10 浄罪、浄土で夜を待つ
「身体は健康そのもの。精神を病んでしまっているわけでもないでしょう。彼女は父親の死を悲しみこそすれど、きちんとそれに向き合い、受け入れて前に進もうとしている。肉親を喪ったことで心を病んで幻覚を見るなんて、今の彼女を診るに、それは考えられないわ。メンタル自体は存外丈夫なようね」
ギルド二階、医療室での長い問答と雑談の末、千野原涼嵐が下した診断は以上だった。膝上丈のやや短いナース服と、清潔な白衣。絹のような白い肌、桜色の髪は腰に届きそうなほど長く、長いまつ毛に覆われた赤い目が優しく細められる。
「とはいえ、心が常に不安と恐怖に晒されている状態なのは言うまでもないわ。当然、それ相応のストレスを感じているでしょうし、まだ心は壊れていないというだけで、心労自体は溜まっているはず。聖導音さんのところに行くという判断は正しいわ。私から言えるのはそれだけね」
「そうか。悪いな、涼嵐。往診から帰ってきたばかりで疲れているうえ、まだ仕事があって忙しいってときにアポなしで」
「いいのよ、帰って早々に患者が来ることなんて想定内だもの。休んでいるときも別の仕事をしているときも、他の患者を診ているときでさえ、いつ急患があってもいいように心構えをしておくのが医者というものよ」
「それは心強い。ありがとな」
「精神的な方面での問題がないってことは、本格的に僕らの出番かもね」
「かもしれないな。じゃあ、涼嵐。またなにかあったら頼む」
「ええ。今日はもう出かける予定はないから、基本的にはここにいるわ。気になることがあったら、いつでも来てちょうだい」
医務室を出たあとに春斗たちがやってきたのは、先ほどまでにも話していた、聖導音アリアという女性がいる礼拝室だった。赤い絨毯の敷かれた通路を挟むように長椅子がずらりと並べられ、奥の壁には清楚で美しいステンドグラスと、大きな十字架がシンボルのように掲げられている。
通路の先、ステンドグラスの下。簡素な祭壇の前に一人の少女の姿があった。入り口の扉が軋む音に彼女は振り返る。清潔な白いエプロンと黒いスカートは丈が膝下まであり、いかにも優等生のような印象だ。背中まである銀髪はうしろで二つに結われていて、どこか淡白な碧眼には眼鏡をかけている。どこからどう見てもメイドの姿だ。
「アリア、よかった。ここにいたか」
「現在時刻、十四時五七分。天候は晴れ。施設内および近辺に異常はなし。たいへんによいお日柄です。みなさん、こんにちは」
柴闇の言葉にアリアは深々と頭を下げてから、ゆっくりと顔を上げ、まずそう言った。淡々とした表情と声。まるで機械かなにかのようだ。柴闇を見ていた碧い目が、すべるように春斗たちを見た。アリアはもう一度、頭を下げる。
「お久しぶりでございます、柳岸柳季様。御店の洋菓子はたびたびいただいております」
「どうも、お久しぶりです。司令室のほうにお土産持ってきてるんで、よかったらあとで召し上がってください」
「お気遣い感謝いたします。ありがたく頂戴します」
「アリア。今日はちょっと話があるっていうか、相談っていうか、この子をちょっと見てあげてほしいんだ。精神的な疲労が溜まってるみたいだからさ」
癒暗が絵里香の肩をぽんと触れて、アリアの前にそっと押し出す。絵里香がぺこりと会釈すると、アリアも再び頭を下げた。その姿勢は美しく、彼女がちらりと春斗を見たとき、春斗はなんとなく背筋を伸ばした。
「お初にお目にかかります。平時はこの礼拝室の管理、および施設内の清掃などの雑務を仰せつかっております、聖導音アリアと申します。お見知りおきを」
「あ、は、早川春斗、です」
「彩賀絵里香です」
「どうぞ、こちらへ。お掛けください」
