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滑川梨子編

この作品は小説投稿サイト『カクヨム』にも投稿しております。

その他短編小説も投稿しておりますので興味のある方はぜひ遊びに来てください。

https://kakuyomu.jp/users/naramisoni

「受験票よし、筆記用具よし、お弁当よし、お守り………ヨシ! っと」

 目覚ましが鳴るより10分早く目が覚め、ぬくぬくといい具合に温まっている布団の誘惑を振り切った私は、今日持っていく荷物を確認していた。

 前日からしっかりと準備はしておいたけれど、忘れ物がないか再度確認。

 うん、大丈夫!

 今日は第一志望の大学の入試日、私の夢への第一歩を歩む前の第一関門だ。

 緊張もあるけれど、見知らぬ土地へ旅行へ行くかのようなわくわくで思わず頬が緩んでしまう。

 いかんいかんと頭を振って、学生の戦装束である制服に着替え、部屋の窓を思い切り開け放つと、厳寒の風が私の身に喝を入れてくれた。

 いい感じに引き締まった気持ちで朝食と身支度を済ませ、全ての準備が整った。

「それじゃ、行ってきまー……おっとと、忘れてた」

 いけない、一番大事なことを忘れていた。

 履いていた靴を乱暴に脱ぎ捨ててリビングにある神棚の前まで戻ると、静かに手を合わせて心を無にお参りをする。

「今日はよろしくお願いします……」

 我が家の守り神だそうで、父親が言うには学問の女神様が奉られているそうだ。 

 本当かどうかは知らないけれど、父親が学生時代にもお世話になったらしく、父曰く「我が家の家系は一度も受験に失敗したことがない」とのこと。

 それならば、お参りしておいて損はないはずだ。

 もちろん、このジンクスにあぐらをかくことなく勉強は続けたつもりだし、これで不安は何一つなくなった。

「それじゃ改めて、行ってきまーす!」

 元気よく家を飛び出した私は、気持ちのいい朝日を目いっぱい浴びながら、いつものバス停まで駆け抜けていった。



◆ ◆ ◆



「とまぁ、ここまでが貴女が死んじゃうまでのダイジェストですけど……。何か質問あります……?」

 目を開ければそこは、天界だった。

「あのー、それじゃ、一ついいですか?」

 私に相対する女神様はどうぞ、と頷いた。

「どうして私、死んじゃったんでしょうか」

「えー、簡単に説明すると、家を出て数歩で横から走ってきたトラックに追突されて即死、ですね……」

「そうじゃなくて!」

 凄まじい剣幕にびくっとなる女神様。

「私の家って閑静な住宅地ですよ? 暴走トラックが走る場所でもなければそもそもそんな幅ないし! これって嘘ですよね? 夢なんですよね?」

「…………おー、まい、ごっど」

「いやあああぁぁぁぁぁ!!!」

 生と死は平等だとか分からなくもないけど、よりにもよって何で今日なの? 

 せっかくこれからだっていうのに――理不尽だ!

「帰してよ! 今すぐ帰してください!!」

 勢いよく女神様に詰め寄り胸倉をつかんで揺さぶると、薄幸そうな女神様は耐え切れずにおうおう言いながら、

「お、落ち着いてください。今戻ると、その……。モツ的なもの、めっちゃ出てますし、ちょっと……」

「あああぁぁぁ、はなのじぇいけーにぃ、なんてことをぉぉぉ……」

 たまらずその場に崩れ落ち、泣き叫ぶ私。

「その、仕方がなかったのですよ……。だって……」

 何やら女神様が言い訳をしたいみたいなので、とりあえず聞いてやることにする。

「実を言うと、貴女はこのままだと受験に失敗してしまうのでして……」

「…………えっ」

 それが今回の事と何が関係するのだろうか。

「私、こう見えても学問の女神でして。担当部署は受験課なのですが、貴女の家の守護も担当しているのですよ……」

「はぁ、それで……?」

 えらく会社じみた組織っぽいなと思ったのは口にしない。

「学問の女神なのに、守護する者が受験に失敗するなんて、沽券に関わるではないですか……」

「……もしかして」

 答えが見えてきたけれど、女神の口から聞くことにしよう。

「ええ。つまり、受験に失敗した者がいなければ、受験成功率100%ではないですか。ですから……」

「…………私は殺されたのか……」

 一度も受験に失敗したことがない家系ってつまり、受験に失敗する人間を間引いていたということである。

 確かにそれなら合格率十割も納得ねっ☆

「って、納得いくかあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ひえぇぇ、お、おちついて、ひゃあああっ」

「私の人生返せえぇぇ!」

 神の横暴じゃないの! 

