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色褪せた写真  作者: 氷室冬彦
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7 大地を司る国の王、風を司る地の主

「あ、ところで、あの、礼さん、郁夜いくよさんとロアさんはどちらに?」


郁夜というのはここのギルド員の副支部長をしている雷坂郁夜らいさかいくよのことだ。礼は廊下のほうを指差した。


「ロアは会議室で国家会議の準備をしてるよ。っていっても、そろそろすることがなくなって、みんなが着く前にひと息入れるところだと思うけどね。郁は五軍――他のギルド員と資料室あたりにいると思う」


「国家……会議?」


「ロア以外の国の化身たち――今回は各大陸から代表の一国ずつが集まっての会議らしい。まあ、だからってきっかり五人だけでの会議ってわけじゃないけどね」


「そ、そうなんですか。せっかく来たので、一応、ご挨拶したほうがいいかと思ったんですけど、それなら……お二人とも、お忙しいですよね」


「いやあ、郁はしばらく手が離せないだろうけど、ロアのほうはまだ会議まで時間があるし、話しかけてやれば息抜きになるっていうか、気分転換になっていいと思うよ。会議室の場所はわかる?」


「えっと……扉は、以前に来たとき、見たことがある、ような。ここを出て右……でしたっけ」


「そうそう。覚えてるねえ」


「では俺も同行しよう。ここへ来たならば、ロアさんの顔も見ておきたいからな。あの顔を見ると、一人きりでの放浪の旅にも気合いが入るのだ」


「同じような顔ならここにもあるけど」


礼が冗談めかして笑いながら自分の顔を指差す。たしかに、礼とロアは瓜二つの顔立ちをしている。だが、なんとなく礼の顔はロアとは違い、見ると気が抜けてしまう。不思議なものだ。フィストも同じことを思ったらしい。


「礼の顔は、見ると肩の力が抜けるのだ。気が緩む……いや、違うな。ほっとする、と言うべきだろうか」


それだ。春斗は思わず頷いてしまう。柴闇が笑い声を上げた。


「ははは、そりゃ違いねえ。同じ顔でもロアは気が引き締まる。礼は気が緩む。俺もわかるぜ、その気持ち。それと、ここを離れるなら俺もついて行く。絵里香たちが出発してから結構な時間が経ってるし、もうそろそろ戻って来るかもしれない。あっちにいる癒暗からの電波を受け取れるのは俺だけだからな」


「じゃ、いってらっしゃーい」


礼に見送られ、司令室をでた春斗たち三人は、柴闇の案内でロアがいるという会議室に向かった。他のギルド員たちも姿はなく、どこからか声が響いてくるものの、おそらく三階や一階からのものだろう。以前に来たときも、二階は他と比べて人が少なかったが、今日は会議があるとのことなので、気を遣っているのかもしれない。


なので、廊下の角でその青年と鉢合わせたとき、春斗は必要以上におどろいた。


「うわっ」


「おっと、ごめんね。大丈夫かい?」


「あっ、いえ……す、すみません」


現れたのは、白い肌に白い髪。右に緑、左に紫の瞳を持った、柔和そうな雰囲気の青年だ。中性的な顔立ちに浮かぶ微笑は清涼で麗しい。長いコートのような軍服に、首にはマフラーを巻いている。


「セルーシャ、もう来てたのか」


柴闇はなんでもないような顔で言う。セルーシャ。北大陸の大半をその国土とする国家の名前に聞き覚えがないほど、春斗は世間知らずではなかった。柴闇と青年の顔を数度、見比べる。


