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ヤンキー、聖騎士になる  作者: 鯖煮丸冷慧
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ヤンキー、謝る

 俺の覚えている一番古い記憶は、倒れ込んで鼻血を流す子供の記憶だ。

 幼稚園に通うガキなんて、ブレーキを踏む事なんて考えてもいない。

 力一杯走って、そのまま突っ込んでくるなんて平気でやってくる。

 そうやって痛みを覚えて、少しずつブレーキを覚えていく。

 だけれど、俺にはそれがなかった。

 ただぼけっと立っているだけで、走り込んできた子供が大きな木にぶつかったかのように鼻血を出したのだ。

 もちろん普通はそんな事はない。

 同じくらいの質量がぶつかったのなら、速度が乗っている方が強いに決まっている。

 だが、同じ質量でないのなら。圧倒的に巨大な質量にぶつかったのなら、こゆるぎもしないのは当然だ。

 俺は簡単に人を殺せる人間なのだと、その時に知った。

 羊の中でに羊のふりをした怪獣がいるようなものだ。

 もし力一杯、拳を握ってしまえば、そいつを振るってしまえば。少し身じろぎするだけで。

 柔らかな皮袋達が、辺りを無邪気に走り回っている事に気付いた時、俺はパニックに陥っていた。

 他人を傷つけてはいけない。誰かを殴ってはいけない。誰かを殺してはいけない。

 そうしなければ、俺の居場所はあっという間になくなってしまう。

 それだけは、はっきりわかった。


 小学生までは、何とかなった。

 叔父の読んでいたヤンキー漫画のように、近付けば噛み付いてくるような狂犬のようなチンピラを気取ればよかったのだ。

 わざわざそんなのに近付いてくる奴はなかなかいない。

 小学生のリーゼントは、我ながらどうかと思ったが。

 しかし、中学生にもなれば、ホンモノのチンピラになる奴も出てくる。

 キンキンにおっ立てたトゲトゲしい髪やら、気合いブリバリのボンタン。

 平成も終わったというのに、彼らに一体なにがあったのだろうか。

 そんな昭和のヤンキーどもに絡まれ続ける生活は、なんとも言い難いものだった。

 殴られても殴り返せない以上、一方的にやられ続けるしかない。

 やられ続けるしかないが、ぶん殴られたからといって俺にとっては蚊に刺されたようなものだ。

 殴られてもにやりと笑う余裕くらいある。

 そんな感じでやり過ごしていると、ムキになるのがヤンキーという生き物だ。

 覚えたての柔道の技をコンクリートの上で試してくる奴もいれば(俺以外にやったらシャレにならない)、県外から喧嘩自慢のヤンキーが電車に乗ってやってきたりもする。

 さすがに改造バイクで山越えするのは辛かったらしい。

 そんな感じで殴り返さないで一方的に殴られ続けていたら、なんだか妙な方向で名前が上がっていた。


「鋼鉄不動のテツゾー」


 ちなみに本名とテツゾーは、一つもかすっていない。

 まぁ確かに殴られ続ければ腹は立つ。腹は立つが、気合いの入ったチンピラどもも今時気合いが入っているだけあってすっきりした連中が多かった。

 酒は断ったが、深夜のファミレスでドリンクバー一つで何時間も粘ったりするような……まぁなんだ。友達が出来たりしたんだろう。

 色々な奴がいた。

 親に愛されなかったせいで、ヤンキーになった奴もいた。

 特に理由もなく、ヤンキーになった奴もいた。

 バカ過ぎてヤンキーになった奴もいた。

 いじめられた反動でヤンキーになった奴もいた。

 どいつもこいつも、お先真っ暗だ。間違っても銀行勤めなんて出来そうなツラしたやつは一人もいない。

 だけどまぁ、悪い奴らじゃなかった。


「おい」


 そんな悪くなかった中学生活も、いよいよ終わりを迎えたある日の事だ。


「んだテメー……?」


 見た事のないヤンキーだ。

 金髪と眉なしの二人組で、歯はヤニで黄色く汚れている。


「何してんだ、お前ら」


 そんなヤンキーの足元には、小さなガキがうずくまりながら涙を流していた。

 柔らかな頬には青あざが浮かんでいて、


「おい、こいつがテツゾーじゃねえか!?ほら、あのリーゼント!」


「お、マジかよ。テメーから来てくれるとか俺達ラッキーじゃん?」


 殴っては、いけない。

 人を傷付ければ、人の社会から俺は追い出される。

 人を殺せば、もうどうしようもなくなる。

 ヤンキー気取りの息子を持って、迷惑をかけ続けてきた母にこれ以上の迷惑をかけるわけにはいかない。


「ナニしてんだって聞いてんだよ、テメーら」


 なのに、拳を握っている。