 私の頑張りは何だったというわけ! 

 しかも、その理屈だと私以外にも犠牲者がいるということじゃない! 

「なにが学問の女神様だこの邪神め!!」

「あ、あの、勘違いしているようですけれど……」

「何よ!!」

「私、後にも先にも貴女しか手をかけて、ない、ので……」

「ちくしょうめっ!!!」

 今にも消え入りそうな喋り方しやがって、やることが最低すぎる!

「あの、あの、まだお話が、話の続きを聞いてください……」

 このまま揺さぶり続けたら脳震とうでぶっ倒れそうな女神が、弱弱しく私に説得を始めた。

「やむにやまれぬ事情が、あるのですが……。確かに、非道な行いであったことは認めます。すみませんでした……」

「謝って済むなら警察いらないんですけど?」

 私の高圧的な態度に、目をうるわせて泣きそうになりながらも続ける女神。

「それで、提案なのですが……」

「人生をやり直すの?」

「いえ、それは無理なので……」

 あぁん?(ギロッ!)

「ううぅ……、私の代わりに、神様を、やってみませんか……?」

「…………神様? 私が?」

 意外な提案に、怒りも忘れて拍子抜けしてしまった。



◆ ◆ ◆



「神様と言っても、やることは簡単です……。受験する人たちの、お手伝いをしてください……」

 少し構えていた私を安心させようと、これからやる内容を優しく説明してくださる女神様。

 なるほどつまりは、

「受験に失敗しそうな人を〇せばいいのね」

「そ、それは……ふぐぅっ……」

 なんだろう、おっとりたれ目からいっぱいの涙を流しながら、声を殺して泣く女神様の泣き顔を見ていると、新しい扉が開いちゃいそうだ。

「はいはい、わかってるわよ。私がもう一度蘇るために必要なんでしょ?」

 意地悪しすぎても話が進まないので、いじわるもそこそこにしておこう。

 さて、何故死んだはずの私が『蘇る』などとのたまっているのか。

 別にゾンビとして地方のご当地アイドルをするためではなく、神様代行の話と並行した話なのだ。

 少しだけ時間を遡って、女神様からの提案を復習するとしよう。



◆ ◆ ◆



「…………神様? 私が?」

 意外な提案に、怒りも忘れて拍子抜けしてしまった私に女神様は続ける。

「はい……。というのもですね、これから私、下界に降りてですね……。魂の抜けてしまった貴女の身体に、その、乗り移ってきますので、その間の代行をお願いしたいのです……」

「私の身体に、って……」

 私の良く知る私の身体は、確かお腹からホルモンやらソーセージ(歪曲表現)が飛び出てて見るも無残な状態だったはずだけど。

「それ、ですけど……。仮に貴女がその元の肉体に戻れば、苦痛に耐え切れずにすぐさま肉体から魂が抜け出てしまうのです……。けれど、これでも私、神様なので、私が今の貴女の身体に宿れば、強力な生命力でどうにか命を繋ぎとめるができるのですよ……」