アリアに案内されるまま、絵里香と春斗は礼拝室の奥へ進み、最前列の席に腰掛けた。そのうしろに柴闇が座る。癒暗は柳季を連れて部屋を出て行った。なぜ絵里香だけでなく、春斗まで前に座らされたのかと思ったが、別段不都合もないので黙っておくことにした。
「人は皆、迷える子羊です。あなたも、あなたも、そして私も。罪を犯した者、不幸の中に身を置く者、進むべき道を見失った者。すべて、主はお許しくださいます。迷える我らを導き、お救いくださることでしょう。私はその意に従い、心身を捧げ、天より賜りました能力を捧げ、微力ながらお力添えをいたしております」
静かに語りながら、アリアは十字架に向かい、しばし、祈った。それからくるりとこちらを振り返ると、ゆっくりと歩み寄る。なにかに気付いた柴闇がそっと立ちあがり、部屋の隅にあった木の椅子を絵里香の前に置いた。アリアはそれを見て、彼に小さく微笑んで礼を言う。
柴闇が用意した椅子に、アリアはそっと腰掛けると、膝の上で手を重ねて絵里香を正面から見た。無機質的な目、肌の質感さえも、まるで生き物のものではないかのような錯覚を覚えるほど、聖導音アリアは淡々としていた。
「――お話しください。私にあなた様を導き、救うことはできません。しるべとなることはできません。ですが、その懺悔を、嘆きを、怒りを、恐れを、私は受け入れましょう。ともに祈り、あなた様が救われるための、よるべのひとつとなりましょう」
だが、この無感情で、なんの温かみも感じられないような、無機質な声を、姿を見ていると、それだけで不思議と心がほだされそうになるのだ。己の抱える後ろ暗い過去や所業のすべてを、誰にも明かせず飲み込み続けた嘆きの言葉を、押し殺した悲しみを、すべてをさらけ出してしまいそうな。
春斗は絵里香に向かって語りかけるアリアの姿を、ただ隣で見ているだけなのだが、ならば今まさに彼女に語りかけられている絵里香は……。絵里香は、彼女を見つめるアリアの目から、目を逸らすことができず、ただじっと見つめ返している。
「わ――」
声が、震えていた。
「私、……お父さんが、亡くなって。それで……」
「ええ」
「……お母さんも、私が小さいころに、亡くなってて。ひ、ひとりぼっちに、なってしまっ、たの」
はらはらと、絵里香の目から涙がこぼれ落ちる。
「お姉ちゃんも、義母さんも、優しくて……とてもいい人たちで、でも、私、それでも、さびしくて、居場所がなくて……本当は、ずっと怖くて、でも……心配させちゃうから、言えなくって……」
「ええ」
「が、我慢、しなきゃって、ずっと……怖い夢も、変な幻覚も、そんなの話せない、から……不安でも、怖くても、我慢しなきゃ……だ、だって、他人、だもん。これ以上、気を、気を遣わせちゃ、いけないって、だから一人で……」
「ええ」
アリアはただ絵里香を見守っている。柴闇も春斗も、ただ黙って彼女の言葉を聞いた。
「……ずっと、苦しかった。聞いてほしかった。でも誰かに話して、それで、拒絶……されないか、不安で。お父さんが、死んじゃったのも、……もっと、つらい思いをしてる人、いっぱいいるって、言われたら、って」
「ええ」
「だから、柳季と春斗くんが、なにかあったのって……わ、私の話、笑わないで、聞いてくれて、私のために、真剣に、なってくれて……ここまで、ついて来てくれて……本当に、うれしくて、でも」
「ええ」
「怖い。……怖い。夢でも、現実でも。逃げたくても、逃げ場がなくて。なにが原因で、なんでこんなことに、なんで私が、こんなに怖い思い、しなきゃいけないのか、全然わかんなくて、私……私、なにも悪いこと、してないのに。ただ、みんなと、笑ってたかった、だけなのに。どうして、私が」
――どうして。
「……ええ」
どうして、どうして自分がこんな目に。
