『我が親愛なる友よ』
おい、あんた。
あんただよ、そこの。そう、あんただ。他に誰がいるってんだ。なにしてるんだよ、こんなところで。仲間はどうした。まさかとは思うが一人なのか? ……道に迷っただと?
待った。
あんた、よそ者だな? 血も育ちも。きっとこの国の外から来たんだろ。……やっぱりな。旅人? なら肩身が狭かろう。ここいらじゃ、移住民や旅人はもちろん、よその血が入ってるだけでも毛嫌いされる。セル―シャの民ってのはそういうもんだ。
……。
なるほどね。だが、この吹雪は……少なくとも、明日の朝までは止まないと思うぜ。
はあ? ここで夜を明かすって……なに考えてるんだ、死にたいのか? こんな、火も焚けないような吹雪の中、なんの備えもなく木のうろなんかで一晩すごしたりしたら、夜が明ける前に凍死しちまうぞ。そうでなくても獣に喰われちまう。
……。
……。
はぁ……俺の家に泊まっていくか? 俺がこのまま帰ったら、あんたは確実に凍死する。たまたま見かけただけとはいえ、一度は会話までしちまった相手が、翌朝には死体になってるなんて、さすがに寝覚めが悪いからな。見殺しにはできん。
俺は狩りをしていたんだ。だが、吹雪いてきたんで撤退したところでな。……ついてこい。この天気じゃ、誰も外なんか見てねえし、よそ者を連れ込んだって誰も気付きゃしねえ。もてなせるもんもねえ貧しい家だが、ここよりは暖かいぞ。
なぜ、って……見てわかんねえか? 簡単なことだよ。俺もあんたと同じなんだ。よそ者の嫌われ者さ。
・
・
・
さあ、ついた。入りな。しかしあんた、旅人だと言っていたが、なんでまたこんな極地へ?
……。
……はあ?
ラ・ラのオイル? いや、……それだけのために? え、見つからなくてあきらめた? そ、そんな簡単にあきらめられる物のために来たのかよ? ……ただの興味? ば、バカじゃないのか? 冗談抜きで、死にに来たようなもんだぜ、そんなの。
上質なオイルを試してみたくて、ろくな情報もないままに、のこのこ極寒の地にやってくる旅人? あんた以外にいないぞ、そんな狂人。行けばわかるだろうと、って……おいおいおい、フットワークが軽いにも程があるぞ。死にたいのか? あー、いい、いい、俺に謝られても困る。
はぁ……ったく、ほら、飲みな。寒いだろ。……ん? 知らないのか? スァーレっていって、スァーの木の皮を煮て作った茶みたいなもんだ。
はは、木の皮なんて聞いちまうと、そりゃあ身構えるよな。俺も最初は戸惑ったがな。これが案外イケる。香ばしくて、ちょっと甘いんだ。
そうだな。セル―シャじゃ当たり前に飲まれてる。俺にはたいした学がないから、栄養とか成分だとか、詳しいことはわかんねえが、とにかく体が暖まる。
……材料? さっき言ったスァーの皮と水だけだ。ああ。それ以外はなにも。どうだ、想像していたよりは悪くない味だろ? いや、いいよ礼なんて。残り物を温めなおしただけだし。
……そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。
……。
長くて言いづらい名前だな。フィストでいいか? そうか。俺はザアロ。さっきも言ったとおり、村の嫌われ者だ。
ん? ああ、いや、別に話せないことでもない。親父はセル―シャの者だったんだが、おふくろが外の人間で。つまり俺はハーフ。混血ってやつだ。一応は生まれも育ちもセル―シャなんだが、村のやつからすれば、外の血が入っている俺も、よそ者と同じだ。
見ろ、この真っ黒の髪。肌も浅黒い。おふくろからの遺伝だ。セル―シャの人間はほとんどが髪も肌も真っ白だろ。真っ白じゃなくても、薄い色しかない。混血なのもそうだが、この国じゃ俺の髪みたいな濃い色は毛嫌いされるんだよ。もちろん、肌もな。
理由? 雪の中で黒いのが動いてたらすぐにわかるだろ?