 薄幸そうな彼女はどうみて生命力なんて言葉と無縁な気もするけれど、そうすればHPが0から1になるということか。

「えぇ、その認識で大丈夫かと……。あとは、貴女の傷がしっかり癒えたタイミングで元に戻れば……」

「また元通り、ってわけね」

 完全に終わったと思っていたけど、首の皮一枚繋がったという事実に嬉しくて思わず笑みがこぼれた。 

 まぁ、死んだのコイツのせいだけれど。

 となると、新たな疑問が湧きあがる。

「それで、傷が癒えるのってどれくらいかかるのよ」

 死んでしまうほどの傷はさすがに一日や二日で治るものではないのはわかるけど、十年二十年とかかるならそれはもういっそのこと諦めてしまいたい。

 そんな不安も、大丈夫ですと柔らかく答えて、

「いくら神の力と言えど、さすがに向こう一年はかかるかと思いますが……」

 私にとっては、これで受験まで一年ほどの猶予が出来たというわけだ。

「っていうか、一年くらいならここまでしなくてもよかったんじゃないの?」

 受験に失敗するとは言え、一年で復活できるのなら浪人するのと変わりないはずだ。 

 わざわざ命を奪わないといけないような事情があるとは思わないけど。

「それが、ですね……」

 ただでさえ儚い声の女神の声量が、蚊の羽音ほどに小さくなっている。

「それが、何よ。一応難関大学を希望していたんだから、さすがに一年浪人するくらいの覚悟はあったわよ」

 それでも、説明をためらう彼女。 

 なんだかじれったいわね。

「はっきりと喋りなさいよ、ほら。怒らないから言ってみて」

「それ、怒られるやつじゃ……」

「いいから!!」

 勢いよく詰め寄ると、観念したのか、意外とはきはきした声で、

「はいぃ! じ、実は、受験に失敗した貴女が、世界を滅ぼすんですっ……!!」

「……今度は、世界が崩壊か……」

 神様から殺されるのも大概だけど、世界崩壊とは大きく出たものだ。

「どうしてたかが受験にこけただけで世界が滅ぶのよ」

 ここまで話がぶっ飛ぶと、今はまだ夢の中じゃないのかと疑ってしまう。

 もしくは自分の頭がおかしくなったか。

「それは、ですね。これ、です……」

 そう言って女神様が取り出したのは、私のスマホ?

「正確には、SNSなんですけれども。受験に失敗した貴女のSNSアプリで『受験失敗して人生おわた、みんな滅びてしーまえ♪』って投稿が過激派組織に『よかね!』されまして……」

「…………うん」

「世界各地で軍事的戦闘が行われるようになってしまい……。加速度的に世界情勢が悪化して、その……最終、戦争に……」

「…………それ、絶対私関係ないよね……」 

 ブラジルの奥地、アマゾンで羽ばたいた蝶の巻き起こした風が、遠く離れたアメリカのテキサスで竜巻を発生させるか、というバタフライ効果のたとえ話は私も聞いたことがある

 だけど、私なんかが呟いた一言で世界が滅ぶとしたら、今後はこの世界にもう少し優しくしてあげるべきかもしれない。

 次があればの話だけどね。

「ま、まぁ、信じられないのは無理もありません……。これが原因なのかってのは、担当部署が違うので、断言は出来ませんけれど……。正直言うと、私も、信じられませんし……」

 その辺は神様の間の内部事情というやつかな。

 ここまで聞いて率直な感想を述べるなら、こんな馬鹿馬鹿しい話は世界中どこを探しても見当たらないでしょうね。

 神様とやらも相当暇しているみたい。

「釈然としないけれど、もし本当にそうだとしたら、女神様の力で私を合格させればよかったんじゃないの。何せ、復活までできるんでしょ? ここまで大がかりにしなくても」

「そ、それはいけませんっ!!」

 その力強い言葉は、呆れ果てた私を驚愕させるには十分な勢いと声量だった。

 女神様は真剣な面持ちで、

「ほ、本来ですね。神様というのは、見守ることしか、してはいけないのです……。事情が事情だからって、実力が足りないままに、その人を次の舞台に上げることは、いけないのです……!!」