それは春斗が、かつて何度も虚空に投げかけた問いだった。彼女の言葉の意味、秘められた感情、その重みさえも、春斗には手に取るようにわかった。……わかってしまうのだ。夢のこと、黒い女の幻覚のこと。これは、それ以前の、彼女の心の叫びだ。
「もう、嫌……」
それは彼女がずっと、誰にも言えずに我慢し続けた言葉だ。
「……助けて」
毎晩の悪夢と毎日の幻覚。それを三か月。それでも絵里香の心は壊れなかった。狂わなかった。絵里香の精神は一寸も歪むことなく、正気を保ち続けた。いっそのこと、壊れて、狂ってしまえたほうが、いくらかマシだったかもしれない。
だが、絵里香は強かった。なまじ強い精神を持っていたがために、狂うことも壊れることも許されなかった。だからこそ、だからこそ……不安も、恐怖も、悲しみも、苦しみも、すべてがそのまま、まともに絵里香の中に響いてしまう。すべてをそのまま、心に受けてしまう。
「ご両親の御逝去、取り残された者の孤独感。孤立感。疎外感。心中お察しいたします。あなたの悲しみ、あなたの不安は、すべてあなたのものです。他のどなたとも比べることはできません。あなたが悲しいと、つらいと仰る以上、どなたにも否定する権利などないのです」
アリアがそっと絵里香の手を取った。
「不幸への悲しみ、理不尽への怒り、将来への不安。人が人として生きるにあたり、それらを切り離すことは不可能。拒絶してはいけません。死を嘆くのは、故人を愛するゆえ。先への不安は、今を愛するゆえ。不幸なくして幸福はなく、不幸は幸福の礎となるものです」
ですが――言葉を繋ぐアリアの手の周囲に、淡い光の粒子がふわりと舞った。
「彩賀絵里香様、あなたは少々――過剰なまでの負を得ておられます。正も負も、過剰に溜め込まれては毒となりましょう。あなたが健やかにあれるよう、再び前を向けるよう、その毒はここで浄化させていただきます」
光の粒子は数を増し、ふわりふわり。絵里香の足もとから、彼女を囲むようにくるくる舞い、頭上に至ったと思えば、やはり、ふわりと消えてしまった。
*
「なんだか、身体が軽いような、心が軽いような……来る前と今とで、ちょっと気持ちが楽になった感じ」
礼拝室を出て柳季と癒暗の二人に合流したとき、絵里香は小さく息を吐きながら胸をなでおろした。
アリアの持つ光属性系の能力。彼女は他人の心や身体に溜まった不要なものを浄化することができる。過度な負の感情。精神的疲労。ストレス。力の及ぶ範囲が具体的にどれほどのものなのかまではわからないが、そういったものを消し去る効果がある。ゆえに彼女のそれは浄化セラピーと呼ばれているのだ。
絵里香は父の死を深く悲しんだ。そしてその先にある、肉親との死別による孤独感。残された家族は皆、自分と血の繋がりのない赤の他人である疎外感。弱音すら吐けない孤立感。それらはたしかに、絵里香の境遇を思えば抱いて当然の感情だ。アリアは、それ自体は悪ではない、必要な感情だと言った。
しかし絵里香はそれらをすべて、誰に打ち明けることもできず、ただ押し殺し、耐え続け、我慢した。どこかに本音を晒せる場所があればよかったのだろう。それすら彼女にはなかった。結果として、底のない悲しみと不安とさびしさだけが、絵里香の心のうちにうずまいて、出ていくこともなく、ただただ余分に増え続けた。
その余分にため込みすぎてしまった負の感情を、アリアは浄化した。そして、春斗がなぜ柴闇ではなく絵里香の隣に座らされたのか。それは春斗にも絵里香が受けたのと同じ、アリアの浄化セラピーなるものを受けさせるためだった。
ある日、突然に家族を喪い、ともに生き残っていた兄とも離れることになった。それまでの生活と一転、一人で生きざるを得ない状況に放り出された。泣けど喚けど、この現実は変わらない。あらゆる人に助けられた。まだ大丈夫だ、これくらいは平気だと、気を張って生きる毎日だった。虚勢を張って強がって、見ないふりをしていた不安を、気の疲れを、アリアには見抜かれていたのだ。
