1 夜明けと宝石、その蜃気楼
「おはよう、フィストティリア。昨夜はよく眠れたかな?」
「水晶……ああ、おかげさまで。こんなにきちんと休息をとれたのは久方ぶりだ」
「それはなにより。今日は朝から天気がいい。昨日の嵐が嘘のようだな」
嵐の晩から一夜明けた朝。水晶の言うとおり、窓の外から見える空は清々しいまでの快晴だった。雨に濡れた草木が朝日を浴び、きらきらと輝いている。
「……本当によかったのだろうか。ただの放浪者に、ここまで良くしてもらって。財も持たない根なし草の俺には、返せるものなどなにもないというのに」
「見返りを求めるだけが人生ではなかろう。そうだな、しかし、そうまで気にするのであれば、少し手を貸してほしいのだが」
「俺にできることなら、なんでもしよう」
「昨夜の暴風雨で庭が荒れてしまっているのだ。今、三月と善丸が外の掃除に出ている。屋根の上にも林から飛んできた木の枝などが引っ掛かっているらしいが、あいにくと、善丸は高所が少し苦手でな」
「了解した。よろこんで手伝わせてもらおう」
水無月邸に住まうのは四人。屋敷の主たる水無月水晶と、その妹の翡翠雫希。水晶に雇われて住み込みで働いている従者の不知火三月と善丸。広い屋敷はこの四人によって管理されているが、やはり今回の嵐の後始末のように、ただ二人だけの従者では手がまわらないこともあるらしい。フィストは時間の許す限り、彼らの掃除を手伝うこととなった。
不知火善丸は大雑把な男だった。その趣味嗜好はやや変わっており、彼は水をこよなく愛しているのだという。あの嵐の中、傘もささずに外を出歩いていたのも、その彼の性格からくるもので、昨日に限らず彼は雨が降ると、その降水量が多ければ多いほどに喜んで外に飛び出して行くと聞いた。
また、善丸の部屋には大きな水槽があり、それに合わせて床もタイル張りになっている。水槽のある風呂場のような部屋――というより、水槽こそが彼の部屋であるかのような印象だ。部屋を訪れると、彼は大抵その水槽で水に浮かんでいる。善丸の水好きはおそらく、彼の持つ能力に起因しているのかもしれない。とはいえ憶測でしかなく、彼の能力について、フィストはなにも知らないのだが。
善丸はあまり細かいことを気にしない性質のようで、物事をそれほど深く考えない単純な男のようだ。フィストに声をかけたあのときも、おそらくそうだったのだろう。人当たりがよく、基本的には素直で優しいが、負けん気が強く、頑固な面もあると水晶が言っていた。
屋敷では三月とともに、水晶と雫希の護衛をはじめに庭の手入れなどの管理、屋敷内の掃除をおこなっており、よく料理を担当しているのだと聞く。三月いわく、彼は料理よりも前線で戦っているほうが性に合っているそうだ。善丸本人は平和主義を自称し、戦闘行為は苦手としているが、実際のところがどうなのかはわからない。
フィストに対する疑念が晴れ、ひと晩を無事に過ごしてからは、従来の社交性でフィストにも友好的な態度で接している。客観的に見て彼が戦闘嫌いの平和主義者かはともかく、無意味な争いを避けたい、誰とも友好的な人間関係を築きたいという気持ちは本当なのだろう。
「フィーさんは高いところ平気なんだね」
「特別苦手ということはない。仮に落ちたとして、能力者ならばこの程度の高さで死に至ることもないからな。善丸もそうだろう?」
「まあ、怪我に関してはそうだな。別に怖いわけじゃないんだ。俺は水にたゆたう感覚のほうが身近だからか……落下の感覚が苦手なのと、地上ではともかく、高所で風に吹かれるのも気持ち悪くて」
「それは三月も?」
「いや、三ちゃんはむしろ好きだと思う。ときどき屋根にのぼっては夕日や朝日をぼんやり眺めてるくらいだし。あいつは水で濡れるほうが嫌みたいだ」