 その言葉を聞いて、納得してしまった。 

 一見頼りないけれど、ホントに私たちを守護してきた女神様なんだなって。

「そっか。なんか、ごめんね。そもそも私がまだ努力してたらこんな事態になってなかったわけだし、本来はなかった泣きの一回があるだけでも喜ばないと」

 一年だけでも運命を共にすることになった泣き虫な女神様に対して手を差し出いて、

「何だか変なことになっちゃったけど、神様の代行? 頑張るから。私の身体をよろしくね。私、滑川梨子なめかわりこ。りこでいいよ」

 ふふっ、と笑って手を交わす女神様。

「知って、いますよ。私は飛梅とびうめ。うめ、と、お呼びください……」

 こうなった以上、来年こそは志望校に合格しなければ。

 世界崩壊がどうとか知ったことではない。

 私の世界は、私の手の届く範囲、動ける距離、見えてる景色だけなのだから。

「ところで、神様の代行って具体的に何をすればいいの」

 緊張をほぐすかのように優しく説明してくれた彼女の笑顔は、こんな私に神様の代わりなんて務まるのだろうかと身構える私にとって、十分な癒し材料となった。



◆ ◆ ◆



「さて、そろそろ行きますね……」

 あらかた引継ぎを終えた女神様は、私に乗り移るための下準備のためだろう、アキレス腱を伸ばしたり腕をぐるぐるさせたりし始めた。

 えいえいっ、とぎこちないからだ運びで準備体操をしているうめちゃんには悪いけど、とても女神様をやっているとは思えないほど可愛らしかった。

「結構ざっくりな説明だったけど、ホントに『受験生の手助け』でいいの?」

「ええ。ただ、それ一つに絞ると手持ち無沙汰になりがちなので……採用側の手助けだったり、定期考査や、資格試験なんかの、お手伝いもすると、楽しいですよ……」

 ほうほう、そう聞くとやること多そうだけど楽しそうだ。

「何かわからないことがあれば、私のところへ来てくださいね……」

 うめちゃんはその言葉と共にすぅっとフェードアウトしていった。

 私のところ? あぁ、そう言えば娑婆の私の身体は今頃病院へ運ばれているのだろうか。

 ふむ、ちょっと様子でも見に行ってみようかな。

 こんな展開はドラマでもそんなに見ないし、自分の遺体を眺めるなんていい気分ではないけど体験したくても出来るものではないはずよね。

 今の私は、簡素なものだけれどうめちゃんから借り受けた神の権能らしきものが使えるらしい。

 自分の元へ飛んでいくのに訳はないということなので、早速先ほどメモした呪文を取り出して読み上げる。

「んー何々、『ちじんぶゆう、ごよのおたから』……?」

 堅苦しい呪文だなと思いつつ唱えて目を閉じ、再度開くと、自分が横たわってる傍らにいた。

「おー、これはすごい! 移動とかめっちゃ便利じゃん!」

 これが瞬間移動というやつなのか。

 神様っぽさはあまり感じないけど、これが出来るだけで自分が特別な存在って気がしてくる。

 アメちゃん食べなきゃ、キャラメル味!

「ところで、ここってどこだろう……」

 きょろきょろと辺りを見回すと、どうも病室っぽい雰囲気はない。

 むしろちょっと暗い印象を受ける空間だ。

 真っ白で無垢な病室の一室で生命維持装置に繋がれている自分を想像していただけに、少しだけがっかりした。

 今の私の身体はと言うと、大事にしていたぬいぐるみとかといっしょに自分の背丈くらいの白い箱に入れられていた。

 その私の前で念仏を唱えるお坊さんの声と一定のリズムでぽんぽん叩かれる木魚の音が若干耳障りに感じた。

 たくさんの華やかな花に囲まれた私の写真は映りが悪いのか不機嫌そうに見えるから後で撮りなおしてもらう。

 パパとママは礼服に身を包んでずっと泣いているし、友達の灯なんて私のところに縋り付いてダムが決壊したみたいに涙を流していた。

 友人のこういう姿をみると心にくるなぁ。

 一緒に大学行こうって約束、守れなくってごめんね。

「ってここ、病院じゃないじゃん!」

 病院通り越して葬式なう。

 ちょっと待って、復活って失敗しちゃったの?

 うめちゃんはどうしたの……?

