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色褪せた写真  作者: 氷室冬彦
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6 鬼は然して鬼にあらず

「そうだ、礼。水無月水晶という男から、お前宛てに手紙を預かっているぞ」


春斗たちが絵里香の依頼の件を礼に話し、ひと息ついたところで、フィストがおもむろに懐に手を入れた。そこから取り出した封筒を礼に手渡す。


「お、水晶に会ったのか」


「ああ、ここに来る道中、嵐に見舞われてな。たまさか通りかかった善丸に拾われて、屋敷に厄介になったのだ」


「三月がよく許したな。あいつ、責任感が強いから、きっと警戒しただろ」


「そうだな、夢喰い鬼に関する資料や文献は少ない。彼は彼で用心棒でもあるのだから、仕方のないことではあるが」


「夢喰い鬼?」


聞き慣れない言葉に、思わず口を挟む。フィストは気が付いたようにはっとした。


「ああ……そういえば、その説明がまだだった。しかし……いや、そうか。そうだな。この先、俺の力が必要になるのならば、明かしておく必要があるだろう」


フィストはしばらく迷っていたようだが、覚悟を決めたように小さく息を吐くと、フードの裾を指で掴んで、最後の念押しをした。


「春斗、俺の素顔をお前に見せるが、その前に言っておく。俺はお前の目に異形のものとして映るだろう。それでも、どうか……俺はお前を怖がらせたくはないし、ましてや危害を加えようなどと言う気もないのだ。ただ見た目が人間らしくないだけだということを……忘れないでほしい」


「え、あ、あの……は、はい」


春斗が頷いたのを見て、フィストはフードをうしろにおろした。


最初に目に入ったのはまず、額に生えた角。二本あったらしいうちの一本は根本から折れている。そして尖った耳と灰色の肌。目尻のつりあがった緑の瞳は、白目の部分が黒く変色している。紫の髪を後頭部の耳の高さで束ねたその姿をひと目見て、春斗は思った。


――鬼だ。


春斗はただ無言でフィストティリアの素顔を見た。フィストは視線を自分の膝に落とし、じっとその視線を受け止めている。この沈黙に耐えることに苦痛を感じているような彼の表情に、春斗は我に返る。


「あ、あの……えっと、そうだ、か、カルセット……の一種、なんですか? それは……あ、ほら、寿くん、みたいな……」


「フィストはカルセットじゃないよ。こんな見た目だけど人間だ」


「えっ、でも鬼って……」


「……怖くは、ないか?」


フィストがおずおず春斗を見る。鋭くつりあがった目は、態度によっては威圧的に感じられるのかもしれないが、眉尻を下げて不安げな顔のフィストからは、なにか自分にとっての脅威になり得る存在だという気持ちは湧かなかった。端的に、フィストの姿を見て鬼だとは思っても、そこに恐怖や拒絶の心はなかったのだ。


「い、いえ、その、びっくりはしましたけど、怖いかどうかと言われると……あ、たぶん、柴闇さんがさっき、前もって肌の色がとか、目つきがとか、言ってくれてたのもあると思います。想像していたよりは全然……」


「逆にどんなの想像してたんだよ、お前」


「たぶん、あの、郁夜いくよさんと初めて会ったときのほうが、怖かったです」


「なにそれウケる」


「ま、たしかにハードルを上げに上げまくってたところもあるからな」


「そうです、そう……それに、し、柴闇さんだって言ってたじゃないですか、あの、見た目が変わってるだけで、こう、拒絶するのはよくないって、そういう……心構えは大事だって。それに、僕は――」


もっと、恐ろしいものを見たことがあるのだ。


己に向けられた、本当の殺意。日常の陰に潜んでいた異形。潜在的な悪意。その視線のいかに鋭く冷たいことか。見かけが鬼のようである、ただそれだけの恐怖が霞んでしまうような。さらなる恐怖を知っている。


「……たぶん、ギルドに来て、いろいろおどろいてばっかりで……感覚が麻痺しているのかも、しれないですね。あ、それに、まだ出会ってすぐですけど、フィストさんはいい人なんだろうなって、ずっと思ってたので、それもあると思います」