アリアは絵里香の浄化を終えると、春斗を見て、ただひと言――お話しください、と言った。その瞬間、なにもかもが耐えられなくなったのだ。隠し続けた弱音、ごまかし続けた本音が、せきを切ったようにあふれ出した。
癒暗が柳季を連れて席を外した理由が、なんとなくわかった。
「なんか、すごかったね、アリアさんって。僕もすごく……スッキリした気分」
「うん、見た目は完全に普通のメイドさんだったけど……」
「いつもは礼拝室ではシスター服に着替えてるんだけどね。今日はまだ着替える前だったみたい」
癒暗が苦笑しながら補足する。柴闇は、ふ、と小さく息を吐いた。
「さて、ギルドでの目的は果たしたことだし、神社に戻るか。とはいえ時間はあるから、どこか行きたい場所や会いたいやつがいれば連れてくぜ」
「本当は、郁夜さんともお会いしたかったですけど、忙しいみたいですし、今日は……やめておいたほうがいい、ですよね」
「そうだねえ、今日は五軍のみんなを仕切ってて、まだもうしばらくは手が塞がってると思う。でも明日は暇してると思うよ」
「五軍?」
柳季が絵里香を挟んだ向こう側で説明した。
「ギルド員はみんな、必ず一軍から五軍までのどこかに所属していて、各群に割り振られた仕事をこなしているんだ。グループごとの役割分担みたいなものだな。一軍は礼さんたちみたいな司令官、上層部のこと。二軍はギルド以外でも役割や仕事がある人――つまり探偵さんや龍華みたいな連中だ。涼嵐さんもここだな。三軍は整備士や鍛冶師みたいな、裏でギルドを支えるような人々。一応アリアさんはここだ」
「で、四軍が俺や癒暗たちみたいな、能力での戦闘行為が可能な連中だ。外での任務に出かけてドンパチやってんのは専らここ。五軍は能力がない、あるいは能力が戦闘向きでなかったりで戦えない連中のこと。戦闘の伴わない安全な任務や、戦闘以外の役割を持って任務に出ることもあるが、四軍と一緒に仕事するのは稀だな」
「な、なんか組織って感じがしますね」
「組織だからな。さて、郁に会う時間くらいは作れるが……実は、明日は明日で、絵里香の家のほうに行ってみたいと思ってたんだ」
「私の家に?」
「夢の舞台にもなっている、例の絵画っていうのも見ておきたい。今日の夢でフィストがどんな情報を得るかも重要だけど、それで夢の本質はわかっても、現実のほうはまた別だろ? そっちはそっちで俺たちが調べる必要がある」
「それもそうだなあ。絵里香、それでいいか?」
「う、うん、私はかまわないけど……それでなにかわかるかもしれないんだし」
「じゃあ決まりだね」
「あ、それにしても……話は変わるんですけど、あの、柴闇さんって、宗教的なのが苦手だって言ってましたけど、さっきのアリアさんのお話なんかは、大丈夫なんですか? 主って、神様のことですよね?」
「ああ、あいつの文言はなあ、別になんとも思ってねえよ。もしあれがアリアじゃなく別の修道女だったり聖女だったり牧師だったりの言葉なら、なにが神様だよクソがって思うけど」
「ええ……?」
口が悪い。
「……アリアが信仰している神ってのはな、まず守護神じゃない。かといってお前が想像してるような神聖で不確かなもんでもないんだ。後光なんか差してないし、天におわすわけでもない。この世のすべてを見てもいなけりゃ、すべてを救えるわけでもない。もっと現実的で、もっと身近なものだ。たとえば、お前が柳季を友達として信頼するのはお前の勝手だし、お前が柳季についての話をしたって、普通のことだろ。アリアがその主に尽くして祈りを捧げるのも、俺にとっては同じような感覚なんだよ」