 生まれて初めて握った拳は、まるで砲弾のように力に満ちていた。

 喚き散らすチンピラどもの声はどこか遠く、泣いているガキの声だけが聞こえている。

 必死になって我慢してきた堪忍袋が、プッツリと切れている。


「ハァ!?テツゾーテメー知ってんぞ。殴られても殴り返してこねーシャバ僧なんだろテメー!」


 例えばいじめだ。

 せまっくるしい教室の中、何十人も押し込められる少年少女の群れだ。

 まるで習性か何かのように、加害者と被害者を生み出し続ける。

 正直、そういう連中が何を考えて、何が楽しくていじめをしているのか、俺にはさっぱりわからない。

 ただ平等な所はある。

 加害者になるためには、加害者になるための物を積まなきゃいけない。

 早熟ゆえの暴力か、それとも数の力を確保出来るだけの何かか。はたまた金か。

 もっとよくわからない空気と呼ばれる何かか。

 そういう何かしらの力、と思われてる物を握らなければ、加害者にはなれない。

 加害者になったところで何のいい事があるのかは知らないが、逆に被害者に加害者になる機会がなかったとは思わない。

 その機会を逃すのは本人の優しさかもしれないし、気付いていなかったのかもしれないし、馬鹿馬鹿しくてやってられなかったのかもしれない。

 だがまぁ、殴れる立場になれたかもしれない平等はあったはずだ。

 殴りたい奴と殴り返せる奴が殴り合うのはかまわない。

 それが一方的でも反撃する機会は必ずある。

 被害者が担任の先生に相談して、面倒くさがられてまともに対応してくれなかった。

 そういうしょーもない話は、どこにでもある話だ。

 だけど、しょーもない大人一人で大人全員に見切りをつけるのは、それはそれで間違っている。

 担任がダメなら、他の教師に相談してもいい。

 それもダメなら、学校の外の大人に相談するべきだ。

 そうやってどんどん問題の範囲を広げていけば、誰かは必ず助けてくれる。

 ピンチの時に来てくれるヒーローなんていない。

 しかし、その瞬間、落ちているゴミを拾ってもいいと思った大人はいるかもしれない。

 深夜徘徊の常習犯に毎度毎度、意味もないとわかってるだろうに説教してくるおっさんもいるし、野良犬に餌付けするみたいに飯くれるオネーサン方もいる。

 世間的に見れば夜の街のダメ人間と付き合う道を踏み外したろくでなしのガキだが、学校だけが世界じゃないと気付けたのは、本当によかった。

 クソみたいな大人はたくさんいるが、クソみたいな大人でもクソみたいな事をし続けるのは大変らしい。

 子供出来たから逃げてきたヒモ野郎でも、落ちているゴミを拾う瞬間はあるんだ。

 世の中、ちっとも平等じゃあないが、どこかで帳尻を合わせようとしている。

 それだけは確かだった。


 だが、デッカい方がガキ殴ったら、そいつはちっとも平等じゃねえ。

 殴り合える範囲で殴り合うのは知ったこっちゃねえが、どうしようもない相手を殴ったらそれは許される事じゃない。

 それを認めてしまったら、


「俺はなんのために我慢してきたんだ」


 クソ馬鹿馬鹿しいにもほどがある!

 デッカい方が我慢してきてやったのに!ガキどもがふざけた悪さをしやがって……!


「な、なんだテツゾー……何言ってんだテメー……」


 クソガキどもがビビってやがるが、知った事じゃねえよなあ。

 力があるから、俺は我慢してきた。

 殴られてにやりとする余裕がある?余裕があるからってムカつかねえわけじゃねえ。

 我慢をしてやってもいい、と思える範囲だったから、俺は我慢してきてやったんだ。

 そいつを踏み越えたのなら、ツケを払わなきゃあならない。


「なあ、お前ら」


 握られた拳は、まったく緩む気配がなかった。

 ボクシングやってる奴から聞いた話じゃ、拳は当たった瞬間に力をこめて普段は力を緩めておいた方がいいらしい。

 まぁ喧嘩初心者だからな。その辺りは勘弁してもらおう。


「ちょいと死んでけや」


 だが、この振りかぶった拳は、殺意の確信。

 はっきりとした殺意と共に振り抜いた拳は、チンケなヤンキーの顔面を捉え、る寸前に何かをぶち抜いた。

 それはガラスを割る感触のようでもあり、岩を砕く手慣れた感覚のようでもあり、もっと得体の知れない海を砕くような食感でもあり、はたまた真っ黒な宇宙を握る知覚。










「そんなわけで本当にすまん!気付いたら、オヤジ殿の息子になっていた!」


「は、はあ……」


 三歳の息子から、こんな事を言われる親の気持ちってどうなんだろうな。

 俺にはさっぱりわからんが、ろくなもんじゃないのは確かだ。

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