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色褪せた写真  作者: 氷室冬彦
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4 陰を説く絵に鈴が鳴る

ロワリア国、某所。延々と続く石畳の階段をのぼりきったところに鈴鳴すずなり神社はあった。当主の鈴鳴龍華すずなりりゅうかは柳季の友人であり、春斗にとっても顔見知りの相手だ。絵里香の話を聞き、最初に彼に相談してはどうかと切り出したのは春斗だった。


悪しきものを祓い落とし、魔を封じる。こと憑きもの落としにかけて、この鈴鳴は南大陸のなかでも有数の神社らしい。絵里香が悩んでいるその黒い女の夢や幻覚が、彼女になにか悪いものが取り憑いているゆえのものであるならば、その道の専門家を頼るのは賢明な判断だと言えるだろう。


「り、龍華さんたち、いるかな? 連絡もなしに来ちゃったけど……」


息を切らせて階段をのぼりながら言う。春斗はもちろんのこと、柳季も先ほどまでより足を前に出す動きが鈍くなってきている。絵里香はまだ比較的大丈夫そうだが、ふと上を見上げてため息をついていた。鈴鳴神社はとにかくそこに辿り着くまでが大変なのだ。


春斗たちが頼みの綱としている鈴鳴龍華、そして彼の妹である巫女の玲華れいかは、神社の者であると同時にこの国の中心部にあるギルドに所属するギルド員でもあり、春斗も以前そのギルドの世話になったことがある。


「いるだろうとは思うけど、まあ、いなかったらギルドのほうに行ってみればいいさ」


「……そのときは、引き返す……前に、ち、ちょっと休憩させて……」


やっとの思いで最後の一段を踏みしめる。もう膝が限界だ。働き始めてから少しは体力がついたようで、以前に来たときよりは体が楽な気がするが、それでもこの階段はこたえる。絵里香も額に汗を浮かべながら息を切らせていて、さすがに疲れたらしい。


階段をのぼりきると目の前に大きな赤い鳥居と、その奥に広がる境内は丁寧に掃除され、どっしりと構えた本殿がよりいっそう立派に見える。神社の裏には大きな屋敷があり、鈴鳴神社の神主たちはそこに住んでいるのだ。表には誰もいないようで、あたりは小鳥のさえずりが聞こえるだけだ。


柳季は参道を逸れて一直線に裏の屋敷のほうへと歩いていく。春斗と絵里香もうしろからそのあとを追う。春斗はここに来るのは二度目なので、ただここの主が在宅中なのかだけが気がかりだったが、絵里香は初めてくる場所にそわそわしていた。


「神主の龍華は俺たちとそう歳の変わらないやつだ。気さくで明るいやつだから、あんまり気構えなくていいよ」


柳季が言う。絵里香に向けた言葉だろう。


「妹の玲華さんも優しい人だよ。落ち着いてて大人びてるけど、いつも笑顔で綺麗な人で……」


「春斗、玲華ちゃんにはもう心に決めた人がいるからあきらめな」


「な、なんだよ、会ったときの感想を言っただけじゃないか」


春斗があわてて言い返していると絵里香が少し笑った。ずっと不安そうな顔をしていた彼女がようやく表情を緩めてくれたので、春斗は内心ほっとする。


屋敷の玄関の戸は施錠されておらず、柳季は戸を少しだけ開けて隙間から中に呼びかける。そのまま少し待ってみるが、人がやってくる気配はない。


「龍華ー! おーい、誰かいないかー?」


「……留守なのかな?」


絵里香がぽつりと言う。春斗は、うーん、と賛同を渋った。


「でも玄関の鍵はかかってないし……広いお屋敷だから、聞こえなかったのかも」


戸を閉めた柳季が庭を伝って縁側のほうへ向かうので、春斗たちもそれについて行こうと方向転換したとき、背後で玄関の戸が開いた。柳季もそれに気付いて戻って来る。


「お、なんだ、やっぱり客が来ていたんじゃないか」


顔を出したのは一人の少年だ。腰まで伸びた藍色の髪をうしろでひとつにまとめ、右目に黒い眼帯を着けている。青色の左目はどこか気だるげな印象で、整った顔立ちは中性的だが、男性であることはひと目でわかる。年齢は春斗とそう変わらないだろうが、なんとなく年上に思えるのは彼の落ち着いた雰囲気が原因だろうか。