春斗がへらへらしながら言うと、フィストは少しほっとしたように表情を緩ませた。


「あ、あの……それで、その夢喰い鬼、っていうのは?」


「その前に、だからその雑草いつまで持ってるんだよ」


柴闇に指摘され、フィストはいまだ手に握ったままの雑草を見て、次に春斗を見た。春斗の問いに答えるが先か、その草をどうにかするのが先かで迷っているのだ。そして、


「そ、そうだな。これは……少し待て」


手に持っていた雑草を口に押し込んだ。


「えっ!? 食べっ、食べて大丈夫なんですか!?」


フィストの思いがけない行動に、春斗は思わず声が大きくなる。礼は笑っている。


「フィストは植物しか食べられない体質なんだよ」


「い、いや、でも、食べられる草と、食べられない草って、ありますよね? ざ、雑草でしたよ今の」


「口に入れば皆食えるが……」


「ぶ、物理的には、そうでしょうけど……」


「なにから話したもんか、むずかしいところだな」


さすがに柴闇も苦笑いしていたが、すぐに頭で話をまとめて切り出した。


「夢喰い鬼っていうのは、鬼って言葉がついてこそいるが、別に種族の名前ってわけじゃない。夢喰いの能力を持つ者を指した言葉だ。だから本来、フィストは俺たちと同じ普通の人間なんだ」


「え、でも、その角や肌の色は……」


「まあ、たしかに人にまざって暮らすには人間離れしている。それは力の代償のようなもんだ。夢喰いの能力ってのは、その名のとおり、夢を喰う能力だ。誰かの夢を喰い、自分の養分として吸収する。夢を喰われた人はもちろん、その夢に関することを忘れる。要は一部の記憶を奪い取る能力だな」


柴闇の説明を聞きながら、フィストも頷いている。取り立てて訂正するべき点もなく、彼の解説は正確らしい。


「奪い取る――というと、少し乱暴だが。おおむね柴闇の言うとおりだ。夢喰いの力は、礼のエスパー系や、柴闇たちの体脳系の能力などのような、一般的な能力系統には属さない、特殊なものだ。なので、世間にもあまり知られていない」


「そういう……能力の、系統? から外れた力って、結構あるものなんですか?」


春斗の問いに、フィストは思い出すように小さくうなった。


「うむ……時空士と呼ばれる、物質や一部の空間などの時間を、一時的に操ることのできる能力や、天風の破魔の力、鈴鳴の封魔の力も、そこからは外れた能力と言えるだろう。一般的でない異能力という意味だ。そうそうたくさんあるわけではないが、夢喰いだけが特別というのでもない」


「フィストは今でこそ鬼みたいな姿をしているが、なにも生まれたときからこうだったんじゃない。俺たちと会ったときは既にこんなだったけど、幼いころは俺たちと同じ普通の人間の姿を持っていた」


「それが、どうして……」


「能力というのはなんであれ、先天的に備わっていたもの、後天的に覚醒したもの、そして、身体の成長とともに徐々に発達してくるものに分類される、ということは知っているだろうか?」


「いえ……先天的じゃなく、後天的に、能力が現れることもあるんですか?」


礼に尋ねると彼は頷いた。


「大抵は生まれつき持ってるものだけど、ごく稀にね。うちのギルドにも、後天的に能力が目覚めたギルド員はいるよ」


「フィストさんは……あ、もしかして、その、成長とともに、という?」


「ああ。幼いころは非常に弱く、身内ですら気付かないほどだった。だが、成長するにつれてだんだんと力が強くなっていき、やがて、見た目が変化しだしたのだ。今はもう力が安定しているので、これ以上の発達はないが」


「でも、どうして見た目が変わってしまうんですか?」


「夢喰い鬼の名につく鬼という言葉は、いわば自分たちへの戒めのようなものなのだ。夢喰いはたしかに、悪夢を喰って忘れさせてやれるという意味では好印象な能力といえる。しかし、自発的に意識して夢を喰う以外に、無意識にも夢を吸い取ってしまう。……夢というが、それは記憶のことだ」


「無意識に記憶を?」


「そう。近くにいる不特定多数の人間からな。とはいえ、ひとつの場所に長居しすぎなければ問題はないのだが。どこかの町に拠点を決めて生活してしまうと、周囲の人々に悪影響が出る」


「記憶を吸われての悪影響って……ま、まさか、記憶喪失になってしまったり?」


「そうだな。だが、自分が誰なのかわからない、というようなことではない。たとえば、昨日の夕飯になにを食べたか思い出せない、といった感じだ」


「ああ……でも、そのくらいならまだ、悪影響というほどでもないのでは?」


「徐々に吸い取られる記憶の頻度と量が増えていくとしたら、どうだ。へたをすれば、昨日一日、自分がなにをしていたか思い出せない、というようなことになるぞ」


「そ、それは……」


たしかに驚異的だ。それでは生活がままならない。


「ただ、その段階に辿り着く前に、まず最初に消えていく記憶がある。夢喰い鬼についてのことだ」


「え、つまり……ずっと一緒にいると、フィストさんのことを忘れてしまう、ということですか?」


「そうだ。少しずつ、しかし確実にな。それもあって、一箇所には留まれないのだ。仲良くなりたいと思って近付いても、近付きすぎて忘れられてしまうのでは意味がないからな」