あ、そうか。あんた旅人だもんな。だったら、いまいちピンとこないか。……言わなくてもわかるだろうがセル―シャは広大だ。ただ隣の村に行くまでも、丸一日なにもない雪の大地を歩くことになるくらいには広い。王都に行こうとすれば、それこそ何十日とかかる村だってたくさんある。ここからだってかなりかかる。
……王都? いいところだって聞くぞ。こんな辺境の村なんかより安全で、暖かくて、人がいっぱいいて。なにより王がすぐ近くにいるから、その恩恵を余さず受けられる。それにカルセットの被害も少ない。こういう寂れたところにぽつんとあるような村々は、いつもカルセットの脅威にさらされてるからな。
カルセット? 当然だ、村を襲ってくる。
なに、他の土地では違う? 集団は襲われにくい? この村より少なくてもか? でもたとえば十数人程度の集落だったらさすがに毎日来るだろ?
……そ、そうなのか? いや、でもこの国ではそうじゃない。こんな雪と枯れ木ばかりの凍土で暮らしてるんだ。人も怪物も図太く頑丈になるさ。王都やその近くのそれなりに繁栄している町はともかく、この村程度ならガンガン襲いにくる。
外敵と戦うためにも、辺境に住む村人は強く、逞しくなきゃいけない。どんな些細な予兆や異変も見逃さず、とにかく警戒しないといけないんだ。だから初めて見るものや、外部からやってきた者、理解の及ばない物事ってのはとにかく嫌われる。つまり、よそ者に厳しい。外からやって来るのは破滅を呼ぶモノだ、という認識なんだ。
そういうことだ。とくに俺みたいに濃い色を持ったやつは、雪にまぎれてやりすごすこともできないからな。隠れるのに不利だ。たとえば複数でまとまって狩りに出たとき、一人でもそういうやつがまざっていたら集団全体が目立ってしまう。そんなときに自分たちでは太刀打ちできない脅威に遭遇して、雪に隠れてやりすごそうとしても、そいつのせいで見つかってしまえば全員が危険にさらされるだろう。狩りの獲物に気付かれて逃げられることもある。
白い服を着て、白い帽子で髪を隠して、それでやっとギリギリ許してもらえるかどうかだ。あんたの服の色じゃ絶対に受け入れてはもらえないだろう。俺もこうして白い服で色を隠して、どうにか村からは追い出されてはいないが、それでも狩りには同行させてもらえない。
ここで許される色? より自然に近い色だな。緑? ダメダメ。ああ、あんたの着てるような色はダメだ。まず認められない。この国での自然ってのは、それは雪の色と、場所にもよるが百歩ゆずって木の色だな。っていっても使っていいのはベルトとか靴とかにだけだ。まあ俺はそれすらダメなんだけどな。
あんた、俺と会うまでにセル―シャの人間に会ったんだろ? 視界に入っただけで嫌な顔をされたんじゃないか? やっぱりか。だろうな。……フード? それは別に問題じゃない。いや、いいよ。そのままで。顔を隠すのは別段おかしなことでもないさ。
俺のおふくろもな、ずっと顔を隠してた。髪色? それだけじゃない。凍傷でさ、壊死まではいかなかったけど、顔や手足に痣みたいな跡が残っちまってたんだ。セル―シャの血が混ざった俺や、元々セル―シャの男だった親父はともかく、外から移り住んできたおふくろには、雪国の者には先天的に備わっている氷雪耐性ってのがないからな。寒さに弱かった。
それに他のやつらだってそうだ。カルセットとの戦いのうちに顔の肉をえぐられたとか、皮膚が溶けたとか、そういうので顔を隠して暮らしてるやつは大勢いる。だから、あんたも別に顔をさらす必要はない。たとえ王の御前であろうと、それは無礼にあたらない。そういう国だ。
恩恵? ああ、王の恩恵のことか。それは王の剣が届くってことだ。そう、王が戦うんだ。というか、それで王になったとか、だから王と呼ばれてるんだって聞くぜ、あのお方は。それも王都だけじゃない。王はどこへでも来てくださる。
さっきも言ったとおり、王都から離れたこういう村はよくカルセットに襲われる。それでも普段は自分たちでなんとかするんだが、なんとかできないときだってあるだろ。とんでもなく強いのが近くに住み着くようになったり、長期戦になってやばくなってきたりな。そういうときに村の何人かが王都へ向かって、王に助けを求めるんだ。