柴闇しあん、よかった。いたのか」


「おう、久しぶりだな、柳季。なにかあったのか?」


「龍華はいるか? 実はちょっと相談したいことがあって」


柴闇と呼ばれた男は親指でくい、と背後を示す。


「みんな奥の部屋にいる。まあ、そういうことなら、あがれよ。……おっと、新顔には自己紹介をしておかないとな」


春斗たちを屋敷に招き入れ、廊下を歩きながら少年は己の素性を明かす。


「俺は柴闇しあんだ。癒暗ゆあんっていう双子の弟がいるんだが、そいつと俺と、ここの神主の龍華と玲華は家族同然の……まあ兄弟みたいなもんだよ。二人に同じくあそこのギルド員だ」


「柴闇は前からよく店に来てくれてて、そういえば春斗とはまだ顔を合わせてなかったかもな。柴闇、こっちは早川春斗。いろいろあって今はうちで働いてて、龍華と玲華ちゃんとは面識がある。こっちは雑賀絵里香。俺の幼馴染みで、相談したいことってのはこの子のことだ」


「春斗……ああ、前に依頼で来てたやつか。今日はたいした予定もないから時間はたっぷりとれる。ゆっくりしていくといい」


柴闇が立ち止まり、座敷のふすまを開けた。部屋には大きなちゃぶ台と座布団が数枚。そこに龍華ともう一人、柴闇によく似た赤目の少年がいた。柴闇よりは短いものの背中まではありそうな髪を、後頭部の高い位置でまとめており、左目に眼帯を着けている。ひと目見たときは女の子かと思ったが、柴闇よりも中性的――というより女性的でかわいらしい顔立ちをしているだけだ。彼が先ほどに聞いた、柴闇の双子の弟なのだろう。


「龍華、癒暗、客が来てるぞ」


龍華は爽快に吊り上がった赤い目をこちらに向けると、ぱっと人なつこい笑顔になった。茶色い髪が彼に合わせてふわりと揺れる。


「柳季に春斗やないか! ひっさしぶりやのお、元気にしとったか?」


独特な発音と言葉遣いで明るく言う龍華にあてられ、春斗も少し口元がほころんだ。


「お、お久しぶりです、龍華さん」


「まーまー、突っ立っとらんで座れ座れ。玲華……およ、玲華はどこ行きよった?」


「兄者がお客さんに気付いたときに一緒に出て行って、たぶん今お茶淹れてるよ。もう戻って来ると思うけど」


癒暗が龍華のほうに座る位置を詰め、場所を空ける。そのとき再び襖が開き、人数分の湯飲みを乗せた盆を手に一人の少女がやってきた。龍華と同じ色合いの茶髪にリボンを飾った、知性を感じさせる青い瞳の少女。龍華の妹の鈴鳴玲華だ。玲華は春斗たちの顔を順番に見て、にこりと微笑んだ。


「ようこそおいでくださいました。どうぞ、お座りください」


すすめられるがまま座敷の座布団に腰を下ろす。柳季や春斗が事情を話す前に、柴闇が茶をひと口飲んでから口を開く。


「こっちは柳季の友人の春斗と絵里香だ。俺と癒暗はほぼ初対面だが、龍華と玲華は春斗と面識があるらしいな。今日は絵里香のことで相談したいことがあるらしい」


実に簡潔な説明だ。春斗には真似できないだろう。全員が軽く自己紹介を交わしたあと、春斗たちは絵里香のおかれている状況を詳しく説明した。絵里香が見た夢、そしてそこに出てきた黒い女が、現実でも絵里香を悩ませていること。それが心労や恐怖心から来るただの幻覚でなく、なにかが絵里香に取り憑いているならば、その原因を取り除きたい旨を伝えた。


事情を話し終えると、柴闇がむずかしい顔で腕を組む。


「なるほどな。父親を亡くした時期とその悪夢を見た時期が近いようだし、たしかに、肉親を喪ったショックと将来への不安から精神を病んで幻覚を――というのが自然ではあるが」


「家族を喪ったショックを受け入れられずに、その亡くなった人の幻覚を見るとかならわかるけどさ、なんで黒い女なんだろう。たまたまその時期に見た強烈な悪夢が影響したんだとしても、ピンポイントすぎるところはあるよね。それに、その黒い女が見える以外、絵里香におかしなところはないんでしょ?」


