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睦月アズサ編

小説投稿サイト『カクヨム』にて投稿したものをまとめたものです。

ご感想お待ちしております。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054895482825

 手助けと言っても、現状知っているのは名前と年齢だけで情報が少なすぎるので、アズサさんについて(憑いて?)いくことにした。

 すっかりと暗くなってしまった夜道を急ぎ足で進む先は、昭和の良家を彷彿とさせる古びた一軒家。

 若い女性が住んでいる家としては意外だと思っていたけれど、玄関の引き戸の横のチャイムを押したので恐らくは彼氏のショウタ君の家かな。

 彼女がチャイムを押してすぐに現れたのは、のんきそうな顔だけど背丈も体格も恵まれた男性。

 お兄さん? と思ってたら、男は熱烈なハグで彼女を迎え入れた。

 まさか、とつい近くの柱に隠れて聞き耳を立てると、

「もう、次はちゃんと課題やるのよ? そういう癖付けとかないと、社会に出たら大変なんだからね?」

「ごめんよ、アーちゃん。今日は家族みんないないけど、とりあえず中に入って」

 すすすっと招かれるまま家の中に入っていくアズサさんと、辺りを見回して誰もいないのを確認して戸を閉めるショウタ君。

 ちょ、ちょっと待って、今家族いないって言った? 

 ひとつ屋根の下に恋人二人きり、何も起きないはずもなく……?

 コンプライアンス的にもまずいし しかも彼氏は未成年だから法的にもアウトじゃん!?

 と、止めなきゃ! と大慌てで戸をすり抜けようとしたけど、見えない壁のようなものに阻まれて侵入できなかった。

 ならば瞬間移動……ダメ! 部屋に移動出来ない!

 手段が何も思い浮かばないまま時間は進んでいく。

「だ、ダメだって! 赤ちゃんはまだ早いの! 私だってまだ経験すらないのに!!」

 うがあぁぁぁぁ、と頭を抱えていると、目の前に映ったのは、先ほどアズサさんが押したチャイム。

 これだ! と、呪文を唱えて指先に意識を集中させて、ピンポンを連打した。

 しばらくして、先ほどののんびりした顔がぬっと出てきた。

「はい、どちら様……? あれ、誰もいない」

 私はその開いた戸の隙間をすり抜けて室内に侵入、急いで彼の部屋と思しき空間へダッシュ!

「え、えっちはまだ早いよ二人ともっ!」

 叫びながら部屋に侵入して私の視界に飛び込んできたのは、ショウタ君が受けるのであろう大学受験の過去問を採点しているアズサさん。

「あ、あれ……、普通に勉強してる……。よかったああぁぁぁ」

 勘違いの安堵で漏らしたため息が、途端に勘違いの羞恥に変わっていく。

 いや、違うんですよ。

 確かにはしたない妄想はしましたけれどもね。

 思春期の男子高校生なんてケダモノじゃん。

 何かにつけて、こう、繋がろう(意味深)とするじゃない!

 更に彼女がロリ系統とは言え美人さんなんだから、もうお祭り(意味深)じゃん!