 急に不安に駆られておろおろしていると、

「りこのばか! うそつき! なんでしんじゃうの! めをあけてよ!!」

 灯が泣き叫んで私の棺を揺さぶったその瞬間、安らかに目を閉じていた私の目がギャンっ! と見開いたかと思うと、

「…………ぁぁぁあああぁぁ…………ぅぅうううぅぅぅ……」

 うめき声をあげながら起き上がり、棺から這い出てきた。

 ずるっ、ずるっ……と生者を求めて這いずる私の姿は、B級ホラーを彷彿とさせる。

 それを見ていた一同は、一瞬の静寂に包まれた後、

「いやあああぁぁぁぁぁりこおおおぉぉぉぉ!!!!!」

「おい、梨子ちゃんがゾンビになったぞ!」

「あああ、悪霊退散!! 悪霊退散!! そこの娘さん、逃げますよ!!!」

「どうして、どうして娘がゾンビに……、娘が一体、何をしたって言うんだっ……!」

「パパ、早く逃げましょう! 私が、私の育て方が悪かったのよ……!! ごめんね、りこ、ごめんねっ……!!」

 親族、友人、肉親までもが全員大慌てで祭儀場から出て行く中、一人取り残された私は、未だにゾンビよろしく這いずり回っている。

「ゾンビパニック起きてるじゃない。どうなっているのよ」

 せっかく娑婆に戻ってこれたのに、これじゃ絶対あだ名が『ゾンビガール』で定着してしまう。

新年会とか忘年会の出し物で『スリラー』踊らされるじゃないの。

『ご、ごめんなさい……。とりあえず、憑依は完了です……。これでも、必死なんですよ……』

 脳内に響くうめちゃんの声。

『憑依できたはいいんですけど……。処置がしっかり施されていないみたいで、痛くって立ち上がるどころか声もろくにでないんですよ……』

 這いずり回っているのはそういう理由か。

 それなら仕方ない、のかな……。

 もうちょっといい復活演出があったのでは、と思わなくはないけどさ。

 それにしたってみんなもひどくない?