「誰しも苦手なことはあるだろう。気にするほどのことでもないさ」
「ありがとう。……その足って布は巻いてあるけど実質、裸足みたいなもんだろ? 痛くないの?」
「よほど悪い道を歩くときは、草履や草鞋を履くのだが、基本的にはこのままだな。普通の靴はどうも苦手で」
「便利なのか不便なのか、微妙なところだなあ。……よし、このへんは結構片付いてきたね。助かるよ、おかげで屋根の上も綺麗になった。ありがとう」
「いいや、こちらこそ。屋敷で世話になった礼がしたかったところだ」
「律儀だな、お前は。さて、少し休憩にしようか。この分ならそれほど時間もかからないはずだ。水晶は部屋にいるだろうけど……三ちゃんはたしか、また地下に行ったんだったか」
「なら、俺が呼んでこよう」
「ああ、頼んだ」
不知火三月は聡明な男だった。彼の強みは戦闘能力よりも、その情報管理能力にあった。三月は一度見たものは忘れない、絶対的な記憶能力を持っている。地形の把握、物の配置や在り処。人の顔や名前の把握などは勿論のこと、これまで読んだあらゆる本、そのすべての内容を一字一句に至るまで完璧に記憶しているらしい。
そのうえ、恐ろしいほどの速読を可能としており、傍目にはただ本を最初から最後までのページをパラパラとやっているだけに見えるが、彼にはそれですべての文章が読めているのだという。一冊を読むのに十秒とかからない。おそらくは彼の能力なのだろう。
三月の部屋には本が山積みになって置かれており、部屋は本で埋もれている。部屋が書庫と化している、というより、書庫にそのまま彼が住み着いているかのようだった。もちろん、彼はその部屋にあるすべての書物に目を通し、そのすべてを記憶している。
性格としては、善丸よりもぶっきらぼうで無愛想だ。昨夜、フィストを屋敷に泊めることが決定してから今でも、彼はまだフィストへの警戒を解ききってはいないように思える。善丸もそうだが、はっきりとものを言うタイプで、しかし善丸より辛辣な言葉が目立つ。
だが短気なわけではないのだろう。気は強いようだが、それでも冷静で理知的な印象が大きい。善丸いわく、素直な感情表現が少し苦手らしい。物事にあまり執着しないタイプなので、フィストが安全な存在と確信を持てれば、警戒していたことなどすぐに忘れるだろう、とも。
屋敷では善丸と同じく、水晶と雫希の護衛や家事、屋敷内の掃除、庭の手入れなどを彼と手分けしており、善丸に代わって厨房に立つこともある。手先が器用で几帳面なので、大雑把な善丸よりも料理や掃除の腕がいいらしい。
この兄弟の異質なところは、お互いを個別の人間として見ていない、一人の人間としての個性をまるで無視している、というところだ。おそらくだが、あの二人はお互いを善丸であり三月だと認識しているふしがある。たとえば、三月と善丸は見た目が瓜二つで、第三者には見分けがつかない。なので、ひとまずどちらかの名前を呼びかけて、間違っていた場合は訂正してもらうしかない。
だが、この二人はそれをしないのだ。たとえそこにいるのが三月だったとして、善丸と呼びかければ善丸として応対し、逆に善丸に向かって三月と呼びかけると、彼もまた、三月としてそこに存在する。まるで、どちらが三月で善丸であっても、どうでもいいかのようだ。
無論、善丸と三月はまったくの別人。得意なことも苦手なことも性格も、物の好みもバラバラの、歴とした個人同士。しかし、それでも二人は三月であり善丸である。今、目の前にいるのが三月なのか善丸なのか、そもそも、水が好きな善丸と、記憶力のいい三月。その認識が既に間違っている可能性すら考えてしまう。
水晶や雫希はまるで気にしていないようだが、この異質な兄弟は、そしてそれを受け入れる兄妹も、そういうところが少し、恐ろしい――と思った。