……そうだ。問題はそこなんだよ。王都は遠い。道も過酷だ。たとえば二十人で王都へ向かったとして、無事にたどり着けるのはその半分、そこからさらに帰って来られるのは運が良くても一人か二人って話だ。実際には一人も帰ってこないことのほうが圧倒的に多い。
おそらく半分は王都に着くまでに死んで、王都に辿り着いたやつらは、そのまま王都に住んでいるのか……それとも帰り道で死んだのか。それに王との謁見がかなって助けを求めたとして、そのころには村が滅んでいることすらある。それ以前に、そもそも誰一人として王都に辿り着けないことだって当然ある。
それでも、誰か一人だけでも辿り着きさえすれば。王は救いを求める全ての声に応えてくださる。辿り着くことができれば……そしてその間、村が持ちこたえていれば、王は民をお救いくださる。
バカ、ここを氷点下何十度の世界だと思ってるんだ。氷雪への耐性つったって別に万能じゃない。あくまで他の土地のやつらより寒さに耐えられるだけだ。セルーシャ人だって当たり前に凍死する。この村から王都までは、たしか片道だけで二十日ほどかかるって話だからな。耐性のないやつなら、その半分も耐えられるかどうか。
実はこの村にも王がおいでになられたことがある。一年ほど前のことだ。俺の親父はそのときに王都へ向かったメンバーの一人で、だが親父は出発したきり帰ってこなかった。……他に? いや、どうだったか。帰ってきたやつは……すまん、よく知らないんだ。いたのかもしれないし、いなかったのかもしれない。
おふくろ? おふくろは、もうずいぶん前に病で。っていっても最終的には病死じゃなくて凍死だったんだが。いや、いいんだ。もう何年も前の話だし、気にするなって。なんだよ、まじめだな。
……親父?
……。
ああ、かもしれないな。王都にいるのか、やっぱり死んじまってるのか。帰ってこない以上は期待してない。連絡手段がないから確認もできないし。ありがとよ、気ぃ遣ってくれて。
……前時代的? ここの暮らしがか? よくわからんが、セル―シャの外ってのはそんなに快適か? いや、いいよ。出られないだろ。え? だって、セル―シャとそれ以外の国の間には、あのでかい岩山がある。あんなの、人間に突破できるかよ。
は? 通って来た?
あんた……なに考えてんだよ。正気か? いや、今この国にいる理由が既にイカレてたな……徒歩? 一人で? バカじゃないのか。あんな死の山を……よく無事だったな。
……なんだ? 北大陸でもセル―シャ以外の国はここまでじゃない? 気温がか? 雪も? いや、でもマイナス二十度くらいは……いかない、のか? 山を挟んですぐ隣なのに?
じゃあセル―シャが万年大雪で極寒なのは、きっとあの山が雪を降らす雲をそこで塞き止めて、ずっとセル―シャにだけ雪を閉じ込めているせいだな。
もちろん山にはヒトの通れるルートってのもあるんだろうよ。でも、あそこのカルセットは特別ヤバイって噂だ。実際にどんなのがいるのは知らないが……それに、ヒトが通れる道なんて、やつらからすりゃ絶好のエサ場だろ。
俺? 別にこの国を出たいとは……思ってねえよ。こうして暮らせてはいるわけだし。危険? ……まあ、そうだが。そんなの、どこだって同じだろ。ああ、同じだ。……。
……。
それよりフィスト。吹雪が止んだら、あんたはどうするんだ? さっきはもうここでの用事はあきらめたって言ってたが、他にどこか目指してる場所でも? もし帰るにしても、具体的にどうするつもりか考えているのか?
……王都? ここから一人で王都に? バカか、死ぬぞ。氷雪耐性は? あんた、雪国の生まれじゃないんだろ? は? いやいや、軽く見るなよ。ここは人間よりもカルセットよりも、自然に殺されることのほうがよっぽど多い、そんな世界なんだぜ?
え?
……。
いや、急になにを……。
あ、ありえないだろ。
……。
……。
……でも。
……。
それは……。
……そう、か?
