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ヤンキー、聖騎士になる  作者: 鯖煮丸冷慧
2/2

ヤンキーの実家は蛮族

「それで謝ってどうしたの?」


 風が吹いていた。

 びゅうびゅうと吹く風は強く、寒い。

 山裾にへばりついた染みのような村は、今にも雪が降り出しそうな曇天の下にあった。


「どうにもならなかった。なんか言われたわけでもない」


「そりゃそうでしょ。実は前世の記憶があります。あなたの息子じゃありませんって言われても困るだろ。実際、身体は自分の息子なわけだし」


 暖かさは、背中に感じる大きな背中だけだった。

 高い櫓の上は風を遮れる物はほとんどない。

 大人用の手すりこそあるが、子供の身長ではしがみつくのがやっとだ。

 俺達はしゃがみこみ、毛布に包まりながら手すりの下から周りを見渡していた。

 オヤジ殿は、頼りない男だ。

 すっかり不毛の大地になった頭の天辺を、サイドからの毛を流して必死に隠そうとしているような情けなさ。

 それならいっそすっぱりと剃ってしまえばいいのに。

 だけど、


「って言ってもよ。言わないのも卑怯じゃないか?」


「その気持ちは悪くないと思うよ、私は。でも、それ領主様の気持ち考えてないじゃん。あんたが気持ちよく楽になりたかっただけでしょ」


「うーん……」


 そんなつもりはなかった、と言うのは簡単だけれど、自分の中に本当にそんなつもりはなかったのか。

 生まれたて、一歳の頃の記憶はない。

 二歳かそこらになって、ようやく何かおかしいと気付いた。

 はっきりと前世を思い出したのは、ここ最近だ。

 自覚して、なるべく早く謝るべきだと思ったが、言われている通りあまりよくなかったのかもしれない。

 ただ俺がこの身体に入り込んでしまわなければ、オヤジ殿は実の息子と暮らせたわけで。

 そこに責任を感じるな、とはまったく思えない。

 だからと言って死んで詫びるのも、何か違う。


「あんたが昔から変わった子だったのは知ってるよ」


 大きな背中。だが、女の華奢な背中だった。


「でも悪い子だって思った事はないからさ」


「うるせー。俺の方が年上だって言ってんだろ。お前十四、俺十五プラス三歳」


「こんなちびっこに年上だって言われてもなあ」


 女の背中が笑いで揺れる。

 照れ隠しにしても、我ながらもう少しマシな事を言えなかったのか、と思いながら、俺は華奢な背中に少し体重をかけた。

 なんでわざわざこんな所に?と思ってしまいそうな、山々と森に囲まれた猫の額ほどの狭さの盆地にあるちっぽけな村は、ひどく寒い。

 本格的に雪が降り始めれば、歴戦の行商人だって寄り付かない辺鄙な村だ。

 歴戦の行商人。前世から考えれば、なかなか力強過ぎる言葉ではあるが、歴戦でない行商人なんてほとんどいない。


「あ、ゴブ」


「さむっ!どこに!?」


 背中の暖かさが消え失せ、たちまち入り込んできた寒風が毛布を揺らす。

 慌てて振り返れば、すでに立ち上がった女の、ベネッサの姿だ。

 俺が振り返るまでのほんの僅かな間、彼女はすでに弓を構えていた。

 堂々と弓を引き絞るベネッサは、どこからどう見ても村娘だといわんばかりの粗末な服。

 後ろで括った長い赤毛も、大した手入れをされずにみすぼらしく見える。


「よし、あたった」


 矢は、まだ放たれていない。

 彼女の視線の先は、幼い足で歩いていけば何日かかるかわからないような深い深い森。

 手にした弓だって、何の装飾もない普通の弓だ。


「マジかよ」


 しかし、放たれた矢は当然のように当たる。

 密集した木々の間、たった一本しかない正しいルートをすり抜け、草むらに身を潜めていたゴブリンの脳天に深々と突き刺さった。

 おおよそ距離の距離として千歩ほどか。三国志に出てくる武将だってやらない距離だ。

 これを普通の村娘がやる。

 旅が多く、あちこちで襲撃を受ける行商人は更に強くなくてはいけない。

 そして、それだけの襲撃を受ける理由だ。

 こちらにバレた事に気付いたゴブリンどもは、耳障りな雄叫びをあげながら一斉に立ち上がる。

 その数、大体二百……まぁ百は下回らないくらいか。そんなに多くない、と思ってしまう程度の数だ。


「ゴブリンが出たぞ!」


「肉だ!」


「冬の保存食になりに来るとはなんていい奴らなんだ!」


 櫓の上から村全体に響き渡るように叫んでやれば、多少は上等な掘っ立て小屋から村人達が勢いよく飛び出してくる。

 足腰立たない干からびたババアが鉈を担ぎ、腹の出たおっさんが素槍を持ち出し、せいぜい小学高学年くらいのガキが剣を引っ掴んで飛び出す。

 どいつもこいつも、腹を空かせた野良犬のようなとんでもない面構えだ。

 その数はせいぜい五十か、そこら。数の不利にまったく怯んでいない。


「さ、行ってきなさい、ジョエン」


「おうよ」


 冷静になって考えると、三歳児に戦場に突っ込めって普通に言い出すのはなかなかヤバい。

 しかし、これが普通の世界だ。

 立てかけておいた棍棒を手に取ると、俺は櫓から身を投げ出した。


「テメー、ジョエン!?またうちの屋根ぶっ壊すなよ!」