「せ、セルーシャ、って……」


「まあ、想像してるとおりのセルーシャだ。各大陸からの代表が来て会議するって言ったろ。見たことないか? 最果ての雪国セルーシャの化身、セル・テルシャ」


「初めて見る顔だね、こんにちは。新しいギルド員の子かな」


「いや、ただの客人だ。ロアはどうした?」


「ロアさんなら会議室のほうじゃないかな。僕も今来たところで……おや、君は」


セルーシャの視線が春斗の背後にとまる。そちらを見ると、フィストがセルーシャを前に目を見開いたまま硬直している。


「セルーシャの王……」


ぎゅっと下唇を噛み、フィストは深々と頭を下げる。セルーシャはそんな彼の肩に優しく触れ、そっと顔を上げさせた。


「どうか顔を上げて。今、僕は王ではなくセルーシャ国として、そしてあるいは、ただのテルシャとしてここにいるんだ。そうかしこまる必要はないんだよ」


「しかし……」


「国の化身って、王様――なんですか?」


春斗が柴闇に耳打ちで問いかける。柴闇は春斗につられてわずかに声をひそめたものの、とくに内緒話という風でもなく答えた。


「いや、国の化身はそのまま、ただ国が人間と同じように個人という形でそこにあるだけの存在だ。王として国を統治するわけじゃない。ロアも基本的に国のありかたはそこに住む人々に任せて、必要なとき以外はただ見守っているだけだし、他の国もほとんどそんな感じだ。レスペルだってそうだろ?」


セルーシャがこちらを向く。


「僕だってそうだよ。ただ人が僕を王と呼ぶから、呼ばれるままにしているだけさ。国がどのように発展していくのかは人々が決めること。僕らはそれを見守るだけ。政治に関与することは、あっても助言や提案をする程度だね。柴闇くんの言うとおり、王として国を仕切っていく化身なんて現代ではほとんどいないよ」


「王と呼ばれるからには、なにか理由があるんだろ?」


「うーん、呼びかけに応じて戦いに出るくらいかな。セルーシャって土地は広大だけど人は少ないし、国土の九割は凍土で、おまけに辺境の地はよくカルセットに襲われるから。それで助けを求める人が多くて、救援に向かっているうちに王だなんて呼ばれるようになった。それだけだよ。だから王と言っても別に国を治めているわけじゃないんだ」


「セルーシャ、フィストとは知り合いなのか?」


「うん、まあね」


「二年ほど前、俺がセルーシャ国を訪れた際に命を救われた。俺の恩人なのだ」


「僕が助けたのは、そのとき君と一緒にいた君の友達であって、君の命を救ったわけではないだろう?」


「友達、って……でも、フィストさんは」


「現地で出会ったセルーシャの民でな。もはや俺のことなど覚えていないが、その友を救ってもらった。心持ちとして、それは俺自身の命を救われたも同然。俺はあのとき、たしかにあなたに救われたのだ、王よ」


「向こうは覚えていないのに、友か」


「ああ。二度と会うことは叶わないが、それでも……俺の友だ」


フィストの目は穏やかだ。そのとき、廊下の先、会議室の扉が開くと一人の少女が顔を出した。独特な色合いの青髪をうしろでひとつに束ね、大きな紫の瞳は凛々しく、少年のような風貌をしている。空色の軍服に身を包んだ少女は、こちらを見るとセルーシャに呼びかけた。


「ああ、セル。来ていたのかい。……おや、フィストに春斗じゃないか。久しぶりだね」


「ロアさん、お、お久しぶりです」


「ずいぶんと久しいな。会えてうれしい」


「私もだ、フィスト。二人とも元気そうでなにより。今日はどうしたんだい?」


「また依頼に……あ、僕はその代理人、なんですけど」


「また厄介なことに巻き込まれでもしたのかい? 懲りないね、君も。……セル、まだ会議までは時間があるから、どこかで待っているといい。先に会議室に入ってもいいけれど、談話室や、図書室も空いているし、しばらく好きにしていてくれ」


「それじゃあ、少しだけ歩いて来ようかな。柴闇くん、フィストくんと、春斗くん――だったね。またね」


「あ、は、はい」


「……王よ、我が友は壮健であるだろうか」


「うん。今はセルーシャを出て、お父上と一緒に暮らしているようだよ」


「そうなのか……ならば、よかった」


セル―シャが去る間際、フィストはまた深々と頭を下げた。


「――大地を司る国の王よ。あなたに最大限の敬意と、畏怖と、感謝を」


その背中が廊下の角に消えて数秒、ようやくフィストは頭を上げた。春斗は一度、彼を見てからロアを見た。ロアも春斗の視線に気付く。


「ところで、代理で依頼に来たと言っていたけど、本来の依頼人はどうしたんだい?」


「あ、えっと、それは」


「奇妙な悪夢と幻覚をなんとかしたいらしい。少し様子を見るために急遽、ギルドか神社に一泊することになって、今は着替えやらの荷物を取りに戻ってる」


「幻覚? それはいわゆる心因性の……いや、君が率先して動いているうえ、鈴鳴が絡んでいるということは、なるほど。それはまた面妖な」


「ただ、家庭環境が複雑らしくてな。ストレスやらで心を病んでの症状っていう線も完全には消えてないんだ。だから、ひとまずその依頼人――彩賀絵里香って言うんだが、そいつが戻ってきたら涼嵐とアリアのところにも行かせてみるつもりだ」