……。
危険なのは、……。
……そう……だな。
…………ああ。
ここにいたって、同じ、だな。
……うん。
だったら、いっそ、それに賭けてみるのも……。
……。
……。
……ここにいるよりは、マシなのかもしれない、な。
・
・
・
さあ。今日で三日目か。まだまだ先は長いな、フィスト。うん? お、本当だ。じゃあ、あそこで少し休憩にするか。
おっと。そうだ、ここで待ってろ。なに、ちょっとそこまで。遠くへは行かない。すぐに戻る。
……。
なんだ? なんだよ、聞こえてるって。心配症だな。それより、スァーレの作り方を教えてやる。知ってて損はないからな。ああ、木を見つけたんだ。水? そこらじゅうにいくらでも積もってるだろ。
ほら、これが皮だ。持て。これをこうやって……、そうそう、そうだ。次にこの部分をナイフで切ってやって、そう、まあ、下準備はそんなもんだ。で、これを水と一緒に沸騰させる。沸騰っつっても、あまり温度を上げすぎないのがコツだ。ボコボコやるとまずくなる。ぐつぐつやるんだ。
……ん? どうした。
……。
……。……まあ、そうだな。
でも、俺は俺なりに考えてこの結果を出したんだ。それにお前から誘ったくせに、お前が不安になっちまってどうすんだよ。情けねえな。他人のことばっか気にしてんじゃねえよ。
これでよかったんだ。村を出たこと、俺は後悔なんかしちゃいねえ。
・
・
・
!
フィスト、止まれ。シッ、カルセットがいる。この気配……しめた、ゾヒィだ。なんだ、他の土地にはいないのか? まあいい。屈め、あそこだ。でっかい鳥みたいなのが見えるか? あいつだよ。
カルセットには倒すとそのままフワッと消えちまうのが多いだろ? そう。ゾヒィは消えずに体が残る。食える部位も多い。食料はたくさんあっても困らないからな。道すがら、狩りで調達できるなら、しておいたほうがいい。
え? カルセットだろ? 食うさ。当然だろ。食わないのか?
気配? ああ、これは俺の能力だ。近くにいるカルセットの気配がわかるってだけだが。そのおかげで一人でも比較的安全に狩りができる。……いや、普通の獣は無理だ。だから俺は野獣より魔獣を重点的に狩るようにしてる。
俺はここからアレを撃って、動きを封じる。お前は……そうか、できるか。じゃあトドメは頼むぞ。
……。
……。
今だ!
……。
よし、仕留めた!
フィスト……あっ、ちょっと待て! 新しい気配だ。
……運がいいな、お前。
そっちの地面をよく見てろ。動いてるだろ。もうじき……ほら、顔を出してきた。……トカゲ? ああ、みたいだろ。気を付けろよ。あれは火を噴くからな。
あれが、お前の探してたラ・ラだ。ゾヒィと同じく死んでも消えないタイプのカルセットのひとつ。食える部位はほとんどないが、いい素材をたくさん持ってる。
たとえば、あのしっぽを見ろ。先端の部分が黒い石みたいになってるだろ。あれはな、削って粉末にすれば火薬の代わりになるし、他の火薬と混ぜて弾薬に使えば、弾の威力が格段に上がる。俺が使ってるこいつがまさにそうだ。
それと、火を噴くって言ったろ。あいつの体は炎への耐性がケタ違いに高い。ラ・ラ自身に炎の属性が宿っているからだ。だから死んだあとも皮膚が熱を失わない。つまり剥ぎ取ったあとも皮が温かい。そのうえ、水を弾く素材だ。だから防寒具に加工したり、水筒にも使える。雪の上に敷けば、そこで火を焚くこともできる。
そんで、お前が求めてたラ・ラのオイルってのは、あいつの体内の油臓っていう臓器に詰まってんだ。たとえば松明やランタン。普通のオイルよりラ・ラのオイルを使ったほうが明るくて、火も長持ちする。吹雪の中でもそうそう消えない。たぶん、あれ以上に上質なオイルはないだろうよ。
だが、倒すときにうっかりその油臓を撃ち抜いちまうと、ラ・ラもろとも爆発しちまうから気を付けろ。今回の場合、銃を持ってるのは俺だから、気を付けるのは俺のほうなんだが。ま、素材目当ての狩りじゃない普通の戦闘なら、そこを撃ち抜いてやるといい。オイル蔵は喉にある。
やつらは……まあ、昼寝してるところもよく見かけるが、昼行性だ。夜は一度寝ると次の朝までなかなか起きない。痛覚が鈍いから、しっぽの石がほしいだけなら寝てる間にうしろでサッと切っちまえばバレなかったりする。マヌケだろ。
だが昼間に正面きって戦うにはちと手強い。遠距離なら銃弾一発で済むから簡単だが、運悪く間近でばったり出くわしたら、まず無傷では帰れない。気を付けろよ。やつらの炎が燃え移れば、水をかけても雪に埋めても簡単には消えない。
いいか? よし、援護する。せっかくだ。お前がセル―シャに来た本来の目的も果たしておこうぜ。
・
・
・
フィスト、おい、フィスト! ああ、そこにいたのか。はぐれるなよ。心臓が止まるかと思っちまった。いや、いい、いい、謝るな。まったく。お前、背はデカイくせに腰が低いな。
村を出て今日で……七日だったよな? だよな。ああ。食料は問題ない。家に貯蓄していた干し肉をたんまり持ってきたんだ。狩りでの調達もできてる。予定なら、少し遅れてもあと十五日もあれば到着するだろうし、それだけの備えはある。お前のほうこそ、渡した分はちゃんと食ってるのか?