「ゴブリン肉のいい所くれてやるから勘弁してくれ!」


 寒風すら追い付かないほどの速度で櫓から飛び出せば、ついつい他人の家の屋根に着地。

 殺しきれなかった衝撃が、ボロ家の屋根に穴を開ける。

 補修の跡がひどく目立つその屋根は、みんなが櫓の上から飛び降りてぶっ壊しまくる証拠だった。

 そう、みんなが、だ。

 十メートルはある櫓から飛び降りて、平屋の屋根に飛び降りる。

 そんなもん前世でやれば一発で骨折だ。

 しかし、今は違う。誰でも出来る。

 そう、誰でも出来る。

 出た杭だった俺が、普通の子供のようにして生きられる。

 それは、ひどく楽な事だった。

 そして、数呼吸ほどの時間か。ようやく村境までたどり着いた俺が見たのは、俺より後に出てきたはずなのに、俺より先に屋根の上で射点を確保したジジイの姿だ。

 どんな足腰してんだ一体。


「ギャァァァァ!」


 そして、ゴブ公どももなかなかやる。

 このわずかな時間であっという間に距離を詰め、もうすでに森から飛び出さんばかり。


「弓手ぇ〜用意出来たら好きに撃てぇ〜前衛突っ込んだら当てんなよ〜」


 うららかな昼下がり、羊を追うようなのんびりとした声、だがその指示の下で放たれた矢の群れはまるで猟犬のように鋭く、的確だ。

 外れる矢はほとんどなく、次々とゴブリン達が倒れていく。

 それでも弓手は十人もおらず、雪崩のように押し寄せるゴブリンどもを留める事は出来そうにもない。


「前衛のみなさん怪我のないように頑張って……おい、ババア先に突っ込むんじゃねえ!」


 上品で優しげだった婦人の化けの皮は、一瞬で剥げ落ちた。


「バカ言うんじゃないよ!孫にいい所見せるチャンスじゃあ!」


「ああもう、いつ死ぬんだあのババア!?ババアにばかり肉持っていかせるんじゃないわ!」


 狭い町内会の人間関係、取り合うマウント。そういった色々な物が彼女達を駆り立てる。

 弓手は上手くまとまっているようだが、前衛は「年だから」とまとめ役を降りたババアが未だに実権を握り、指示役の指示より早く動いてしまう。

 とはいえ、鉈を担いだババアの動きはひどく鮮やかだ。

 正面からゴブリンの群れに突っ込む、とみせかけてその寸前で左に直角に切り返し足音高らかに疾走。

 そのあまりに目立つ動きに、ほんの束の間、ゴブリンどもの視線が流れた。

 ババアが戦場を支配する一瞬。


「Wooooo!」


 勇ましい雄叫びと共に飛び込んだのは、まとめ役の主婦だ。

 気合い一閃、叩き込まれた手斧はゴブリンの頭をかち割り、返す刃が腹を割る。

 後に続くも、ご婦人がただ。


「働かない宿六に鉄槌を!」


「保存食におなり!」


「塩も持ってきなさい!」


 ご婦人がたをご婦人がたと呼ぶべき理由は、誰にでも理解出来るだろう。

 血風を撒き散らし、敵に飛び込むその姿は鬼人のごとし。口は災いの元である。逆らってはいけない。一つ逆らえば、百の言葉とゲンコツが返ってくる。

 そんなご婦人がたのあまりの衝撃力に気を取られたゴブリンの横面に俺も一発ぶち込んでやったはいいが、ご婦人がたのように弾ける水風船のようにならない。


「ゴブゥ……」


 それどころか鼻血も気にせず、こっちを力強く睨みつけてくるほどだ。


「へっ、気合いの入ったゴブ公だぜ……」


 奇しくも手にした得物は棍棒一本。

 ゴブ公は器用に手首を切り返すと、まるで映画のカンフーの達人のように棍棒を回し始めた。

 くそっ、ちょっとカッコいいな……!

 対する俺はどこからどう見ても、せいぜい鉄パイプを振り回すチンピラだ。

 技も何もなく振り回した棍棒の下を、ゴブリンはさらりと身を屈めて避ける。


「げえっ!?」


 腹に一発深々と貰ったが、それでもあほみたちに痛いだけ。


「おう、これで一発は一発だ。調子にのってんじゃ」


 ねえぞ、と続ける暇もなく、ゴブリンが棍棒を力一発振り下ろしてくる。

 やばい、俺の頭がスイカ割りのスイカみたいに、


「ヒエッヒェッヒェ」


 ゴブリンの頭が飛んだ。

 あんなに強敵だと思ったゴブリンの頭が、最初からそうであったかのようにぴょんと跳ね飛ばされていた。


「殺すなら声も出さずに殺しなよ、ジョエン坊」


 ババアの鉈は鋭く、その姿は俺の目にもとまらず。

 どうっ、と俺の方に倒れ込んできたゴブリンの首から、驚くほど勢いよく血が吹き出してくる。


「くそっ!」


 前世は深海で生きるように息苦しかった。

 腕を振り回せば、誰だって水風船だ。世界最強の格闘家だって、弾け飛ぶ。

 今は、とても楽だ。

 しかし、だからと言って。


「お零れでレベル上がりやがった……」


 存在の力。なんだかわからんが、なんかそういう感じで敵を倒せばレベルが上がる。

 そんな感じで強くなる。

 まるでゲームのような世界で、ゴブリンの胴体から噴き出した返り血を浴びながら、俺は思う。


「ナメられてたまるかよ……」


 このやたら強い世界で、俺は弱かった。

今回の目標は剣からビームが出る超人バトル。

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