「そんな……」


「特定の場所に長居することというのは、夢喰い鬼にとっても、まわりにとっても得がない。だが、人々から離れて隠れ住むことを余儀なくされるような要因があれば、誰の迷惑にもならず、気兼ねなくコソコソ隠れて暮らせるというもの」


「その要因というのが……その見た目ですか?」


「そういう説が有力だ、というだけだがな。夢喰い鬼は夢さえ喰っていれば飢えることはないが、夢を喰わなくても生きていられる。あとは植物と鳥の肉ならば食える。……いや、それ以外を口にできない、というほうが正しいな」


「それで、雑草を食べていたんですか?」


「ああ。説明したとおり、夢喰い鬼は基本的に人里から離れている必要がある。なので、どのような環境にも即座に順応できる、環境に対する高レベルな適応能力が備わっている。そこが凍てついた極寒の地でも、あるいは灼熱の砂漠地帯であっても、それほど暑くも寒くも感じない。草の食える食えないも、毒も薬も関係ないのだ」


「そう、だったんですか……でも、それじゃあ」


それでは、あまりにも孤独だ。


「……さびしく、ないんですか?」


たまたま持って生まれただけの能力のせいで、それまでの人間らしい生活をすべて捨て、人間でありながら鬼と呼ばれ、鬼を自称し、人々との関わりを断絶した生活を、一生続けなければならない。意思に反して変化する身体。なにも知らない人からは恐れられ、拒絶されるだろう。春斗ならば、その孤独に耐えられない。フィストは薄く笑った。


「そうだな。だが、礼たちのように俺を覚えてくれている者がいる。毎日のようには会えなくとも、頻度さえ考えれば、記憶は保持される。そしてお前のように、こうして俺を恐れずに接してくれる者がいるのだ。だから、さびしいなどとは言えない。それは贅沢だ」


そう微笑むフィストの顔は、おだやかで幸せそうにも見えたが、少し悲しそうにも見えた。


「それに、もしお前たちが俺のことを忘れてしまったとしても、俺はそれでもいい。お前たちが忘れたとしても、俺が覚えている。ならば、ともにすごした時間がなかったことにはならない。その縁は決して嘘ではないと胸を張れる」


それは。


「そんなの、だめですよ! なにもよくなんかないです。忘れてほしくない人に忘れられてしまったなら、それでいいなんて言って受け入れないで、もっと悲しんで、怒って、泣いて……そういうのって大事だと思います。ただ感情を押し殺して耐えるだけなのは……フィストさんのためにならない、と……僕は、……う、す、すみません、何も知らないのに、こんな……」


なぜかフィスト本人でもないのに感情的になってしまっている自分に気が付いた春斗は、すぐに勢いをなくして俯いた。どうしても、悲しくなってしまったのだ。この夢喰いは、それでいい、それでかまわないと、すべてを受け入れてしまっている。いや、受け入れているのではなく、あきらめてしまっているような気さえした。


それがなんだか、悲しくて仕方がなかった。


「……いや。ありがとう、春斗。出会って間もない俺のために怒ってくれて。だが、俺は本当に……いいのだ。親しかった者が、親しくなりたかった者が、俺のことを忘れてしまったとして。二度と会えなくなったとしても、どこかで元気に生きているのなら……俺に関するすべてを忘れても、ただ生きていてさえくれるのなら、十分だ。それだけでいい。俺は今、本当にそう思っている」


やるせなく、悲しく、だというのに、なおも穏やかで。フィストは春斗をなだめながら、やはり笑っていた。あまりに理不尽だ。こうまで謙虚で、誠実で、性根の優しいこの青年が、なぜそのような孤独を強いられなくてはならないのだろう。


「ともかく、この見た目は、そして夢喰いというのは、そういうことなのだ。人に害ある我らは鬼だ。鬼は人に近付くな――そういう戒めを込めて、夢喰いの能力を持つ人は、鬼という名を背負っている。……実際に、場所を移り続けて一箇所に留まりさえしなければ、夢喰い鬼といえど無害なものだが」