……。
ならいいんだが。今日は天気がいいから予定していた距離より進めそうだな。疲れたら言えよ。
ああ、俺はまだまだ大丈夫だ。絶対に王都まで辿り着いてやる。親父を探して……まあ、いなかったらいなかっただ。あんな村に住み続けるより、王都に移ったほうがよっぽどいい。そうだろ?
・
・
・
おいフィスト! そっちに行ったぞ!
一発撃つ、伏せろ!
……。
この、……うわっ!
……びっ、くりした……いや、危ないところだった。ありがとう。今ので全部か?
よし……ああ、平気だ。立てる。怪我もない。しっかし、おどろいたな。休めそうな洞穴があると思ったら、獣がいたとは。巣にしてる……ってわけじゃねえみたいだが。……そうだ。普通の獣は俺の気配探知にひっかからない。
……だな。数が少なくて助かった。俺も狩りは得意だが、今回はちょっと肝が冷えたぜ。フィストお前、ほそっこい体してるくせに、なかなかやるな。
ふふ、そうだろう。俺の銃の腕前だって捨てたもんじゃねえ。わかってんじゃねえか。まあ、今日はちょっと油断しちまったが。
そうだな。よし、今日はここで休もう。
・
・
・
フィス……フィスト、え? ああ、なんでもない。ちょっとぼーっとしちまっただけだ。なあ、今日で何日経った?
十一日?
そうか。じゃあ、あと……ああ、半分だな。半分。まだ……いや、もう半分まで来た。案外イケるもんだな。
ん? これは……スァーレか。いつの間に作り方を覚えたんだよ。ありがとう。これを飲んだら行こう。大丈夫だ。俺たちなら行ける。そうだろ。
……ああ。
そういえばフィスト、お前の服って、最初からこんな色だったか?
・
・
・
いいとこ見つけたぜ、こっちだ。ほら、洞窟。そこそこ深いみたいだが、敵もいないようだ。今日はここで休もう。きっと奥は暖かい。ここでならしっかり休めるはずだ。
……どうした? え? 奥へ行くなって……なんだよ、せっかくのいい寝床だってのに。休めるときに休まねえと体がもたねえぞ。理由があるのか? ……おい、言わなきゃわからねえだろ。
じゃあ、お前はここにいろ。俺は中が安全か見て来る。止めるなよ。安全だってことがわかればお前も納得するだろ? そうじゃない……って、じゃあなんで……。
……ん?
あ……え?
……。
!
ひっ。
し、し、死体っ!?
あわ、わ、フィス、ト、フィスト!
は? や、やっぱりってなんだよ。なん、……匂い? 入り口で?
……。
え、なんで餓死ってわかるんだよ。あ、新しい? 日が経ってない、って……じゃあ、ついさっきまで生きてたってことか?