「私はわるくなああぁぁぁぁいっ!!」

 一体誰に言い訳しているんだろう。

 気付けば部屋に戻ってきてたショウタ君も机に向かって勉強してて、その横で問題の解説と過去問の答え合わせを並行してこなしているアズサさん。

 いい雰囲気で二人三脚、頑張っている光景に安心しつつ、

「……反省しよう」

 自分の醜さを改めるいい機会になった、と思う。

 ちょうどいい、二人の間に割り入るのは気が引けたけど、サポートしなくちゃ。

「ちぢんふゆう、ごよのおたから。ショウタ君の集中が続きますように」

 私の手からほわっと柔らかい光が流れ出て、勉強中のショウタ君を包み込んだ。

 ま、こんなもんか。

 元々釣り合いが取れているコンビみたいだし、手がかからないのは良いことだわ。

 余裕綽々、という言葉が私の満足度を満たしたので、自分の勉強でもするとしよう。

 さすがに勉強は持ち込んでいないし、そもそも今はモノに触れないので、ショウタ君の後ろから大学の過去問を覗き込んで、一緒に解くことにした。

「ん、何だか寒気が。妙に肩が重いし……」

「ちょっと、大丈夫? 無理はしちゃダメだよ?」

 この心霊現象が私の仕業と気づくことは(私も)出来なかった。



◆ ◆ ◆



 月が夜空高くに昇りきったくらいの時間に設定をしていたスマホのアラーム音で手を止める二人。

「あー、しっかり勉強したなー」

 身体をばきばきと鳴らしながら伸びをするショウタ君に、

「おつかれさま。もうすぐ本番なんだから、もうちょっと頑張ってよ」

 彼女として、彼の頑張りを褒めつつも人生の先輩としてまだまだと叱責するアズサさん。

 この二人、見たところ息ぴったりで正直サポートなくても平気そうじゃない。

 初めてがラクな仕事でよかったと胸をなでおろしていると、

「それじゃ、また明日。ちゃんと課題はしておくのよ」

「分かっているって。ほら、遅いから送っていく」

 二人が部屋から退場したので、いい加減私もお暇しようとドアノブを、

「つ、掴めない……」

 忘れていた。

 そういや今の私は物理干渉出来ないんだった。

 神様の奇跡も、先ほどのチャイムと激励で使った際にとうとう身体全体が半透明になってしまったからこれ以上の使用は危険だろう。

 この瞬間、この晩は男子高校生の部屋で過ごさなければならないことが決定してしまった。

 まさしく苦行である。

 脱出ゲームでももうちょっとマシな設定だというのに、物理干渉がダメな以上埒が明かないので、悪霊よろしく部屋の隅でじっとすることにしよう。

 仮眠でも取れば、この家から移動できるくらいには力が回復しているでしょ。

 体育座りで寝るのは初めてだったけど、色々な展開で疲れていたのか、気付けば私の瞼は重く閉じていた。

 


◆ ◆ ◆



『……だよな…………。そうだよ……ったく…………』

 眠りが浅かったのか、結構野太い喋り声で目が覚めた。

 変な体勢で寝ていたせいで、身体の節々が悲鳴を上げている。

 うぐぐ、と眉にしわを寄せつつゆっくりと全身を伸ばして痛みを和らげていると、ベッドで寝転んでいる男がげらげらと笑い転げているのが目に映った。

 そういえば、依頼主の彼氏の部屋で寝ていたんだっけ。

 冷静に考えると恐ろしいことをしているわ、と思わず苦笑い。

 彼は(見えていないので当たり前だけど)私のことなどお構いなしに電話に夢中のようだ。

「こんな真夜中でも電話するなんて、よほど仲がいいのね」

 当然、そんな皮肉も馬耳東風だと素知らぬ顔で会話を続けるショウタ君。

 しかし、何だか様子がおかしい。

 先ほどののんきな雰囲気はあるものの、アズサさんと交わしていた態度とは違い、妙な違和感がある。

 不安が私の胸に押し寄せる中、彼がへらへらしながら会話を続ける。


「いやいや、何言ってんだよ。勉強ばっかりやってられるかって。課題なんてあと何週間もすれば卒業なんだし、へーきへーき」

 ちょっと、何言ってるよの。

 さっき彼女と約束してたじゃない、そんなんじゃ合否にも関わってくるって。

 焦る私をよそに、楽しそうに笑う彼。

 学問の女神として直々に叱責しようにも、直接的な干渉が禁じられている以上、私にはどうすることもできない。

 彼に対する妙な違和感、その正体は、彼の意外な一言で明らかになった。

「あぁ、分かってるって。それじゃ、また明日学校でな。愛しているよ…………リツコ」

 なるほど、こういうことか。

 違和感の正体、それは『恋人か愛人か』という愛情の本気度だ。

 彼はアズサさんと付き合っているけど、それは『遊び』としてだ。

 一方で、電話の相手の『リツコ』とは本気の付き合いなのだろう。

 学校で、と言っていたので同い年か同年代なのは確かだ。

 そしてきっと、アズサさんはその事実を知らないはずだ。

「こんなやつを、応援しなきゃいけないの……?」

 途端に、愕然としてしまった。

 どうしてこんなクズ野郎の為に時間を割かねばならないのか。

 もちろん、お断りだ。

 そうと決まればこんな場所、さっさと出て行ってしまおう。

 あまり力の余裕はないのだけれど、この空間にい続けるのが耐えられない。 

 ムカムカしながら目を閉じ、奇跡の力で天界のパーソナルスペースへ飛ぼうとして、


(…………何? 誰?)


