第39話 休日
休日なのにあたしは朝早く起きていた。ナンシーさんに、朝からトレーニングをお願いしていたからだ。ダンス音痴に気づいたあたしは藁にもすがる思いで、ナンシーさんに相談したのだ。すると、「私もアメリア学院の生徒だった頃、コトコ様と同じように、収穫祭でアイドルまがいなことをしたので教えましょう」と言ってくれたのだ。
収穫祭でアイドルまがいのコンサートをやるのは、アメリア学院の伝統なのか? でっ、ロンロさんが言ってた話や現在の状況をナンシーさんに伝え、今できるあたしのダンスを見せた。すると、あたしにあったトレーニングプランを考えてくれた。それで、毎朝ランニングすることになったのだ。
ペンデルトン家の庭って無駄に広いけど、こう言う時は便利だね。
あたしはテラスにキクノさんが出ているのが見えたので、立ち止まって手を振っておいた。すると、手を振り返してくれた。後ろからレナードさんが近づくのが見えた。
「コトコ様、ほら、愛想振りまいてないで走ってください!」
「はっ、はい! ナンシーコーチ厳しいです!」
「おはよう、キクノ」
「おはよう! レナード今日は早いわね」
「でっ、あれはいったいなんだい?」
「コトコがトレーニング始めたみたいよ」
「何のトレーニング?」
「収穫祭で舞台に立つみたい」
「へー、演劇でもやるのかい?」
「演劇じゃなくて、コンサートをやるみたいだよ」
「収穫祭には行くつもりだったけど、コトコが活躍するなら何がなんでも、スケジュールを空けて見に行かないとね」
「私もそのつもりよ楽しみだわ」
「ふぅ、ふぅ、ハア、ハア、ナンシーさん、いきなりこの距離は辛いですー」
一緒に走った、ナンシーさんはそれほど息が上がってなかった。
「コトコ様、これくらいは走って頂かないと、ステージで5曲歌いきれませんよ!」
あたしは大の字で芝生に倒れているが、彼女は横でストレッチをこなしている。
「ほらほら、立って、立って、体を冷やしてはダメですよ!」
あたしの上半身を抱えて、立ち上がらせた。
「水、みずぅぅぅう」
「はい! 水分は補給しておいてください」
あたしはゴクリ、ゴクリと水を飲んだ。
「ふぅぅぅう」
「落ち着きましたか、コトコ様、ロンロさんも厳しいと思いますが、あたしのトレーニングも厳しいですよ。いつかまたやる気になったときのためにトレーニングだけは欠かしてませんからね」
「えっ! ナンシーさん、いつかアイドルやるんですか?」
「いえ、何をやるかはまだ決まってません!」
ナンシーさんは両足を肩幅に広げ両手を腰に当て、何も決まってないことを自信満々に言い切った。
「しかし、何をやるにも体力ですよ。ゲームでも体力は大事でしょ!」
「たっ、確かに」ゲームを例に出されて妙に納得する。
「しかし、コトコ様がうらやましいです。ロンロさんはプロの振り付けも請け負っている、本物のプロなんですよ」
「なっ、なんでそんな人が学院の振り付けにくるんですかー」
「その企画研究クラブのクラブ長さんが、プロ並みのギャラを出したんでしょ」
おぼっちゃま学校恐るべし。
「まあ、そういう私も教えてもらったことがあるんですけどね。そして、ロンロさんから直々にコトコ様の体力アップを仰せつかっています」
「なっ、なんですとー! ナンシーさんロンロさんと交流があったんですか。どういう繋がりなんですか」
「そんなことよりも、早速ダンスを始めましょう」ナンシーさんはあたしの話を華麗にスルーした。相変わらず、ナンシーさんのスルースキルは高いなぁ。
「昨日、動画で撮影したダンスを見せてもらいましたが、はっきりって酷いです。ボロボロにも程があります」
ガガーーーン!
