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色褪せた写真  作者: 氷室冬彦
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2 旅立ちに新たなる出会いの幕引き

「ところでフィスト。ここを出発したあとは、どこか行き先のあてはあるのか?」


水無月邸で迎える二度目の朝。昨日に引き続き、今朝もまた恵まれた天候だ。廊下にて朝の挨拶を交わしたところで水晶が問う。フィストは頷いた。


「一応、ひとまずの目的地となる場所はある。普段ならば、ただあてもなくさまようばかりなのだが、今は人に会う約束があってな」


「ほう、夢喰いは孤独なものと思っていたが、会いに行ける友がいたか。よろこばしいことだ」


「友……と呼んでいいのか。頻繁にとはいかないが、ときおり顔を見に行く程度の間柄だ。俺は夢喰いの力を応用して、占いの真似事のようなこともできるのだが、彼らの運勢がどうも気になってしまって。会いに行かずにいられないのだ」


「性根の優しい男だな、フィストティリア。して、行き先は? 単なる興味だが、詳しく聞いてよいものかな?」


「知られて困ることでもないさ。そいつは南大陸のロワリア国に居を構えている。水晶、お前や俺より少し年若い青年で、紫色の不思議な目を持つ、明朗な男だ」


「ロワリア、紫の不思議な目……ほう、もしや礼の関係者だったか。稀有なめぐり合わせもあったものだ」


水晶はやわらかく笑う。フィストは一瞬、きょとんと間を置いたが、すぐにはっとした。


來坂礼らいさかれいを知っているのか。水晶」


礼――來坂礼とは、ロワリア国にあるギルドに所属する青年だ。ギルドと言うが、要はあらゆる依頼を受けて解決するなんでも屋のようなもので、礼はそこのギルド長をしている。フィストは以前、旅の途中に縁あって彼らと出会い、以降、暇を見て会いに行く間柄だ。


フィストのおどろきに、水晶はやはり笑っている。


「おうとも。礼は私の友であり、我々はあの組織の外部協力者――そう、リワン支部の者と言えよう。お前もきっとそうなのだろう?」


「協力……と言えるほどのものでは。俺は彼らの力になれるほどの存在ではないからな。そうか、リワン支部……該当する建物があるわけでもなし、明確な名簿があるでもなし。概念としてのみ存在する区分と噂に聞いていたが。お前たちがそうだったのか。世間と言うのは狭いものだな」


ロワリア国は三つの領地から成り立っている。国の核となっている中心部ロワリアと、数百年前に合併し吸収されたリワン亡国、元よりロワリアの一部であった小さな村、ラウ。そのうちにギルド関連の建物は二つ。ひとつは中心部、ロワリアに本拠地としてそびえるギルド本部。そして古い書類などの情報を管理するラウ支部。


支部――というが、ラウ支部の場合は小さな小屋とその中にある地下室に資料が置かれているだけで、管理する者もラウの領主と、ときどきギルドからやってくる少人数の手伝いだけ。ただのライブラリだ。リワン支部も同じく。フィストが述べたとおり、名簿も建物もなく、ギルド外部から協力者として名乗り出た者が名を掲げているだけの概念的な存在だ。国民やギルド員さえも、ほとんどがその存在を知らないと聞く。ラウ支部もリワン支部も、とりあえずそう呼んでいるだけだという印象が強い。というか、実際にそうなのだ。


水晶はフィストとギルドの関係を察すると、ふむふむ、そうか、と一人頷いた。


「フィストよ。礼のところへ行くのなら、ひとつ、手紙を届けてはくれないか」


「ああ、もちろんだ。俺にできることでよければ、なんでも申し付けてくれ」


「ありがとう。では今から用意するので、少し待ってもらえるかな? そう時間はかからない」


そう言って歩き出す水晶についていく。彼はリビングルームに入り、部屋の隅の小さな棚から便箋とペンを出してくると、机に置いた。椅子に座り、文字を書き始める。広い屋敷は人が少ないので非常に静かだ。フィストは彼の正面に腰掛け、その手元をじっと見ていたが、文字の読めない彼には内容などわからない。


「水晶、手紙か?」


フィストのうしろから不知火の二人が現れ、どちらかがそう声をかけた。……というのも、フィストの左右に立った二人の、どちらが声をかけたのかすら、フィストにはわからなかったのだ。二人は声までよく似ている。