「私が自覚できてる範囲では、なにも……」


「今まで見ていておかしな挙動もないようだし。柳季、お前から気付いたことはあるか? なにかそういうカルセットに覚えは?」


柴闇の問いに、今度は柳季が腕組みをしてむずかしい顔になる。彼はその手の話にめっぽう詳しい。春斗がそのあたりの知識に鈍いだけというわけではない。誰の目から見ても、彼のバケモノ知識は並外れている。


「悪夢だけ、幻覚だけっていうなら、まだ心当たりはあるんだけど、絵里香の状況を引き起こすに該当するカルセットとなると……」


「柳季がその反応ってことは、カルセットの仕業って線は薄いね」


「おそらく、それ以外のなにかの干渉を受けてるんだろう。能力なのか、怨霊なのか。心の病がしっくりこないってのは俺も同じ意見だ。いや専門家じゃないからわからんが」


先ほどから絵里香のことをじっと見つめていた龍華が、膝に手をついてうなった。


「あかんなあ、わからんわ。その黒い姉ちゃんが嬢ちゃんに直接取り憑いちゃあんのやったら見たらわかるんやが。まあ、額縁越しに追いかけてきよるんなら、そっから外には出られんってことかもしらん。そのけったいな夢はそんときの一回きりなんか?」


「夢は……実は毎日のように何度も同じ夢を見ていて」


「額縁に見える姿はともかくとして、夢自体は強い不安から同じものを見てしまっているだけかもしれない。精神的な疲労が原因の線も完全に消えたわけじゃないし、一度ギルドで涼嵐りょうらんに診てもらって、アリアの浄化セラピーを受けてみたらどうだ? それで解決したならめでたし、ダメなら根本から原因を探ってみよう」


柴闇の提案に龍華も頷いた。


「それがええやろ。それとな嬢ちゃん、ひと晩こっちに泊まってき。夢を見るんが偶然やなくて、なんぞ悪いモンに憑かれとるせいなんやとしたら、夜んなったら、なんかわかるかもしれんからな」


「え、あ、でも着替えが……」


「いったん取りに戻らないとね」


春斗が絵里香に声をかけたところで柳季が言う。


「そうなってくると、ひとまず正式にギルドに依頼したほうがいいな。春斗、礼さんのところにも行かないとだ」


「嬢ちゃん一人でこっち残されても不安じゃろうし、二人も泊まってったらどないや?」


「いや、店のことがあるから、残れるとしたら俺か春斗のどっちかだ」


「それなら春斗が残ったほうがいいかもね。えーと、つまり、どうする?」


指示と情報が錯綜しだし、頭がこんがらがってきた春斗の様子を察したのか、それとも、これからどうするのかという癒暗の声への返事なのか。柴闇がぱちんと両手を合わせて大きな音を出した。


「よし、じゃあ絵里香は玲華と一緒に家に荷物を取りに戻って、柳季は春斗の分の荷物を取りに行く。その間に俺たちと春斗は依頼人の代理としてギルドに行く。それでいいな?」


「り、了解、です」


「さすが兄者。決断が早い」


「そうですね、わかりました。では絵里香さん、行きましょうか」


「あ、はい」


「春斗、依頼のほうは頼むぜ」


「う、うん」


「大丈夫だよー、僕らもついてるし。たぶん説明のほとんどは兄者がしてくれるし」


「俺に頼りきりかよ」


「あ、あの僕、あんまり説明とか、得意じゃなくて……ん? でも礼さんが相手なら、あんまり関係ない? ですかね?」


「それはあいつが眼鏡をかけてるかどうかによるな」



*



その後、柴闇と癒暗に連れられて神社を出発し、ギルドへ向かっていた春斗は、道中に彼らがもともとは天風あまかぜ家という家門の出で、能力としては龍華たちの同業者という立場に近いらしいことを聞いた。


封魔の鈴鳴と、破魔の天風。天風は東大陸のダウナ国に居を構えていた祓い屋で、両家はそれなりに仲が良かったらしい。両家の長男と長女を許嫁とし、ゆくゆくは結婚させる手筈だったが、あるとき天風家が潰えてしまい天風の人々はかえらぬ人となった。


鈴鳴の前当主――つまり龍華たちの父は、引き取り手のなかった柴闇と癒暗を家族として迎え入れたが、その前当主も数年前に亡くなっているそうだ。ちなみにその許嫁となった二人だが、柴闇と玲華ではなく、彼の弟の癒暗と玲華がそうなる予定なのだそうだ。