 せっかく蘇ってきたってのにパパもママも灯もみんな逃げちゃって。

『いや、誰だって逃げますよ……。ううっ、痛い……』

 痛がっているうめには悪いけど、私にはどうにか出来そうもないし、ある程度時間が経てば騒ぎも落ち着いて事態も収束するだろう。

「よし、それじゃ後はよろしくー♪」

『ちょ、ちょっと……、せめて、呪文で痛みを……ううう……』

 痛みに喘ぐうめちゃん(私の姿)に加虐心がそそられたけど、今後私の身体に後遺症が出るのもあれなので痛みは和らげておいた。

 何はともあれ、こちらの世界に帰還を果たすことが出来たわけだ。心置きなく受験勉強に勤しむとしよう。

『お、お仕事は、忘れないでくださいね……』

 任せて、と言う代わりにぐっとサムズアップをして、取り敢えずうめちゃんの部屋があるという社に帰るとするか。

 目を閉じ、呪文を唱えると、私の意識はまるで鳥のようにこの世界ではない別の空間へと飛んで行った。



◆ ◆ ◆



 かつての人と神との歴史についておさらいしておこう。

 かつて神様のほとんどが地上にて民の生活を見守っていた。

 冠婚葬祭はもちろんの事、季節ごとの行事のたびに人々は神様に祈りをささげていた。

 そして神様も、微力ながら力を貸していた。ある年は実りをもたらし、ある年では災禍を起こして。

 神様と人間、まるで家族のように世界を共にしていたのだ。

 だが、近年では文明が発達し、様々な事象が解き明かされていった。

 祈りを捧げずとも安定した実りを大量に生産でき、神の御業であった災禍も正体が解明されてから、命が捧げられることはなくなった。


 人は、良くも悪くも成長したのだ。


 子が独り立ちしたのに、親である神様がいつまでもそばにい続けるわけにはいかない。

 そこで、世界から身を引くと決断した際、神様は各地の神社に自らの意識をほんのわずか残していった。

 信仰心が薄まった地上では最早奇跡を起こす力はなくなったが、祈りを、救いを求める人間に一歩踏み出す勇気を与え、常に見守るためにである。

 試練と褒美を与えて成長を促すのがかつての神様で、激励し、共に歩んでくれるのが今の神様。

 前者を親と考えれば、後者は友人と解釈できるのではないだろうか。

 だからこそなのか、今の神様は昔以上に人に寄り添っている印象を受けた。

 普通は見捨てられるだろう私が、今もこうして存在している。

 神様はいつでもあなたを見守っていますよ、という文言は、あながち間違いではないのかもしれない。


 そう私が考えるくらいには、神様は私の事を愛しているように感じた。




◆ ◆ ◆




「なによ、ここ……」

 うめちゃんのパーソナルスペースだという空間へと到着した私は、その空間で絶句していた。

 果てのなさそうなこの空間、見渡す限り、真っ白。

 勉強道具どころか、生活用品、はては机や椅子と言った家具など、何一つないのである。

「あの子、一体ここでどうやって生活していたのよ」

 勝手なイメージだが、休日には部屋でクラシックでも聴きながら純文学の小説を読み、紅茶でも嗜んでいる、みたいな印象はあった。

 だが、これでは究極的ミニマリストである。

 モノを持たないってレベルなんて次元ではない。

「まぁ、これから好きに部屋を作れると思えば気がラクでいっか」

 新居と考えれば何か物がある時点で不自然だし、そうとなれば私好みの部屋にするとしよう。

「確か、念じればいいんだっけかな。ちぢんふゆう、ごよのおたから……っと」

 目を閉じて欲しい品を思い浮かべ、むむむと念じる。

 すると、私の前方からガタゴトンっと高い所から物質が落ちる音がしたので目を開けると、

「おぉ、これは便利じゃん!」

 学校でお世話になった机と椅子が鎮座していた。

 当然ながら、それしか思い浮かべていなかったので机の中は空っぽだ。

 次に欲しいものは決まっているので、思い浮かべながら目を閉じる。

 物音がしたのを確認して目を開けると、今度は参考書と志望校の過去10年の入試問題集が現れた。 

 ヤバい、すごい。

 語彙力が小学生並に低下してしまうのも無理はないくらいに、神様の力と言うものはすさまじかった。

 その後も、リラックスできる曲を聞ける音楽プレイヤーに、快眠が約束されたふわふわの寝具一式、はては勉強で小腹が空いたときにあると嬉しいお菓子までぽんぽんと出現させた私は、まるで神様になったかのように尊大な態度でふんぞり返っていた。