 誰かに見られている胸騒ぎがして目を開く。

 私が部屋にいることが彼に気取られたのだろうか。

 互いに不干渉なので、向こうはこちらを視認できない以上ばれることはないはずだけれど。

 彼のいる方へ視線を送ると、丸まって寝ているのか、彼は大きな布団の団子と化して、いびきをかいていた。 

 彼じゃないとしたら何だろう。

 眉をひそめながらも術を再開、私の意識が消える瞬間――、

「………っ!!」

 それと目が合った。

 それは、私だった。

 鏡に映っていた私は、何とも情けない姿だった。



 ◆ ◆ ◆



 パーソナルスペースに帰り着いた私は、呆然とうなだれていた。

 思い返せば、自業自得な自滅で困り果て、受け持った仕事もラクそうだと判断して気軽に構えている―――そんな私が、女神代行? ふざけるな!

 先ほどの腑抜けてた私を思い切り張り倒してやりたいくらい、怒りで煮えたぎってきた。

 もちろんショウタ君も悪いけど、一番怒っているのは、自分自身に対してだ。 

 うめちゃんの言った言葉が、胸に刺さる。


『実を言うと、貴女はこのままだと受験に失敗してしまうのでして……』

 

 なるほど私は、落ちるべくして落ちたのだろう。

 私の今までの努力は、結局のところ自己満足だったんだ。

 こんな舐めた態度で受験に臨めば、そりゃ誰だって落ちるだろう。

 そんな私を、他の神様は『世界崩壊の因子』として排除しようとした。

 でも、今以上にひどい状況下にある私を、うめちゃんは決して見捨てる様な真似はしなかった。

 今の私はどうだ、少しの困難に直面した程度で簡単に諦めてしまっている。

 身を挺して私を救おうとしている彼女に、このままじゃ顔向けできないや。

「わあああぁぁぁぁ! 私のバカ!! クズ!!! ほんっと情けない!!!」

 とうとう爆発した怒りを、両頬をバシバシと叩いて鎮める。

「こうなったら、何が何でも合格させてやるわ! そしてアズサさんに幸せになってもらうんだから!!」

 気合い入れろ、私!!

 せめて、うめちゃんの名前を汚すような失態は犯さないようにしなきゃ。

 甘ったれていた私を鍛えなおすんだ……女神代行、リスタート!



 ◆ ◆ ◆



 やる気は満々だけど暴走して結果を出せなかったら意味がないので、先に何をすべきかの優先順位を決めておこう。


 ① ショウタ君の大学合格。


 これだけはホントにやりたくないのだけれど、彼女の願いだし学問の女神として依頼を受けた以上、これを外してしまってはダメだろう。

 入試まで残り一週間切っているけど、自己採点の結果は志望校の合格ラインに合格寄りだけど割とすれすれ。

 マジで気合い入れろショウタ君。


 ② 私の力の回復。


 放っておいても問題ないけれど、いざという時に力が使えないのは不便だし、現在もうすでに行動に制限がかかっているので重要度は高め。

 ちなみに、絵馬に描かれた依頼内容を成就させると力は即時完全回復するらしいけど、時間経過だとおおよそ三週間ほどかかるそうだ。


 ③ アズサさんのショウタ君との関係性の解決。


 ぶっちゃけるとこれはしなくてもいいけど、女の好意を踏みにじったらどうなるか、今後の人生の教訓としてアイツに教えてやりたい。

 とは言えくっついた方がいいのか別れた方がいいのか判断に悩むところではあるかも。

 さて、どうしたものかな。

 だけど、こうやってしなきゃいけないことを書き出しておくと便利じゃない。

 受験生時代はとにかく試験で悪かったところだけ勉強してたって感じだったから効率悪かったなって改めて実感した。

 さて、やることも決まったし、そうと決まれば。

「寝よう、おやすみなさい!」

 頭がぽっかぽっかとしててうまく眠れるかは分からなかったけど、少しは休眠を取って力を回復しなくちゃ。

 見とけよショウタ君、女神様の力を思い知れ!