「お前のいつも言う、自分は無害だ、鬼じゃないって主張は……なるほど、その自戒の言葉への叫びでもあったか」


フィストと最初に会ったときのことを思い出したのか、柴闇が言う。


「まあ……そのとおりだろう。俺は己を鬼と名乗りもするが、やはり第三者から、鬼だと悲鳴をあげられるのは少々堪える」


フィストティリアという男の正体を理解したとき、春斗ははた、と気が付いた。もうずいぶん時間が経っているが、龍華のところへ飛び立った癒暗が一向に戻ってこないのだ。


「あの……ところで、癒暗さん、少し遅くないですか?」


「たしかに、五分で戻ると言っていたが……なにかあったのだろうか」


フィストは窓の外を見やるが、そこにあの純白の翼を背負った少年の姿はない。柴闇が口元にグラスを傾けようとしていた手を止める。


「ああ、悪い悪い。癒暗なら絵里香たちが戻るまで神社にいるってよ。あいつらが来たとき、いきなりフィストがいたんじゃ混乱するだろうから、道すがらに説明できるやつがいたほうがいいってんで……」


「……あの、柴闇さんって、ずっとここにいましたよね?」


「ああ」


柴闇はフィストと春斗が話している間、一度も席を立っていない。なのに癒暗が戻ってこない理由を知っている。まるでその場で離れた場所にいる癒暗と連絡を取ったかのようだ。


礼が柴闇をちょいちょいと指差した。


「それはね春斗くん、この双子は離れていてもテレパシーでお互いに意思疎通ができるのさ」


「て、テレパシー?」


「超能力の一種だ。俺と癒暗は生まれ落ちたときから、天風の血をひく者に宿る特殊な異能力がある。能力に遺伝は関係ない話はしたが、例外はなんにでもあるからな。本来は天風の破魔の力に付随するものだが……まあ、それを腹の中で半分こに分け合って生まれちまったんだ、俺たちは」


「その力がテレパシーですか?」


「それだけじゃない。いろいろできる。が、別にだからどうだってわけじゃない。とにかく、俺たち双子はお互いがお互いの分身同士。自分の片割れの位置と、共有したい意思のもとに念じられた思考は共有される。なんていうか…見えないところで意識がつながってるんだと思ってくれ」


「は、はあ」


「まあ頭の中で電話したようなもんだ。だからここから動かなくても、あいつに向かって呼びかければ声が返ってくる」


「テレパシー……って、相手の心を読む、心の声が聞こえる、みたいなことですよね。じゃあ、礼さんみたいにいろんな人の考えが見えたり……」


「いや、それができるのは癒暗だけだ。それも礼みたいに常に声を拾ってるわけじゃなく、力を発動させないとなにも聞こえない」


「そうだったんですか。双子って言っても、能力でできることと、できないことがいろいろ分かれてるんですね」


「まあな。俺たちは本来一人で生まれるはずだったそのひとつを、ふたつに分けた存在だ。言ったろ、力を分け合っちまったんだって。だから、あいつにできることは俺にはできないし、俺にできることもあいつにはできない」


「……パズルみたいですね。あ、その眼帯も、なにか関係があるんですか?」


春斗が問うと、柴闇は手でそっと眼帯に触れた。


「これは天風の力を隠すためのものだ」


「隠さないと、いけないんですか?」


「絶対ってわけじゃない。たぶん、春斗は問題ないだろう。でも、能力者の中には俺たちの能力の余波や、この目を見ただけで悪影響を受けるやつがいる」


「ま、また、悪影響ですか」


「めまいがしたり、ひどくても乗り物酔いみたいに気分が悪くなるくらいだけどな。気を遣って着けてんだよ、集団生活だから」


「な、なるほど……能力者っていうのも、なにかと大変なんですね」


春斗には、心のどこかにわずかでも、能力へのあこがれというものがあった。あれば便利なものだろうし、なによりいざというとき、やはり能力があるとないとでは、身の守りやすさや心持ちもまるで違うだろう。仮に能力があったとして、鍛錬を重ねて実戦に慣れなければ意味がないこともわかっている。ただ根本的に、能力者は非能力者よりも身体が丈夫で、鍛えやすいようにできているらしいのだ。それは少し羨ましいと思う。


だが、彼らの話を聞いているうちに、その漠然とした憧憬もかすんでくる気がした。やはり、自分には今の平凡な生活が一番いいのだろう。春斗は一人、息をついた。

次回は九月十五日、十三時に更新します。

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