……。
……。
そう、か。なるほど。言われてみれば……たしかに。なんだ。お前、冷静だな。……う、うるせえな。誰だって、いきなり死体なんか見たらびっくりするだろ。
あー……いいよ、謝るなって。俺も悪かった。お前の忠告も聞かず……でも次からは、こういうのは言いにくくても、早めにハッキリ言ってくれると助かる。心臓に悪い。
……。
えっ、いやいやいや、なにしてんだよ。いいよ、いい! さわんないほうがいいって。つーか、どかしたところで……今の今まで死体があったところに寝るなんて、お前だって嫌だろ?
そうだよ。だから……もう少しあっちで休もう。まったく……変なところで根性据わってんな、お前。
・
・
・
もう何日経ったか、わからなくなってきたな……。
……十六日? お前すごいな。ずっと真っ白な景色を延々歩き続けて、俺はもうちゃんと前に進んでるかどうかも、わからなくなっちまってるってのに。
いや、平気だ。日付の感覚がちょっと……曖昧になってるだけで。お前のほうこそ、大丈夫か?
……フィ、……えっと、あ、いや……フィス、ト。
ん? な、なんでもない。なんでも。
……そうだな。悪い、見栄を張った。正直、かなりキツいとこまできてる。気が狂いそうだ。体力も限界だ。食っても寝ても疲れがとれない。寒いし、眠いし、足も痛い。
よそ者でも、俺だって、まがりなりにも……セル―シャで暮らしてきたんだ。混血でも、他のみんなと同じ、セル―シャの民なんだ。極寒への耐性だってある。だからまだ、こうして喋ってられるが。でも。
……。
……氷雪耐性は絶対じゃない。それに、いくら能力者が非能力者に比べて丈夫でも、この旅路はさすがに。かなり堪える。たぶん、お前がいなきゃ、とっくにあきらめていた。
……情けねえ。ここまで来て弱音を吐くなんざ。
今のは、忘れてくれ。
……さあ。あとちょっとだ。予定ならあと四日か、五日もあれば王都が見えてくるはず。
もう一息だ。がんばろう、友よ。
・
・
・
……、えっ。
あ、ああ、お前か。なんだ。びっくりした。一瞬、誰かと思っちまった。……疲れてんだろう。なあ、今日で何日目だ。
……二十四日目?
俺たち、いつ王都に着くんだろうな。本当なら、もうそろそろ見えていいはず……なのに。いや、いいや、きっと、明日こそ……。
体? もう、ずいぶん、無茶してる。お前は平気か?
お前は……お前、は。
……ああ、いや。
……。
そう、だな。些細な異変、予兆も、気を配らないと。なら話さないと、いけないな。
変なんだ。ときどき、お前がわからなくなることがあって。
いや……なんでお前が、謝るんだよ。おい、なんで。
名前? 俺はザアロだ。
……お前の?
お前、お前は……。
……。
ち、ちがう。知ってるはず、なんだ。知ってるはず、だよな?
初めて会ったとき? ……、……。
わ、わからない……なんでだ? いや、きっと疲れで、頭が変になっちま、って。
ちがう? なにが……。
おい、フードは。
……。
え……?
……なん、だよ、それ。
なんで、お前、角なんて生えて。
な、なんで、目が。目が。黒いんだ。そこって、ほんとは白目の部分、だろ。
肌の色だって、そんな。
灰色の肌、なんて。
あ。
ああ、あ、あ……お前、人間じゃ、ないのか?
だって、そんな、まるで。
お、鬼……。
なあ。
俺を。……王都に、一緒に行こうって、言ったのは……な、なんのために?
村で、孤立していた俺を……一人つれて。
こ、こんな、助けも来ない、雪の世界に。
まさ、か……お前。
騙した、のか?
……!
やめ、
く……来るな! バケモノ!
……。
……。
……え?
……なんで、お前が、泣いてんだよ。
……。
……。
夢、喰い? 記憶を……喰う?
……。
あ……。
な……泣くな、よ。
なあ……。
……ごめん。
……。
そう、だ。
お前は、俺の……友だ。
……。
いい。いいんだ。
謝るのは……俺のほうだ。
頼む、よ。謝らないでくれ……。
……俺は、きっと。
ああ。お前を……疑うなんて。
どうかしていた。
……。
疑って……すまなかった。
我が友。
――フィストティリア。
・
・
・
……。
……。
……な、あ。
旅人、なんだろ。
話を。
なにか……聞かせてくれ。
……外の話。
この、セル―シャ、以外の……お前が知っている、国を。
ああ。
……。
……。
うん。
……。
……そうか。
……。
そこは、きっと、ここより、ずっと……いい。
きっと……ここより、つらくない。
だって。
葉っぱ、が。
お前から。……お前と、出会ってから……近くに、いると。いつも。
……香りが、するんだ。
みどり、の。
きっと……森の匂い、だ。
……。
……。
人も……土地、も。
そう、か。
……。
いいな。
……外は、あったかい、んだろう、な。
・
・
・
……なあ。
何日、経った?