「話しぶりから察するに、最初に神社で相談したあと、ここに来たってわけか。まあ、ギルドを通していない依頼だからギルドの設備を使ってはいけない――なんて決まりはないんだし、別に改めてこっちに依頼しなおす必要もないと思うんだけど。君たちって意外とそういうところはきっちりしているよね」


「意外と、は余計だ」


「アリアならさっき掃除を済ませて礼拝室のほうに歩いて行ったから、たぶんそっちにいると思うよ。涼嵐は今朝から往診に出かけていたけど、もう帰ってきている頃合いだろう」


「そうか、ありがとよ。……と、キリのいいところで、癒暗から連絡だ。絵里香たちが戻ってきた。今は神社の下にいるらしい。これからギルドに向かうそうだ」


「では、我々は司令室に戻って、その到着を待つとしよう。やはり顔は隠しておくべきだろうか……その絵里香という少女が俺を見て取り乱さないといいが」


「癒暗がどれだけしっかりした説明をしているかによるな」


「ロアさんは、これから会議、なんですよね?」


「ああ。そのうち他のみんなも着くだろう。会議自体はすぐに済むけど、柴闇たちもいることだし、私は今回の依頼には関わらないだろう。でも、なにかあったときは言ってくれ。それじゃあ、またね」


「あ、はい。また……」


ロアと別れて司令室に戻る。礼は変わらずそこにいて、奥のデスクでなにか書きものをしているらしかった。先ほどフィストが渡した手紙に返事を書いているのかもしれない。


「おかえり、早かったねえ。癒暗から連絡があったのか?」


礼は手元に視線を落としたままだ。柴闇が答える。


「ああ。今、門のところに着いたようだ。おっと、それと……癒暗からの追加の報告だ、絵里香はアイスココアが好きらしい。礼、用意できるか?」


「ココアね。俺の部屋にはないけど、給湯室のほうにあるよ。リンが飲みたいって言うからジオが買ってきたんだけど、結局ほとんど飲まないままでさ」


ジオ、というのはロアの部下であり弟分のような存在だ。春斗も以前に会ったことがある。一度は座った柴闇が立ち上がる。


「じゃ、しょうがねえ。俺が用意してくる」


「えっ、し、柴闇さん、行っちゃうんですか」


「だって、春斗もフィストも、給湯室の場所とか物の位置もわからないだろ? 飲み物を取りに行くだけだから、すぐに戻って来る」


「そ、それはそうですけど……」


柴闇が外している間に絵里香が到着した場合、彼が戻るまでの間にこの場を仕切るのは誰の役割になるのだろうか。気弱で話し下手な春斗や、巻き込まれているだけのフィストは論外だろう。礼が話したのでは、おそらく絵里香は――そして春斗も――混乱する。だが癒暗に任せるというのも、それはそれで心配だ。彼の話し口は、なんというか、ふわふわと曖昧で漠然としている。意見は出しても決断ができないタイプだ。


春斗の不安を見抜いたのか、柴闇はため息交じりに少し笑った。


「すぐ戻る。それまで適当に自己紹介でもして繋いでてくれ。柳季もフィストとは面識があるのかないのか……だし、絵里香は言わずもがなだ。ま、俺が戻る前にその会話が終わりそうになったら癒暗から俺に連絡が入る。そのときは瞬間移動テレポートですっ飛んでくるからな」


「郁がここにいれば代わりに仕切ってくれるんだけどね」


「まったくだな。他に仕切ってくれるやつがいないと、しょうがなく俺が仕切る羽目になる。龍華が一緒ならまだ楽なんだけどな、あいつよく喋るし。いやでも玲華がいるなら……ああダメだ、あまり話の中心に立つタイプじゃない……」