柴闇はもともと天風の当主になる気がなく、家業に対しても否定的な思想の持ち主だった。なので次期当主の座も婚約の話も、家の将来に関わる話はほとんど弟の癒暗に押し付けーーもとい、譲ってきていたそうだ。だがそれでは癒暗も大変だったのではないのかと春斗は思ったが、癒暗は別になんでもよかったらしい。


先ほど柳季が言っていた、玲華には心に決めた人がいる、ということについて二人に尋ねたとき、癒暗が「玲華は僕の許嫁だ」と言い出したことが話を聞くきっかけとなった。春斗にとってはまったくの異文化なので、正直、彼らの話を聞くのは少し楽しい。


ただ、ロワリアギルドに所属するギルド員たちは、ほとんどが家族や帰る場所を失った少年少女たちばかりだという事情を知っているので、昔のことをどこまでなら聞いてよくて、どこからがタブーなのか、加減がむずかしいところだ。


「あ、あの、すみません。昔のことってあまり聞かないほうがいいですか?」


これまではなんでもないように話に応じてくれていたが、もしかすると内心では快く思われいないのでは。その不安から恐る恐る様子をうかがってみたが、柴闇は軽く笑って手を振った。


「いや、俺たちはいいんだ。昔のこと――とくにギルドに来る原因になったことの話ってなると、他のギルド員たちなら避けたがる話題だが。ただ俺たちは、なんていうか、わりと納得しちまってるんだよ。天風の滅亡については」


「納得している?」


「そうだね。わりとすんなり受け入れちゃったところはあるね。そりゃ、当時は悲しかったよ。やっぱり人が死んじゃってるわけだし。でも昔のことだし今が楽しいから。地雷とかないから安心していいよ」


「俺はむしろ、こっちに来てよかったと思ってるくらいだからな。後継ぎの話もなくなったし、うさんくさい宗教観に染められずに済んだし……ああ、天風は鈴鳴や他の祓い屋と比べても宗教色が強くてな。俺はそれが嫌だったんだ」


「そ、そうなんですか……いや、それはどうかと……う、うーん。心が強いというか、なんというか」


「あはは。でも僕たちが特別いい加減なだけだから気を付けてね。一応、お互いに過去の話は詮索しないっていう、暗黙の了解みたいなのがギルドにはあるくらいだから」


「そう、ですね。わかりました、気を付けます」


「で、どこまで話したっけか」


「許嫁の……というか、その婚約って今もまだ続いているものなんですか? 僕は、そういう世界とは無縁なので、よくわからないんですけど……天風家自体が今はもう……その、なくなってしまった、んですよね?」


「んー、それもそうなんだけどね。そういうの関係なく僕は玲華が好きだし」


「正直、俺もおどろいてるんだ。二人とも最初に会ったときは仲が悪かったから、てっきり縁談が白紙に戻って清々してるもんかと思ったら、いつの間にか癒暗は玲華にぞっこんだし、玲華もまんざらでもない態度だし。いまだに許嫁を名乗ってるのは謎だが」


「でもさ、許嫁って言葉、なんか運命的な感じでよくない? まあ、これお互い想い合ってるからこそ言えるんであって、そうでないならただのうっとうしい足枷なんだけどさ。婚約者フィアンセって言うより絶対的なところが好きなんだよね」


「それはそれでどうかと思うが……まあお前らがいいならそれでいいか」


「柴闇さんは、どうしてその許嫁の話を降りたんですか? 聞いている限りだと、その、当主になるかどうかと、お婿さんになるかどうかは、別の話……だったんですよね?」


「単純に、他人に自分の人生を決められたくなかったってだけだ。もし俺と玲華が許嫁になったとして、天風が潰れたのは変わらない。そうなれば俺は癒暗と違って、これ幸いと別の相手を探しただろう。家族として玲華を大事に思う気持ちはあっても、俺は玲華を女として好いてるわけじゃないからな」


「女性の好みとか、そういうのは全然違うんですね。双子だと好みも似ているのかと思ってました」


「そうだね。それもあって僕らはあんまり似てるって言われないかな。顔だって、血のつながりがわかるほどには似てるけど、パッと見で双子だってわかるほどは似てないし。ほら、兄者って僕みたいにかわいくないから」


「かわいくなくて結構。俺はかわいいよりはかっこいいって言われたいんでね」


「僕はかっこいいよりかわいいって言われるほうがうれしいけど」


「正反対じゃないですか……」

次回は九月十一日、十三時に更新します。

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