……何、日? 俺は、なにを。なにを言っ、て。
さむい。
ここは……どこだ?
おまえ、は。
……。
重い、だろ?
ああ……悪いな。
体に、力が、……入らないんだ。
……とも、よ。
・
・
・
……だれ、だ?
……。
それ、は、なんの、数……? なぜ……そんなこと、俺に?
さむい。
さむ、い。
……ねむい。
……。
わ、かってる。寝たら……今、寝たら。だめだ。
わるい、な……誰か、知らねえが、俺みたいな、よそ者を。
なあ……無理、しなくて、いい。
……あんたまで、死んじまう。
食料、だって、あんたのを……分けてもらって。
どうせ……他人だ。おいてって、くれ。よ。
俺のせいで、人が……死んじまっ、たら……夢見が悪い、だろ。
……。
……。
……そうか。
あり、がとう。
もうすぐ……なんだ、な。
・
・
・
「……?」
「なあに、あれ」
「イヤだわ、よそ者よ。それもあんな色を纏って……」
「なんの騒ぎ?」
「なにか言ってる。助け? 背負ってるあれはなに?」
「人だわ」
「きっとここに来る途中で力尽きたんだ」
「やだ、生きてるのかしら……」
「死んでたら置いてくるだろ」
「!」
「おい、あれを見ろ」
「あれは」
「王」
「王だ」
「我らが王」
「このような場所で、王のご尊顔を拝す日があろうとは」
「あ」
「ああ、よそ者が王に。なんと不敬な」
「セル―シャの民でもないよそ者が、王に助けを」
「あんなに喚いて、見苦しい」
「なんと図々しい」
「待て、王のご決断を聞くのだ」
「……」
「……」
「おお、おお……」
「なんと……」
「祝福を」
「さすがは王だ」
「王は旅人たちを受け入れた」
「お優しい……」
「偉大なる我らの王」
「異国の民であろうとも、救いの手を差し伸べるとは……」
「寛大だ」
「旅人たちに祝福を」
「祝福を」
「王よ、なんと慈悲深い」
・
・
・
……。
……?
暖かい。
ここ、は。
「目が覚めたようだね」
……あ。
あ……ああ……。
「僕が見えるかい? 民よ」
あなた、は……。
「まだ安静にね。辺境の地からはるばる王都まで、大変だったろう。ご苦労様」
王……慈悲深き、我らが王。
「君をここまで運んできた青年から話は聞いているよ」
はこん、だ?
「その彼はもうここを去ってしまったのだけれど、君のことをいたく心配していた」
心配?
よそ者の、俺を?
誰が。
「……大地を司る地の民、等しく愛されるべき人の子よ。過酷な道のりを、よく生き延びてくれたね」
ああ……王、もったいなき、お言葉。
「君はこの王都へなにを求めに? 救援? 物資? それとも」
親父を……。
父、を……さがしに。
「……君の名前は?」
ザアロ。
「わかった、ザアロ。王都は君を歓迎しよう。セル―シャは君の父上の捜索に協力を惜しまないことを約束するよ」
あり、がたき、しあわせ。
……。
……?
……あ。
あ、れ……?
……あ、あ。
「どうかしたの?」
……なに、か。
足りな、い。
なにか……欠けてる、ような。
おれは。
……。
忘れて、いる?
なにか。
「なにを?」
わからない。でも。
……。
かな、し、い。
涙が……止まら、ないん、だ。
友よ。
……。
?
友?
俺に、友など……。
嫌われ者、の俺に、そんな、ものは。
いない……いない、はず、だ。
いるはずが、ない。
だって。
ああ、ああ……。
なにか。
……わからない。
でも。
俺は、なにか……大事なことを、忘れている。




