其の五 浪士、力士
俺は近くにいる平間に怒鳴った。
「酒を持って来い!」
「今日はもう、よしましょう」
「うるさい! さっさと持って来い!」
最近、自分の感情を抑制するのが難しくなってきた。体中のあちこちが腫れあがり、平間たちに対しても暴言を吐くことが多くなってきた。
……こんな病気にさえならなければー。
死が近づいていることを実感する。
「芹沢先生。持って来ました」
俺は徳利を受け取り、杯にいっぱい注いだ。
その杯を平間の前に出した。
「呑め呑め」
俺は杯に注がず、徳利の酒を呑み干した。
「先生……」
それを見た平間は呆気にとられている。
「平間」
驚いたように平間が返事をする。
「はいっ」
「俺は……死ぬのか?」
平間は真剣な眼差しで俺を見た。
そして微笑み、
「そんなこと言うなんて、先生らしくないですね」
杯の酒を呑んでから言った。
「俺を誰だと思ってる!? 芹沢鴨だぞ!! 死んでたまるか! って、言ってたじゃないですか」
平間の顔が歪んだ。その顔が笑っているようにも泣いているようにも見える。
「おお! そうだな! 俺は尽忠報国の志、芹沢鴨だぞ!!」
近くにあった鉄扇で澱んだ空気を仰ぐ。
「新見たちも呼べ! 呑むぞ!!」
いつかと同じように豪快に笑ってみせた。
文久三年六月二日。
大阪町奉行から不逞浪士取締りの依頼があったため、大阪へ出向いた。顔触れは俺、平山五郎、平間重助、近藤勇、山南敬助、沖田総司、永倉新八、斎藤一、島田魁の九人。
翌三日。
二人の不逞浪士を捕縛して、身柄を大阪町奉行に引き渡した。
この日の夕方。
心地よい風が吹いていた。
近藤を除いた八人は小舟で淀川に乗り出した。
「いい風だ」
「はい」
夕陽で川が橙色の波紋を描いている。
「おい、大丈夫か!?」
後ろから声がし、振り返って見ると、斎藤が腹を抱えてうずくまっていた。
「痛い……」
小舟を近くの岸につけてもらい、数人で斎藤を抱えながら降りた。
近くには休ませるところも見当たらない。
「芹沢先生」
平山が話しかけてきた。
「ん?」
「三町ほど行くと住吉屋があるそうです。そこで斎藤さんを休ませて、我々は一杯やりましょう」
「いいなあ」
俺たちは住吉屋へ向かった。
二町半ほど歩くと難波小橋にさしかかった。斎藤を介抱しながらゆっくり歩いていくと、前から力士がひとり、歩いてきた。
「脇へ寄れ」
俺は立ち止まり言った。
「そっちこそ寄れ」
大阪にまで、俺の噂は流れてないらしい。脅えもせず、俺を見下ろしている。
「病人が居る。寄れ」
「知らん」
「なに!!」
手が柄を掴み、刀を抜きざま斬りつけた。
力士は絶叫をあげ、斬られた肩をおさえながら脇でうずくまった。
「命があるだけ有り難いと思え」
難波小橋を渡りきり、蜆橋にさしかかった。そこでも力士が道を譲らないので、同じ目に合わせてやった。
住吉屋に着き、斎藤を休ませ呑んでいると、二十数名の力士が敵とばかりに丸太などを手にして押し寄せてきた。
斎藤以外の七人で外へ飛び出した。
力士と武士の喧嘩。
物珍しさにたくさんの人垣が出来ていた。
しばらくすると力士たちは逃げていった。