 …………なんて思ってたらいつの間にか眠っていたみたい。


 気づけば昼だなんて、さっすが天界の寝具、永眠するかのように眠れたわ。

 さて、力はどれくらい回復したのかな。

 うん、相変わらず私の透明度は高めで無理は禁物ってところかな。

 出来ることなら学校にも着いていって常に集中できるよう呪文をかけ続けたいのだけれど、家の勉強の時くらいしか無理そうね。

 学校へ飛ぶ必要がないのなら、アズサさんの所へ行ってみるとしよう。

 一応、彼女が普段なにをしているのか把握しておくのも大事だろう。

 それでは早速、行ってみましょう。


 あい、きゃん、ふらーい☆


 と、飛んできたのはお洒落なカフェ。

 シックで落ち着いた店内に、これまた落ち着いた雰囲気の年上女性がメニューを伺ったりコーヒーを提供したりしている中、異彩を放つ店員が一人。

「いらっしゃいませー、お好きな席へどうぞー」

「お待たせしましたー、ブレンドコーヒーです。ごゆっくりどうぞー」

「ねぇあれ小学生?(ひそひそ)」

「いや、さすがに、ねぇ?(ひそひそ)」

 まぁ、アズサさんって見た目は小学生だからね。

 訝しんで彼女を見ているお客さんも、やがてはてきぱきと水や商品を運ぶ姿を見て微笑ましさで和んでいた。かくいう私もそのうちの一人だ。

 店内を所狭しとせわしなく働いていた彼女が仕事を終えたのは、私が様子を見に来てからちょうど30分後くらいだったから、いいタイミングだったみたいね。

 更衣室で服を着替える彼女の元へ、何人か同僚がやってきた。

「アズサおつかれー。今日も家庭教師のバイト行くの?」

「うん、行くよ。本番まであとちょっとだし、ちょっと危ないラインだから、しすぎてもいいくらいだし」

「頑張ってるよね、アンタって。にしてもさ、アズサってホント、波乱万丈な恋愛やってるよね」

「え、それってどうゆうこと?」

 会話の中に気になる内容が。聞き耳を立ててみると、

「いやさー、この子って恋愛運がないのか、もう結婚している男だったり、何股もしているような男ばっかり好きになっちゃうんだよね」

「ちょっと、それ言わないでよ」

「うわ、たまにいるよねそうゆう人。でも今回は年齢以外はいい人なんでしょ」

「んー、うん、まぁね。でも、今回でダメだったら、恋愛は諦めようかなって思ってるの。歳が歳だし」

「いや、アンタは年齢より見た目若いんだから大丈夫だって」

「ホントだって。しかも胸だってこんなに実らせちゃって、このこの!」

「やんっ……、ちょ、ちょっと揉まないでよっ!」

 服の上からは分からなかったけど、確かに、デカい。

 何食べたらそんなに発育がよくなるのだろう。

 いや、そんなことはいいんだ。

 眼下でじゃれているアズサさんは楽しそうにしているけど、やっぱり恋愛運はダメダメみたいでちょっと心苦しい。

 知らせるべきか、そうしないか。

 知らなければ幸せなことだってあるけど、それは結局後々の傷を深くするだけだと思う。

 だけど、今はあの野郎を大学受験に集中させるためにも保留にしておいた方がよさそうだ。

「こういう時、うめちゃんならどうするだろう」

 いや、だめだ。

 いっその事相談してみるってのも手だけど、これに関しては私が勝手に顔を突っ込んでいるだけだって話だから、自分の力でどうにかすべきだろう。

 一旦戻ることも考えたけど、少しでも力の消費を抑えるために、着替え終わってお店から出てきたアズサさんにくっついて移動することにした。

 結構長い距離をしっかりと歩む彼女が向かった先は、アズサさんが願いごとをしたあの神社。

 その足取りで迷うことなくご神前へ進み、賽銭を入れて二礼二拍手すると、

「お願いします、どうかショウタ君が大学に合格しますように」

 同情したくなるほどの一途さに、事情を知ってしまった私は少しだけ胸が痛んだ。

 もちろん、ここまでまっすぐな願いを聞き入れないほど、私は怠惰な女神ではない。

「うん、任せて。あいつの努力次第だけど、何とかしてみせるからね」

 その言葉が伝わったのか、嬉しそうな顔で一礼した後、この神社から去っていった。

 願い事をしたのが彼女で本当に良かった。

 もしこの案件がショウタ君であったなら、私は今頃発狂しているかもしれないからね。



◆ ◆ ◆



 光陰矢の如し、とはよく言ったもので、あっという間に受験当日。

 憎ったらしいあいつは受験会場へ、アズサさんは仕事先の喫茶店へ。

 私はというと、

「うめちゃん、おはよ。調子はどう?」

 私(本体)のある病室へ来ていた。

『おはようございます……。おかげさまで今のところは順調ですよ……』

「そっか。よかった」

『……? どうされました……?』

 うめちゃんは私の異変に気付いたのか、気遣う言葉を投げかけてきた。

「ううん、今日が依頼者の彼氏の受験日だから、ちょっとナーバスになってるのかも」

 そうでしたか……。と返すも、やっぱり心配そうな雰囲気でこちらをうかがっている彼女。

「ねぇ、ちょっと聞いていいかな」

 うめちゃんは何も言わないけど、いいですよって言ってくれているような感じがしたので、気になった質問をしてみた。

「やっぱり、お仕事の中には投げ出したいって時もあったりした?」

 彼女は少し考えこんだ後、

『……えぇ、そうですね。人間ですから仕方ないことなのですけれど……、他力本願で自分の進む道を決める方も、多かったです……』

 それでも、りこさんほどではないですけどって笑った。

『それでも、本来ならば見守るだけなのですけど、受けた願いはしっかりと果たすべきって……。誰からも、褒められることはないのですけど、依頼者が笑ってくれると……、どうであれ、やっぱり、嬉しいですからね……』

