も無い空間に喋りかけている怪しい少年という図が完成してしまう。

 そもそも小学生の彼が深夜に出歩いているのは補導の対象として警察にみつかると彼自身に迷惑がかかるのでNG。

 室内で、彼がいても大丈夫な場所を考えれば、消去法で学校探検ということになったのだが。

「まぁ、何もいないよね」

 幽霊の一つでも出てくれば面白味があっていいかもしれないけど、そういった類の怪談はだいたいが人を怖がらせたいが為の噂話に過ぎないものよね。

 だいたい、幽霊なんて非現実的なものが存在するなんて言う人間は信用ならない。

 そんな人は総じて怖い目に遭えばいいんだ。

「りこっち、まさか怖いの?」

「こわくないっ!」

 校舎が古いせいか、いきなり変な場所から物音がして私が身構えるのは女神様として生者を護ろうとする、いわば防衛反応であって決して怖がっているわけでは……。

「わっ!」

「ああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 突如その防衛対象から驚かされ、乙女らしからぬ情けない絶叫が校内に響き渡る。

「やめて! マジでやめて!!」

 驚きすぎて死ぬかと思った……いやまぁ、死んでいるんだけど。

「ふふふっ、あはははははっ!!」

 その私の情けない姿を見て、笑い転げるトオル君。

 人が怖がる様を見て笑うなんて、趣味が悪いなと思ったけど、

「花子さん、そんなに怖がるなんて、あははっ! 変なの!」

 年相応に笑えている彼を見てると、怒りもすっかり収まってしまった。

 ネタがネタだけに納得はいかないけど、暗い表情で思いつめるよりかはずっといい。

「初めて笑った顔を見たけど、なかなか可愛いじゃないの」

 もちろんやられっぱなしの私ではないので、仕返しとばかりにからかってやると、

「そう? ありがとう」

 照れるでもなく、さわやかにはにかんだ。

 ぐっ、普通に世辞として受け取られたからこっちが恥ずかしいやつ……!

 どうやら仕返しも難しそうなので、さっきから大人しいブッキーに話題でも振ろうとして気づく。

「あれ、ブッキーがいない……?」

 きょろきょろと辺りを見回すと、私の足元に横たわる怪異が一つ。

 これに触れてはならないと、私の止まっているはずの心臓がばくんばくんと警鐘を鳴らしている。

 すぐにトオル君を連れてこの場を去ろうとしたが一足遅く、それに足を掴まれた。

 恐怖で声も出せずに動けない私の足元から膝、お腹とゆっくりと這い寄るそれは、まさしくこの世ならざるだと断言できる。

 とうとう顔まで達したそれは、私と目が合った瞬間にカッと見開いて、

「……ど…して………し…たの……?」

 まるで呪詛のようにぽつりと呟いたそれを聞いた私の意識は恐怖のあまり、遠く彼方へ消えていった。


「あれ、花子さんどうしちゃったんですか」

「えー? さっきりこっちが絶叫した時に思いっきり耳元で叫ばれたから『どうして耳元で叫んだりしたの』って言ったら気絶しちゃったみたい」

「やっぱり、幽霊の癖に怖がりなんて変な花子さんですよね」

「ほんとねー。しょうがないから目的地に連れていきますか」



◆ ◆ ◆



「あれ、ここどこ」

 意識を失っていた私は気付けば知らない天井……もとい、星空の下にいた。

「ここは屋上だよ。まったく、怖がりもほどほどにね」

 その星空を遮るように覗き込むブッキー。

 後頭部の柔らかい感触といい、どうやら私が起きるまで膝枕をしてくれていたみたい。

「ごめん、ありがとう」

 起き上がって目いっぱい身体を伸ばしていると、前方に夜空を見上げるトオル君がいた。

 真横に並ぶと、こちらに気付いた彼は、気遣う言葉をかけてくれた。

「花子さん、もう大丈夫なんですか」

「うん、平気。ありがとう」

 その言葉を聞いて安心した表情をした彼は、また星空を見上げた。

「……きれいですね」

「そうだね、私の思った通り」

「?」

 予想通り、この学校の周辺には高い建物も何もないので、満天の星空をうかがうことが出来るのだ。

「どうして、この光景を見せたかったんですか」

「それはね、君にいろんな世界を知ってほしかったからだよ。私の恩師はね、『夢は星の数ほどある』ってよく言ってたの。人生何度もツラい目に遭うし、ホントに自分の進む道があっているのか迷うこともたくさんあるって。そんな時は星空を見上げてごらんって言われたの。たくさん選択肢があるんだから、いくらでも悩んでいいって。決して君の人生は一つだけじゃないって星が教えてくれるって」