「いやー、便利便利♪」

 突如として訪れた好待遇に満足しながら、早速勉強しようと椅子を引こうとして、

「あれ? 掴めない……あれれ?」

 自分の手が半透明に透けて、向こう側が覗ける仕様に変わっていることに気が付いた。

 よくよく見ると、手だけでなく、足先もうっすらと消えかかっている。

 これはまずいんじゃなかろうか。

「もしかして、力を使った代償……?」

 このままでは消えるかもしれない。

 その考えが頭をよぎった瞬間、全身に寒気が走り、じんわりと冷や汗をかいていて、気付けば私はうめちゃんの元へと飛んでいた。

「うう、うめちゃんうめちゃん!! 起きて、起きてよ!!」

 今度はちゃんと病室にいた私は、葬儀場でゾンビとして処理されなくてよかった、と考える余裕もなく、寝ている彼女を激しく揺さぶった。

『んんー……。ど、どうしたんですか……』

 どうやら寝ていたらしい彼女に謝罪する余裕もなく、お尻に火が付いたみたいにまくし立てた。

「どうしよう! 私、消えちゃう!」

 そう言って私の手を差し出して今の状態をみてもらうと、

『なるほど、なるほど……。結構、力、使っちゃったみたいですね……』

 私のアップテンポを落とすかのように、ゆっくりと語りかけてきた。

『神様の力って、有限なんですよ……。RPGゲームで言うところの、MP、みたいなものです……』

「それって、寝たらちゃんと回復してくれるやつ……?」

 不安が私の頭の中で騒々しく踊り狂う中、神様はそれでも落ち着いた口調で、

『寝る、というより、時間が経てば、元通りですよ……』

「ホント? よかったぁ……」

 安心して力が抜けて、思わずその場に座り込んだ。

 でも、このままだと物が持てないから不便極まりないのだけれど。

『手っ取り早く回復したければ、お仕事をすればいいですよ……』

 聞けば、あの空間で行使した力は【信仰心】で、人間が私……というか学問の神様を信じれば溜まる“徳”、いわばポイントのようなものらしい。

 使えば当然それは減るし、溜めるには信じてもらう、つまりお仕事をして人々の信仰を集めなければならないみたい。

 そしてこの【信仰心】は、無くなった瞬間に自身が消滅してしまうため、ご利用は計画的に―――だったのだけれど。

『ですから、使い過ぎには気を付けるように、言ったじゃないですか……』

「ご、ごめんなさい」

 正論すぎてぐうの音もでない。

 反省しなくちゃ。

 でも、お仕事と言ってもそう都合よく学問の神様にお願いごとをしている人なんているのだろうか。

 そう思った矢先、寝ている私(本体)が突如光り始めた。

 不思議に思って近寄ってみれば、ポケットの中が光っていたのだ。

 それを見てみると、カバンの中に入れたはずのお守りが、私の目を焼かんばかりに輝いている。

 いや、光量落としてよ。

 うめちゃんが言うには、

『それが光っているとき、困っている人が、近くにいるということです……。手に取って、困っている人の元へと念じれば、そのお守りが連れてってくれますよ……』

 先代の忠言だ、従っておくとしよう。

 どういう訳かお守りはしっかりと掴めたので、人生初の仕事、どうか上手く行きますようにと祈りつつそれを握りしめると、私の意識はまた、遠くに消えていったのだった。

 


『一応、人生が終わっちゃった後ですけどね……』


 

 遅すぎたそのツッコミに返してくれる人は誰もいなかった。

「この移動方法、便利だけど慣れそうにないなぁ」



◆ ◆ ◆



 まだ身体に残っている浮遊感に顔をしかめつつ、辺りを見回すと、私の住む街外れの神社の境内のようだった。

 日も暮れてきている上にこの辺は街灯設備が心許ないから出歩くのは心細いだろうに、それでもここに来てお参りするなんてよっぽどの事なのね。

 どれどれ、とその参拝客の顔を拝見すると、見るからに小学校くらいの背丈の少女。

 ますます危ないと感じたので、思わず声を掛けようとして、その子が必死にお願いをしていることに気付いた。

「お願いします、どうかタクヤ君が合格しますように……」

 まるで流れ星に対してお願いしているかと勘違いしてしまうほど、高速でぶつぶつと唱えている。

 先ほどから光っているお守りだけど、もしこれの光量が本人の願いの本気度と比例しているとしたら納得できる程の必死さね。

 うめちゃんから教わった通り、彼女の横に寄り添い、呪文を唱えると、ぽんっと頭の上に絵馬が出現した。

 それを手に取り、書いてある文字を読み上げた。


『彼氏のショウタ君が大学に合格しますように    27歳 睦月アズサ 』


 なるほど、彼氏の為に合格祈願か。

 見た目通りなかなか可愛い所あるじゃない……27歳?

 つい絵馬と今だお参りをしている彼女を交互に何度も見返すも、顔の幼さや身長、どこをとっても小学校高学年にしか見えない。

 しかも大学合格ということは、お相手は恐らく高校生。

 ということは、未成年……?

「い、いやいや! 社会人の彼氏が大学受験することだってあるだろうし……」

  必死に自分を納得させる材料を探していると、



 ピリリリリリッ!!



 凛と静かな世界を、電子の呼び出し音が支配した。

 びっくりして何事かと構えている私をよそに、参拝中だったアズサさんがポケットからスマホを取り出すと、

「もしもし、ショウタ君? もう学校は終わったの? ダメじゃない、課題はきっちり終わらせておかないと。高校生だからって、そんなんじゃ後で痛い目見るわよ。え、私? 今は……」

 合法ロリお姉さんに未成年DKの禁断の恋。

 私の女神代行と言い、世の中って自分の想像以上に不思議で満ちているのね。

 人の恋愛にとやかく言うつもりはないが、初の仕事がこれで大丈夫なのだろうか。

 不安が頭に定住しつつあるものの、背に腹は代えられない。

 お守りを手に握りしめて念じると、それは大きな判子へと姿を変えていった。

 その判子にペタペタと朱肉を付けると、私は声高らかに宣言した。

「ちぢんふゆう、ごよのおたから! 女神代行、滑川梨子の名において、この者の合格祈願を応援します!」

 バン! と判を押された絵馬には、でかでかと『受領』の二文字が朱く輝く。

 これで初期手続きは完了。

 上手くやれるかは不安だけれど、女神初仕事、スタート!


ここまで読んでいただきありがとうございました!

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