 彼女と最初に会った時は、すごいおどおどしていて頼りないって思ってた。

 でもそれは、どうにかして最高の結末へ進むよう常に考えているからだったのだろう。

 きっとそれは私に、徹底的に足りないものだ。

『りこさん……、用件って、それだけじゃないでしょう……?』

「やっぱり、お見通しだったのね」

 さすが女神様と茶化すと、照れながらうめちゃんは笑った。

「実は、うめちゃんにお願いがあってさ。最後の神頼みってやつ」



◆ ◆ ◆



 受験の手ごたえはあったようで、試験会場から現れた彼は晴れやかな顔をしていた。

 一応それなりに手助けはしたのだし、上手く行ってくれてないと困るのはこっちだ。

 一方で、心配そうな顔で彼を迎えるアズサさん。

 見た目がただでさえ幼いのに、不安そうな顔をしていると尚の事幼く見える。

 さすがにここで職質されてショウタ君がしょっぴかれると今度は別の意味で困るので、受験の神様の顔に免じて元気を出してほしいところだが。

「私も、本来ならそっち側で結果発表を待ってたんだろうな」

 能天気面のショウタ君と心配が顔に出ているアズサさんを見ていると、ちょっとだけ羨ましく思った。

 私がその気分を味わうことが出来るのは、少なくともあと一年は待たないといけない。

 まぁ、神の一手がなければ世界が崩壊しているらしいので複雑な気持ちでもあるけどね。

 一喜一憂している二人を眺めていると、後ろから声を掛けられた。

「ねぇ、ちょっと……」

「うわぁ! なにやつ!」

 この身体になってうめちゃんとしか関りがなかったせいか、めちゃくちゃ焦って距離を取りファイティングポーズを取ってしまった。

「ちょっと、警戒しないでよ。アンタが飛梅の代わりやってる人間よね? 遅くなってごめんね」

「え……、あぁ、ごめんなさい!」

 待ちびと、来る。

 大人しめなうめちゃんもそうだけど、ちょっと色黒で派手な金髪のいかにもなギャルっぽいこの女神様といい、女神って割と自由なのね。

 やたらと語尾が上がる喋り方が気になって仕方ないけど、どうやら約束通り来てくれたみたいだ。

「あ、あの、私、滑川梨子って言います。 よろしくお願いします!」

「緊張しなくていいよ。あーし、宣姫のぶきってゆーの。ブッキーって呼んでいいよっ。早速だけど、この二人でいいの?」

 そう言って、眼前の二人を指さすブッキー。

「えぇ、お願いしますね」

「おっけー☆ 任せといてね?」

 彼女が手をかざすと、ぶつぶつと呪文を唱えた。

「おっし、仕込みは上々かな? これでいい?」

「大丈夫です……みたいな?」

 いけない、語尾が移った。

 ともあれ、人事も神事じんじも尽くしたのだし、後は天命を待つだけだ。





あれから一週間。今日が結果発表の日だ。

 ショウタ君の部屋のパソコンで結果を確認する二人の後ろで私も結果を見届けている。

 一向に現れない受験番号におろおろと相変わらず心配性なアズサさんに対して、まだへーきだってと相変わらず能天気なショウタ君。

 アズサさんもあれだけど、自分の事なんだから君はもう少し本気になれよショウタこの野郎。

 にしても一向に彼の受験番号が表示されず、ただPC画面だけがつつつーっと下に流れていく。

 まさか落ちたの……、と私も心配になってきたけど、

「んー、そろそろ……お、あったあった」

 画面の中央には、彼の受験番号が表示されていた。

「よかった、よかったよー」

 嬉しさのあまり、泣きながら彼に抱きつくアズサさん。

 彼の事情を知らなければ、きっと私も嬉しさで飛び跳ねていたのは想像に難くない。

 途端に、私の全身に力がみなぎるのを感じた。