「もうちょっとオブラートに包んでくださいよ、ナンシーさん」確かに、ロンロさんより厳しいです。メンタル弱い人ならもうここで脱落してますよ。
「では、私がお手本見せますからついてきてくださいね。コトコ様のための仕様ですからね」
確かにゆっくり踊ってくれるのだが、えっ、ナンシーさん! ロンロさんより、キレっキレっじゃーないですか。それを見ながら踊っていると、またトランス状態に入ってしまった。前後も左右も上下もわからない。一心不乱に踊る踊る。
「ストーップ! ひ、酷い?! コトコ様の場合は、一つ一つ動きを覚えてもらわないと難しそうですね」
丁寧に、丁寧に教えてもらった。ナンシーさんはあたしの背後にピッタリ寄り添って、まさに、手取り足取り教えてくれた。ああ、なんか柔らかいものが……、いい匂いもする。
「ちょっと、コトコ様! ボケっとしてないで、動きを覚えるんですよ」
「はっ、はい!」
操り人形の様になって、ナンシーさんに操られる。1・2・3、1・2・3、ああ、何か懐かしいこの感覚。
「今日の練習は終りにしましょう」
「ふー」っと息を吐き、雲一つない青空を見上げ額の汗を右手で払った。一片の風があたしの髪を撫でた。
「気持ちいい!」
それを見ているナンシーさんはゲッそりしていた。先程の元気は何処へやら、両手を両足に置いて上半身を支え、肩で息をしている。
「確かにロンロさんがおっしゃってたように、コトコ様は体力が全く以て足りませんね。しかも、私に任せっきりじゃないですか! もうちょっと自分でちゃんと動いてください」
「明日からはジョギングに筋トレもプラスします!」
ビシッとあたしに人差し指を突き付けた。
「すみません、ナンシーさん。収穫祭までよろしくお願いします! でも、マッチョになるほどの筋トレはお許しください」
その後はキクノさんに歌の練習に付き合ってもらった。
「キクノさん、ピアノ弾けるんですね」
「子供の頃に習わされてたから。当時はイヤイヤやってたんだけどね。友人の結婚式やパーティーなど、色々な所で役に立ってるから習っといてよかったわ」
「そうだ、コトコもピアノ習う? 音感が身につくから、自然と歌も上達するわよ」
「えっ……。とっ、とりあえず気持ちに余裕がないので。収穫祭が最優先なので。ちょっと考えときますね」
「そうね、収穫祭で気持ちが一杯よね。少しでも気持ちが軽くなるように、練習を始めましょう」
「まずは音階ね! 正確にピアノの音をトレースしていってね」
キクノさんは音階を丁寧に練習させてくれる。
あたしは音程の上下を体で表現しながら、声を出した。
「うん、そうその調子、基本が大事だからね」
基本をしっかりやったあとは、キクノさんが収穫祭でやる曲を順番に弾いてくれた。
彼女はすべて演奏し終わると、クルリとあたしの方を向いた。
「わー素敵! キクノさんのピアノ凄い上手です。プロになれますよ」
「ありがとう。さあ、どれから歌ってみる?」
「じゃあ、さっき弾いてもらった順番に練習しますね」
「了解!」
キクノさんの伴奏に合わせて高らかに歌う。自分で言うのもなんだけど、上手く歌えたと思った。
「うん、いい声ね」キクノさんの瞳に涙が浮かんでいた。
「たしかに、いい声なんだけど……」
キクノさんは頬に人差し指をあてて、天井を見上げる。
「問題ありですか? どうなんでしょう?」
あたしは十分だと思ったんだけどなぁ。今度は顎に人差し指をあてて、鍵盤を見つめる。
「ううん、技術面なのかな? あと、もう一押しあれば国民的アイドルになれそうね」
「あたしは特に国民的アイドルになりたいとは思ってませんけども」
「やるからにはとことんやらないと! 収穫祭までにもっとレベルアップしていくわよ!」
「なんで、キクノさんまでそんなに気合入れるんですかーーー!」