「よ、よくわかりません」
「アリアは実在する特定の人物を己の神と崇めて服従しているってことだ。あいつが言う主とは神じゃない、人間のこと。つまり主神じゃなくてご主人様の主だな。だが、その信仰心は紛れもない本物だ。だからこそ高水準の光属性系の能力なんて維持していられる」
「属性系と属性の能力の違いはわかるけど、光属性系って、なにか特別なものなの?」
絵里香が問う。柴闇は顎に手をやり、しばし考えた。
「そうだな。知ってのとおり、一般的な属性系能力っていうのは、特定の属性が宿る武器や道具なんかを遺憾なく扱えたり、それを媒介として属性の能力を使うことができたりする能力のことだ。だが、光関連はちょっとばかし勝手が違う」
「光属性系の能力は多くが後天性か、先天的に備わっていたものが特定の条件を満たすことで発達してくる能力でね、信仰心……って言うと宗教的だけど、要はなにかを信じて祈りを捧げる、その清らかな心にだけ宿る、純粋な信心が力を持ったものなんだよ」
「えっと、つまり神様とか、なにかを信じて祈り続ければ、徐々に芽生えてくる、ということですか?」
「個人差はあるけどね。でも、その清い心を維持できなくなれば、すぐ消えてしまう能力でもあるんだ。アリアみたいに誰かの負を浄化したり、あるいは空間を浄化したり、病魔を追い出したり、祓い屋に近いこともできたと思うよ。ただ、そこまでできるのはかなりレベルの高い能力者だけだね」
「レベルが低い、そのへんの敬虔な信者レベルだと……そうだな、人より病気にかかりにくくなったり、嫌な予感がするとか言って、自分の身に起きる不運を直感で回避できたり、悪いものの気配に敏感になるくらいだ。能力を使えるって言うよりは、言葉のまんま身に宿るって感じだな」
「能力の発動とか、そういうんじゃないんですね」
「発動させればちょっとした光を操れる場合もあるぞ。っていっても、手ぶらで懐中電灯が使えるみたいなもんだが。もちろん電池は自分な」
「それはそれで便利ですね」
「アリアほどにもなると、昼か夜かわからないくらいの光源を出せるんじゃないか? 停電したときには重宝するだろうな」
「目に見える光以外に、後光が差してる雰囲気もあったわね。女神様みたいで」
「たしかにあの部屋で浄化セラピーやってるときのあいつに、ちょっとした神々しさがあるってのはわかる。人間味がないから余計にな。でも本人に言うと怒られるから気を付けろよ。あいつの宗教観はさっき言ったとおり特殊なもんだから、解釈違いの地雷をもろに踏み抜くことになる」
「地雷」
「柴闇たちにはそういう力ってないのか? ああいや、柴闇は絶対ないだろうけど」
「僕は昔はあったよ。光属性系。でも、今はもうないなあ。特別ほしいとも思わないし、ないならないで別にいいんだけど。能力の掛け持ちって疲れるし」
「天風はともかくとして、鈴鳴は神がどうとかそういうのじゃないからなあ。龍華も玲華も持ってない。このギルドで光属性系があるのはたぶんアリアだけだ。神格化したやつは一人いるが」
「えっ、神格化……?」
「知らないか? ロアの護衛やってるジオ・ベルヴラッドってやつ。ラウの領主で、風の守護神。風を司る守護神ベルヴラッドの宝珠と契約した、風神の現身。あいつは元人間だけど今は神様をやってる。全然そうは見えないけどな」
「あ、あー……たしか前に探偵さんが教えてくれました。領主のお話……」
「春斗くん、柳季。私そのあたりの話ってふんわりとしか知らないんだけど、守護神と領主って違うものなの?」
「え? えっと……僕も詳しいことは……り、柳季」
「ごめん、ぶっちゃけ、俺もふわっとしか知らない。カルセット神話はともかく、守護神の伝承はちょっとおぼろげ……」