言いながら司令室を出ていく柴闇。最後のほうはただの独り言だろう。


それからほんの三分後だろうか。廊下のほうが少々騒がしいと思ったら、開けっ放しの扉の向こうから癒暗が顔を出した。


「ただいまー、礼、連れてきたよ」


「はい、おかえり。そんでもって、いらっしゃい」


「礼さん、お久しぶりです」


癒暗のうしろに柳季と絵里香、そして玲華の三人が続く。それを見て、フィストは彼らの視線がこちらに移るより早く、ソファから立ち上がり、そこから数歩、壁に向かって離れた。癒暗たちに背中を向けて、さっとフードを掴んで顔を隠す。癒暗がこちらを見た。


「おまたせ。えーっと、そうだ、先に紹介しておいたほうがいいよね。絵里香、あっちにいるのが、さっき話してたフィストだよ。今はフードかぶってて隠れてるけど、角が生えてて目が変な色で肌も灰色だし、なんなら口の中が緑色だしでバケモノみたいだけど、見掛け倒しだから気にしなくていいよ」


「えっ、け、結構ズケズケ言いますね……」


「み、見掛け倒し……いや、そのとおりではあるのだが……」


「柳季もフィストと会うのは初めてだっけ?」


「一応、名前だけは聞き覚えが……柳岸柳季です。こっちは幼馴染みの彩賀絵里香。以前からこのギルドには、カルセットなどの情報を提供する形で協力させてもらってます」


「さ、彩賀絵里香、です……」


柳季のわずかうしろで絵里香がぺこりと頭を下げる。フィストもつられて頭を下げた。少し遅れて、ためらいがちな挙動のまま、ゆっくりとフードを掴んで素顔を明かした。事前に情報を得ていても、おどろいたのか、あるいは恐怖や警戒心からか、絵里香が柳季の背中に隠れるように一歩、あとずさった。柳季もはっきりと態度や表情には出さないものの、一瞬だけ顔が強張ったように見える。


「……フィストティリアだ。ギルドとは、少し前からたびたびここの者たちの顔を見に来る程度の関係だが、普段はあてもなくさまようだけの放浪者だ。決してお前たちに害をなす存在ではないので、どうか警戒しないでほしい」


「あ、あの、絵里香ちゃん、柳季……この人、本当にいい人だよ。見た目はちょっと、いきなりだとびっくりするだろうけど、すごく、優しくて穏やかな人だから……」


フィストの悲しそうな表情を見て、なんだかあわててしまった春斗が思わず口を出すと、柳季が少し笑って絵里香を振り向いた。


「あの春斗が、この短時間であそこまで心を開いてるってことは、本当の本当に大丈夫だろう」


「あ……ご、ごめんなさい。私、ちょっと、びっくりしちゃって」


「いや……おどろかせてしまってすまない。見てのとおり、俺は鬼と見紛うような見かけをしている。だが、先ほど癒暗が言ったように、この角も見掛け倒しなので……その」


「そう、いえば、フィストさんの角って……一本、折れてしまってる、んですよね? あ、す、すみません、話の腰を」


これまで深くは触れてこなかったが、改めて見ても、フィストの角はやはり、元は二本あったように見える。それが気になって、つい場を弁えずに言葉にしてしまった。根本のあたりで折れた不格好な角をそっと撫でながら、フィストは頷く。


「ああ……これは、以前に岩場でぶつけて……」


「そうだったの?」


癒暗も知らなかったらしい。絵里香がフィストの角を見ながら、おずおず尋ねた。


「ぶつけただけで、折れちゃうものなんですか?」


「いや、普段ならそうまで脆くはない。そのときはたまたま、長らくまともな休息や食事を摂れていなかったのもあって、身体のあちこちが脆くなっていたのだ。最悪の状況が重なって、運悪く……といったところだな」


まともな休息はともかく、まともな食事……というのは、彼の場合どういった内容の食事を指しているのだろうか。礼がおもむろに立ち上がったので、全員の視線がそちらに向いた。


「ここだと椅子が足りないねえ。談話室か応接室に移動しよっか」

次回は九月十七日、十三時に更新します。

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