 と言うことは、依頼は達成したとみなされたということだ。

 泣いて喜ぶ彼女には悪いが、本来の仕事は終えたので、ここから先は私のあずかり知らぬ所と先に言い訳をしておこう。

 せっかく戻った奇跡の力の大部分をショウタ君に流し込み、ブッキーに仕込んでおいてもらった仕掛けを発動させる。


 ピリリリリリッ!


「ん? 俺のスマホか。もしもし……えっ、何でここに来たんだ。ちょ、ちょっと待て! 今はマズ……」

 ショウタ君が取った電話の相手は、彼が必死に止めるのを無視してズカズカと音を立てながら部屋へと近づいてきて、

「いぇーい! ショウタ、大学合格おめでとーう!!」

「ば、バカ! 今来るなって言っただろ……」

 急に現れた珍客に、ポカンとした泣き顔で、

「ショウタ君? この人は……」

「あ、どうもこんにちは。私、ショウタの彼女のリツコって言います!」

「えっ、え、かのじょ、って……?」

「あれ、聞いてなかったんですか? 私たち、高一からずっと付き合っているんですよ。 そういえばあなた、ショウタの妹さん? にしては似てないけど」

「私、ショウタ君の《《彼女》》のアズサです。 ねぇ、これってどういうこと」

 彼はいつもの余裕綽々とした顔も出来ず、冷や汗をかきながら、

「い、いや、その、これは」

 しどろもどろに言い訳を探している様を見て、アズサさんは、

「もしかして、二股かけてたんだ」

 ずっと掴んでいた彼の腕を離して、彼に詰め寄った。

「その、……ごめん」

「えっ、えっ、どうゆうこと? ねぇショウタ、説明してよ」

 この状況を切り抜けることが出来ないと判断した彼は観念したのか、二人に事情を説明し始めた。

 大学受験前に親が家庭教師を雇ったこと。

 その家庭教師、つまりはアズサさんと良い仲になり、元々リツコさんと付き合っていたけれどそれを内緒で付き合い始めたこと。


 そして、アズサさんよりリツコさんのほうが好きだということ。


 すべてを聞き終えたアズサさんは、

「そっか。……まぁ、しょうがないか。私、こう見えておばさんだから」

 そう言って立ち上がると、

「ショウタ君、大学合格おめでとう。それじゃ、さよなら」

 一人、部屋を後にした。



◆ ◆ ◆



 アズサさんは、神社でずっと泣いていた。

 元々彼女は男運がないせいで、恋が実らなかったり好きになった相手が既婚者だったりといい恋愛が出来なかったらしい。

 その上で、好きだった人が二股かけていた上に、向こうのほうが好きだと言われれば誰だって一生モノの傷を負うのは目に見えてわかる。

 分かっていた上でこんな結末にした私は、きっとこの世の何よりも最低な女神様だと思う。

「女神失格だよね、私」

 もちろん、こうしたくてしたわけじゃない。

 もし知らずにあの関係のままにしておけば、やがてショウタ君の心がアズサさんに向く未来があったかもしれない。

「それでも、やっぱりあのままじゃ駄目だよね」

 けれど、普通に考えたら遅かれ早かれこの結末にたどり着いたはずだ。

 何より、あんな不誠実な男とこんないい人がくっついてほしくない。

 つまり、この結果は私のエゴなのだ。

「ホントにごめんね、でも」

 でも、このままこれでお終いじゃ、神としての名が廃る。

 だから、これから起こることも、私のエゴだ。

「――でも、このままじゃ終わらせないから」

 残った私の奇跡の力を使って、アズサさんに残った仕掛けを発動させた。

 淡く柔らかな光が泣きじゃくる彼女を包みこんでいき――。


「……あの、大丈夫ですか? 具合でも悪くされましたか?」

 