「……三月、いるか?」
「フィストか。おっと、足は……ああ、ちゃんと洗っているな。ならよし。どうした」
「善丸が、そろそろ休憩にしようと。三月は地下にいるはずと聞いて呼びに来たのだが……夢喰い鬼についての調べものか?」
「昨夜の時点で既に水晶がその存在を現実のものとして認識していたということは、俺が見ていない書物の中に、夢喰いに関する資料があるからと踏んで。昨日から探していた」
「たしか、おとぎ話にも登場している……のだったか」
「もともとは雫希が持ってた絵本だ。怖い夢を見て泣いている子どものところに夢喰い鬼が現れて、その夢を喰って仲良くなる話だが、その結末は鬼にとってあまり幸福なものとは言えない」
「だろうな。夢喰い鬼とはそういうものだ」
「しかし、これを見るに……ああ、そうだな。あまり、お前を警戒する必要はないのだろう。悪かったな、昨日は散々に言った」
「どうか謝らないでくれ。誰だって目の前にいるのが鬼と知れば警戒する。あの反応は人として当然のものだ。それに、お前にも立場というものがあるのだから。従者として水晶の護衛の役を担っている以上、もっと強く突き放すか、問答無用で攻撃に出てもよかったくらいだ」
「……腰の低いやつだな」
「そう、だろうか。自分ではわからないが……それより、口ぶりからすると、夢喰い鬼に関する書物は無事に見つかったのだな」
「こいつだ。あまり詳しいことは書かれていないから、すべてを把握したわけじゃないが。人間というのは本当のようだな。書かれてある」
「これか? ……理解してもらえたようでなによりだ」
「本の向きが逆だぞ」
「む。こうか? すまない。俺は文字の読み書きができないんだ。なのでどちらが上で下なのかもいまいち……」
「まあ、読み書きの知識に関しては、別にそこまで珍しくもないさ。……じゃあ、俺もここいらで休憩としよう」
「……ありがたいことではあるのだが、よく警戒を解いてくれたな。俺はてっきり、まだ怪しまれているものとばかり……正直、ここに来て声をかけるときも、少し勇気が要ったくらいだ」
「そいつは、あれだな。昨日に雫希が言ったとおりさ。小娘のキスひとつで耳まで真っ赤になるようなやつに、俺たちをどうこうしようという気があるように思えなかっただけだ」
「……そのことは、どうか忘れてくれ」
「それに、お前が夢喰いの力を持っていようと、水晶にはほとんど影響がない。物理的な戦闘行為をとったとして、俺と善丸がいるうちは、お前では水晶に傷ひとつ付けられないだろう」
「傷をつけるつもりなどない。人を襲うことに、俺にはなんのメリットもないのだ」
「だろうな。……ああ、雫希が上でなにか騒いでるみたいだ。声が聞こえる。行くか」
翡翠雫希は飽き性な少女だった。近くの町ではたびたび喫茶店のウエイトレスなどをしているそうだが、なにをしても長続きせず、すぐにやめてしまう。熱しやすく冷めやすい性格で、良くも悪くも切り替えが早い。家が富豪で莫大な資産があるからいいものの、そうでなければ苦労するだろう。
新しい物が好きで、たびたび町へ買い物に出かけては新しい服やアクセサリーなどを抱えて帰ってくるらしい。だが、彼女自身が散財しているのではなく、そのほとんどは外で惚れさせた男に貢がせているのだと、三月が呆れていた。
恥じらいや善悪の区別というものがやや曖昧なのか、特に異性へのスキンシップが激しく、フィストだけではなく三月や善丸をも誘惑するような言動を見せている。なにも知らない男ならば落ちてしまうのかもしれないが、彼女の内側に猛毒があると知っている身内にはまるで通用しない。善丸は笑って流し、三月は冷たくあしらっている。なので彼女にとってはフィストの反応が一番おもしろいのだろう。