「いい言葉、ですね。誰に教えてもらったんですか」


「二階堂先生。私の恩師で、キミのお母さんだよ」


「お母さんが?」

 星を見上げていた彼は、驚いてこちらを見ていた。

「私ね、先生になりたいの。怖い先生って嫌われても、生徒を思いやれる先生になりたくってさ。そして、みんなに今の言葉を送ってあげたいの。昔の私が悩んでいたときに、その言葉に救われたから」

 両目に涙を溜めながらも、私の言葉を真摯に聞き入るトオル君。

「確かに、世界にはこの星々くらい、たくさんの夢がある。でも、その言葉をもらった時に私の未来は決まったのよ。一番星みたいに、何よりも真っ先に輝く私の夢が」

「……そんな事、言われたことない……。僕、出来が悪いから……」

「そんなことないよ。きっと、すっごい期待してるんだと思う。でもあの先生、昔っから怖くて不器用だからなかなか伝えられずにいて、今はきっと後悔していると思うの」

「……ホントに? 信じていいの?」

「うん、信じていいよ」

 涙をぬぐった彼の顔は、泣き顔こそきれいにはなったけどまだ不安な表情がそのままだった。

「他の家族の事に口出し出来る程出来た人間じゃない私だけど、お互い不器用な二人の為に、二階堂先生の教え子であり君の先生である私がこの言葉を送ります」

「……はい」

 私が先生を目指すきっかけとなった、いわば原点。

 私があの時の先生に貰った言葉をそのまま伝えた。




「もし星空を見上げても、明日がわからなくなったり、信じられなくなったら、いつでも私を頼ってください。先生はあなたの味方です」




 二階堂先生が厳しいのは、先生はいつまでも生徒のそばにい続けることはできないことを知っているからだ。

 社会に出れば、自分たちの思っている以上に厳しいことがあるだろう。

 そんな時に、一人で切り抜ける力を養ってほしいから、厳しく生徒たちと接しているのだ。 

「言葉にしなきゃ、伝わらないことだってたくさんあるのに。あの頃から先生は不器用なんだから」

 本当は、こんなにも子どもたちの事を案じているというのにね。

 誰に似たのか、同じく不器用な彼を抱きしめて頭を撫でてあげると、まるで産まれたばかりの赤ちゃんのように大きな声で泣き出した。

 今は彼の気が済むだけ泣かせてあげよう。

 笑うことが出来なかったということは、泣くことも出来なかったはずだ。

 泣いてスッキリすれば心の整理がつくだろうし、彼は澱みきった現状から一歩踏み出すことができると思う。

 人生にリセットボタンはないけれど、リスタートは何度だってできる。

 私がそうだからね。

 彼が泣きつかれて寝てしまうまで寄り添っていたら、そろそろ朝日が顔を出そうとしている時間に差し掛かっていた。

「そろそろ、帰ろっか」

「そうだね、今日は付き合ってくれてありがとう」

 文句も何も言わずにいてくれたブッキーには感謝しかない。

 今度チョココロネでもご馳走してあげるか。

 すやすやと寝息を立てている彼をおんぶして、誰にも見つからないよう家へと送り届けると、私にもドッと疲れが押し寄せた。

 ブッキーと別れ、天界のパーソナルスペースに帰るなり泥のように眠りについた私は、久しぶりに夢を見た気がした。

 大した夢じゃないよ。

 満天の星空の下でうめちゃんやブッキーやお世話になった人たちと笑い合う、そんな夢。

 確か僕は夜の学校にいたはずなのに、いつの間にか自宅のベッドの上だった。

 昨夜の出来事は夢だったのだろうか。

 はちゃめちゃだったけど、楽しくて、なんだか心が救われた夢だった。

「トオル、何しているの? 早く起きてきなさい」

 お母さんに呼ばれたので、急いで支度をしていると、机の上に昨日のテストの答案があった。

 そういえば、一問だけ解答欄が空欄の場所があったはず――。

「解答、してある……?」

 可愛らしい文字で書かれた文字を読んで、やっぱりあれは夢じゃなかったと実感した。

 普通なら、こんな意味不明な問題を解くことは不可能だからだ。

「ありがとう、花子さん。おかげで頑張れそうです」

 まずは、ちゃんとお母さんと話すところから始めてみよう。

 小さくお礼を言うと、僕を急かすお母さんが待つリビングへと急いだ。




 問:10 このテストを作った人物の気持ちを答えなさい。