 アズサさんの前に現れたのは、清潔そうな手ぬぐいを手に相手を気遣う年若い神主だった。





 身も心もぼろぼろだった私は、愚痴ってやろうと思ってすぐに帰らずにうめちゃんの元へ寄っていた。

『初仕事の感想、聞いてもいいですか……?』

 相談した時から諸事情を察してくれていた彼女は私を叱責することなく、優しく迎え入れてくれた。

「正直、女神様舐めてたよ」

 自由気ままなイメージが強い神様の想像と現実とのギャップと激務に、まさしく満身創痍となった私はため息を垂れ流していた。

 それでも、やり切ったという達成感は否定できない。

 心に引っ掛かりは残るけど、確かにこれは清々しいわ。

「でも、今回くらい重たいのはもう勘弁ね」

『ふふっ、お疲れ様でした……。安心してください、今回ほどの案件って、そうないですから……』

「それ、信じてもいいの?」

『えぇ、先輩の助言ですから……』

 その言葉を素直に受け取れないくらい、今回の仕事は堪えた。

 まぁ、最初が厳しければ後が楽だろうし、ポジティブに考えていこう。

『それにしても……、今回はよく、手を貸してくれましたね……』

 珍しくちょっと驚いた感じの語感で話しかけられた相手は、女神のくせにへへっと小悪魔みたいに笑いながら、

「まぁね? こんなことって珍しいし、あぁも必死にお願いされたら、ね?」

『必死にお願い、ですか……』

 縁切りと縁結びの女神様は、先輩の学問の女神様に余計なことを吹き込もうとしていた。

 これは恥ずかしいから内緒にしておきたいことなのに!

「ちょ、ちょっと! この話は禁止! ブッキーも絶対言っちゃダメだからね!」

 はいはーい、って軽い返事がどうも信用ならない。

 約束は破らないと信じたいけど、やっぱり、見た目って大事だ。

「にしても、あの男って大丈夫なの?」

 不思議そうに私に問いかけるブッキーに、胸を張って答える。

「平気よ。あの人、私の知っている異性の中ではダントツに優しくて、誠実さが取り柄みたいな人だから」

 あの神社、実は私の父親と先代の神主が友人同士で、小さい頃はよく遊び場として使っていたのだ。

 その頃から親交のある彼は優しさと誠実さはあったが、生憎と女性運はなく、いっつも彼女を欲していた記憶がある。

 そのまま成長した彼はアズサさんと歳も近いし、あの二人ならきっと上手く行くだろう。

「それより、うめちゃんに聞きたいことがあるんだけどいい?」

 アズサさんの未来を案じつつ、うめちゃんに今回の件で聞きたかったことを素直に質問してみた。

「あのさ、もしこの件をうめちゃんが受けたとして。うめちゃんなら、ここまでした?」

 彼女はふーむ、と考えた後、

『その時にならないと、わかりませんけど……』

「せんけど?」

『どうすれば正解だった、というのは、実は神様にもわからないのですよ……。だから、もしかしたら……私も、りこちゃんと同じことをしたかも、しれませんね……!」

「……そっか」

 私のやったことは、きっと間違いだったのかもしれない。

 そう思えるくらいには、アズサさんを深く傷つけてしまった。

 模範解答は仕事が解決した今でもわからないけど、そういってもらえただけで私の心が少し救われた気がした。

「さて、お仕事おしまいっと。今日はもう帰って寝ちゃおう。

 ぬあーっ、と年若い娘らしからぬ低い声で伸びをすると、疲れ切った身体がちょっとだけ楽になった気がした。

「うめちゃん。それじゃ、また来るね。ブッキーもわざわざ手を貸してくれてありがとう」

『いいですよ……。いつでも、相談に、きてくださいね……』

「いいっていいって♪ りこっち、初仕事にしてはナイスファイトだったよ?」

 相変わらず奇跡の力の残量が少ないせいで身体は透明性が高いし、神様として余計な部分まで踏み込んでしまった。

 せめて次こそは、誰も傷つくことなく円満に仕事を終えることができますようにと神様にお願いしつつ、私の意識は遠く薄れていった。


ここまで読んでいただきありがとうございました!


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