「普通に領土を治めてる、地主って意味での領主ならいくらでもいるだろうよ。ただ、守護神の契約者とは別だな。この世界では各大陸ごとに、その地に宿る属性があるっていう話くらいは知ってるよな?」
「なんとなくだけど知ってるわ。北大陸が大地で、西が水、東が炎、中央大陸は光と闇で、南大陸は風を司る土地ってやつでしょ?」
「……あ。それでフィストさんは、セル―シャさんのことを『大地を司る国の王』って呼んでたんですか?」
「ああ。守護神はこの世界の礎となり、世界を守護する存在だ。それを踏まえたうえで、ジオが契約している宝珠の神性ベルヴラッドの本拠地とは?」
「風を司る……あっ、え? 南大陸全部ってこと? ラウだけじゃなくて?」
「そのとおり。直接ジオの手と目が行き届くラウおよびロワリアが、より顕著にその恩恵を受けられるってだけだ。ジオ以外にも地主としての領主ならいくらでもいる。でも宝珠と契約しているという本当の意味での風の領守は南大陸であいつ一人。他の大陸にも同じように守護神と契約しているやつが一人ずついて、そいつらも事情はだいたい同じだ。領を守る領守でも、領の主としての領主でも、どっちでもあるからどっちで呼んでも間違いじゃないけど、崇める意味じゃ領守よりも現身って呼ぶほうが一般的かもな。ややこしいし」
「な、なるほど……思っていたより、よっぽどすごいんですね。たしかに、守護神と契約して現身? になって、加護を受けているって話ですから、神格化した人ということに……。守護神の話と、光属性系がそういう、信心深い人に宿る能力だというのはわかりましたけど、じゃあ、光属性の能力というのは?」
「身も蓋もない極端な言い方をすると、神に近しい力を宿した生命体のことだな。人だけでなくカルセットにも光属性を持つものは存在する。いや、それは光だけに限った話でもないが……ま、わかりやすく言うと神獣とかだ。神格のある生き物。そうそうお目にかかれないもんだから、もしこの先どこかで遭遇することがあったら、刺激しない程度に距離を取って写真でも撮っとけ。んで焼き増しして俺にもくれ。フラッシュ焚くとバレるから気を付けろよ」
助言するべきはそこではないだろう。
「属性能力自体がそもそも珍しいものなんだけど、光属性はそのなかでもいっとう珍しいんだよ。僕、光属性持ちには会ったことないな」
「光属性系と光属性だと、どれくらいの違いがあるんですか?」
「そもそもの存在が根本的に違う。光属性ってのは、一応は能力者の一種として分類されてはいるものの、もはや人間とは呼べない。普通の生き物じゃない。会ったことがないから詳しくは話せないが、あきらかに他とは違う、ひと目でそうわかる神格と畏怖をまとっている異質なものだ」
「な、なんか、本当に神様みたいですね」
「ぶっちゃけ、ちょっとした神みたいなもんではある。イメージ的にはそんな感じでいい」
「光属性系が信仰する側なら、光属性は信仰される側みたいなもの……ってことかしら?」
「立ち位置的にはそうかもな。なんせわかってないことが多い。本格的に力を振えばなにができるのか、ぜひ見てみたいもんだ。人のほうは見るだけでいいが、獣のほうは一度でいいから討伐もしてみたい。とんでもない背徳だが、破魔に殺される神ってのもなかなか見ものだろう」
「兄者ってときどき超悪趣味なこと言うよね」
「でも、見てみたくないか?」
「それは……ちょっとだけわからなくもないかも。ちょっとだけね」
「神殺しって言葉、なんかワクワクしないか?」
「それはわかんないけど」
「わかんないか」
「どいつもこいつも物騒だな。春斗、絵里香、あんなふうにはなるなよ」
「ならないよ。っていうか、なれないよ」
「じゃ、いい加減、神社に戻るぞ」
次回は九月二十三日、十三時に更新します。