 解:トオル君が挫けることなく歩くことが出来ますように。




◆ ◆ ◆




「よし、それじゃテスト返していくぞ。順番に取りに来ーい」

 僕はこの時間が嫌いだった。

 一喜一憂しているクラスメイトを尻目に、今回は自信満々に担任の先生の元へテストの答案を貰いに行く。

「よくやった二階堂。百点満点だ」

 点数を公表された途端、クラスメイトから羨望の声が上がった。

「やっぱすげーなトオル! 満点とかやるじゃん!」

「前まで暗い顔してたけど、なんか最近のトオル君って変わったよねー」

 何かあったの、って顔で迫るクラスメイトに、照れながら答える。

「トイレの花子さんに、元気を貰ったんだ」

 クラスメイトはおろか、担任の先生からも心配そうな顔をされたのは言うまでもない。



◆ ◆ ◆



 あれからしばらく経った日の放課後、花子さんに一言お礼が言いたくて、校庭の端で独特の存在感を放つ小さな社の前にやってきた。

 いつしか見かけた時は宙に浮いていたので、もしかしたらと見上げてみたけど、目に映ったのは突き抜けるような青空だけだった。

「もう会えないのかな」

 まだまだ話したいことがたくさんあるのに、伝えることの出来ない悲しさが胸に募る。

 でも、きっとこれは普通のことなんだ。

 花子さんは僕が百点取れるまでの先生だったから、テストで百点を取った瞬間に、僕は彼女の元を卒業したということだ。

 先生はいつまでも生徒のそばにい続けることは出来ないと彼女は言っていた。

 でも、今の僕が元気にやっているって報告くらいはしてもいいよね。

 ぱんぱん、と手を叩いて手を合わせると、この前の出来事を話し始める。

「花子さんのおかげで、お母さんとの関係がちょっと良くなりました。まだぎこちない感じもあるけど、ちゃんと自分の気持ちを話す事が出来てよかったです」

 自分がいくらきつくても苦労をおくびにも出さない上に、何も言わずに手本であろうと行動する。

 僕のお母さんは、武士みたいな人だ。

 でも、今は令和という時代で、江戸ではない。

 不言実行や武士は食わねど高楊枝なんて行動はしなくていいんだ。

 ツラいときはツラいと、こうあってほしいと思うならしっかりと口に出してほしい。

「子供でも、僕だって男だから、いざと言う時はお母さんを護るくらいはできるんだしね」

 僕の家庭に父親はいない。

 僕の幼い頃に交通事故で亡くなったという話は聞き及んでいる。

 元々厳しさを以て愛と成す性格なのに、父親という役割すらもこなそうとした結果がかつての状態だとしたら、きっとその事も原因があるのかもしれない。

 僕が無理に頑張っていたのは、知らず知らずのうちに親のそんな苦労を感じ取っていて、早く立派になりたいという焦りがあったと思う。 

 まったく、親子そろって不器用だ。

「そういえば、僕の将来の夢が決まりましたよ」

 今日はこのことを報告したかったんだ。

「僕、先生になります。お母さんみたいに厳しく、花子さんみたいに優しい先生に。きっと、なれますよね」

 突如、社から吹き荒れた突風に、思わず顔を覆った。

 わずか数秒ほどの出来事だったろうか、顔を戻すとそこにはかつてのテスト用紙が。

「やっぱり、先生には敵わないな」

 最後の謎だった問題の解答欄に追記がされているのを見て、先生らしいなって思わず笑ってしまった。

「それじゃ、また来ます。今度は、立派な先生になってから」

 後ろで僕を呼ぶお母さんの声がしたので、一言残してから社を後にした。

 僕の頭上には、一番星がしっかりと輝いていた。









 問:10 このテストを作った人物の気持ちを答えなさい。

 解:トオル君が挫けることなく歩くことが出来ますように。



     君ならなれるよ、がんばれ!!




◆ ◆ ◆


 とある学校の七不思議のひとつに、こんな不思議なものがある。

 悩みを持った生徒が学校の校庭にある小さな祠に悩みを打ち明けると、どこからともなく謎のお姉さんが現れて、悩みが解決できるよう後押ししてくれるというものだ。

 トイレの花子さんではない、一風変わったその怪談の名前は――『社の梨子さん』と。


ここまで読んでいただきありがとうございました!


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