水晶のことを兄として尊敬し、敬愛しているようだが、彼を高潔で神聖なものと捉えているのか、もはや崇拝の域に達しているとさえ感じられる。他の男には易々と触れるわりに、水晶には指一本さえ触れられないらしい。その代わり、彼に対してはよく声を張り上げるので、彼女の声は広い屋敷の中でもよく聞こえる。
「俺のような者が、買い物の付き添いなど……やはり三月や善丸のほうが適任だったのでは?」
「あたしは全然いいわよ? それにみっちゃん、まだやることがあるって言うんだもの。フィストに付き合ってやれって言ったのだってみっちゃんじゃない。掃除の残りは俺と善だけで大丈夫だからーって」
「それは、そうだが……町を、それも雫希の付き添いとして歩くには、俺の格好はあまりにみすぼらしい。先ほどから、妙に目立っているようだし、周囲の視線が……」
「そりゃそうよ。だって、あたしみたいなカワイイ子が歩いてるんだもの。目立っちゃうのは当然よね。……ねえ、コレ! ピンクと黒。どっちのスカートがいいと思う?」
「……丈が短すぎるのではないか? 今のその服もそうだが、それでは走ったり屈んだりするたびに……その、下着が」
「んふふ、今日は白よ」
「みっ、見せなくていい! 言わなくていい! 隠しなさい! それに、あ、あまり足を出していると体を冷やすぞ」
「そのときはフィストに温めてもらうからいいのよ」
「……お、大人をからかうものじゃない」
「大人だったら、小娘のすることくらいスマートに笑って流してみせなさいな、カワイイ人」
「む……」
「じゃあ、フィストはあたしにどういう格好してほしい?」
「どういう、……具体的にどう、というのは、俺は服のことはよく知らないから、うまく言葉にはできないが……そうだな。あそこに飾ってあるようなのは、どうだ?」
「えー、ちょっと地味じゃない? あたしの趣味じゃないわね。丈の長いスカートなんて動きづらそう。フィストって、ああいう清楚な感じの服を着るような子が好みなの?」
「好み? それはわからんが……雫希ならば、ああいう服も似合うかと」
「……ふーん? いいわよ、乗せられてあげる。ちょっと外で待ってて」
雫希はフィストが指した服を手にフィストのもとを離れた。言われたとおりに店の外で待っていると、少ししてから入り口の扉が開き、雫希が現れる。白のブラウスと襟元には赤いリボン。膝まであるシックなスカートと、履き物もヒールからシンプルなブーツに変わっている。
「どう? やっぱり似合わないなんてこと、言わないわよね?」
「……いや、そんなことはない。なんでも似合うんだな、お前は」
「そう、ならいいわ。暗くなってきたし、そろそろ帰りましょ。付き合ってくれてアリガトね」
屋敷の主、水無月水晶は自己愛者だった。彼の手の届く位置にはいつも手鏡があり、彼はたびたびそれを手に自分自身を見つめている。三月や善丸は彼の自己陶酔っぷりにうんざりしているような態度だが、だが客観的に見ても、彼の容姿の秀麗さはひと目でわかる。
落ち着いた立ち振る舞いと、指の先までしなやかな所作。彼はいつも穏やかに微笑んでいて、寛大だ。しかし、妹の雫希の飽き性は彼ゆずりなのかと思ったほど、彼もまた、飽き性な男であった。
水晶は自分に趣味と呼べるものがないことを悩んでいる。絵画、写真、手芸、工芸、彫刻――あらゆる趣味を手当たり次第に試しては、なにをやらせても職人級の腕前を身につける。天才肌というのだろうか。しかし、何事もすぐに飽きてしまって定着しない。もはや趣味探しが趣味のような男だった。
水無月家はたいそうな家柄の貴族らしく、しかし水晶はそれを鼻にかけた態度をとらない。身分の低い放浪者であるフィストへの差別も偏見もなく、まるで対等であるように扱った。自身が美しくあることにプライドが向いてしまっているため、家柄や身分のことなどはあまり意識していないのだろう。