「ギルド宛てだ。フィストは礼に会いに行くところだったらしくてな」


「っつーことは、ギルドの関係者か。なんだ、最初からそう言えば俺だって、あそこまで警戒しなかったのに。疑って損したぜ」


フィストの右でそう言うのは、言いぐさからして三月だろう。善丸が苦笑している。


「無茶を言うなよ、三ちゃん。でもまあ、たしかに、あいつの人を見る目だけは絶対的に信用できるからな。なら、フィストは確実に無害ってわけだ」


「しかし手紙を書くところなんて見ていても、お前にはわからないのだから退屈じゃないか?」


「いや、たしかに俺には読みができるほどの学はないが。それでも、水晶は美しい字を書くのだな、と……」


ひょこり、と水晶のうしろから雫希が顔を出した。


「あらフィスト、あなたにもお兄様の筆跡の造形美がわかるね?」


「うわ、出たよ狂信者」


「直感的に、でしかないのだが……」


フィストは気恥ずかしそうに頬を掻く。水晶はそれを聞き、満足そうに声を出して笑った。


「ふははは、そうだろうとも、フィストティリア。まず見てのとおり、私は美しい! であれば、その私がこの手で紡ぎ出す文字もまた、美しくあって当然。そうでなくてはならん!」


「お兄様、ステキ!」


「うむ。フィスト、お前は己に学がないと言ったが、しかし美しさのなんたるかを理解できる心の豊かさはあるようだ。私に対して美を感じる、その直感がなによりの証拠と言えよう」


「おいおい、フィーさん。ダメだって。この人、褒めるとすぐ調子乗ってめんどさいんだから」


「いや、しかし……解読こそできないものの、事実、俺は水晶が文字を書くその指の運びに、なんとなく見とれてしまっていたのだ……む、自分で言っておいてなんとなく恥ずかしいな」


「ふふふ、フィスティ。なにも照れることはないぞ。その感性を大切にするがよい。美しいものを美しいと理解できる、そしてそれを素直に言葉にできる――その心もまた、純粋で美しいものなのだ」


「……よくわからないが、褒められているのだな」


「もちろんだとも。……さあ、手紙が書けた。私も近々ギルドに顔を出す予定ではあるが……礼によろしくと伝えておいてくれ」


「ああ、任された。では……」


立ち上がるフィストに、雫希がさびしそうに眉を下げる。


「もう行っちゃうの?」


「なんだかんだと、二晩も厄介になってしまったからな。これ以上、迷惑をかけるわけにもいかない。……本当に、なにか、きちんとした返礼ができればいいのだが」


「ならば、またここへ来てくれ。そして、お前の旅の話を聞かせてほしい。お前が壮健であること、それが我々にとってのなによりの報酬なのだからな」


「……ありがとう、水晶。世話になった」


「フィスト、絶対にまた遊びに来てよね!」


「ああ、必ず。約束しよう」


水晶と雫希は屋敷の入り口までフィストを見送り、そこから先、林の案内は三月と善丸が請け負った。道はそれほど複雑ではないが、水晶が気をまわした結果だ。言葉少なに小道を歩き、林の出口が近付いたころで、フィストの右に立っていた――おそらく善丸がフィストを呼び止めた。その手にはフィストが持っている水晶の手紙とはまた別の、白い封筒が握られている。


「フィーさんよ、船に乗るんならこれを持って行きな」


「……それは?」


「乗船券と水晶からの紹介状だ。南大陸へ行くんだろ? 乗組員にこれを見せれば、その格好でも正体を隠したまま南行きの船に乗れるよ」


「水晶の権力もこういうときには役に立つな。船着き場の場所はわかる?」


「ああ――そんなものまで用意してもらって。なにからなにまですまない。三、いや――善……」


封筒をフィストに手渡しながら、三月がにやりと笑った。


「三月だ。まだまだのようだな、フィスト」


「……参った。本当にそっくりだな、お前たちは」


「はは、水晶や雫希だって間違うんだ。しょうがないさ。……今からなら、ゆっくり歩いても昼の便には間に合うだろう」


「余計に不審がられたくないなら、その裸足は隠すか、なにか履いたほうがいいと思うけど」


「わかった、ならばそうしよう。気遣いありがとう、三月、善丸。また会える日を楽しみにしている」


「ああ、またな」


「道中、気を付けて。怪我するなよ」


三月と善丸の二人と別れ、フィストはそこから西にある船着き場へ向かった。幸いにも人の目は少なく、受け取った紹介状のおかげで、船に乗り込むまでもスムーズだった。出航の汽笛に耳を澄まし、潮風に吹かれるフードの下。フィストの表情は穏やかだ。


水無月邸の彼らとフィストティリアが再び相まみえる日は、おそらく、そう遠くはないだろう。


次回は九月七日、十三時に更新します。

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