屋敷内は広いが、そこに絢爛豪華な飾りつけというものはほとんどなく、宝石類や貴金属の装飾品も一切身に着けていない。従者が不知火の二人だけであることなどからも、彼は浪費や豪遊に興味がないことがうかがえる。倹約家――とはまた違う。ただ興味がないのだ。
昨夜のこと、善丸から水無月とはどういった存在なのかを聞いたとき、水晶に対し、もっと豪奢な生活をしたり、豪華な飾りを己にあしらうことはしないのか――という旨の質問をした。すると、彼はこう答えた。
「きらびやかな宝石はたしかに美しいが、私と並べてしまってはその輝きがかすんでしまうだろう。不憫なので、それらの類は身に着けないようにしている。なぜなら、私のほうが美しいのだからな」
彼こそが宝石のようなものなのだろう。と思った。
ただひとつの宝石のように、そこにあるだけで輝きを放つ、明瞭な美しさ。冷静に論理立てて物事を考えていても、理屈っぽすぎず融通が利く。善丸や三月は彼の自己愛に呆れてはいるが、それでも彼には人がついていく。学はあれども力に乏しく、もちろん戦闘には出ないとも聞いた。
俊敏さとは縁がなさそうではあるが、三月によると逃げ足だけは誰よりも速く、あのハイヒールを履いた足であっても、走れば誰にも追いつけないらしい。重い物を持つ力強い姿、忙しなく俊敏に動く姿、風を切って走る姿――水晶がそれらの運動や労働をする様は、いささか想像に難い。
それほどまでに、普段の水晶はたおやかで上品だ。置物のようにじっと座り、風に吹かれてはそっと微笑むような、花のような男だ。
「二人とも戻ったか。おかえり、雫希。おや、ずいぶんと趣向を変えた、愛らしい装いだな。よく似合っているぞ」
「お兄様! ただいま戻りました。お褒めいただき、光栄ですわ!」
「うむ、元気でなにより。フィスト、すまなかったな。雫希の遊びに付き合ってくれていたそうで」
「かまわないとも。かまわない、のだが……水晶、お前の妹は、その、少し……スキンシップが激しすぎるのではないか……?」
「あら、いいじゃない。あたし、あなたみたいな人は好きよ?」
「そうかそうか。雫希は昔から誰とでもすぐに仲良くなれたからな。友情とは何ものにも代えがたい素晴らしいもの。少々おてんばだが、愛嬌のあるいい子なのだ。仲良くしてやってくれ」
「い、いや、そうじゃなくて……。ううむ……それより、庭の掃除のほうは、どのくらい進んでいる?」
「少し前に終わったところだ。三月たちは向こうに……ああ、善丸、三月。今、ちょうど二人が帰ってきたところだ」
「あれ、しーちゃん、どうしたのその服。上品なお嬢さんみたい」
「フィストが選んだのよ。ちょっと地味だけど……ま、たまには悪くないでしょ?」
「しーちゃん、普段そういうの着ないからなんか新鮮。いいじゃん、似合ってる。そういう清楚でおしとやかそうなの、三ちゃんが好きそう」
「そうだな、フィストとはいい酒が飲めそうだ」
「あ、いや、俺は酒はだめなんだ……」
水晶がふいに空を見上げた。
「すっかり日が暮れてしまったな。フィスト、今夜もここに泊まっていくといい」
「いや。雨も風もないならば、俺はいつでも発てるとも。そういつまでも世話になり続けるわけにはいかない」
「なに、遅くなるまで引き留めてしまったのはこちらなのだ。それに、お前がここを去るとして、最後に見るのが夜の闇に消えゆく姿よりも、朝日に溶けゆく姿であるほうが、見送る側も安心できる。そのほうが気分よく送り出せるというものよ。今日はあちこち動き回って疲れただろう。その旅が急ぎでないのなら、休んでいきなさい」
「……そう、だろうか。では……その言葉、その厚意に甘えさせてもらうとしよう」
次回は九月五日、十三時に更新します。




